EP 4
「魔性の果実と、地球の高級肥料」
ピンク色の怪しいオーラが立ち込める中、私は大きく深呼吸をして、魔性の畑へと足を踏み入れた。
「ちょっ、アマネ様!? 危ないですわ!」
「アマネ、気をつけてね。男の人のドロドロした欲望に当てられると、肌荒れするよ」
リーザちゃんとリンちゃんの声援(?)を背に受けながら、私はクイーンメロロンの真正面へと歩み寄った。
私が近づくと、せっせと土を掘っていた男たちが、血走った目でこちらを睨みつけてきた。
「おい、邪魔するなよアマネさん! 俺たちは今、メロロンちゃんと永遠の愛を誓い合って……」
「そうだよ! メロロンちゃんは俺のすべてを受け入れてくれたんだ! 帰れ!」
フェイトや村のおじさんたちが、クイーンメロロンを庇うように私の前に立ち塞がる。
その姿は、完全に悪徳ホストやキャバクラにハマって周りが見えなくなった限界被害者のそれである。
私は男たちを完全に無視して、その後ろで豊満な果肉を揺らすクイーンメロロンを見据えた。
『……ふふっ。無駄よ、女の子。この人たちはもう、私の虜。私のために喜んで土になり、最高の養分になってくれるの』
脳内に直接響く、とろけるようなウィスパーボイス。
相手を骨抜きにする完璧な魔性の声だが、前世で地獄のブラック企業を生き抜いた私の『限界OLセンサー』は、その声の奥にある微かな「疲労感」を見逃さなかった。
「……あなた、本当はすごく疲れてるんじゃない?」
『え……?』
「毎日毎日、おじさんたちの愚痴を聞いて。奥さんの悪口や、仕事の不満を『そうね、あなたは悪くないわ』って全肯定してあげて。……それ、めちゃくちゃしんどい『感情労働』でしょ」
ピタリ、と。
クイーンメロロンの果肉の揺れが、不自然に止まった。
「生き物として、最高の種を残すために豊富な養分が必要なのは分かるわ。でも、この村の土壌だけじゃ足りないから、無理して魔力を使って『畑のキャバ嬢』みたいなマネをして、おじさんたちの命を吸い上げようとしてる」
『…………』
「でもね、よく考えてみて。おじさんたちの『現実逃避』や『ドロドロした欲望』を吸って育ったメロンなんて、本当に美味しくなると思う?」
私がそう問いかけると、クイーンメロロンは言葉に詰まったように黙り込んだ。
前世で、私は上司に連れられて何度か夜の歓楽街の接待に付き合わされたことがある。
そこで作り笑いを浮かべながら、おじさんたちのどうしようもない自慢話や愚痴を延々と聞き続けるキャストの女性たちの姿は、同じように会社で搾取される私自身の姿と重なって、いつも胸が痛んだ。
このクイーンメロロンも同じだ。
彼女は「悪」じゃない。ただ、最高の果実として実るための環境(養分)が足りないから、自らの身を削って感情労働をし、手っ取り早く人間の男たちを肥料にするという『生存戦略』をとっているだけなのだ。
「もう、無理して作り笑いで愚痴を聞かなくていいわ。私が、あなたに『最高の環境』をプレゼントしてあげる」
私は視界の端に浮かぶインターフェース、『善行ポイント通販』の画面を開いた。
村の子供たちにお菓子を配ったり、農作業を手伝ったりしてコツコツ貯めていたポイントが、右上に「チャリン♪」という音と共に表示されている。私はそのポイントを惜しげもなく注ぎ込み、二つの商品を取り寄せた。
ポンッ、という軽い音と共に、私の目の前に立派な紙袋と、黒いスタイリッシュな箱が出現した。
「一つ目はこれ。地球の『最高級・純度100%有機ブレンド肥料』よ」
私が取り出したのは、前世の日本で品評会に出されるような超高級フルーツ(静岡のクラウンメロンなど)を育てるために使われる、極上の栄養素が詰まった特製肥料だ。
私はそれを袋からすくい出し、クイーンメロロンの根元――男たちが埋めようとしていた土の周りに、ふんだんに撒いていく。
『っ……!? ああっ……!?』
肥料が根に触れた瞬間、クイーンメロロンから「ヒッ」というような、作り物ではない素の吐息が漏れた。
『な、なにこれ……!? すっごく、綺麗で……純粋な栄養が、根っこから一気に……っ! おじさんたちのドロドロした欲望エキスとは比べ物にならないくらい、クリアで濃厚な……っ!!』
「そして、仕上げはこれね」
私は黒い箱――『魔導ポータブルスピーカー』のスイッチを入れた。
地球では、農作物に特定の周波数のクラシック音楽を聴かせることで、ストレスを軽減し、糖度を劇的に引き上げる栽培方法が実在する。
スピーカーから、モーツァルトの優雅で心地よい旋律が、メロロン畑に静かに流れ始めた。
『あぁ…………』
極上の有機肥料と、植物の細胞を優しく撫でるようなクラシックの音色。
その二つの相乗効果は、魔獣植物であるメロロンにとって、まさに次元の違う『至福のスパ』だった。
ぽよん、ぽよんと怪しく揺れていた果肉の動きが止まり、代わりに彼女の体から、眩いほどの黄金色の光が溢れ出し始めた。
辺りを覆っていた毒々しいピンク色のオーラ(魅了の魔力)が、春の陽だまりのような温かく澄んだ空気へと浄化されていく。
『……私、もう、おじさんたちのお酒の臭いも、理不尽な愚痴も、聞かなくていいの……?』
「ええ。あなたはもう、誰の顔色も窺わなくていいの。ただ自分が最高に甘く、美しく実ることだけに集中して」
私の言葉に、クイーンメロロンの表面に朝露のような美しい水滴が浮かんだ。それは、彼女が流した本物の「嬉し涙」だった。
『……ありがとう、アマネちゃん。私、こんなに優しくされたの、初めて……っ』
完全に「素」の、年相応の純粋な女の子のような声だった。
彼女はもう、魔性のキャバ嬢ではない。気高き特産品としてのプライドを取り戻したのだ。
その劇的な変化に、一番戸惑ったのは洗脳が解けかかった男たちだった。
「あ、あれ? メロロンちゃん……なんか、雰囲気が変わったような?」
「俺たちのメロロンちゃん! さあ、俺を食べて、一緒に一つになろう……!」
フェイトが感極まった顔で土に潜ろうとした、その瞬間だった。
『……ごめんなさい、おじさんたち』
クイーンメロロンの声は、氷のように冷たく、そして圧倒的な気高さに満ちていた。
『私、今日から「自己投資」のフェーズに入ったの。あなたたちのその泥臭い欲望と、お風呂に入ってない汗の臭い、私の糖度が下がるからもう近づかないでくれる?』
「えっ」
『今まで貢いでくれたことには感謝するわ。でも、私にはもう、この最高の環境があるの。あなたたちみたいな「手軽な肥料」は、もう必要ないわ』
――バッサリ。
慈愛に満ちていたはずのメロロンからの、完全なる『お断り(塩対応)』だった。
「そ、そんなぁぁぁっ!?」
「俺の愛の終着点が、農薬以下の扱いなんてぇぇっ!?」
「うおおおん! またフラれたあああ!!」
男たちは絶望の悲鳴を上げ、畑の土に突っ伏して大号泣し始めた。
こうして、ポポロ村の働き手と私の護衛は、命(養分)を吸い取られる寸前で、自らが「不要な肥料」として切り捨てられるという、なんとも情けない形で命拾いをしたのだった。
「……すごいですわ、アマネ様。まさか『より上質なパトロン(肥料)』になることで、あの魔性メロンを直接囲い込んでしまうなんて……!」
背後で見ていたリーザちゃんが、なぜか激しいリスペクトの眼差しで私を見つめている。解釈が完全に夜の街のそれだが、まあ解決したから良しとしよう。
「アマネ。あのメロン、すっごくいい匂いになった。もう食べてもいい?」
「リンちゃん、まだよ。モーツァルトを最後まで聴かせてからね」
すっかり澄み切った畑の空気の中、私は泣き崩れるフェイトたちを放置して、優雅にクラシック音楽に身を委ねるクイーンメロロンを見守った。
――しかし、この騒動はまだ終わっていなかった。
この美しく浄化された極上の『クイーンメロロン』の噂を聞きつけ、中央から強欲な「本物の悪意」が迫ってきていることに、私たちはまだ気づいていなかったのだ。
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