2話 ワンダとヤカタ
「…………いや、そんなワケあるかッ!!! あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の叫び声が、深夜の静まり返った館に空虚に響き渡った。
全身に纏わり付くような、ねっとりとした悪寒。
だが、このまま布団に潜っていても状況は悪化する一方だ。
俺は意を決して、館の探索を開始した。
カチ、カチ
「…………電気、通ってねぇのかよ」
スイッチを何度押しても、部屋は暗闇のままだ。
さらに頭痛が激しくなってきた。
ガンガンと、誰かが頭の中で金槌を振るっているような痛みだ。
仕方がない。月の明かりを頼りに見ていくしかない。
幸い夜空は晴れ渡り、月光が淡く不気味に照らし出していた。
風呂場、台所、トイレ……どこもかしこも古臭く、カビ臭い。
だが、探索の途中で、至る所に置かれた奇妙な物体を見つけた。
『タネイモ』
とマジックで書かれた、立派なじゃがいもだ。
「……アイルの奴、人の家を勝手に芋化すんじゃねぇよ!」
暗闇の中でじゃがいもを回収して回る。
そんな無意味な作業をしているうちに、不思議と恐怖心は薄れていった。
2階へ続く、今にも崩れそうな木製階段を上がる。
ギィ……、ギシッ……
一段踏むたびに嫌な音が鳴り響き、ようやく上り終えたその瞬間
――頭痛と悪寒が、嘘のようにスッと消えた。
「……なんだ? 」
辺りを見回すが、何もない。
ふと、踊り場の天井付近にある広い窓を見上げた。
月明かりの柱の中に、埃がキラキラと舞っている。
だが、その埃の動きがおかしい。
意志を持っているかのように、一箇所に向かって不自然に移動している。
目を凝らして埃に注目してみると、どこからか微かに風が吹いている。それも、真上からだ。
「何かあるな……」
埃が吸い込まれるような軌道を追うと天井の一角に小さな鉤状の金具を見つけた。
天井の鉤に手を伸ばし、金具を引くと、ガタッという音と共に天井から折りたたみ階段が降りてきた。
隠し階段とその上に続くような戸板を隔てて音が聞こえてくる。
トッタ、トッタ………トッタ、トッタ
近い。ここに何かいる…。
「……泥棒か? いや、こんなボロ屋に泥棒が入るわけねぇ。野生のタヌキであってくれ、頼む」
念のため俺は一度1階へ戻り、実家から持ってきたやたらと太くて硬い、武器にしか見えない「大根」を手に携え、ゆっくりと天井の戸を押し上げた。
そこには――
髭メガネをつけ、豆絞りの頭巾をつけ、”トッタ、トッタ”と足を鳴らしてドジョウ掬いの踊りを踊っている女の子がいた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「失礼しました」
俺はそう言ってそっと戸を閉めた。
「ちょっと待ってよ! 今、ガッツリ目合ったよね!? なんで閉めるのよ!」
ガバッと戸が開けられた。
髭メガネと豆絞りを瞬時に外したその少女は、月光に照らされて驚くほど美しかった。
草原のような緑の瞳に、燃えるような赤髪。 顔が近い。
スコーンッ!!
「ぎにゃぁぁぁぁぁ!!」
正直、驚きすぎてつい手が出てしまった。気づいた時には脊椎反射で手に持っていた「太くて逞しい立派な大根」でその頭を脊椎反射で殴り飛ばしていた。
「や、やったか!?」
「なーにするのよっ!こんな可愛い女の子目の前にして普通頭殴る!?いや、殴らない!!」
「うるせー!驚かす方が悪いだろ!それになんなんだお前はー!!!」
「まったく、最近の若者って礼儀がなってなくて嫌になっちゃうわね!いいからこっち上がってきなさいよ! 」
なんだか上から目線な発言に躊躇したが、しかたなく俺は屋根裏へ這い上がった。
屋根裏部屋はハメ殺しの窓から月が良く見え、幻想的な月光で部屋が照らされていた。
「ようこそ! 『狂者の館』へ!! 私は精霊のホウよ!」
「精霊? 泥棒とか不法侵入の類じゃなくてか?」
「失礼ね! 私は……これでも木の精霊なのよ!」
ホウがドヤ顔をしながら体で『木』のポーズをとった。 彼女の細い肩から、太い木の根のようなものが「うにゅうにゅうねり」と、物理的な質量を伴って生えている。
「…………うわっ!? なんだよそれ! 気持ち悪ぅ!」
「気持ち悪いって何よ! 神秘的って言いなさいよ! ほら、もっと驚いて!」
「どうもドジョウ掬いの印象が強すぎて脳がフリーズしてるみたいだ…なんなんだよお前っ!本当に!」
「あはっ、驚いてる!! 久しぶりに人間が来たから、浮かれて小躍りしてたの。そしたら起こしちゃったみたいね。あはは!」
「あはは、じゃねぇよ!!」
俺は我慢の限界を迎え、右手に持っていた「太くて逞しい立派な大根」をまた振り下ろした。
スコーンッ!!
という快音が屋根裏に響く。
「ぎにゃぁぁぁぁぁ!!」
ホウは頭を抱えて悶絶し、そのまま沈黙した。
「……よし。静かになったな。寝るか」
「待って……待ちなさいよ……! 死ぬかと思ったじゃない……!」
数分後、涙目で起き上がったホウから、ようやくまともな話が聞けた。
どうやらこの館には、ツッコミを入れるたびに精神を蝕む呪い懸かっているとのこと。
ホウは悪霊ではなく、かつての修行僧に誤解されて封印された精霊であること。
そして、ホウの近くにいれば、その呪いの影響が相殺され、ワンダが感じていた激しい頭痛も収まるらしい。
「……本当かよ。信じられねぇけど、お前の横にいると頭痛がしねぇのは事実だな。……おい、場所を空けろ。俺はここで寝る」
「えっ!? 私の神聖なプライベートスペースに!? ……って、またその大根構えないでよ! わ、わかったわよ、端っこで寝なさいよね!」
俺は布団を運び込み、音も止み、頭痛も止んだ状態で静かに眠りに就くのだった。
「いいか!お前絶対こっちくんなよ!変な事したらコレだからな!」
「わ、わかったわよ!だからその大根振り上げるのやめてよぉ…」
こうして、俺の不思議な精霊との生活が始まったのだった。
―――――――
―――翌朝。
「いでぇっ!?」
突然、顔面に衝撃が走った。
見ると隣で寝ていたホウの豪快な寝返りによる裏拳だった。
「しゃぶしゃぶ……せんべい……」
などと訳の分からん寝言を言いながらスースーと寝息を立てている。
……黙って寝ていれば、陶器の人形のように可憐なのだが。
「……騙されねぇ。こいつは性格に難がある」
俺は顔を洗おうと階下へ降り、蛇口を捻る。
……チョロ。……チョロチョロ
洗面器に水が溜まるまで、カップ麺ができそうな時間がかかる。
「おい、ホウ! 水道も呪われてんのかこれ!」
「ふあぁぁ……おはよ。それは単に老朽化とかじゃない? わたしは知らないわー」
適当な返事をするホウを放置し、俺は外に出た。 すると、庭に一人の美少女が立っていた。
「ワンダ君、おはよう!」
朝日に照らされたアイルは、昨日にも増してキラキラとして見えた。
小柄で、守ってやりたくなるような可愛らしさがある。
ホウと比べて正確に難が微塵もない、天使のような存在がいた。
「アイル……。今日も朝から可愛いな、お前」
「へっ!? な、何を急に朝から……////……もう♡」
顔を赤くしてポカポカと俺の胸を叩くアイル。やっぱり可愛い。
「それより実は水道が出なくてな。今から事務室に行こうと思ってたんだ」
「それならボクもついてくよ!」
こうして俺たちは校舎へ続く坂道を下って行った。
――――――
―――事務室。
恰幅の良い事務員・渡峰子さんが、新聞を広げながら俺たちを見つけるなり事務室の小窓を開けてくれた。
「あら、ワンダ君。こんな朝早くからどうしたんだい?」
「おばちゃん!朝起きたら水道が全然出ないんだ。チョロチョロとしか出なくて、顔洗うだけで日が暮れちゃうよ。修理してくれよー!」
「水道ぉ? おかしいねぇ、点検は済んでるはずなんだけど」
峰子さんは面倒そうに立ち上がると、古い配管図面を探し始めた。
だが、不意にその手が止まり、眼鏡をズラして俺の顔をじっと見つめた。
「……ねぇ、それよりもワンダ君。あなた昨日の夜、何か『変なもの』を見なかったかい?」
「変なもの……?」
「あのね、あの館はね学校側でも持て余してる『狂者の館』という場所なのさ」
「狂者の館?なんだかどこかで聞いた気が…?」
「そうかい?有名な話だからね。過去にあの館に住んだ生徒はみんな体験しているのさ、呪いに…。最初は普通に暮らせるんだけどね、一週間も経てば壁に向かってブツブツと独り言を言い始めたり、夜中に庭で自分の墓を掘り始めたり……最後には廃人同然になって退学していったなんて話があるんだよ。あんた、昨日は大丈夫だったかい?」
峰子さんの声が低くなる。事務室の湿っぽい空気が、急に重たくなった気がした。
「心当たりがありすぎて怖いな……。でも、それってただの幽霊とかじゃないのか?」
「幽霊? そんな可愛いもんじゃないよ。あたしもね、学生時代にあそこに住まわされたことがあるんだ」
「えっ、峰子さんも!?」
アイルが驚いて身を乗り出した。
「ああ。あたしはね、当時あそこにいる『何か』と交換日記をしてたんだよ。ある夜、その日の出来事を書いた日記帳を机に出しっぱなしで寝てしまってね、翌朝気づいて見て見るとそこには見たこともない文字で返事らしきものが書かれていたのさ。最初は恐怖で震えたけど、悪い感じはしなくってね。そのナニカ…『妖精さん』って呼ぶことにしてやり取りを始めたんだ。結果的にそれがあそこで正気を保つ唯一の救いになったよ」
「そんな恐ろしい場所だったなんて…」
「……ワンダ君、これを持っていきな」
峰子さんは一度自分の机に向かうと引き出しの奥から、ボロボロになった一冊のノートを取り出してきた。
表紙には掠れた文字で『妖精さん日記』と書かれている。
「あそこに住む生徒は久しぶりに来たんだけどさ……だから、これがあんたの助けになるかもしれない。あそこの『ナニカ』は、意外と寂しがり屋なんだよ。でも、気をつけな。深入りしすぎると、あんたも『狂者』の仲間入りだ」
手渡されたノートは、ずっしりと重かった。
峰子さんはホウの正体こそ知らないようだが、あの館に「人ならざるもの」が確実に存在し、それが住人の精神を削り取っていくことを熟知しているようだった。
「……忠告、ありがとう。日記も後で読んでみるよ。で、それはそうと水道はどうにかなるのか?」
「…あっはっは!元気なもんだねぇ!はいよ、業者は手配しておくから。それまでは……そうだね、備蓄の災害用飲料水でも使いな。事務室の裏に置いてあるのを何本か持っていっていいよ」
「おお!助かるよおばちゃん!色々ありがとな!!」
「これからは、峰子さんと呼びな!」
「ありがとう、峰子さん!」
――――――
―――
事務室の裏から抱えられるだけの飲料水のペットボトルを貰い、俺とアイルは再び坂道を上っていた。
「……ねぇ、ワンダ君。峰子さんの話、怖かったね」
アイルが不安そうに俺の顔を覗き込んできた。
抱えたペットボトルを落とさないよう、小さな体で一生懸命歩いている。
「ああ。壁と会話とか、庭に墓とか……笑えねぇよ。でも、実際に昨日の夜、俺だって変な頭痛に襲われたんだからな」
「ええ!?大丈夫だったの?やっぱり呪われてるんだよぉ……」
「……実はさ、さっきの話には続きがあるんだ」
「続き?」
俺は歩きながら、昨夜屋根裏で見つけた「ドジョウ掬い女」こと、自称・精霊のホウについて話した。
大根で殴り倒したことも含めて。
「えぇっ!? 女の子の頭を大根で!? ワンダ君、それは流石に狂者というか暴君というか……」
「いや、あんな不気味な現れ方されたら誰だってそうなるだろ! それに、あいつの傍にいる間は不思議と頭痛が消えたんだ。呪いを相殺してるとか何とか言ってたけどな」
「精霊さん……。でも、峰子さんは『姿は見えなかった』って言ってたよ。ワンダ君には見えるのに、峰子さんには見えなかった。それって、ワンダ君が……」
アイルがゴクリと唾を呑み、怯えた目で俺を見た。
「おい、やめろ。俺が手遅れみたいな言い方は!!あいつ、確かに物理的にそこにいたんだよ。木の根っこみたいなのも生やしてたしな」
「ボクはまだ信じられないよ……。きっとワンダ君、昨日の疲れで幻覚を見てるんだよ。きっとその大根に幻覚成分が含まれてたんだよ!」
「どんな大根だよ! ……まぁ、いい。百聞は一見にしかずだ。どうせあいつ家から離れられない封印されてるとか言ってたし会えるだろ。お前もその目で確かめてくれ」
「……ワンダ君、やっぱり病院に行ったほうが……」
「違う! 俺の妄想じゃねぇ!!」
そんな不毛なやり取りをしながら、俺たちは不気味な静寂を湛える『狂者の館』の門をくぐった。
「……いいかアイル。何が起きても驚くなよ」
俺は覚悟を決め、玄関の扉に手をかけた。
「あむあむ・・・うまー!」
そこにはリビングでホウが全裸で煎餅を食べている姿があった。
「服を着ろぉぉぉぉ!!!」
スコーンッ!!!
哀れ、大根はこの一撃で割れてしまった。
アイルは当初、男の子だったのは内緒です。




