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ワンダーライフ  作者: 都落 一郎
1話 -ワンダのスミカ-
6/10

6話 ワンダとジッシュウ

 嵐が去った翌朝。

 強烈な朝日が窓から差し込み、俺は目を覚ました。


 視界に飛び込んできたのは、水色で透明な何か…。


「……おはよう、ハルキさん。ゆうべはよく眠れたかしら?」


「うわああああっ!!」


 俺はシーツを蹴り飛ばして跳ね起きた。

 布団正座して膝枕をしていたのはシズクだった。そして、手には「太くて逞しい大根」を持ち、こちらに向け何かを訴えるような目で見つめてくる。


「朝から何のホラーだよ!」


スコーンッ!!


「あああん♡朝から…激しい~!!」


朝から変態全開の大精霊だった。


「っていうか、女子は別の部屋に寝かせたはずだろ!」


「あら、私は『精霊』だからノーカウントよ。それに、あなたの寝顔を見ていたら……なんだか、抗えない欲情に駆られてしまって……つい……」


「出ていけ!!」


 シズクを屋根裏部屋から追い出し、俺は盛大な溜息をついた。


 顔を洗いにリビングへ向かうと、そこには既に同居人たちが集まっていた。


「おう! おはよう。昨日はよく眠れたか?」


「あ、ワンダ君、おはよ~! うん、なんだか修学旅行みたいで楽しかったよ~」


 アイルがパジャマ姿で目をこすりながら挨拶してくる。


 その隣では、金髪をポニーテールに結い直した菜々海が、玄関の方を指差して呆然と立ち尽くしていた。


「……おはよ。……ねえ、ワンダ。玄関のプランター、見た?」


「ん? まだだけど、それがどうかしたか?」


「どうかしたか、じゃないわよ! 見てきなさいよ!」


 菜々海に背中を押され、玄関のプランターを確認した。


 引っ越した日に俺が適当に土を詰めて種を蒔いたスナップエンドウが一晩で成長しきっていた。


「……は?」


 昨日まで芽も出ていなかったのに、俺の身長を優に超える高さまで成長し、巨大な人型になっていた。  しかもボディビル選手のようなダブルバイセップスのポーズを決め込んでいる。テニスボール大の実が、脇と股間の辺りに密集してぶら下がっていた。


「な、なんだこれ……まさか、これが山神の力ってやつか……?」


「……信じられない。こんな大きいの初めて見たわ……。食べて大丈夫かな? 怖いけど、私の勘が『これ、めっちゃ美味しそう』って言ってる気がする! 朝食に使ってみない?」


 俺が呆然と立ち尽くしていると、菜々海が目を輝かせて身を乗り出してきた。


「え、でもこれ人間の形してるぞ……なんか食べづらくないか?」


「……うるさいわね。大人しく朝食作らせなさい! 迷惑かけてるお詫びもさせて欲しいのよ……ほら、さっさと収穫してキッチンに持ってって!」


 俺は仕方なくマッスル・エンドウから実を両手いっぱいに収穫し、菜々海の元へ運んだ。


 彼女の手際は驚くほど良かった。

 巨大な豆を鮮やかな包丁さばきで、塩焼きと味噌汁の具に変えていく。


 数分もしない内に、食卓には炊き立てのご飯と、瑞々しすぎる豆料理が並んだ。


「いや、助かったよ。菜々海」


 菜々海が少し得意げに胸を張る。


「ふん、…ついでにキッチン周りも使いやすいように綺麗にしといたから」


「……お前、意外とマメなんだな。豆だけに」


 ブフォッ。


 牛乳を飲んでいたアイルが鼻から白い液体を噴き出した。


「うわ、きたね!」


「いいから食べるわよ!!」


 菜々海が箸を握りしめ、俺をじろりと睨む。


 アイルがこぼした牛乳を拭いているとホウとシズクも集まってきた。


「そんじゃ、いただきます!」


「「「いただきまーす!」」」


 一口食べた瞬間、アイルの目が大きく開いた。


「おいしい……! なんだか、体の中から力が湧いてくるみたい!」


「ふふん、見たこともない大きさだったけど上手く調理できた自信はあるわ!」


 少し得意げな菜々海を見て、俺も箸を進める。

 確かに美味い。ただデカいだけじゃなく、生命力の塊みたいな濃厚な味わいだった。


「ふふ、ハルキさんの愛情がたっぷり詰まった野菜だもの。美味しくて当然よね……」


「俺、種植えただけですけどっ!?」


 そんな会話をしつつ、この日、初めて”山神の力”というものを身近に感じながら俺たちは一気に朝食を平らげた。


「やべっ、もうこんな時間か。アイル、菜々海、準備しろ! 遅刻するぞ!」


 俺達は制服に着替え、通学カバンを掴む。

 菜々海も自分の制服の襟を整えた。


「じゃあ、いくわよ。……言っとくけど、学校ではあんま話しかけないでよねっ!」


「なんでだ?」


「ほら、昨日の放課後……アタシみんなの前で騒いでたでしょ?そういうことよ…」


「ボクは気にしないし、学校でも菜々海ちゃんと仲良くしたいな~」


「なんだよそれ……俺なんか生徒会室に呼び出されて、窓割って逃げたりもしたが?」


「はぁ!?なによそれ!まるっきり不良じゃないッ!」


「お前に言われたくはねぇわ!……だから、別に気にすることはないぞ」


「なんたって、ワンダ君は山神だからね~!」


「そんな……それに、押しかけるように居候させてもらってるし……これ以上、迷惑かけたくないっていうか……」


 どうやら菜々海は後から色々考えてしまうタイプらしい。


「いいから、ほら、学校行くぞ!」


 そう言って菜々海の手を取り引っ張っていく。


 ちょうどホウとシズクが玄関のスナップエンドウ像を見ていたので、見送りをしてくれた。


「ハルキ!おみあげよろしくね~!」

「うふふ、わたしにもお願いしますね~!」


 違う!これ見送りじゃなくて、お土産のカツアゲだ!!

 大きく手を振るホウとシズクに見守られながら館を出発する。


「「いってらっしゃーい!」」


「「「いってきまーす!」」」


 俺たちの、あまりにも騒がしい「共同生活初日」の登校が始まった。




――――――

―――


 昨日、入学式を終えたばかりの俺たちは、今日から本格的なカリキュラムに臨む。


 この農業高校では、一年生の間は「総合農業」として、農業・酪農・商業の基礎を全員がフラットに学ぶ。泥にまみれ、生き物と触れ合い、流通まで。適性を見極めた上で、二年生から専攻に分かれる仕組みだ。


 同じクラスには、実家の牧場を継ぐ大柄な奴もいれば、農業ビジネスでの起業を夢見てノートパソコンを操る女子もいる。今はまだ同じ教室だが、一年後にはそれぞれの道へ——いわば「切磋琢磨」の期間だ。


 学校に近づくにつれ、農業高校特有の五感を刺激する風景が広がる。肥料の独特な匂い、遠くのトラクターのエンジン音、実習棟前に並ぶ一輪車の列、上級生が朝早くから畑を世話する姿。


 教室に入ると、クラスメイトたちが昨日の雷のことを話題に話していた。


 そして、俺たちの姿を見た瞬間、喧騒が水を打ったように静まった。


「お、おい……マジかよ、本当に三人で来たぞ……」


「昨日、山の方で凄い落雷あったよな? 直撃したって噂だけど……」


 ヒソヒソという不穏な囁きを切り裂くように、クラスの調子者・佐藤が恐る恐る近づいてきた。


「よ、よぉ、ワンダ、アイル……それと、菜々海。昨日の雷、大丈夫だったか? ニュースになってたぜ」


 その瞬間、菜々海の眉間に深い皺が寄った。ポケットに手を突っ込み、耳のピアスをジャラリと鳴らしながら、蛇のような鋭い眼光で佐藤を射抜く。


「……あ? 雷ごときで死ぬかよ、ボケ。お前に関係あんのか?」


 菜々海はどうやら学校では不良キャラを被るらしい。


「い、いや! そんなんじゃなくて、心配したっていうか……」


「余計なお世話なんだよ。てめぇの心配してろ!」


 菜々海が一歩踏み出すと、佐藤が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて後ずさる。クラス中が凍りついたその時——。


 俺は大きな掌を、菜々海の金髪の頭の上にポンと置いた。


「おい、菜々海、朝からそんなに吠えるな。昨日の今日だし、佐藤も心配してくれただけだろ」


 そう言って菜々海の肩に手を置いて諫める。


「っ!? っざけんな、触るなっ! ……てか吠えてねーよ!」


 菜々海がバッと俺の手を振り払う。

 だが、その勢いに拒否の色は無かった。


「佐藤、悪かったな。こいつ、昨日の雷で寝不足なんだよ。気にしないでくれ」


「誰が寝不足だっつーの!」


「はいはい。ほら、予鈴もうすぐ鳴るぞ。席着け」


 俺が静かに促すと、菜々海は「……ふんッ!」と鼻を鳴らし、ドカッと座り込んだ。


 周囲から小声が漏れる。


「……すげぇ、あの狂犬をワンダが菜々海さんをあんな簡単に治めたぞ……」


「一年随一の不良が手綱握られてる感じだな」


 アイルがケラケラ笑いながら俺たちを見ていた。


「菜々海ちゃん、ワンダ君に言われるとすぐ大人しくなるよね〜。躾けられたワンちゃんみたい!」


「アイル、しゃべり過ぎだよ……。うるさい」


 菜々海が再び机を叩いて立ち上がろうとするのを、俺は座ったまま横目で制した。


「菜々海」


「…………わかってるよ!……ちっ!」


 菜々海は渋々椅子に深く腰掛けた。


 周囲からは「山神に飼われている番犬」という奇妙な揶揄が聞こえてくるが、彼女は窓の外を向いて無視を決め込んでいる。


 耳元が少し赤くなっているのは、怒りのせいか、それとも——。


 俺は苦笑いしながら、一時間目の実習の準備を始めた。




――――――

―――一年生実習畑。


 作業服に着替えた菜々海が、耳のピアスをいじりながら不機嫌そうにしゃがんで周りの同級生にメンチを切っている。


「ひぃっ、出たよ『狂犬』だ……」


「昨日、ワンダに強烈な蹴りを入れてたよな……」


 ヒソヒソ聞こえる噂に、菜々海が鋭い眼光で一喝する。


「あぁん!? 誰が狂犬だって? 焼き殺すぞ、このハゲどもがっ!!」


「ひゃあぁぁ!」


 生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「あはは、菜々海ちゃん。元気だね~!」


 アイルがのんびりと肩を叩く。


「元気とかじゃねーんだよアイル! いいか、舐められたら終わりなんだよ。お前も気をつけろよ」


 そんなやり取りをしている間に、担任の五十嵐先生が出てきて拡声器を構えた。


「コラそこのバカ共! 私語を慎め! これから実習を始める。実習は三人一班で行うから、まずは班を決めろ! 組めない奴は一人で三倍働け!」


 生徒たちが班づくりへと一斉に動き出す。


 だが、菜々海の周りだけは道が開いていく。


「……チッ。どうせアタシは余り物だよ。一人で三倍耕してやるよ……」


 そんな彼女の作業服の裾を、俺がぐいっと引っ張った。


「何すんだよワンダ! また蹴るぞ!?」


「なんでだよ。俺たちはもう同じ家で飯食ってる仲だろ。今さら他人と組むのも面倒くせーし」


「……っ! な、仲とか……そんなんじゃねーし! ただの同居人だろ!」


「菜々海ちゃん、ボクも菜々海ちゃんと一緒の班になれたら嬉しいな〜」


 アイルののんびりした笑顔に、菜々海は毒気を抜かれる。

 こいつはそういう所がすげぇんだよな。


「……ふ、ふん。そこまで言うなら、入ってもいいけどさ。どうせデカブツとチビじゃ、野菜一つまともに育てらんないだろうし……


「誰がデカブツじゃ!」


「それに、同じ家のやつが恥かかれるのも面白くないからね!」


 菜々海なりの感謝の気持ちなのか?


「せっかくだし、やるならとことんだ!一番いい苗を獲りに行こうぜ!」




 三人は育苗ハウスへと向かった。ハウスの扉を開けると、むわっとした湿った土と葉の匂いが鼻を突く。ビニール越しに差し込む光が、ずらりと並んだ苗トレイを淡く照らしていた。空気は蒸し暑く、すでに何人もの生徒が殺気立って動き回っている。


「あっちのトマト苗がデカいぞ!」


「こっちのナス、葉っぱがツヤツヤだ!」


 菜々海が鋭い声で指示を飛ばす。


「ちょっとワンダ! ボサっとしてんじゃないよ! そのデカい体で入り口塞いで、邪魔な奴が入ってこないようにして!」


「おい、邪道な方法を第一案に持ってくるなよ!」


「アイルはアタシの横について、虫食いのない苗を秒で見分けろ!」


「え、俺、ほんとに門番なの?」


「そうだよ! がんばってブロックしてねワンダ君!菜々海隊長、了解〜!」


 俺はハウス入口に立った。


 後から中に入ってこようとしたクラスメイト達は入口で恐怖に怯えた顔で二の足を踏んでいる。


 菜々海の指示は的確だったようだが、良心が痛むので菜々海たちのところへと戻る。


「いい?ワンダ、アイル。苗ってのはデカければいいってもんじゃないの。このずんぐりむっくりしたやつが、根性があって美味い実をつけるんだから! 茎が太くて節間が短い、葉に厚みがあって色が濃い……ほら、このトマトの苗! この産毛の生え方、完璧! 株元がぐらついてなくて、根張りも良さそう。花芽の付き方もいいわよ!」


「へぇー。お前詳しいんだな」


「……アンタと一緒にすんじゃないわよ。小さい頃から畑手伝わされてたんだから……。これ確保するわよ!」


 その時、横からチャラそうな男子三人組が割り込んできた。


「おっ、これ良さそうじゃん。もーらい!」


 菜々海が狙っていた一番良いトレイに手が伸びる。


「……あ”?」


 菜々海の喉の奥から、地鳴りのような低い声が出た。ハウスの湿った空気が一瞬張りつめた。


「あんたたち……今、アタシが狙ってた獲物に手を出そうとした? 死ぬ勇気、あるの?」


「ひっ……! ぼ、坊主菜々海……!!」


「だから、坊主って呼ぶんじゃねぇって言ってんだろぉぉがッ!!」


 威圧感に押され、男子たちはトレイを放り出して逃げ出した。


「さすが菜々海ちゃん! 悪のお親玉みたいだね!」


「アイル、それ褒めてないからね!?」


「でも助かった。おかげで最高なのが揃ったな」


 俺がずっしりと重い苗のトレイを抱える。土の重みと苗の瑞々しさが、手にしっかり伝わってくる。


 実習畑に戻り、自分たちの区画の前に立った。目の前には、まだ何もない茶褐色の土。


 朝の陽光が土を温め、かすかに湿った匂いが立ち上っていた。


 遠くでトラクターの低いエンジン音が響き、上級生がすでに畝立てをしている姿が見える。


「……ねえ、ワンダ、アイル」


 菜々海が土で汚れた手を腰に当て、二人を見上げた。


「アタシ、決めた。このクラスで一番美味い野菜作って、あいつらに見せつけてやるんだ……ちゃんと記録も取って、肥料のやり方や水の量も工夫するわよ!」


「ああ。俺だって農家の長男だ!野菜に関しちゃ負ける気しねえな」


「じゃがいものことならボクに頼ってね!それ以外は野菜が美味しくなるようにいっぱい話しかけるよ~! 毎日『がんばってね』って」


「……それはどうなんだろ? でも、まあ……悪くないかもな」


 菜々海は少しだけ、本当に少しだけ、嬉しそうに鼻を鳴らした。

 風が畑を渡り、彼女の金髪のポニーテールを軽く揺らす。


「……まぁ、いいわ。ワンダ、アイル。今日からよろしく。足引っ張ったら、その場で埋めてやるからね!」


「わかった。埋められないように頑張るよ」


 三人で土を踏みしめながら、俺たちはこれから一年をかけて育てる区画を見つめた。まだ何もない茶色の土が、なんだか少しだけ、生きているように感じられた。

館がある山の上には湖があります。

カルデラ湖です。

シズクは水を吐き出すと胸がしぼみます。

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