EP 2
「クイーンメロロン、降臨」
ピンク色の怪しいオーラが立ち込めるメロロン畑の境界線。
身を潜めた私たちが目撃したのは、前世の歓楽街で何度も見たような、人間の欲望と破滅が煮詰まった地獄絵図だった。
「うおおお……君は最高だよ、俺の女神……!」
「俺の金貨、全部受け取ってくれ……女房には内緒のへそくりだ……」
「ははは、護衛の仕事なんてどうでもいい……俺の生涯の運は、ここで君に出会うためにあったんだ……!」
村の農家のおじさんたち、そして今朝「親友の従兄弟の隣の……」と見え透いた嘘をついて忌引き休暇を取ったはずの護衛、フェイト・ラック(25歳・A級冒険者)。
彼らは皆、だらしなく鼻の下を伸ばし、虚ろでとろんとした目をしながら地面に這いつくばっていた。そして、自分の財布から銀貨や金貨を取り出し、あるいは身につけていた装飾品を外し、せっせと土の中に埋めているのだ。
完全に『貢いで』いる。
彼らの熱狂的な視線と欲望の中心――畑のど真ん中に鎮座しているのは、ただのメロンではなかった。
通常の何倍もの大きさに熟れ、黄金色の美しい網目模様を持ち、まるで呼吸でもしているかのように豊かな果肉(皮?)をぽよん、ぽよんと魅惑的に揺らしている。
それが、メロロンの最終形態の一つ、『クイーンメロロン』だった。
『――ふふっ。みんな、今日も来てくれてありがとう。私、ずっと待ってたの』
私たちの脳内に、直接声が響いてきた。
極限まで糖度を高めたような、鼓膜を甘く撫でる極上のウィスパーボイス。女性である私やリンちゃん、リーザちゃんには「魅了」の魔法効果は効かないものの、それでも背筋がゾクッとするほどにあざとく、計算し尽くされた魔性の声だった。
『フェイトくん……いつも護衛の仕事、お疲れ様。無理してコイントスなんてしなくていいのよ? ありのままのあなたが、一番素敵なんだから♡』
「うっ、うぅ……っ!」
フェイトがボロボロと大粒の涙をこぼした。
「俺のダメなところも全肯定してくれるなんて……! もうアマネさんのところには帰らない! 俺の剣は質屋に入れた! この金で、俺はここで君と生きていく!」
「……剣売ってんじゃねえよ。後で絶対解雇してやる」
私は思わず低い声で毒づいた。
『農家のおじさん……いつもお水、ありがとうね。奥さんには内緒よ? あなたのお水が、私すっごく美味しかったの♡ 奥さんより私のほうが、あなたの頑張り、ちゃんと分かってるわ』
「メロロオオオオン!!」
今度は、普段は温厚な農家の親父さんが絶叫した。
「俺だって! かあちゃんは毎日毎日『また酒飲んで!』って怒るばっかりで……俺を癒やしてくれるのは、もうメロロンちゃんだけだぁぁ!!」
狂乱する男たち。土に埋められていく硬貨と装飾品。
私は頭を抱えた。
「……これ、完全に新宿の歌舞伎町とかでよく見た光景だ。ホストやキャバクラの沼に狂って、全財産を貢ぎ尽くす限界社会人の末路そのものじゃない……!」
「ねえ、アマネ」
隣でしゃがんでいたリンちゃん(麒麟)が、私の袖をツンツンと引っ張った。
「あれ、食べてもいい? なんかすっごく甘そうな匂いがするんだけど。一口かじりたい」
「リンちゃん、ストップ。今はダメ。あんな中年男性のドロドロした欲望エキスを吸い込んだメロン食べたら、絶対お腹壊すから」
「えー。じゃあ、ルナキンの特大チョコレートパフェがいい」
「分かった、後で奢るからちょっと待っててね」
リンちゃんのマイペースさに少しだけ救われつつ、私は現状のヤバさを再認識していた。
収穫時の鉄則である『耳栓と遮気マスク』を怠った結果がこれだ。あのクイーンメロロンは、甘い言葉で男たちの自尊心と庇護欲を満たし、見返りとして財産を搾り取っている。まさに畑のキャバ嬢である。
『ねえ、今日は少し長くいてくれる?』
メロロンの果肉が、再びぽよんと色っぽく揺れた。声のトーンが一段と甘く、そして危険な色を帯びる。
『もう、お家に帰らなくていいじゃない。奥さんのことも、仕事のことも、全部忘れて……ずっと一緒に、ここで土になりましょう? 私の養分になって?♡』
「ああ……土になる……幸せだ……」
「俺を、食べてくれぇ……」
ゾッとした。
男たちがうわ言のように呟きながら、なんとスコップで自分の周りの土を掘り始め、自らを畑に埋めようとし始めたのだ。物理的な『養分死』へのカウントダウンである。
「ちょっと待って、あれ本気でマズい! このままじゃポポロ村の経済が破綻するどころか、働き手の男たちが過労死……じゃなくて養分死しちゃう!」
前世のブラック企業で、理不尽に搾取され過労死した記憶がフラッシュバックする。
理由は次元が違うほどアホらしいが、労働者が一方的に搾取されて命を落とすなんて、絶対に許せない。限界OLの血がふつふつと沸き立ってきた。
私が立ち上がりかけたその時。
隣でしゃがんでいたリーザちゃんが、ワナワナと激しく震えながら立ち上がった。
特売の芋ジャージの裾をギュッと握りしめ、彼女の顔は怒りで真っ赤に染まっている。
「……許せませんわ」
「えっ? リーザちゃん?」
「あんな……あんな、ただの葉っぱのついた丸い玉っころ風情に……!」
リーザちゃんはギリッと歯を食いしばり、メロロンを睨みつけた。
「私が! 私がこの村で稼ぐはずだった大切なお金が……あんな植物に吸い取られているですって……!?」
「(……そっち!?)」
私は心の中で盛大にツッコミを入れた。怒るポイントが完全に『同業者の売上への嫉妬』である。
「ファンから時間とお金を搾り取っていいのは、宇宙でこの私だけですわ! あんな泥棒猫にパトロンを独占されるなんて、アイドルとして、いえ、人魚姫としてのプライドが許しません!!」
プライドの方向性が致命的に狂っているが、今は彼女のその強欲さが頼もしい。
リーザちゃんは、タローマンのホームセンターで買ってきたメガホン(拡声器)を構え、大きく息を吸い込んだ。
「アマネ様! 私がやりますわ! あんなふしだらな植物に、本物の『絶対無敵の愛と搾取』を見せつけて、男たちの目を覚まさせてやります!!」
宣戦布告と共に、芋ジャージ姿の地下アイドルが、ピンク色のオーラが渦巻く魔性のメロン畑へと堂々たる足取りで乱入していった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




