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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 10

平和なお茶会と、昭和のブラック魔将軍

 ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。

 偽りの勇者ゼロスによる『やらせの悲劇』が完全に鎮圧され、平原に平和が戻ってから数日後。

 暴走させられていたロックバイソンたちは、美味しい干し草でお腹を満たした後、すっかり本来の温厚な性格を取り戻し、今では農村の開墾作業を元気に手伝っているという。

 そして、主神オリンの宣言通り、天界からワイズの神格は剥奪され、彼の不正に加担していたゼロスはルナミス帝国の地下牢で「こんなの嘘だぁぁっ!」と泣き喚く日々を送っていた。

「さあ皆様、今日のお茶会の主役ですわよ!」

 私は、脳内の【善行ポイント通販】から取り寄せた、色鮮やかなデザートをガーデンテーブルの中央にドンッと置いた。

 それは、地球のカフェが誇る最強のスイーツ。

 【極上・季節のフルーツたっぷり特大パフェ(3pt×人数分)】である。

「うわぁぁぁっ! きらきらしてるー!」

 リンちゃんが、高くそびえ立つ生クリームと、宝石のように輝くイチゴやメロンに目を輝かせる。

「ヒャッハー! 甘いもんは別腹っすよ! 配信の打ち上げには最高のご馳走っすね!」

「ええ! あの外道のメッキを剥がした祝勝会ですわ! いただきまーす!」

 フェイトさんとリーザさんが、長いパフェスプーンを手に取り、無邪気に歓声を上げてパフェを頬張り始めた。

 あの日の『ゲリラ生配信』のアーカイブは、瞬く間にアナステシア世界中に拡散され、大公邸の『本物の炊き出し(善行)』の様子までが評価される結果となった。

 けれど、フェイトさんとリーザさんは「投げスパチャは一切受け取らないっすよ。お嬢の優しさを金に換えるなんて、俺たちのプライドが許さねぇっす」と、ただ純粋に私の名誉を守るためだけに、あの配信を使ってくれたのだ。

「ふふっ。お二人とも、本当にありがとうございました。おかげで、誰も怪我をせずに事件を解決することができましたわ」

 私が微笑みながら紅茶を注ぐと、二人は顔を赤くして照れ笑いを浮かべた。

「なーに言ってんすか! お嬢の敵は、俺たちの敵っすからね!」

「そうですわ! アマネ様に手を出そうとする輩は、アイドルの力で社会的に抹殺して差し上げますの!」

 ポンコツで現金だけれど、誰よりも頼もしい私の仲間たち。

 美味しいパフェを笑い合いながら食べるこの時間こそが、私にとって何よりも価値のある『見返り』だった。

     *

「……全く。君のその笑顔は、世界中の男を狂わせる恐ろしい兵器だな」

 仲間たちがパフェに夢中になっている隙に。

 少し離れた木陰で、オルフェウス様が私の腰にそっと手を回し、彼自身の広い胸の中へと私を引き寄せた。

「オ、オルフェウス様。皆さんが見ていますわ……」

「構わん。君が無事に私の腕の中にいることを、何度でも実感したいのだ」

 オルフェウス様は、私の耳元で低く甘い声で囁き、こめかみに優しくキスを落とした。

 彼から漂う微かな葉巻の香りと、力強い鼓動が、私の全身を温かく包み込んでいく。

「君は、私の剣を使わせることなく、あの魔物の大群を笑顔に変えてしまった。……戦神である私には、到底できない芸当だ。君は本当に、私の誇り高き妻だよ、アマネ」

「そんな……私一人では何もできませんでした。オルフェウス様が、どんな時でも私の盾になってくれると信じていたからこそ、私は前に立つことができたのですわ」

 私が彼の大きな手に自分の手を重ねて見上げると、オルフェウス様の紫の瞳が、限界まで甘く蕩けた。

「……アマネ。君を、一生この腕から離すつもりはない。君が望むなら、世界のすべてを君の足元に捧げてみせよう」

 重たすぎるほどの、不器用な絶対の愛(溺愛)。

 限界OLとして搾取され続けていた私が、今世で手に入れた最高の居場所。

 彼の深い愛情に身を委ねながら、私は心からの安心感に包まれて、そっと目を閉じた。

 大公邸の平穏な日常は、こうして守られた。

 ……しかし。

 このアナステシア世界には、まだまだ『理不尽』と『ブラックな価値観』を押し付けてくる厄介な存在が潜んでいたのである。

     *

 同時刻。

 ルナミス帝国から遠く離れた、アバロン魔皇国。

 薄暗い魔王軍の作戦会議室で、一人の男が妖しい紫の光を放つ妖刀『哭刀なきがたな』を黙々と布で磨いていた。

「……チッ。ワイズの青二才も、契約勇者のゼロスとやらも、見事に足元をすくわれたようだな」

 男の名は、魔将軍ミラース。

 禁忌とされるネフィリムの血を引き、あらゆる物質を両断する最強の矛、ユニークスキル【ソード】を持つ恐るべき魔人である。

「近頃の若い奴らは、すぐに小賢しい『やらせ』だの『PV稼ぎ』だのに頼りたがる。だから、少し想定外のことが起きただけでパニックになって自滅するのだ。甘い。甘すぎる!」

 ドンッ! と。

 ミラースは、作戦会議室のテーブルを拳で叩きつけた。

「魔王軍に必要なのは、そんな小細工ではない! 圧倒的な『気合』と『根性』だ!!」

 彼の目は、異様なまでの熱量で血走っていた。

「熱を出しても這って出社する精神! 24時間戦えますかという圧倒的な当事者意識! 飲みニケーションによる腹の探り合い! それこそが、最強の組織を作る唯一の絶対法則なのだ!」

「(うわぁ……出たよ、ミラースのオッサンの昭和ブラック企業マインド……)」

 部屋の隅で、ルナミス新聞の競馬欄を読んでいた同僚の魔将軍ルーベンスが、呆れたように小さくため息をついた。

「(今時、気合でなんとかなると思ってるの、痛すぎるよね……。俺は今日、定時で帰ってイモッカ(酒)飲むから、絶対に関わらないでおこう……)」

 ルーベンスの冷ややかな視線にも全く気づかず、ミラースは一人で勝手にボルテージを上げ続けていた。

「俺が魔王になるためには、あのルナミス帝国の大公と、その妻である生意気な小娘を血祭りに上げねばならん。小賢しい罠など不要! 正面から叩き潰し、俺の『根性』が世界で一番優れていることを証明してやる!!」

 妖刀を鞘に納め、ミラースが昭和の軍隊のような暑苦しい気合の咆哮を上げた。

「待っていろ、ルナミス帝国! この俺が直々に、気合と根性という名の絶望を叩き込んでやるわ!!」

 PV目当ての『やらせ勇者』が消えた直後。

 次に大公邸の平和を脅かそうと動き出したのは、「24時間戦えますか」を地でいく、極めて時代錯誤で暑苦しい『昭和ブラック企業マインド』に脳を支配された魔将軍であった。

 理不尽な精神論と根性論を押し付けてくる、前世の忌まわしき上司の幻影のような敵。

 しかし、定時退社とワークライフバランス(美味しいご飯)を何よりも愛する限界OLのアマネにとって、そんなブラックな価値観など、絶対に屈してはならない最も忌むべき『クレーム案件』に他ならない。

「(ふふっ、次はどんなお料理を作ろうかしら)」

 魔の手が迫っていることなどつゆ知らず、大公の腕の中で幸せそうに微笑むアマネ。

 限界OLの『見返りを求めない本物の善意』と、昭和魔将軍の『ブラック企業的根性論』。

 水と油のような二つの価値観が激突する次なる戦い(接待)の火蓋は、すぐそこまで迫っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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