8話 ワンダとラン
一瞬で過ぎ去った週末が明け、月曜日の朝がやってきた。
この館での生活も板についてきた。最近ではアイルと菜々海が交代で朝食を作るのが恒例になっている。
……そして、今日はアイルの番だった。
「ワンダ君、おはよ~! 今日はボクが朝ごはん作るね~!」
パジャマ姿のアイルが、ふらふらと台所に現れた。
アイルが担当の日は、メニューが徹底的に「芋」に偏るのが難点だ。
「今日はね、ジャガイモのガレットと、サツマイモのポタージュなんだよ~! お芋さんパワー全開だよ!」
「……たまにはパンとか飯も食いてえよ」
「え~、お芋さんは完全栄養食だよ~?」
ニコニコと笑うアイルに押し切られ、結局今朝も「芋尽くし」の朝食が並ぶ。
食卓には菜々海も加わり、三人で芋料理を囲む。
菜々海は困った顔をしながらも、文句一つ言わずにきれいに平らげていた。
準備を整え、玄関に向かう。
「それじゃ、行ってくる」
玄関まで出てきたホウとシズクが見送ってくれるのも、習慣になっていた。
「いってらっしゃーい! あ、マッチョ! 逃げるなマッチョ! お前もちゃんとハルキたちをお見送りしろぉ!」
ホウは、玄関のプランターで育った『マッスルエンドウ』と格闘していた。今やスナップエンドウはしっかりとした人型の形状になり、勝手に歩き回るようになった怪植物だ。すっかりホウの遊び相手になっている。
「ワンダさん、トラクターには気をつけてくださいね。菜々海さんも、アイルさんも、頑張って」
「そんなもん、道端でそうそう轢かれねぇよ!」
ワンダのツッコミと共に丁寧にお辞儀をするシズクの声に送られ、俺たちは「狂者の館」を後にした。
ーーー
登校して教室の扉を開けると、そこは既に戦場だった。
この一週間で、クラス内には明確な「派閥」が出来上がっていた。
普通の高校なら容姿や性格でカーストが決まるものだが、ここは農業高校。彼女たちの対立軸は、専門分野へのプライドだ。
「いい? 野菜の王様は『果実』よ! トマトやナスのみずみずしさこそが、野菜の華なんだから!」
実家が大規模な農家だという女子が率いる『果実派』。
「真の農業は土の下にあるのよ。大根、ゴボウ、ジャガイモ……人類を支えてきたのは『根菜』よ!」
作業着の着こなしが既にプロの『根菜派』。
そして、それらを静かに見守る一団があった。その中心には、圧倒的な”女神”が存在する『畜産派』だった。
「みんな、喧嘩はやめようよぉ。お野菜も、お肉も、みんな命なんだから……」
おっとりと微笑む少女、堀間蘭。
あの倫と蓮の三つ子の末っ子だ。
腰まで届く艶やかな黒髪ストレートに、慈愛に満ちた瞳。スラリとした高身長で、清楚を形にしたような美少女。末っ子にすべてを持っていかれるとは、まさに彼女のことだろう。
蘭が所属する畜産派には、学年一のギャルや男装の麗人もいたりと、クラスのアイドル的な女子が集中している。その人気は男子連中だけでなく女子も「畜産は箱推しできるですぞ!」「蘭様、神様、ありがたや~」と騒ぎ立てられるほどだ。
ちなみに俺とアイル、菜々海の三人は、周囲から勝手に『山神派』という独立勢力として扱われているらしい。
――――――
―――
今日の授業は、1年生にとって最初の難関、『畜産実習』だ。
「よし、今日は子牛の除角じょかくと耳標じひょうの取り付けを行う!」
実習教官の号令が牛舎に響く。農業高校の畜産は、癒やしの時間ではない。動物を『経済動物』として管理するための、血と汗の儀式だ。
子牛の耳に黄色いナンバープレートをカチッと打ち込む。 「モオオオ!」と鳴き声を上げる子牛。
「ひっ……! かわいそう……」
怯える男子生徒を尻目に、蘭は迷いのない動作で子牛の頭を優しく、しかし確実に固定していた。
「いい子だね……痛いのは一瞬だからね……」
その微笑みは慈愛に満ちているが、手際は完全にプロだ。
続いて、さらにハードな『除角』が始まる。牛同士が傷つけ合わないよう、生えてきたばかりの角の根元を焼き切る作業だ。
焼きごてが熱せられ、ジウッという音と共に独特の焦げ臭い匂いが漂う。 そこで俺はふと思った。
(……俺の山神の力は、植物以外にも作用するのか?)
昨日の開墾では、鍬に力を込めただけでボロボロになった。ならば、この「生き物」に対してはどうだ?
俺は蘭が押さえている子牛の背中に、そっと手を置いた。
もし植物と同じように、急激に成長させてしまったら……どうなる?
ごくり、と唾を飲み込んだ。
――だが。
何も起きなかった。
植物の時に感じる、生命の爆発的な奔流も、大地と繋がるような感覚も、一切湧き上がってこなかった。ただの温かい動物の体温が伝わってくるだけだ。
「……あれ?」
「ワンダ君、どうしたの? そんなに真剣な顔して」
蘭が不思議そうに俺を見る。子牛は変わらず「モオオ!」と暴れ、蘭がそれを手際よくなだめている。
念の為、もう一度強く念じてみたが、やはり無反応だ。
(……なるほどな。山神ってのは、あくまで「山」や「土」から生まれる植物の神、ってことか)
マッスルエンドウのような珍妙な植物は生み出せても、牛をムキムキにすることはできないらしい。
俺は少しだけ安堵した。もし動物にまでこのデタラメな力が及んでいたら、この世界の生態系を根底から壊してしまう自信があったからだ。
「……いや、なんでもない。蘭、手伝うよ」
「えへへ、ありがとう、ワンダ君」
蘭の完璧すぎる笑顔に、少しだけ気圧される。
俺の力は「植物限定」。
それは不便なようでいて、どこかこの異常な力の境界線を示しているようで、俺を少しだけ冷静にさせた。
実習を終え、手を洗っていると、横からアイルがひょいと顔を覗かせてきた。彼女は、俺が子牛に対して何かを試そうとしていたことに気づいていたらしい。
「ねえねえワンダ君、そんなにガッカリしなくてもいいよ~」
「ガッカリはしてねぇ。ホッとしたんだ」
「強がらなくていーの! そうだ、そんなにマッチョが見たいなら、今度はお芋を植えようよ! ワンダ君のパワーでさ、こう……バッキバキの腹筋がついたジャガイモとか、腕組みして威嚇してくるサツマイモとか作ってよ!」
「……作るか。そんな気味の悪いもん」
「え~! 『マッスルポテト』、絶対おもしろいよ! 収穫の時にボクとスパーリングして、勝った芋から順にポテトチップスだよ~!」
「……菜々海、こいつなんとかしてくれ」
「……ごめんワンダ。アタシもちょっと、ムキムキのジャガイモが土から這い出してくるところ、見てみたいかも……」
菜々海までが、どこか遠い目をして呟いた。
放課後に入ると、蘭が申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた。
「ワンダくん、聞いたんだけど……リンちゃんたちが、迷惑をかけてごめんね」
「いや、いつものことだから。気にしてないよ」
「そう、よかった~。あ、そういえばリンちゃんとレンくんからワンダ君の力のこと聞いたんだけど、それって……動物にも何か影響あるのかな?」
「ああ、そのことか。実はさ、今日の畜産実習でこっそり牛に試してみたんだ。……でも、全く反応なかったよ。やっぱり植物限定みたいだ」
ワンダの言葉に、蘭は少しだけホッとしたような、それでいて少し残念そうな複雑な微笑を浮かべた。
「そっか。……なんだか、良かった。もし牛たちがワンダくんに懐きすぎちゃったら、私の出番がなくなっちゃうもの」
その瞬間、
「ちょっと、蘭!ワンダくんを 一人で独占しすぎ!」
横から割り込んできたのは、派手なネオンピンクの作業帽を斜めに被った女子、篠塚忍だ。実家が忍者の家系らしいが、耳元の手裏剣ピアスがジャラジャラと鳴り、全く忍べていない。
「ワンダっち!あんたが噂の『山神』でしょ?アタシは篠塚忍!よろしく~!実はね、アタシんち代々忍者の家系なんだ!ぶいぶいっ!いえ~い!」
「え!?忍者? もっと地味にしなくていいのか?」
「時代遅れだよ、それ! 今は映えてなんぼっしょ!」
忍がガバッとワンダの肩を組み、続いてすらりとした長身の美少女、飛鳥麗子も興味深げに覗き込んでくる。王子様のような中性的な美貌は、女子からの人気も絶大だ。
「へえ、植物を自在に操るなんて、興味深いね。……ねえ、うちで育ててる牧草もワンダ君が触ったら、もっと栄養価が高くなったりするのかしら?」
「面白そう!」とはしゃぐ忍と麗子。
クラス中が「あの三美神と普通に喋ってる……!」と驚愕の視線を送っている。入学初日から考えるとある程度、クラスの輪に馴染めている実感が湧き始めたその時、蘭の目がスッと冷たくなった。
「ちょっと、シノブ、レイコ。ワンダくん困ってるよ?……ワンダくんについて知りたいなら、これ、リンちゃんたちが発行した最新の学内新聞だよ。読み応えがあるから、あっちでゆっくり読んでくるといいよ?」
蘭がどこからともなく取り出した、情報密度の高い新聞を二人に手渡した。二人は
「え!?なにそれ!もしかして三つ子の記事!?」
「蓮くんの記事……なるほど、興味深いわね」
と、誘導されるように離れていく。
「おい、ちょっと待て、俺もその記事気になるんだが!?」
「大丈夫だよ、個人情報までしか書かれてないから」
「いや、それアウトだろ!!」
中学時代。外交の倫、通信の蓮、そして蘭についた称号は『広報』だった。
蘭は見た目が良く、心も優しく広い人脈を持つ。その人物が宣伝する効果は火を見るより明らかだろう。
蘭の活躍によって、倫達は情報操作をも可能にしていたのであった。
「それより……」
と、飛鳥と麗子が十分に離れたのを確認すると、蘭は一歩、ワンダとの距離を詰めた。 ふわりと、花の香りと消毒液の入り混じった彼女特有の匂いが鼻をくすぐる。
「……レンくんが言ってたの。このクラスに、裏で『山神の力』を狙って暗躍している人が紛れ込んでる可能性が高いって。レンくんはリンちゃんと違って、冷徹に証拠を追うタイプだから、信憑性は高いと思う」
蘭の微笑みは変わらないが、その奥には確かな警告が宿っていた。
「気を付けて。ワンダくんの力は、私たちが思うよりずっと、誰かにとっての『宝の山』なんだから」
――――――
―――その日の夕方。
俺たちが館に帰ると、玄関先でホウが珍しく深刻な顔をしていた。
マッスルエンドウがホウの足元で、まるで相談するように葉をカサカサと激しく動かしている。
「ホウ、どうした? スナップエンドウがまた暴れてるのか?」
「ううん……違うの。マッスルエンドウがね、さっきからずっと『仲間が欲しい』って言ってるの……」
ホウはマッスルエンドウの太い茎を優しく撫でながら、困ったように首を傾げた。
「一人じゃ寂しいんだって。毎日わたしと遊んでくれるのは嬉しいけど、もっと仲間がいて賑やかになりたいって……」
俺は思わずマッスルエンドウの顔(?)を見た。
ダブルバイセップスのポーズを決めたまま、なんだか葉を少しだけ垂らして寂しげにしているように見える。
「……なるほどな。山神の力で生まれたやつが、仲間を欲しがるのか」
菜々海がため息をつき、アイルが目を輝かせた。
「じゃあ、ヒマワリを育ててみようよ! 太陽に向かって元気に育つ子なら、マッスルエンドウとも仲良くなれそう!」
その夜、俺は庭の端に小さなプランターを用意した。
普通のヒマワリの種を一つだけ土に埋め、手のひらをそっとかざす。
山神の力が、静かに、しかし確実に大地に流れ込んでいった。
――次の朝。
プランターから顔を出したのは、予想を遥かに超える巨大なヒマワリだった。
茎は俺の腰ほどもあり、花は人の顔より大きい。花びらが黄金色に輝き、朝日を浴びるたびにキラキラと光を反射している。
ヒマワリはゆっくりと茎をくねらせ、花の中心をこちらに向けた。
花びらがふわっと広がり、まるで「やっほー!」と挨拶しているように見えた。
マッスルエンドウが大喜びで葉をバサバサと激しく動かし、茎をぐいっと伸ばしてヒマワリの隣に寄っていく。
ヒマワリも茎をくねくねと回しながら応え、二本の植物がまるで握手するように葉と花びらを絡め合った。
ホウが目を丸くして解説する。
「わあ……マッスルエンドウが『仲間ができた!』ってすごく喜んでる! ヒマワリちゃんも『よろしくね!』って花をいっぱい回してるよ!」
しかし、それだけでは終わらなかった。
ヒマワリは太陽に向かって回る性質を極限まで発揮し、朝日が昇るたびに茎をぐるぐる回転させながら館中を動き回り始めた。
しかも、花びらがまるで手のように動き、近くにいる人間の頭を優しく撫でてくる。
……お礼のつもりなんだろうが、かなりくすぐったい。
俺の頭の上を、ふわふわと巨大な花びらが何度も往復する。
「うわっ、待て! 花びらで撫でるな! くすぐったいんだよ!」
菜々海が呆然と呟く。
「……なんか、ちょっとキモいな」
こちらの言葉が分かっているのか、ヒマワリは猛烈な勢いで枯れ始めてしまった。
「ちょっと!ナナミ!! なんて可哀想なこと言うのよっ! 植物は人の言葉を糧に成長するんだから、もっと配慮しなさいよ!」
なぜだか分からんが、今までにない程怒ったホウに。
これには菜々海もぐうの音も出ず、萎れてしまったヒマワリちゃんに「…ごめん。……あんた、輝いてるよ」と声をかけていた。
現金な性格なのか、ヒマワリは調子を取り戻し急速に色を取り戻していった。
アイルの方は大喜びでヒマワリの回転に合わせてくるくる回り始め、シズクは「ふふ、太陽の精霊みたいで素敵……」と微笑んでいる。
マッスルエンドウも負けじと葉をバサバサさせ、ヒマワリの回転に合わせてポーズを変えながら一緒に「ダンス」を始めた。
二体の巨大植物が玄関先で朝からノリノリで絡み合う姿を見て、異常な光景だったが……まぁ、いっか。と俺は諦めた。
……山神の力、恐るべし。 植物限定ですら良かったのか、俺は少しだけ不安になった。
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