第50話:"織田バブルに沸く朝廷"と"困窮を続ける幕府"
元亀4年(1578年)春
───朽木庄岩神館
将軍就任時には、風格ある相国寺の一室に構えていた足利義昭
絢爛な二条城の建設も始まり、将軍としてこれから、という隆盛の始まりを思わせる様相だった頃の面影は、もう既にない。
苦難を乗り越え、念願の将軍職にまで昇り詰めた足利義昭は、現在、かつての兄と同じように朽木の岩神館へと逼塞させられていた。
「・・寒いぞ。火鉢の炭はどうした」
義昭が震える声で小姓に問う
もう春とはいえ、風が吹き抜ける館内は底冷えが絶えない。
だが、小姓は申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ございませぬ、公方様。
この辺りにまで来る炭の行商は多くなく、最近では永楽銭も、受け取ってすらもらえません」
「永楽銭でダメなら、織田の布幣を使えばよかろうが!なぜ、炭ひとつないのじゃ!」
義昭は、小姓を怒鳴りつける。
「それが・・・、細川様が仰るところでは、織田の布幣を献上するものはおらぬ、と。」
「は?織田は、織田の者からの献金もないと申すか?!」
「・・・そのようです」
「あ、あの・・成り上がりめが・・・!!!!」
義昭は手元にあった椀を投げつけた。中に入っていたのは、具のほとんどない冷めた汁のみ。
三好家の襲撃により、将軍家は義輝の頃と同じく、いや、それ以上に逼塞している。
かつて、義輝の時代には、諸大名から贈られてきた様々なものがあった。
しかし、永禄の変に始まる将軍家の内輪揉めにより、諸大名たちは事態の収集が着くまで静観の姿勢をとっていたのだった。
その誰からも支援のない孤立無援の状況へと追いやられたのが、今の足利義昭である。
本来なら、武田家からの支援もあるはずなのだが、武田家も六角三好連合による攻勢で近江の地が荒れており、京も三好が完全に支配権を取り戻していることで、まともな支援品すら送れないのだった。
また、足利義昭は、武田に相談なく諸外国との仲裁の手紙を全国に配っており、それに対する憤りも含まれていなかった、とは言えないだろう。
現在も、金を送れ物を送れと、生活費を削ってまで手紙を乱発している始末だった。
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───京の都
その頃、京の都では奇妙な現象も起きていた。
京は、三好の攻勢はあったものの、将軍があっさり逃げ出したことで幸いにもほとんど街に被害がなかった。
三好家も、今も落ち続けている将軍家より、朝廷へと配慮したことによって、早々に安定を取り戻していたのだった。
また織田家は、織田信秀の頃から既に10年以上の期間、朝廷への献金を行っていた。
今では、内裏の修繕も完了し、帝の就任式に退任式、大嘗祭に至るまで、一通りの儀式を過不足なく行えるまでに状況が一変していた。
公家たちは、地下家の者たちまでが日々満足に飯を食えるまでになり、朝廷から織田家への信頼は天に昇るほどだった。
帝も関白も、そのほかの公家たちも織田家を口では称賛していたのだ。
ただ、織田家が上洛しないことだけが不満ではあったのだが・・・
だが、幕府に対しては織田家は一切関わらないという方針であり、
「将軍家の事柄は武田家に一任してる」というのが、一貫した織田家の公式声明だった。
これに、将軍足利義昭は苛立ちを隠そうともしなかった。
幕臣たちも、これは同様だったのだが・・、今となっては将軍義昭のそばにいるのはひとりの小姓のみである。
幕臣らも諸国に散るか、日銭を稼ぐために全国の大名家を回るなど、苦心惨憺の日々に忙殺され、織田への恨み言を垂れるのは将軍ただひとりと成り果てていたのだった。
"織田家討伐令"でも出してやろうか?!
義昭はそう考えることもある。
だが、織田家の領国は、周囲を三好と武田に囲まれており、どこに手紙を出そうが、誰も乗ってこないだろうことは明白だった。
織田家は、この頃、四国にも手を出しているためにそこを攻めさせればまだ活路はあったのだが、
そもそも今の将軍家にそのような話を持ってくる者自体が存在しなかった。
そのため、足利義昭は、朽木の外を知らぬまま長い年月、逼塞し続けることとなる。
足利将軍家は、史実とは違う形ではあったが、"足利義昭"を最後として、その終焉の日を迎えるのだった。
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───安芸国:広島、市場
「だ、か、ら!鐚銭なんぞいらねぇて言ってんだろうが!」
市場の喧騒を切り裂くように、またも商人の怒鳴り声が響いた。
毛利領の商人が、客であった侍の手を払いのけていた。
地面には、散らばった銅銭が虚しく転がる。
「無礼な! これは将軍家が認めた銭だぞ! なぜ受け取れん!」
「へっ、将軍様の銭だか何だか知らねぇが、そんな混ぜ物だらけの銭、今じゃ子供の小遣いにもなりゃしねぇわ!」
商人はそういって、侍を手で追い払う。
「くっ!覚えておれよ!」
「一昨日きやがれ!」
その侍は顔を真っ赤にして刀に手をかけるが、
他の者たちや周囲の冷めた視線を受けて、舌打ちして去っていった。
このような光景は、今や安芸だけでなく、備後、周防、長門・・、いや全国に広がりつつあった。
織田の布幣が流通するにつれて、精銭の価値は低くなり、
鐚銭などは、既に鉱物としての価値すら認められていない有様だった。
───吉田郡山城:小早川隆景の執務
「今年は例年に比べ、豊作でした。しかし・・・」
「安い・・・」
「はい、買取価格が極端に安いです。」
毛利領内では、今年の収穫は良かった。
どちらかといえば豊作だと言えるほどには。
しかし、昨年から、さらに落ちた米俵の買取価格は、小早川らの心に暗澹たるモノをもたらしていた。
「原因はわかっているのか・・・?」
「さて、諸国でも豊作だったからなのか、それとも市場で銭が使われなくなったことが原因なのか・・・。わかりかねます」
「銭・・、織田布幣か。」
「昨今では、そればかりが扱われているようです」
この頃、織田家が出した"石鹸交換券"は、"織田布幣"として、実質的な貨幣としての価値を持っていた。
末端の商人たちも、交換権としての意味を知らず、単に貨幣として扱う者がどんどん増えていたのだ。
「米があっても何も買えん・・・か」
小早川隆景は、"経済"という、己が今まで学んだことのない事態に苦慮していた。
大名家を運営するのにも、かつての方法が使えない時代が迫っていた。
毛利の両川小早川隆景は、その報告に握り締めた拳を緩めることができなかった。
報告書を握り潰したくなる衝動を抑え、深く溜息をついた。
彼の知略ですら、太刀打ちできない状況が毛利を襲っていたのだった。
「なんとか、米でなく銭・・・、いや布幣で納めさせるか」
「納税を織田布幣にする、と?」
「それなら、なんとか対処できよう」
「で、ですが、少し思いつくだけでも殺人的あ量の要件を決めねばなりませんが・・・?!」
「わかっておる!だが・・、だがやらねばならんのだ!戦で負けたのならわかる!だが、我らは誰と戦っておるのだ!商人か!誰に降伏すればこの状況が改善されるというのだ!!!」
隆景は、敵の見えぬ窮地に怯えていた。
戦場で戦い負けた時の作法なら想像したことはあっても、貨幣がなくて飢えるという事態には、困惑するしかなかったのだ。
織田家による経済侵蝕は、大大名毛利の力でも、既に抗いがたいものへと変化していた。
だが、これは毛利だけにはとどまらなかったのだった。
織田領からもたらされた米や麦は、その圧倒的量で市場を暴落させ、織田の布幣は、質が安定し流通量も豊富になったことで、永楽銭などの銭の貨幣価値も暴落。
各地で豊作の年には、米の相場は目も当てられぬほど惨憺たるものへと成り果てていたのだった。
またそれ以外にも、織田領からは、"石鹸"、"硝子"、"鍍金の木像"、"綿製品"などが、湯水のように各国へと流れ出ていた。
そして、織田家でも、各地の鉱物や尾張にない資源など、様々なものが購入されていた。
そのため、史実に比べ、全国から織田領への流通が遥かに良くなり、流通貨幣と商材が増えたことで、商人の地位も向上していたのだった。
反面、そんな状況に適応できない武士たちは、各地で野盗となるか、商人の護衛としての活動に軸を移していくこととなる。
───織田信長の転生によって、日本は"商人天国"とも言える環境が熟成を始めていたのであった。
「くっ!・・・父上・・すみませぬ・・・!」
小早川隆景は、歯の軋むほどの悔しさで身が潰れそうだった。
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