第十章 魔性のメロン畑と、ブレない純愛
「有休を錬成する護衛と、帰らない男たち」
ポポロ村の朝は、澄んだ空気と小鳥のさえずり、そして魔導通信石の間の抜けた着信音から始まる。
「……はい、アマネです」
私が通信石に魔力を通すと、ノイズ混じりの向こう側から、ひどく弱々しい声が聞こえてきた。
『あ、アマネさん……ゲホッ、ゴホッ。おはようございます、フェイトです』
「おはようございます。どうしました? 凄くわざとらしい咳ですけど」
『実は今朝早く……俺の親友の従兄弟の、隣の家に住んでいるおばさんの友達の犬が、急逝しまして……』
「それもう完全に赤の他人ですよね?」
『深い悲しみと喪失感により、剣を握る手が震えて……つきましては、本日は忌引きということでお休みを……』
「嘘おっしゃい! 寝る前に日課のコイントス外して、デバフかかって寝込んでるだけでしょ!」
ブツッ、と一方的に通信が切れた。
私はこめかみを強く揉みほぐした。月給30万円(金貨30枚)で大公様が手配してくれた専属護衛、A級冒険者のフェイト・ラック。剣の腕は確かなのに、ユニークスキル『コイントス』のせいで定期的にズル休みを錬成する、前世のブラック企業にもいなかったタイプの困った社員(護衛)である。
「アマネー、フェイトまたおサボりー?」
のんびりとした声と共に、金髪の美少女が背中から抱きついてきた。私の親友にして、絶対的なボディーガードでもあるリンちゃんだ。(※正体は次元を超越する幻の第六聖獣・麒麟だが、今は完全にファミレスの常連客と化している)。
「そうみたい。仕方ないから、今日の村の見回りはリンちゃんと二人で……」
「アマネ様! おはようございます!」
バンッ! と勢いよくドアが開け放たれ、ルナミスデパートの特売芋ジャージに健康サンダルという、およそファンタジー世界に似つかわしくない格好の少女が飛び込んできた。
魚人族の国、シーランの地下アイドルことリーザちゃんだ。彼女の手には、タローソンのレジ袋にぎっしり詰まった「パンの耳」が握られている。
「聞いてください! 今朝のパン屋さんの裏口で、野良犬との熾烈なポジション争いを制して、このパンの耳をタダでゲットしたんですの! これで三日は戦えます!」
「リーザちゃん……腐っても人魚姫なんだから、もう少しプライドとか……」
「アイドルにプライドは不要です! 必要なのはファンからの御縁(五円)とスパチャだけですわ!」
今日も我が家はカオスだ。前世の限界OL時代、上司に手柄を奪われて深夜のオフィスで一人泣いていた頃に比べれば、この騒がしさは圧倒的に幸せな証拠でもあるのだけれど。
「でも、今日はなんだか村が静かだね」
リンちゃんが、もぐもぐとパンの耳をかじりながら不思議そうに首を傾げた。
言われてみれば、いつもなら活気のある農作業の声や、逃げ出した『人参マンドラ』の悲鳴が聞こえてくる時間帯なのに、外が妙に静まり返っている。
嫌な予感がして外に出ると、村の広場に奥様方が集まり、何やら深刻そうな顔でヒソヒソと話し合っていた。
「どうしたんですか、皆さん?」
私が声をかけると、農家のおかみさんが泣きそうな顔で振り返った。
「アマネちゃん……実は、うちの人たちが昨日から帰ってこないのよ」
「帰ってこない?」
「ええ。昨日の夕方、『メロロンの収穫に行ってくる』って出かけたきり……。他の家の人たちも、自警団の若い衆も、男はみーんな畑から戻ってこないの。おまけに、フェイトさんまで昨日の夜、ふらふらと畑の方へ歩いていくのを見たって人がいて……」
ピクリ、と私の前世の社畜センサーが反応した。
帰れない夜勤? 強制的なサービス残業? いや、まさか農地で事故でもあったのだろうか。
「メロロンって……あの、甘くて美味しいメロンの魔獣植物ですよね? 確か、収穫期には特別な注意が必要だと本で読みましたが……」
「そうなの! 収穫係は絶対に『耳栓と遮気マスク』を着けなきゃいけないのに、うちのバカ亭主、面倒くさがって置いていっちゃって……!」
おかみさんが持っていたカゴの中には、未使用の耳栓とマスクが転がっていた。
私は即座に状況の異常性を察知した。フェイトの忌引きの電話も、ひょっとすると寝込んでいたわけではなく、どこか別の場所からかけていたのでは……?
「リンちゃん、リーザちゃん。農地へ向かいますよ。何が起きているのか、この目で確かめないと」
「えー、めんどくさいけどアマネが言うなら行くー」
「畑に小銭が落ちているかもしれないなら、お供しますわ!」
私たちは急ぎ足で、村の外れにあるメロロンの栽培区画へと向かった。
農地に近づくにつれ、大気の様子が明らかにおかしくなっていく。
「……なに、この匂い」
風に乗って漂ってきたのは、むせ返るような強烈に甘い香りだった。熟しきった高級フルーツと、甘ったるい香水を混ぜ合わせたような、脳の奥が痺れるような匂い。
そして、目の前に広がる広大なメロロン畑は、本来の緑色ではなく、なぜか『怪しいピンク色のオーラ』にすっぽりと包み込まれていた。
「クンクン……なんだか、ルナミス中央の夜の歓楽街みたいな匂いがしますわね」と、リーザちゃんが鼻をひくつかせる。
私たちはピンク色のオーラの境界線にそっと身を隠し、畑の中を覗き込んだ。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「あぁ……君は最高だよ……」
「俺の金貨、全部受け取ってくれ……女房には内緒だ……」
「ははは、コイントスなんてどうでもいい……俺の生涯の運は、ここで君に出会うためにあったんだ……」
村の男たちが、そして仮病を使って休んだはずのフェイトが。
だらしない笑顔を浮かべ、虚ろな目で地面に這いつくばり、自分の財布や装飾品をせっせと土に埋めて「貢いで」いたのだ。
男たちの視線の先。
畑の中央に鎮座していたのは、ただのメロンではなかった。
通常の何倍も巨大に熟れ、その豊かな果肉をぽよん、ぽよんと魅惑的に揺らす、女王の風格を漂わせた極上の果実――『クイーンメロロン』が、そこにいた。
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