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ワンダーライフ  作者: 都落 一郎
1話 -ワンダのスミカ-
4/10

4話 ワンダのガッコウ

 今日は出会いの方――入学式だ。


 麓の町ではとうに葉桜に変わっていたが、宮湖山の中腹、標高四百メートル付近に建つ我が校の校舎周辺では、今がまさに満開だった。


春を惜しむように咲き誇る桜が舞い、吹き抜ける少し冷たい風が、散る花びらで新入生を歓迎する。


質実な面持ちの教師たちに見守られ、体育館の中で目を輝かせた新入生たちの入学式が厳かに行われていた。


「えー、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これから皆さんは我が校の生徒として……」


 校長先生の眠くなる演説が始まった。この隙に、俺の通うことになったこの学校のことを紹介しておこう。


―――  私立山野中(やまのなか)高校。


農業を専門に学ぶことができる高校として設立され、『学習と実践』を校是としている。


現在は農業科、酪農科、普通科に分かれており、農業科と酪農科にはそれぞれの専門科目がある。


 俺が入った農業科は、生徒一人に一軒の家と畑が与えられ、授業で学んだことを即座に実践できる環境があるのが最大の強みだ。


 学校の敷地は独立峰『宮湖山(みやこやま)』にあり、校舎があるのは中腹の標高四百メートル地点。そして俺たち生徒の「学地(がくち)(住居兼農地)」は、そこからさらに斜面を登った標高五百メートル付近から点在している。


 つまり、登校するだけで毎日百メートル以上の高低差をジグザグの山道に沿って下り、下校時にそれを登り直すことになる。


 荷物を運んだあの地獄の階段や坂道は、日常のプロローグに過ぎなかったわけだ。


 この山全てを学校が所有しているため、もし校内一周マラソン大会なんてものがあったら、たぶん死人が出る。


 下界よりも気温が低いため、朝晩は四月とは思えないほど冷え込む。

気圧も低く、購買に並ぶ菓子の袋がパンパンに膨らんでいるのを見て、改めて「とんでもないところに来ちまった」と実感した。


 ちなみに、俺が割り当てられた土地は山の七分の一。

 東京ドーム三個分。


……もちろん書類上の話で、実地で使用するのは家と畑を合わせた、せいぜいサッカーコートくらいの広さだろう。それでも十分すぎるほど広いけどな。 ―――


「――節度を弁え、自由に学んでほしいと思う。皆さんのこれからの活躍に期待しています」


 やっと終わったか。足が痺れて感覚がない。

 高地の冷気で、一度感覚の消えた足がジンジンと痛む。


「続きまして、生徒会長より新入生への挨拶です」


 司会の声と共に、一人の男が登壇した。

 黒髪を七三にきっちりと分け、皺一つない制服に身を包んだその男は、歩き方一つとっても重心が一切ぶれない。


 どっしりと大地に根を張ったような、隙のない立ち姿だ。

 マイクの前に立つと、彼はゆっくりと会場を見渡した。


「新入生の諸君。入学おめでとう。生徒会長の殿田伝助(でんだでんすけ)だ」


 腹の底に響くような、重厚で渋い低音ボイス。

 その声だけで会場の空気がピリリと引き締まる。


「我が校での生活は、決して楽なものではない。己の足で山を登り、己の手で土を耕す。だが、その苦労の先にある収穫こそが、君たちの糧となる」


 ……真面目だ。絵に描いたような模範的会長じゃないか。

 だが、殿田会長は二、三生活に関する指導めいたことを話した後、そこで話を終えず、不敵な笑みを浮かべた。


「さて、本日は喜ばしい報告がある。今年の新入生の中に、我が校の伝説である『山神やまがみ』の宿命を背負った者が現れた。


 ……椀田春樹さん、前へ」


 ……え、俺?


 情況が飲み込めないまま、上級生たちに促されるようにして両脇を固められまるで連行されるかのように壇上に立たされた。


「えええぇぇぇ! ちょっと待って、何これ!!」


 壇上から生徒たちを見下ろす。

 この規格外の図体のおかげで、この場で一番頭が高いのは俺だ。

 しかも緊張と困惑で目つきが限界まで鋭くなっており、視線を向けるたびに最前列の新入生たちがビクッと肩を揺らす。


『デカっ! 熊かと思った……』

『なにアイツ、目つき怖すぎ。殺し屋かよ』

『例の「狂者の館」に入ったっていう……』

『山神って、あの都市伝説の?』

『ワンダ君、がんばってー!』


 会場がざわつく。アイルだけが能天気に手を振っているのが見えた。


「君にこそ相応しい称号だ」


 殿田会長は、一本の鉄製タスキを俺の肩に掛けた。そこには力強い筆致で『山神』と書かれている。


「いや、なんでだよっ!」


俺のツッコミは華麗にスルーされ、殿田会長が耳打ちをしてきた。


(放課後に迎えの者を送ります。お時間はいただけますね?)


 至近距離で、俺にだけ聞こえる渋い低音ボイスで囁かれた。

 逆らう余地を与えない、絶対的な命令の響き。

 俺は呆然としたまま、またも連行されるように壇上を後にした。




――――――

―――


 入学式が終わり、教室でのガイダンスが進む放課後。

 俺は1年A組24番だった。


 椀田という珍しい苗字からも分かるように、出席番号は当然、一番最後。

 さっきから、クラスメイトたちから奇異と恐怖の目が混ざった視線を浴び続けている。


 何より、『わたしが山神!!』という屈辱的な文言が裏面に刻印された鉄製タスキを掛けたまま、巨体を窮屈そうに机に押し込めているんだ。

威圧感以外の何物でもない。


「ワンダ君……これ全然取れないよ。あ、鉄だから熱すれば曲がるかも!」


「絶対やめろよ!それ俺が火傷するやつじゃん!!」


「えへへ~、そっか~」


 嬉しいことにアイルとは同じクラスだった。

 そして俺のみを案じて傍にいてくれた。


 タスキを外そうと四苦八苦してくれているが、このタスキ、鍵がないと物理的に外れない。


 会長の野郎……!


『お時間いただけますね?』じゃねえよ!


 完全に強制連行の予告じゃねえか!

 思い出してイライラが頂点に達し、俺の貧乏ゆすりが激しくなる。


「あわわわわわわわ……っ」


 アイルは俺の膝に乗り、タスキの鍵穴を調べていたのだが、俺の激しい震動のせいでロデオマシンのように揺さぶられている。


 すると、その光景を見た女子生徒たちから


「きゃー! 美少女が猛獣に弄ばれてる……! でもなんか可愛い!」


 という、よく分からない悲鳴に近い歓声が上がった。

 一方で、男子生徒たちからは


「あんな目つきの悪い大男の膝に……! 怖くて助けに行けねえ……!」


 という、恐怖と微かな嫉妬が混じった視線が突き刺さる。


 ガラガラッ。  教室のドアが開けられた。


「失礼。椀田春樹さんはいますか?」


 腕に『生徒会役員』の腕章を付けた男女二人が入ってきた。


「生徒会長がお呼びです。お時間、よろしいでしょうか?」


 断ったら何をされるか分かったもんじゃない。

 俺は眉間に深い皺を寄せたまま、ドスドスと床を鳴らして立ち上がった。




――――――

―――


 年季の入った木造の渡り廊下を通り、別館1階の生徒会室へ。


 そこにはもちろん、殿田会長が座っていた。


「ご苦労様。ワンダさん、先程ぶりですね」


 傍らには、サイドポニーをきりりと結った女子生徒が、鍵の束を持って控えている。目が合うとサイドポニーが口を開いた。


「私は生徒会役員の横尾栞(よこおしおり)です。会長の補佐を務めております」


「はあ……椀田です。よろしくどうぞ…」


 彼女は事務的な口調でそう言うと、俺を値踏みするように一瞥した。


「それよりも会長さん。こ・の・素敵なプレゼント、ありがとうございます」


「ふむ、気に入ってくれたようで何よりだ」


「ちゃんとここに来たんですから早くこのタスキ、外してくれますか? サイズが小さくて血が止まりそうなんですけど!」


「それは失礼した。思っていたよりもずいぶんデカく……ごほん、成長期だったようですね。横尾、鍵を」


 横尾が歩み寄り、ようやく鉄のタスキが外された。

 数時間ぶりの解放。俺は少し肩を回し、大きく深呼吸をして、固まった筋肉をほぐしてから――。


 俺は唐突に会長の後ろにある窓へ全力でダイブした。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


パリンッ!


「なっ!?」


 驚愕する会長の顔を背に、俺の体は宙を舞う。


 ――いや待て。窓を割るつもりは無かった!

 綺麗に掃除された窓が開いているように見えて知らずにそのまま突っ込んでしまった。


 窓ガラスを文字通り粉砕し、外に逃げ出す姿は、さながら全盛期のジャッキー・チェンだ。


 俺はやってしまったと思いつつ、そのまま中庭に着地し、猛ダッシュを開始する。


 戦略的撤退。これが今の俺にできる最善の選択だ。


 生徒会室を飛び出して走った、走った。


 走って……


……迷子になった。


「チキショー! 校内の地図覚えとくんだった!」


 この高校は広すぎる。

 生徒会室のあった棟を左に曲がり、実習用耕作地を突き抜け、ビニールハウスを回避し、肥料倉庫の隙間をすり抜ける。


 後ろから追いかけてくる殿田会長とサイドポニーの横尾をなかなか撒くことができない。


 いつのまにか一周して元の場所に戻ってきてしまったらしく、先程通った渡り廊下に出てしまった。すると、その陰からひょこんとアイルが飛び出してきた。


「うおおおおお、アイル!危ねええええ!!!」


 ぶつかりそうになりながらも、俺はアイルを抱きしめた。一体となった身体を片足を軸に一回転させ、勢いを殺しながら渡り廊下を抜ける。  今は腕の中にアイルをお姫様抱っこした状態で走っている。


「アイル、暴れないでくれぇ!」


「わわ、ワンダ君、おろしてーーー!」


「悪い、アイル。今、生徒会長と鬼ごっこしてるんだ。しばらくこのまま我慢してくれ」


「鬼ごっこ!? わ、分かんないけど、分かったよぅ///」


 そのまま体力の続く限り走り、ようやく校門が見えるところまで辿り着いた。脱出成功かと思ったが、門の前に一人の男が立ちはだかっていた。


 そいつは門柱に預けていた背中を離すと、ニヤリと笑って俺のほうを向いた。


「ふふふ、君が『山神』だね? 後ろからは……なるほど、生徒会長がしくじったのか。くっくっく」


「だ、誰だ!!」


 限界が来た俺はアイルを下ろし、膝を突いて息を整えながら尋ねる。


 目の前にいたのは、絶望的なほど「平凡」な男だった。五分後には顔を忘れそうなほど特徴のない目鼻立ち。


 ただ一つ、決定的に異質な部分があった。


 その平凡な顔の上に、見事な「金髪リーゼント」が鎮座し、サングラスが乗っかっているのだ。


 俺が呆気に取られている間に、背後から生徒会長・殿田が追いついてきた。


「よう、生徒会長。まったく、お前は相変わらず詰めが甘いな」


「だ、誰ですか……?」


「生徒会長アンタも知らないんかいっ!」


 訳知り顔で出てきたのにまさかの不審者か!?


「……えっ!? (でん)ちゃん……俺のこと忘れちゃったのか……?」


「ふむ……。もしや、会長ですか? お久しぶりです。随分と雰囲気が変わりましたね」


「今はお前が生徒会長なんだから、その呼び方はやめろよな」


「そうでした。ご無沙汰しています。渡辺先輩」


 この渡辺先輩は卒業したばかりの前生徒会長らしい。


 現役時代は、その「あまりに平凡すぎて誰もが自分の隣人や兄弟のように錯覚してしまう」という不思議な親近感により、全校生徒から絶大な信頼と安心感を得ていた、ある意味最強のカリスマだったという。怒らせると一番怖いタイプだ。


 そんなやりとりを眺めながら、俺の隣でアイルが鼻をヒクつかせた。


「ワンダ君、あの人ポマード臭い」


「なんかあのリーゼント、テカテカしてるのはそれかぁ」


「ぷぷぷ、髪がツイーってなって……整って……あはははは!」


 アイルが前会長を見て笑い転げ始めた。


「あはは、あ~あ。……あ! そうそう! ワンダ君はなんで会長と鬼ごっこしてたの?」


「鬼ごっこっていうか、生徒会室から逃げようとしたら窓壊しちゃってさ」


「え! 窓壊しちゃったの!? ワンダ君、もしかして不良……?」


「ちげぇーよ! 勢いで飛び出しちゃったっていうか……あー、そうそう、家のガスの元栓閉め忘れたかもしれないと思って戻ろうとしてたんだよ!」


「ワンダ君ち、ガスないじゃん。……てか、ちゃんと謝った? 謝らないとダメだよ!」


 アイルの澄んだ瞳が、俺の嘘を瞬時に見抜く。


「えーっと、てへっ☆!」


 ワンダスマイル(目つきが悪いのでほぼ脅迫)で誤魔化そうとした瞬間、アイルの目が据わった。


「ワンダ君、ちゃんと謝りなさいっ!」


ガコッ!


「ふがっ!?」


 どこから取り出したのか、アイルが俺の口に「生のジャガイモ」を力一杯詰め込んできた。


「ふぉあ! ふぁいふんがーっ!」


 土付きの皮は苦く、妙に辛い。これがアイルの怒りの表現らしい。


 俺が抗議すると、アイルはポケットから予備のジャガイモを取り出し、笑いながらジリジリと詰め寄ってきた。


「ワンダ君、悪いことしたらちゃんと謝らなきゃダメだよ! メッだよ!」


 笑顔だが、目がガチだ。『メッ☆』ではなく『めつ』の勢いを感じる。


「わふぁっは! わふぁっは!」


 俺は勢いよく首を振って全面降伏した。アイル、あんたおとこだよ。


 そこに、遅れてサイドポニーの横尾が追いついてきた。


「会長……その金髪、誰ですか……?」


(しお)ちゃん!? 俺だよ! 前会長の渡辺だよ!」


「渡辺先輩を騙るなんておこがましい! 誰もが自分を重ねてしまうほどのあの究極の一般人像はどこへ行ったんですか!特にその頭!丸めてから出直してきなさい!」


「へへ、いいだろ~。これが大学生の遊びってやつさ」


 渡辺先輩が必死に櫛で髪を梳かすたび、アイルがまたお腹を抱えて笑う。


 ……なんて騒動があった後、俺は逃げたことと割った窓のことを素直に謝罪し、大人しく生徒会室へと向かった。


 ちなみに、アイルに喰らわされたジャガイモは生食でも一応大丈夫だったらしいが、ポケットから取り除いた有毒な芽を見せられ、「今度やったらコッチだよ!」と釘を刺された。気をつけよう。




――――――

―――  現在、生徒会室の応接ソファ。


「さて、ワンダさん。あなたが『山神』となったことで、生徒会として是非ご協力いただきたいお話があるのです」


「……そもそも山神になったら何かあるんすか?」


「ふむ。長い話になります。あの館のある山は、本来は作物が育たない『枯れた土地』なのです。しかし八十年ほど前、山神となった者がいた時だけは、山全体が肥沃ひよくな大地へと様変わりしたという伝説があるのです。そして地質調査の結果、今まさにその現象が再来していることが判明しました」


「へぇ、肥沃ね。でも俺一人で山全部使うわけじゃないし、そんな大袈裟な話なんすか?」


「表現が足りませんでしたね。そこで育ったキュウリはスイカのように巨大化し、放牧された牛は二本足で踊り出すほど元気になると言われています。まさに植物にとっての楽園――『非常識な土地』となるのです」


「キュウリがスイカになるのかよッ!? 牛が踊るってどんな仕組みだよッ!」


「ワンダ君すごいね! ほんとに神様の土地だね!」


「そう! その奇跡のような空き地を見逃す奴なんていない。学校の農研や俺のいる大学からも狙う奴は多いだろうな」


 渡辺先輩の言葉に、殿田会長が頷く。


「つまり、ワンダさんの土地を中心にこれから『人』『モノ』『金』が動く。それらを取り纏めるのが我々の務めです。でないと、勝手に放牧されてワンダさんの家が二足歩行の家畜に強襲されることになりますよ?」


「こわっ! 二足歩行の牛って本気ガチかよ!」


「飛ぶ豚とか、大きな鶏も出てくるのかな! 楽しそうだね!」


 アイルは呑気だが、俺の知らない所で魔獣を量産されても困る。


「では、本日はここまで。都度呼び出しがあるかと思いますが、ご容赦を」


「はい、分かりました。これからよろしくお願いします!」


 俺の土地が、神様の土地か。


 実感が湧かないが、思っていたより大事になりそうな胸騒ぎがする。


 俺が思い描いていた「農業しながらまったり送る高校生活」とはかけ離れてしまった気がするが、気にしたら負けだ。


がんばろう。

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