第52話:中興の大友家
───豊後国:臼杵城、大広間
「はぁ・・・」
大友家第22代当主、大友義統は、こめかみの鈍痛を堪えるように眉間を揉んだ。
眼下では、詰めかけた親族衆や重臣たちが、唾を飛ばして罵り合いを続けている。
「殿! これを機に『柬埔寨』などという得体の知れぬ南蛮の国とは、縁を切るべきでしょう!」
「阿呆!島津など恐るるに足りん!お主らがそのように臆病風に吹かれるから負けるのだろうが!」
「なんだと!初代家から使える我が家を侮辱するか」
「そもそも、本当に来るので?所詮、蛮国との約定でございましょう。」
苦言に見せかけた嫌味の数々。
彼らの口から出るのは、なんの根拠もない妄言ばかりだった。
耳川の戦いでの大敗以降、大友家の権威は失墜していた。
不満ばかり言っていた重臣どもがいなくなり、やっと自由に国を運営できると思った。
だが、曲がりなりにも有力な将でもあった彼らを失ったことで、さらなる無能がやってくるとは予想もしていなったのだ。
今までは、各家に押し込められていた無能ども。
そんな奴らが、大友家内では幅を利かせ始めていた。
「(あぁ、うるさい。耳川で死んだ者らもうるさかったが、此奴らもか・・。早いところ選別せねばな・・)」
義統の胸の内に、黒く粘ついた感情が渦巻く。
父・宗麟は、奥の席で目を閉じ、紐付きの十字架を繰っている。
口煩い神道や仏教の者たちから、最近ではキリシタンへの傾倒している父。
だが結局、耳川(日向國)ではキリシタンの者どもの暴走により、神社仏閣が破壊され、それが大友家を分断する原因のひとつとなった。
その父も今、嵐が過ぎるのを待つかのように目を瞑り、やり過ごす気のようだ。
「申し上げます。島津家が荷止めを行っている模様。それと、カンボジアから帰還する予定だった(交易)船が、島津領"阿久根港"にて拘束されたとの話が・・・」
「なんだと・・!」
「ふんっ島津の猿どもが・・」
「ほれみろ、あのような場所に行かせるからこうなる」
家臣たちはここぞとばかりに義統と宗麟を責め立てる。
今回の交易船にどれほどのものが積まれていたのかは、わからない。
しかし、前回の荷を思えば、銀子や鹿皮などいろいろな物がくるだろうはずだった。
これらは、今の大友家にとって、是が非でも必要だったのだ。
耳川での戦い以後、大友家は家中の統制を失った。
今はこのように荒れているが、この者らは外から呼び込んだ者たちで、普段の臼杵城にいる者らではない。
耳川の戦い以降は、統制を失い国人衆の反乱も絶えなくなったが、大友家当主としては日常茶飯事である。
宗麟の頃から、大友家では理由なく"単に気に入らないから"反乱をする物が絶えなかった。
しかも、その者たちを征伐し、いざ処分しようとすればコイツらのような者どもが、「親類ゆえに殺してはならぬ」などと談判に訪れる。
そのような、既に腐り切った状況だったのだ。
大友家として、カンボジアからの物資は大友家を大大名として繋ぎ止めておける生命線だった。
「・・父上」
義統は助けを求めるように父を見た。
だが、宗麟は力なく首を振るだけだった。
「捨ておけ、もはやどうにもならん。」
その言葉を聞きつけ、家臣たちは「隠居様もお気が弱くなられた様子だ」「島津など田舎武者のさらに分家。恐れるほどか」「懸命ですな」
などと、根拠もない妄言ばかりをツラツラ言い募る。
義統は、膝の上で拳を握りしめ、血が滲むほど爪を食い込ませた。
「(このような輩しか、今の大友にはおらんのか?戸次・・いや立花道雪。もはや主らしかおらぬか・・)」
その時だった。
城の中であると言うのに、外からの騒めきが城内にまで聞こえてきた。
広間でも、「何事か?」とざわめく中、伝令が再びやってきた。
「く、黒船です!! 沖に、山のような黒い船が来航しております!!」
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───薩摩國:沿岸
臼杵城で大友家が評定を開いていた頃より、幾日か前のある日。
島津水軍の船番は、信じられない光景に凍りついていた。
「な、なんだありゃあ・・!」
その時、水平線から現れたのは、見たことのない異形の船団だった。
帆を張っているようにも見えるが、まるで燃えるように煙を出している。
船体は漆黒、見知った安宅船よりも遥かに巨大で、まるで海に浮かぶ城か砦のように彼の目には映った。
織田家の"機帆船団"だ。
彼らは、島津との交流にきたわけでも交易をしにきたわけでもなかった。
航路を塞ぐ障害を"ただ破壊"しにきただけだった。
ドォォォォォォン!!
轟音と共に、阿久根の港湾が吹き飛ぶ。
織田の旗艦から放たれた炸裂弾は、遥か沖合から正確に桟橋や停泊中の関船を粉砕した。
「敵襲!誰かが攻めてきたぞ!」
「応戦しろ!小早を出せ!」
「安宅はまだ出せないのか!?」
島津の兵たちは勇敢で、即座に船を出し、海上の敵に向かおうとした。
だが、それは無謀な特攻でしかなかった。
バラララララッ!!
黒船の舷側から、絶え間ない連射音が響く。
連弩を改良した電動機関砲のような兵器が、うねるような矢の雨を降らせた。
人を狙ったのではない。
狙いは、船の帆柱や舵、そして港の倉庫だった。
「あ、熱い! 水だ、水をかけろ!」
「消えん! この火、水の中でも燃えておるぞ!?」
さらに織田軍が撃ち込んだのは、焼夷弾頭──白燐を仕込んだ特製砲弾だった。
港の施設は瞬く間に炎に覆われていく。
「退け! 海にいては全滅する!」
島津の指揮官は、瞬時に悟った。
もはや、これは戦ではない。
一方的な蹂躙だ。
敵は上陸する気配すら見せず、ただ、海から港のすべてを焼き払い、船という船を沈めているだけだ。
「陸へ逃げろ! 沿岸から離れるのだ!」
島津歳久の素早い決断により、人的被害は最小限に留まった。
有力な武将たちも、内陸の城へと退避していく。
だが、薩摩・大隅・日向の沿岸部にあった主要な港は、この日以降、物理的に機能を停止した。
織田の黒船は、人が住めぬほどに焼き払われた海岸線を尻目に、悠々とカンボジア船を回収していった。
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───豊後国:臼杵港
死のような静寂の中、織田の黒船に先導され、カンボジア船がゆっくりと入港してきた。
港に集まった大友の家臣たちは、誰一人として声を発することができなかった。
南の空から漂ってくる硝煙の匂いが、そこで起きた「何か」を雄弁に物語っていたからだ。
「・・・島津の港が、消えたらしい」
誰かの呟きが、乾いた音を立てて消える。
あの後、島津領での出来事についての報告もやってきた。
そこでは、沿岸部のほぼ全てが焼き払われ、火が消えてからも人が入れぬほど酷い有様となっているようだ。
詳しくはわからないが、どうにも火もないのに火傷を負うものが多数出ていると聞く。
そして、黒船からは、一艘の小舟が降りてきた。
乗っているのは、織田の使者らしき男ひとりだ。
彼は桟橋に降り立つと、出迎えの家臣たちを一瞥もせず、まっすぐに義統の元へと歩み寄り、一通の書状を差し出した。
「我が主、織田信長より。・・・航路の塵は掃除しておいた、とのこと」
「ご、ゴミ・・・?」
「以後、当家の船が通る際、海が汚れていると不愉快ゆえ。・・・では」
使者はそれだけを告げると、踵を返して去っていった。
挨拶もなければ、恩着せがましい言葉ひとつない。
「助けてやった」のではなく、「邪魔だったから退かした」
その神の如き傲慢な理屈に、義統は背筋が凍る思いがした。
震える手で、書状を開く。
そこには、何かの目録などではなく、端的な筆致で一言、こう記されていた。
『掃除は済ませた。家の掃除は、主がやるものだ』
「・・・・・・っ、ふ」
義統の口から、空気が漏れた。
それは次第に、押し殺した笑い声へと変わっていく。
「ふ、ふふふ・・・ははははは!」
「と、殿? 如何なされました?」
不気味に笑う当主を、家臣たちが怪訝そうに見る。
その視線を感じながら、義統は書状を握りしめた。
掃除。
そうか、掃除か。
織田は島津という「外の塵」を焼いた。
ならば自分は、「内の塵」を焼けばいいのだ!
織田信長は、私にそう唆かしているのだ。
義統は、信長の言葉をそう解釈した。
「おぉ・・・! な、なんだあれは!?」
その時、カンボジア船から巨大な橋が渡され、"何か"が降りてきた。
地響きと共に現れたのは、長い鼻と巨大な耳を持つ"灰色の巨獣"
「ば、化け物だ!!」
「鼻が! 鼻がうねっておる!」
「まさか、あれが普賢菩薩様の乗られる象か!? 実在したのか!」
家臣たちが悲鳴を上げて後ずさる。
腰を抜かす者、逃げ出す者、泡を吹く者。
初めて見る巨獣の姿に、普段、偉そうに講釈を(ぐだぐだと)垂れていた重臣たちが、無様な姿を晒している。
その光景を見て、義統の中で何かが弾けた。
「・・・静まれぇぇい!!」
義統が一喝する。
そして、怯える家臣たちを尻目に、堂々と巨獣──象の前に歩み出た。
象使い(カンボジア人)が何やら合図を送ると、巨獣は大人しく膝を折る。
義統は、その背中に乗り込んだ。
高い。
いつも見上げている家臣たちの頭が、遥か下に見える。
「見よ! これがカンボジア王より贈られし、我が威光である!」
象の上から、義統は冷徹な眼差しで親族衆を見下ろした。
「この象、および船の積荷・・・これらは全て、当主である私のものだ。当然だな。お主らは反対しかしていなかったのだから」
「なっ、殿! それは独断が過ぎますぞ!」
「我らにも分配を・・・」
すかさず声を上げた叔父の一人を、義統は指差した。
「黙れ。・・・貴様は先ほど、南蛮船は穢らわしいと言っておったな? ならば、穢れた荷など不要であろうが」
「そ、それは・・・」
「それに、島津を恐れて受け入れに反対した者たちよ。貴様らには、この荷を受け取る資格はない」
義統の目に、暗い光が宿る。
それは、長年溜め込んでいた鬱屈が、歪んだサディズムへと変質した瞬間だった。
「文句がある者は去れ。・・・ただし、去らぬ者で、私の意に従わぬ者は」
義統は、南の空を指差した。
「織田殿に頼んで、一緒に『掃除』してもらうことになるかもしれんぞ? あの港のように」
「ヒッ・・・!」
その言葉に、全員が凍りついた。
あの地獄のような砲撃。あれが自分たちの屋敷に向けられると想像しただけで、彼らの戦意は雲散霧消した。
「そ、宗麟様・・・義統殿が乱心なされたぞ! なんとか言ってくだされ!」
親族の一人が、縋るように宗麟を見た。
だが、宗麟は静かに首を振った。
「・・・ふ、種が芽吹いたか」
宗麟は、息子の変貌に驚きつつも、どこか安堵していた。
デウスを信仰してはいても、決して大友家を救ってはくれなかった。
だが、織田という劇薬は、一瞬で毒を消し去ってみせた。
「義統の言う通りだ。・・・従わぬ者は、絶縁とする」
隠居・宗麟のその言葉が、決定打となる。
大友との血縁、地縁、そのすべてを断ち切るという、完全なる決別宣言。
この日、大友家は生まれ変わる。
合議制という名の足枷を捨て、織田流の冷徹な中央集権へと、血を流しながら舵を切ったのである。
その代償として、豊後の港には、しばらくの間、粛清された反対派の首が並ぶことになった。
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「くっふふふふふっはっはははは・・・」
「織田殿も良きものを呉れる。」
その時、義統と宗麟の前には、樽に満ちた水があった。
「聖水、な」
「聖人様の生み出したる水か」
織田信長の生み出す聖水。
織田の船で、その水が彼らにも送られていたのだった。
「これを飲んでからかなり調子がいい。あと、100年は生きられそうだ。」
「・・・流石にそれでは化け物ですぞ?父上、くくくく」
笑いながら、言い合いを続ける大友親子。
そこには、今までのような苦しみ、苦痛の表情はもうない。
未来を夢見る人間の姿だけが、そこにはあったのだった。
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