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巴と翔  作者: 千夜
2/6

出会いは

「あんたもうちょっと自信持ちなさいよ」

「へっ?」


 黒く濡れたような睫毛と黒目がちな瞳がこっちをまっすぐ見ていた。

 これがともえかけるの最初の会話だった。


 巴は翔の親戚ともいえないような遠い親戚だ。名字にかろうじてその形跡が残っていた。

二人ながら漢字で書くと天星という名字をもっているが、巴は「てんせい」、翔は「あまほし」と読ませる。


 巴の両親は巴が生まれる前に離婚してしまったため、巴は母親一人の手で育てられた。しかしその母親も巴が十九の時に病気で死んでしまった。その際天星てんせい家には近い親戚がいなかったため、巴はめぐりめぐって翔の家に回ってきたことになる。巴が翔の家に引き取られることになるまで色々な経緯があったそうだが、そのところは翔は知っていない。翔が知っているのはとにかく遠い親戚の同い年の女の子が自分の家に引き取られるということだった。

 翔にとって自分の家に全く知らない女の子が来るということは衝撃ではあった。しかし、翔がそれを知ったのは巴が来る四日前だった。つまり翔と両親の関係はそんな関係だった。翔の家族は両親と翔の三人家族。その一人息子にすら巴という親戚の女の子を引き取る話をしない両親だった。特に両親にいじめられたような記憶はないが万事が翔に無関心な家だった。それに対応して翔もどんどん家族に対する関心を失っていったことになる。だから翔がどうも自分の家に女の子がくるらしいと言うことを知ったのも偶然両親の会話を耳にしたことによる。


「初めまして。天星てんせい巴です。今日からお世話になります」

初めて巴が来たときも翔が呼ばれることもなく両親のみが対応していた。

普段あまり聞くこともない両親の愛想の良い対応に

(そういや昔女の子が欲しかったとか言ってたっけ…)

そんなことをぼんやり思い浮かべていた。

 女の子の顔ははっきりとは見ていないが、華奢な体型と長い髪が目に入った。

(まぁ俺には関係のないこと…)

そう思っていたのだが。



 今度新しく家族になった女の子は無関心では終わらせてくれなかった。

 巴が住む部屋は翔の部屋の隣にある空き部屋で、両親との挨拶を済ませた彼女はそこに小ぶりな荷物を運んでいた。

 そこに顔を合わせたのが翔である。一つの家で隣の部屋に住む女の子と関係なしで生活していけるわけがなかったのだが…。

翔自身、

「あのときはとりあえず自分には関係ないと思うのがくせだったからなぁ」

と思い起こすのみだ。

 それにしても越してきて当日にいきなりのこの一言は強烈だった。


「あんたもうちょっと自信持ちなさいよ」

「へっ?」

よくもこんな間抜けな声が出せたもんだと後で自分で思うほど間抜けな声が出た。

 しかしこの時は、目の前の女の子が何を持ってしてそんなことをいうのか、いや、そんなことも考えていたかどうかもわからないほど、訳がわからなかった。間抜けな声での対応も仕方がなかった。

「自信って…?」

訳がわからないままになんとか疑問をぶつけてみたが、そんな翔をおいてけぼりに巴の攻撃は続く。

「あのね、私に反感持ってもしょうがないでしょ?そりゃ私も悪いとは思ってるわ、急に住むことになって」

「あの…俺別に反感は…」

先ほど彼女から受けた印象、遠い親戚に身を預けなければならなくなった身にふさわしい華奢な印象は翔の中からふっとんでしまった。もちろん、彼女の体型が細身であることに変わりはないのだが。

「反感っていうのはー…あ、そうだ。名前、何て言うの」

「…翔」

「私、巴。一応あんたと同じ漢字で天星てんせいって読むんだけど、めんどくさいから今日から私も天星あまほしでいいわ」

「はぁ…」

「よろしくねー」

「よろしく…」

「…」

「…」

「あのー…巴…さん?」

「巴で結構。同い年ぐらいでしょ?いくつ?私十九なんだけど」

「俺も十九です」

「敬語も要らないわ」

「…」

したい話が一つも進まない。

「あの…自信って何?」

「あー!あの話ね、気になってたの?」

「普通気にならないか、いきなりあんなこと言われて」

「もっと無関心なのかと思ってたわ」

「え…」

「だって私が来てもなーんも反応しないんだもん」

「いや…それは」

「普通自分ちに他人住むことになったら気になるでしょー」

「…」

「ならない?」

「ならん…かったかな」

「でも自信持ちなさいよは気になったのね」

いつの間にか巴はニコニコ笑っている。それを翔は不思議に思いながらも、不快には感じなかった。

「…まぁ、そう」

「じゃあ、聞く?」

「…あぁ」

「長いわよ」

「え…」

間髪入れずに

「いい?まず私は今日来るまでこの家にあんたがいることを知らなかった。この家にお世話になること自体は五ヶ月前には大体決まってたのよ。だからあんたの両親とも私は何回か話してるし、私が使わしてもらう部屋の話とかその他色々聞いてるのよ。それなのにあんたの話は一回も聞かなかった。つまりあんたの両親はあんたのことロクに気にかけてないのよ。普通自分の息子の意見聞くでしょ?全然知らない他人が自分ちに住むことになるのよ。それを私に話さないのもどうかと思うけど、まぁ私はお世話になる側だから贅沢言わないとして…この様子じゃあんた聞いてないみたいじゃない?ここまでであんたと両親の仲は希薄なんだと推測したの。で、次に実際に私が来たときのあんたの反応とここの両親の反応。私には暖かく接してくれる両親を見てあんたは私に反感…は言い過ぎかもしれないけどなんらかの感情を持たなかった?持つことを私は全くおかしいとは思わないけど、もったいないなあ…と思って。だってあんな両親に素っ気なく扱われたらもーっと性格ひねくれてもいいのに、あんた見たところでだけだけどどうもちょっと人に無関心になっただけでやってるみたいじゃない?優しいんだろうなぁと思って。そんないい人なのに両親が素っ気ないっていうだけで自分駄目だと思ったり、私に反感のような感情を持つのはもったいないわよ。いい人なんだから自信もって!…ということよ」

「…長い」

「長いって言ったじゃない」

長い、ということを聞いてから翔に反応する余地は無かったことを巴は気にしないらしい。

(でもこいつの言ってることは当たってるかも知れんな…)

翔自身、自分でも気付いて無かったが両親から自分の受けたことの無いような対応を受ける巴を見て羨望のような感情をもったかもしれない。そしてそれは両親の素っ気ない対応を受け続けて自信が無くなっていたことに起因していたかもしれない。

 しかし、それを一瞬眼があっただけで見抜かれるとは。この事実は少なからず翔を驚かせた。

「あのね、両親は子供を可愛がるもんだっていうのはメディアの妄想だからね」

「えっ…」

「言い過ぎよ、言い過ぎだけどね」

「…」

「でも子供なんかほっといたら育つでしょ、っていうぐらいの方が私は好きなのよ」

「ほっといたら…」

「あんた自分自身どうなの、育ってるでしょ?」

「まぁ…育ってます、育ってるけど」

「可愛がるもんだと思うから可愛がられなかったら自分が悪いんじゃないかと思うのよ」

「ふーん…?」

「でもそれはメディアの刷り込みだから。可愛がられなくてもあんたはちゃんと育ってるんだからいいじゃない」

「ちゃんと育ってるかどうかは…」

「ちゃんとっていうのはどういうのを指すのかわからないけど…少なくとも人殺したりしてないんだからいいんじゃない?」

「え?」

「殺してるの?」

「殺してねえよ」

「じゃあいいじゃない。もっと上目指すの?向上心あるわねー」

「上目指すわけじゃ…」

「じゃあいいじゃない」

「いいのか」

「いいのよいいのよ」

 なんだか巴の言うことを理解できたのかどうかそれはまだ翔の中でははっきりしていない。

 それでもこのことがあったから翔と巴は初日からすっかり仲良くなってしまった。

 ここは巴の部屋と翔の部屋をつなぐ廊下である。普段黙りこくっている自分がこんなに話をしたことにふいと恥ずかしさを覚え、両親はどう思っただろうかとリビングの方を見た翔に

「あんたの両親、私と話したあと外出したから大丈夫よ」

と、巴が言ってよこした。

巴と翔、こんな出会い方をしました。

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