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ワンダーライフ  作者: 都落 一郎
1話 -ワンダのスミカ-
3/10

3話 ワンダのナカマ

「服を着ろぉぉぉぉ!!!」


スコーーーーーーン!!!


 哀れ、大根はこの一撃で割れてしまった。


 そんなこんなで、事務室から戻った俺たちがリビングの扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、机に顎だけを乗せて『新潟しゃぶしゃぶ煎餅』を気だるそうに齧っているホウの姿だった。


……もちろん、一糸まとわぬ全裸のままで。


背中からは、意思を持つ触手のように数本の木の根がウニョウニョと蠢いている。


 非日常が服を着て歩いているような光景……

いや、厳密には服は着ていないんだけどさ。


「ほぁ〜、おふぁえひー」


「なに勝手に人のおやつ食ってんだよっ! あと、今すぐ服を着ろ! 風邪を引くでしょうがっ!!」


 ツッコミを入れながらも、視界に入る情報が多すぎる。

関東平野も真っ青な平たい胸、幼児体型でくびれもない。

色気の「い」の字も感じられないその姿に、俺は別の意味で頭痛がした。


「………えっと、おじゃまします……」


 俺の背後で、アイルが頬をリンゴのように赤く染めながら、同時に「不思議なもの」を見るように目を見開いてホウを見つめていた。


「き、木の精霊さん……だよね。ボク、小芋アイルっていいます。よろしくお願いします」


 アイルが丁寧に頭を下げると、ホウはパッと目を輝かせた。

口の中の煎餅をゴクリと飲み込み、近くに落ちていたボロ布のような服をバサリと羽織ると、素早い動きでアイルに詰め寄る。


「ほほぅ、可愛い娘ね! ハルキ、もう『が・ー・る・ふ・れ・ん・ど』を作ったの?」


「違うわっ!!」


「ち、違いますよ! まだそんな関係じゃないですっ///」


 アイルが必死に訴える。


「ほぉ、そうなの? なんろにしろ、挨拶がちゃんと出来るいい子ね、偉いわ! あ、小芋ってことはハルキの兄妹きょうだいなのかしら?」


 ああ、そうだ。昨日のドサクサで、俺はこいつに「小芋春樹」と偽名を名乗っていたんだった。


「ふっふっふ。聞けホウ、俺の真の名は『椀田春樹わんだはるき』だ! 野菜大好きな農家の息子だ!!」


「あれ、そうだったの? まんまと騙されてしまったわ!」


「悪気があった訳じゃないんだ。お詫びに、ほーら、このしゃぶ煎をもう一枚やる」


「わーい!」


 ホウは嬉しそうに煎餅を受け取った。本当にチョロイな。


「うふふ……さて、それじゃあ改めて自己紹介するわ。アイル、よく聞きなさい!」


 ホウは胸を張り、高らかに宣言した。


「私はこの家を守る『木』の精霊! 名前はホウ! カニにはジャンケンで負けたことがないわ! よろしくっ!」


 そう言ってホウは、昨日と同じく全身を使って『木』のポーズを表現するポーズを決めた。

背中の根っこがシュルシュルと動く光景に、アイルは度肝を抜かれたようだった。


「あはは………よろしくね、ホウさん。えーっと、ボクはアイルランド生まれの芋農家の長女です!」


 アイルは戸惑いながらもホウの真似をして『木』のポーズを決めながら自己紹介した。


……アイルよ…なぜそうなった。


別にそのポーズは精霊に対する正しい「作法」ではないぞ


……アイル、残念ながらそいつはただの馬鹿なんだ。


 そんな未知との遭遇を果たしたアイルは、戸惑いつつも少し楽しそうだった。


「そういえば、ホウ。この家の水がヤバいんだけど、お前の力でなんとかならないか?」


「ほぉ……水、ミズ、みず!! ちょっと待ってなさい!」


 ホウは元気よく2階へ駆け上がっていった。

ドタバタという足音の後、すぐに戻ってきた彼女の手には、手のひらサイズの泥人形が握られていた。


「水よ!」


「……これ、どう見てもただの泥人形なんだが」


「ふっふっふ……甘いわね。それはね……」


「水に浸けると40倍に膨らむのよっ!!」


「その水がないから困ってるんだろうがっ!! おもちゃ自慢したかっただけかよっ!!」


 俺はイラつきのあまり、その泥人形をホウに向かって投げ返した。

 びちゃっ、と力ない音が響く。


『ミ………ミ、ズ…………』


「!? ホウ、今その人形、喋らなかったか?」


『ミ、ミズ………………』


「ミミズって言ってるわね! 釣りに行きたいのかしら?」


「水って言ってるだろ! てか、結局それなんなんだ?」


「え? ミミズじゃないの!? ちょっとその泥洗い流してあげてよ!」


 俺は事務室から借りてきた災害用飲料水のペットボトルを開け、泥人形に水をぶっかけた。


 すると、泥が溶け落ちると同時に、人形が猛烈な勢いで膨張を開始した。

40倍どころではない。

リビングの空間を埋め尽くすほどの質量を伴って、中から透き通った水で構成された、見事なプロポーションの女性が現れた。


色はついていない。

だが、その水の屈折が描き出すシルエットは、思春期の男子には毒が強すぎるほどの「ナイスバディなお姉さん」だった。


「…………ありがたや、ありがたや」


 俺は思わず手を合わせ、その神々しくもエッチな姿に震えた。


「この度は助けていただきありがとうございます。実は泥遊びをしたまま寝てしまって、そのまま干からびて身動きが取れなくなっていたんです。私は水の大精霊、シズクと申します」


「あ、あ、これはご丁寧に……僕は椀田春樹と申します」


「ぼくぅ!? ちょっとハルキ! 私に対する態度と全然違うじゃないの!! この人も裸よ! 叱って!! はやく服着ろって叱ってよ!!」


「うっせー! お前の貧相で幼稚な体とシズクさんのダイナマイトボディは天と地ほどの差があんだよ!! 思い知れ!!!」


「叱って……くれるのですか……?」


「え?」


「ゴホン。いいえ、何でもありません。どうやら少し人間には刺激の強い姿のようですので、何か着るものをいただけますか?」


 着るものと言ってもここには男物しかないし、背丈もそれなりにあるシズクさんには、予備の学校用Yシャツくらいしか貸せるものが手元にない。


 俺がクローゼットから引っ張り出した白のYシャツを手渡そうとした、その時。


 ……脳内であらぬ光景が展開された。

透き通る水の肌に、糊のきいた白い布地。濡れた肌に密着するシャツの質感。

ボタンの隙間から覗くのは、重力を無視して膨らむ水の双丘……

裾から伸びる長い足は、シャツ一枚という「絶対的防壁の薄さ」を強調する。

ダメだ、これは犯罪的だ。男のロマンを詰め込みすぎている。


「どうぞ、これ……」


 やってしまった。相手は大精霊様というからには格が高いのだろう。大丈夫かな? これ……。


「ありがとうございます、ハルキ様」


 シャツを受け取る際、シズクのひんやりとした水の指先が、俺の手の甲に触れた。


その瞬間、


「…………っ!?」


 シズクの水の体が、びくんと震えた。

彼女の瞳——水面の揺らぎのような青い眼差しが、驚愕の色に染まる。

今触れた肌を通じて、彼女の中に何かが流れ込んだかのように。


「……ああ、ハルキ様。あなたは『山神やまがみ』になられたのですね」


「山神? 俺が何? 神様ぁ?」


「はい。この山の精霊たちを束ね、土地に祝福を与える資格を持つ者です。あなたの手に触れて確信いたしました……魂から溢れる、この清浄で力強い息吹。まさに山神の御力そのもの……。ホウさん、説明していないのですか?」


「えー、だって大根で殴られたら『あ、あるじでいいかな』って」


「大根で!?なんてうらやま……じゃなかった。なんてこと! 山神様は館の呪いを抑える大切なお役目なのです! ホウさん、後できっちりお話ししましょうね(ニコッ)」


 シズクが凛とした声と笑顔でホウを叱責する。

おお、今度こそまともな精霊が来たか……

ちょっと聞き捨てならない言い間違いをした気もするが。


「……ハルキ様。聞けば、ホウさんはその逞しい大根で、何度も殴られたとか……」


 シズクが急に、顔にあたる水面を波立たせ、もじもじと身をよじり始めた。


「……私も、殴られたいです。山神様のその太くて硬い大根で……私を……さあ、私を殴って!」


「……は?」


「さあ! 大根を! だいこんをぉ!! はぁ……はぁ……っ!」


俺の中で何かのピースが嚙み合った気がした。


「……あの大根はさっき割れちゃってもう無いんだよ。……というか、お前ら精霊も大精霊もどいつもこいつもアレなのか?変態しかいないのか!?」


 俺の呆れ声などシズクの耳には届かない。


「大根が無いなら拳でも構いません! さあ! もっと強く、激しくおしおきを……!」


 水の体がベタベタと俺の腕に絡みついてくる。

冷たくて気持ちいいはずなのに、精神的な嫌悪感が勝る。

あまりのしつこさと、理想の「お姉さん」像が崩壊したイライラが爆発した。


「……うるせー、ド変態がぁぁぁぁ!!」


 ドンッ!!  俺の拳が、シズクの鳩尾に吸い込まれた。


「……あ、あぁぁん……っ! 幸せ……っ!」


 シズクが満面の笑みを浮かべた瞬間。


ゴボォォォォォォッ!!!


彼女の口から、消防用ホース並みの勢いで大量の水が噴き出した。


「うわぁぁぁぁぁあ!! 狂者だみょぉぉぉぉ!! 全方位狂者しかいないんだみょぉぉぉぉ!!!」


 逆噴射される濁流に巻き込まれ、アイルが白目を剥いて失神する。

リビングは一瞬で水浸しになったが、そこへ、外から業者の呑気な声が響いた。


「ちーっす、水道工事の者でーす。ご依頼があり見たところ、バルブが閉じていただけっしたー! もう開けといたんで水出ますよー!」


 ……こうして、水道は直った。


 静寂が戻ったリビングは、膝まで浸かるほどの浸水被害に見舞われていた。

気絶してぷかぷかと浮いているアイルを、俺は力なく拾い上げる。

目の前には、拳を食らって絶頂したまま液体に戻りつつあるシズクと、浸水した煎餅の袋を見て「ああー! 私のせんべえがぁ!」と叫んでいるホウ。


「……どこに救いがあるんだよ、これ」


 頭を抱えた瞬間、濡れた自分のジャージが冷たく肌に張り付いた。

そういえば、さっきシズクさんに貸した予備のYシャツは、今や濁流に揉まれて見る影もない。


「……あっ」


 最悪の事態を想定してクローゼットへ駆け寄る。

幸いなことに、明日着るはずの『本番用』の制服一式は、クローゼットの最上段に置いてあったおかげで浸水を免れていた。


「よかった……これだけは、これだけは無事だ……」


 泥水に浮かぶ惨状の中で、学ランを抱きしめる。


 呪いの館、変な木の精霊、ドMの大精霊、そしてアイル。

こんなカオスな環境で、俺は明日から「普通の」学生生活を送らなきゃいけないらしい。


 不安しかない。


 いや、不安を通り越して、むしろ清々しいほどの絶望だ。


 だが、どんなに状況が酷くても、明日の朝はやってくる。

そしてその朝こそが、俺の高校生活の、本当の『始まり』なのだ。


「……やるしかない、のか。コンチクショー……」


 俺は濡れた顔を拭い、決意を新たにする。


 そう、明日。

 

 ついに、入学式と共に学園生活が始まる。

ワンダは天パです。身長は195cmの巨漢です。怖い!

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