1話 ワンダのスミカ
ずっと温めていたものを改稿して投稿していきます。
未完ですが1話6000文字前後で
週に2話ほどのペースで更新していきます!
どうぞ、お楽しみに!
15歳の4月。 俺は、高校生になった。
『私立山野中農業高校』――それが、俺の通うことになる学校の名前だ。
中部地方の某県、深い山林に設立されたこの学校の歴史は古い。
なんでも、日本で最初にできた農業専門の高等学校らしい。
ただ、この学校には他の農業高校とは決定的に異なるところがある。
それは、生徒一人ひとりに『一軒の畑付きマイホーム』が与えられることだった。
家業を継いで農家になるのはまだ先の話だが、興味はある。
なにより実家を離れ、自分だけの城が手に入る。
そんな分かりやすい理由で、俺はこの高校を選んだ。
「えーっと、わんだ……わ、ん、だ……」
学校から割り当てられた家を確認するため、俺は校舎の掲示板の前にいた。
『新入生物件配置情報』
と書かれた地図付きの用紙から、自分の名前を探す。
「あっ……えっ!? ほぁっ!!? これって……」
名前を見つけた瞬間、情けない声が出た。
家は名前の五十音順で割り振られているようだが、俺の名前は他のどの家とも離れていた。
通常の学生用地は、1軒あたり約50坪。
家と畑がセットになり、綺麗に区画整理されて密集している。
しかし、俺の名前が書いてあるその土地は――。
「山じゃん……」
『W』と書かれた隔離区域。
『椀田春樹……W』と書かれた案内板。
Wと書かれた敷地は他とは比較にならないほど広い場所…というよりも山の中腹より上全部だった。
学地一帯は麓から中腹にあり、校舎より高い位置にある。
そして学地より更に上には山が険しすぎるためなのか、深い森が広がっているだけのようだ。
「まさか、こんなとんでもない学地が割り当てられるとは……」
下見の時はここまで詳しく見ていなかった。
俺は若干の不安を覚えつつ、とりあえず事務室へ手続きに向かうことにした。
「あの~、新入生なんですけど……」
誰もいない受付に声をかけると、奥から恰幅の良いおばちゃんが出てきた。
事務員さんかな?先生かな?
ちょっと分からないが人当たりが良さそうだ。
「おやぁ、こんにちは! 新入生かい?」
「は、はい……こんにちは……」
「ちょっと、元気ないじゃないの! 若いんだから大きな声出しなさいよ! あっはっはー!」
豪快すぎる笑い声。
気さくというより、ゴシップ好きの近所のおばちゃんという感じだ。
「あの、家の手続きを……」
「はいよぉ。 あんた、名前は?」
「椀田春樹です」
「あっはっはー! 君がワンダくんかい。 はいはい、ちょっと待ってな」
おばちゃんが奥に引っ込むと、ひそひそ話が聞こえてきた。
(えっ! ワンダくんが来たのかい!? ……そうか、来ちゃったか……)
(あらあら先生、心配しすぎですよ。 あっはっはー!)
(いや、なんだかかわいそうでね……。 では彼にこれを渡してやってくれ)
かわいそう……? どういうことだ。 先生と呼ばれる人の声に、明らかな同情が混じっていた。
「待たせたねぇ。 これがあんたの家の鍵だよ。 失くすんじゃないよ」
「あ、ありがとうございます。 ……あのっ、今のは?」
「あと、規則を書いた紙ね。 家のことで何かあったら私に言いな。 説明は終わりさ! とりあえず自分の家を見てくるといいよ。 さぁ行った行った!」
「は、はい。 失礼しました……」
結局何も聞けずに追い出されてしまった。 だが、これで俺の家に向かうことができる。
「なんだか不安だけど、がんばるぞー! ……あーーっはっはー!」
不安を吹き飛ばすため、おばちゃんの真似をして笑ってみた。
そして、実際の家に着く前に、俺は再び現実を突きつけられた。
「やっぱり山じゃんっ!!!!」
――――――
―――
坂道を登り切り、他の生徒たちが住む学地までやってきた。
立ち並ぶ家々はロッジ風で、なかなかお洒落だ。
標高が高い所為か、遠くには海まで見渡せる。
空が高い。
風も気持ちいい。
だが、俺の家へと続く道の先には――。
「有刺鉄線のフェンス……」
2メートルを超える立派なフェンスと、その上に張り巡らされた有刺鉄線。
看板には『この先、熊出没注意』の文字。
渡された鍵を見てみた。
チリン……。
「そのための鈴かよっ!!!」
ただのストラップではなくガチの熊よけ鈴だった。
「あはは~・・・家はちゃんと住めるといいんだけどな・・・」
などと若干体を煤けさせていると突然、背後から声がかかった。
「あれ? もしかして君がワンダ君かな?」
鈴を転がすような、綺麗な声だった。
振り返ると、そこには白髪で中性的な少女?少年?が立っていた。
肩で切り揃えられた白い髪。
青く澄んだ瞳。
日本人離れした顔立ちに、学校指定の真っ赤なジャージ。
俺より少し背の低い彼女は、積まれた段ボールを指差した。
「さっき、引越し業者さんがワンダって人を探してたんだけど、いないからってそこに・・・」
女の子が指を差す方を見ると10箱程のダンボールが積まれていた。
『新潟しゃぶしゃぶ煎餅』と書かれた見覚えのあるダンボールは間違いなく俺が引越の荷造りに使ったものだ。
つまり引越し業者は荷物を置いていったのだ。
「くそ、後で苦情入れてやる…」
すると、女の子が、
「あのね、心配しないで! ぼくがずっと見てたから物は盗られてないよ。 本当だよ。」
「・・・あぁ、俺を待ってたってことは、君が放置された荷物見ててくれたんだな。 ありがとう・・・えーっと」
この子は困った人がいたら手を伸ばさずにはいられない、お人好しな性格なのだろうか。
悪い子ではなさそうだ。
だが、まだ名前が分からず言い淀んでしまった。
「・・・え? ・・・あっ、ぼく小芋アイルって言います。」
「ありがとな、アイル。 お前も新入生だよな?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、同級生だな! 俺は椀田春樹だ。 これからよろしく!」
「うん! よろしくね、ワンダ君!!」
アイルはヨーロッパ系と日系のハーフらしく、少しボーイッシュな口調が特徴的だった。
聞けば彼女も新入生で、すでにもう引っ越しは済ませており、早めの一人暮らしを満喫していたそうだ。
「ねぇ、その荷物ってこれから運ぶの?」
「あぁ、そうだよ。 でも一度家も見ておきたいから大事なものだけ持って行くかな…」
「良かったら僕も手伝うよ。 荷物も多いし2人でやった方が早いでしょ?」
「いや、いいって。 荷物を見てくれただけでもありがたいのに、その上、手伝いまでさせるなんて・・・な?」
「ぼくなら大丈夫だよ。 気にしなくていいから、いいから。」
「いやいやいや、ホラ、お前だって引越の作業あるだろ? 俺に構わなくていいから自分のことやってくれよ。」
「えへへ、ぼくはもう引越終わっちゃってるから特に忙しくないんだよー。っていうか暇してたんだー」
んー、どうしたものかと顔を渋らせる。
「あっ、じゃあぼくはぼくで勝手に荷物を持って勝手にワンダ君について行く!それならいいよね!?」
「それ結局手伝っちゃってるじゃねーかっ!!!ちっ・・・しょうがねーな、じゃあ頼むぞアイル」
「やったぁ! 力はないけどがんばるよ!!」
「ははっ、お前って結構強情なんだな・・・」
こうして、お人好しで強情な白髪の外人ボクっ娘アイルと引越作業をすることとなった。
――――――
―――
もう一度説明しておくと、段ボールが置かれている場所は有刺鉄線のフェンスで囲まれた深い森に続く扉の前だ。
他の生徒の家は森の手前に密集する形で建てられており、解放感抜群なのだが、俺の与えられた家はこの深い森の奥にあるらしい。
俺たちは最低限の荷物を持つとフェンスの向こう側へと足を踏み入れた。
「よいしょ、よいしょ」
フェンスをくぐるとすぐに階段があった。
植木鉢を抱えたアイルは、その簡素な階段を登るごとに『よいしょ』と言って精を出していた。
なんだか子供を見ているみたいで可愛い。
アイルの調子に合わせながらも、そろそろと階段を登っていく。
少し曲がった道を抜けるとぽっかりと空いた空が見え、吹き抜ける風とともにその土地の主あるじが姿を現した。
「……でっけぇ家だな。 家ってか館じゃねぇかっ!!」
「うわぁ、ほんと大きいね~。 2階建てとか贅沢だよ! これがワンダ君のお家になるんだよね!いいなぁ」
大きな洋館だった。
建てらてから相当長く使われてきたのか、柱や石畳は黒ずみ苔生こけむしていた。
屋根には日本瓦にほんがわらが使われ、壁は木造。
擬洋風建築《ぎようふうけんちく》と言われる技術によって和洋折衷の体をした独特のセンスが感じられる建物だった。
山の中にある古い洋館。
先ほどのテンションとは裏腹に、オバケ屋敷を連想させるこの館。
その大きさも相まって凄い威圧感を発していた。
(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………)
「中に…入るぞ……」
「……うん」
キィィィィィ……。
扉を開けると、軋んだ蝶番の深いな音がした。
「何、こわっ! どこぞの殺人現場かよっ!! もしくはホラーハウスかぁぁぁ!!」
「お、お、おちちつついてワンダくん! そそそそそんなんじゃだめだみょぉ!」
「アイルーー! 俺の傍から離れるなよォォ! 絶対だぞォォォ!!」
「は、はいっ!」―――ギュウウ
「はっ!!!!」
アイルの柔らかい感触が腕に伝わった時、瞬時に俺はある風景を妄想してしまった。
―――いかん、アイルに惚れそうだ。 そこはかとなくいい香りがしてくる。 俺がアイルと結婚したら小芋春樹になるのかな。 なかなかいい名前じゃないか。 悪くない。 春に芽吹く若芋のような名前だ。 そしてゆくゆくは2人で芋農家を経営し、
「ただいまー、おーい今日はでっけぇ芋がとれたぞぉ!」
「おかえりなさい、あなた。 あらあら、じゃあマッシュにしてあなたの好きなじゃがいもおやきでも作ろうかしら♪ フフフ……」
キャッキャ、んふふふふ………
―――
などと現実逃避してる場合じゃなかった。
っていうか、なんでナチュラルに婿養子になってんだよっ!俺っ!
「ワンダ君? 何難しい顔してるの?」
「な、なんでもない! さっさと荷物を運ぼう!」
中に入ってみれば、意外にも内装はしっかりしていた。
「……ふう。 意外と中はスッキリしてんなー。 よく見たら綺麗じゃないか」
「うん…そうだね……」
「なんだ? アイルはまだ怖いのか?」
「も、もう怖くないもん!」
って言いながら俺を掴んだ手は離さないのな……
アイルの助けもあり、険しい山道を何往復かし、夕暮れまでにはなんとか荷物の運び入れが完了した。
カァカァ、カァカァ
荷物を全て運び入れて荷解きを始めた頃には日が暮れてきた。
ふと外を見上げると山の頂上ではカラスが
『オレが鳴いたら帰るんだぜ☆キラッ』
とでも言いたげに鳴いている。
なんだ? あのカラス…
「アイル、もうすぐ暗くなりそうだし今日はもう帰った方がいいぞ」
「ん? うん、そうだね~…………それよりも、コレって何の植物なの?」
ダンボールに体を突っ込んでいたアイルは俺が言った事など聞かずにプランターに入っている植物を持ちながら尋ねてきた。
「それは、ミョウガだな。 あとそこに入ってるのは、アスパラとニンジンと二十日大根だ。 家から持ってきたんだが早く植えてやらんとだな。」
「そうなんだ~、じゃがいもは?」
「ないぞ? すぐ食べる用に家から持ってきたものだけだ」
「そんなっ! 育てようよ? ねぇ、育てようよっ!! 育ててよーー!!! ぼくの家は芋専門で育ててるからなんでも教えてあげるからーーー!!!」
「急にどうした? なんでそんな必死なんだよ! そんでやっぱりお前芋農家なのなっ!! あとぐいぐい来るな!!!」
「ぼくここの大きい畑を一目見たときからじゃがいも畑にしようって決めてました! 第一印象から決めてました!!」
「勝手に人の畑を芋化するんじゃない! あと、婚活パーティみたいに言うんじゃない!! ほれ、家で育てたじゃがいもやるから今日はもう帰れ!!」
「…………45点、3Kじゃないと……」
「点数つけんじゃねぇよっ! 婚活ネタやめろぉ!! ほら帰るぞ、下までは送ってくから」
なんだか不服に目を細めたアイルだが、本当に日が暮れてはこの道を降りるのは危ないことが分かっているのかしぶしぶ帰り支度を始めた。
――――――
―――入り口のフェンス前
「今日はほんとに色々助かったぜ。 ありがとなアイル」
「いいんだよ、ぼくも楽しかったし。 じゃあまた明日ね~!」
別れ際アイルに礼を言うと、はにかんだ様に笑いながらそう言って帰って行った。
今日一日でいろいろあったがアイルと大分仲良くなった。
今までに会ったことのないタイプだがノリは結構いいし、話していて楽しい。
ん?そういえば、さっきまた明日って……あいつ明日も来る気なのか………
気を取り直して俺は館に戻り、荷解きもそこそこに済ませ早めに寝ることにしたのだが――。
………………。
トッタ、トッタ……トッタ、トッタ……。
深夜2時半。
ひどい頭痛と、耳鳴りで目が覚めた。
何か、いる。
布団に潜り込み、俺はガタガタと震えた。
家鳴りとは違う、何者かの足音。
暗闇の中から、じっとこちらを見つめるような気配。
「……いや、そんなワケあるかぁいっ!!! 誰か助けてええぇぇ!!!」
俺の記念すべき一人暮らし初めての夜は、絶叫と共に幕を開けたのだった。




