EP 3
「アイドル vs 畑のキャバ嬢」
「そこまでですわ、泥棒メロン!!」
メガホン(タローマン製・特売品)を通したリーザちゃんの甲高い声が、ピンク色のオーラが漂うメロロン畑に鳴り響いた。
自ら土を掘って養分になろうとしていた男たちが、ビクッと肩を震わせて一斉に振り返る。
「り、リーザちゃん……?」
「な、なんだよ。俺たちは今、メロロンちゃんとの愛の営みを……」
村のおじさんたちやフェイトが、虚ろな目のまま文句を言う。
リーザちゃんは芋ジャージの袖をまくり上げ、ズカズカと畑の中央――クイーンメロロンの真正面へと進み出た。
「目を覚ましなさい、愚民ども! そんな葉っぱのついた丸い果実に貢いで、一体何が残るっていうんですの!? 貴方たちの時間、そしてなにより大切なお金を捧げるべき絶対無敵の対象は、この私しかいないはずですわ!」
堂々たる『強欲宣言』である。
助けに来たはずなのに、本質的にはメロロンと同じ穴のムジナ、いや、むしろ金銭要求のストレートさにおいてはリーザちゃんの方が悪辣かもしれない。前世のブラック企業で散々搾取された身としては、どっちもどっちだと頭を抱えたくなった。
しかし、クイーンメロロンは慌てる様子など微塵も見せなかった。
豊かな黄金色の果肉を、ぽよん……と大人の余裕たっぷりに揺らす。
『……ふふっ。元気な女の子ね。そんなに声を張らなくても聞こえているわよ?』
脳内に直接響く、とろけるようなウィスパーボイス。
相手は人語を介さない植物であるはずなのに、その声には圧倒的な『年上の余裕』と『慈愛(偽り)』が満ちていた。
『あなたも大変ね。毎日毎日、見返りを求めて必死に歌って、踊って……でもね、ここは男の人たちが「戦い」を忘れて休む場所なの。無理して搾取しようとしなくていいのよ?』
「なっ……! ま、まるで私がただのがめつい女みたいに……!」
「事実でしょ」と私はボソッと突っ込んだが、リーザちゃんの耳には届いていない。
リーザちゃんはワナワナと震えながら、メガホンを投げ捨てた。
「許せませんわ……! 私が毎日パンの耳と炊き出しで食いつないでいるというのに、お前みたいな動かない果実がパトロンを独占するなんて! 見せてやりますわ、腐っても人魚姫の私の本気を!」
彼女が大きく息を吸い込んだ瞬間、周囲の大気がビッと震えた。
人魚族特有の、魂を揺さぶる魔力バフの歌唱。それが、芋ジャージ姿の彼女の口から放たれる。
「――♪朝に目覚ましが鳴ったわ! 私はまだ眠いわ!」
歌い出したのは、彼女の持ち歌の中でも最も物欲にまみれた名曲『Love & Money』だった。
ステップを踏み、軽快な手拍子を要求しながら、リーザちゃんは熱唱する。
「♪愛も富も一つの物! ダイヤが欲しい! 土地も欲しい!」
「♪貴方の愛で生きていけるぅー!」
圧倒的な声量と、不思議な魅力。
人魚の魔力が乗った歌声は、確かに男たちの心を打ち据えた。スコップを手放し、呆然とリーザちゃんを見つめるフェイトたち。彼らの瞳に、一瞬だけ正気の光が戻りかけた。
「そうだ……俺は護衛だった……」
「かあちゃんが、家で待ってる……」
いける! と私は拳を握った。
リーザちゃんも勝利を確信したのか、最高音でサビを歌い上げる。
「♪だから……もっともっと、愛して(課金して)ね? 貴方の全て(人生)を背負って生きていけるぅー!!」
ビシッ! と完璧なアイドルポーズを決め、リーザちゃんは男たちに手を差し伸べた。
「さあ、私に全てを捧げなさい!」
静寂が降りた。
男たちは、リーザちゃんの輝く姿と、その背後にある『圧倒的な金銭的要求』を前にして――ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
そこで、クイーンメロロンが静かに動いた。
ぽよん、ぽよん、と極上のリズムで体を揺らし、先ほどよりもさらに一段低く、鼓膜に直接蜜を流し込むような声を出したのだ。
『……フェイトくん。おじさんたち。』
甘く、優しく、すべてを包み込むような声。
『あの子みたいに、無理して頑張らなくていいのよ?』
「えっ……?」
『お金なんて、いいの。……本当よ? 私はただ、あなたがそばにいてくれれば、それでいいの。あなたが毎日辛い思いをして、誰かに頭を下げて……そんなの、見たくないわ』
クイーンメロロンは、嘘をついている。(さっきまで全財産を土に埋めさせていたのだから)。
だが、その声には、疲弊しきった現代(異世界)社会の男たちの心をへし折る、究極の『全肯定の毒』が含まれていた。
『私は何も求めないわ。あなたを評価したり、ダメ出ししたりしない。ただ、ありのままのあなたを、私が全部受け止めてあげる。だから……ここで一緒に、休みましょう?♡』
――勝負は、一瞬で決した。
「うっ、うおおおおおおん!! やっぱり俺にはメロロンちゃんしかいねえええ!!」
「スパチャとか維持費とか重すぎるんだよ! 俺はただ、ヨシヨシしてほしいだけなんだあああ!!」
「コイントス外して怒られる現実なんて嫌だ! メロロンちゃん最高ぉぉぉ!!」
男たちはリーザちゃんに背を向け、再びメロロンの足元の土に顔を埋めて号泣し始めた。
現実の厳しさ(明確な対価を要求するアイドル)が、極限の甘やかし(何も求めないふりをして命ごと奪う魔性のキャバ嬢)に完全敗北した瞬間だった。
「な、なんでですの……!?」
リーザちゃんは膝から崩れ落ちた。
「私の愛とバフ効果が……完全敗北……? なぜ……私が現金すぎるからですか? パンの耳生活が長すぎて、欲が出すぎましたの……!?」
『……ふふっ。お疲れ様、若い子。あなたも、パンの耳ばっかり食べてないで、私の一部になって休む?』
「ひぃぃぃっ! ば、化け物ですわぁぁ!!」
メロロンの放つ底知れぬ包容力(という名の捕食オーラ)に恐怖したリーザちゃんは、芋ジャージの裾を翻し、猛ダッシュで私の元へと逃げ帰ってきた。
「アマネ様ぁぁぁ!!」
リーザちゃんは私の腰にすがりつき、大声で泣きじゃくった。
「ダメでしたわ! 男どもは完全に骨抜きです! 私のパトロンたちが、ただの肥料になってしまいますぅぅ!!」
「よしよし、泣かないで。よく頑張ったよ」
私はリーザちゃんの背中を撫でながら、改めて畑の惨状を見据えた。
男たちは再びスコップを持ち、嬉々として自分を土に埋めようとしている。このままでは、あと数時間でポポロ村の働き手とフェイトが、文字通り「土に還って」しまう。
「あーあ。あれ、完全に手遅れなんじゃない?」
リンちゃんが、退屈そうに隣で欠伸をした。
「でも、あのメロン、やっぱり美味しそう。アマネ、私が雷で丸焼きにしてあげようか?」
「それだと中身の男たちごと黒焦げになるから却下。……それにね、リンちゃん」
私は、畑の中心でぽよんぽよんと揺れるクイーンメロロンを見つめた。
彼女は確かに男たちを騙し、養分にしようとしている。だが、それは彼女が『メロロン』という魔獣植物として生まれ、子孫を残すための生存戦略に過ぎない。
「彼女も、必死に生きているだけなのよ」
前世で、ブラック企業で数字に追われ、他人を蹴落とすしかなかった上司たちの姿が重なる。
環境が悪いから、相手から奪うしかない。
それなら――環境を変えてあげればいいのだ。誰かから奪わなくても、最高に輝ける環境を。
私は深く息を吐き、自分の視界の端に浮かぶ『善行ポイント通販』のインターフェースを開いた。
「よし。なら、私のやり方で勝負させてもらうわ。あのキャバ嬢……いえ、クイーンメロロンを、誰も傷つけない『最高の特産品』にプロデュースしてあげる!」
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