EP 9
生配信の大炎上と、ハゲ主神の神判
「な……生放送、だと……?」
偽りの勇者ゼロスの声が、間の抜けた音を立てて平原に響いた。
「ええ。ゴッドチューブの裏機能、『ゲリラ・シークレット生配信』ですわ!」
リーザさんが掲げたエンジェルすまーとふぉんの画面には、ゼロスの顔がドアップで映し出されている。
そして、画面の右半分を埋め尽くすように、尋常ではない速度でコメント(滝のような弾幕)が流れ続けていた。
『やらせだったのかよ!! 最低!!』
『村を襲わせたのが勇者って、ただのテロリストじゃん!』
『今まで投げ銭してた俺の金を返せクズ!!』
『大公夫人の炊き出しをバカにした時点で引いてたけど、マジでゴミだったわ』
『炎上どころか犯罪だろこれ! 通報したわ!』
――大・炎・上。
それはもう、擁護の余地など一ミリもない、インフルエンサーとして完全なる社会的な死を意味する光景であった。
「あ、あ、あああ……っ! 嘘だ! こんなの嘘だ! これは合成だ! 誰かが俺を陥れようとして……っ!」
ゼロスは頭を抱え、半狂乱になって叫んだ。
しかし、生放送のカメラの前で、自ら「闇商人から凶暴化の香炉を買った」と得意げに語ってしまった事実は、どう足掻いても覆らない。
「ふふっ。あなたが一番こだわっていた『カメラの前(見栄)』で、あなたのメッキが綺麗に剥がれ落ちる。……これが一番の因果応報というものですわ」
私は、干し草をモグモグと食べる牛たちを背に、冷ややかに言い放った。
「ふ、ふざけんなぁぁっ! 痛ぇ腹探りやがって、この平民上がりがぁっ!!」
ゼロスは完全に自暴自棄になり、私に向かって醜く顔を歪めて怒鳴り散らした。
「俺がこんなことで終わると思うなよ! 俺のスポンサーは天界の『ワイズ様』だぞ! ワイズ様の予算は無限なんだ! この配信ごと力でもみ消して、お前らを全員逆賊として処刑してやる!!」
彼はエンジェルすまーとふぉんを天高く掲げ、狂ったように叫んだ。
「助けてくれ、ワイズ様!! 俺のアカウントに予算を! 課金を!! 奴らを皆殺しにする力を俺に……っ!!」
――しかし。
彼が天に助けを求めた、その時である。
「……その必要はない。というか、もみ消すことなどできんよ」
空から、重厚で、しかしどこか聞き覚えのあるオジサンの声が響き渡った。
「なっ……!?」
ゼロスが天を仰ぐ。
雲が割れ、眩いほどの『後光』が平原を照らし出した。
光の階段を下りてきたのは、神々しい純白のトーガ(神の衣)を身にまとい、頭部からピカーーッ!と凄まじい光を放っている初老の男だった。
「あっ。あのオジサン……!」
私は思わず声を上げた。
その顔は、間違いなく、先ほど大公邸の客室で私の『特製卵雑炊』を食べて号泣していた、行き倒れのハゲ頭のオジサンだったのだ。
「あ、あなたは……っ! 天界のトップたる、主神オリン様!?」
ゼロスが、信じられないものを見るように腰を抜かした。
「いかにも。……我が名はオリン。アナステシア世界の神々を束ねる、第3種惑星創造神格公務員である」
オリンは、空中にふわりと浮遊したまま、威厳に満ちた(しかし胃薬のおかげですっかり顔色の良くなった)表情で、ゼロスを見下ろした。
「ゼ、ゼロスです! あなたの忠実な僕である契約勇者のゼロスです! ワイズ様に連絡を取ってください! この無礼な大公たちを……っ!」
「ワイズならば、もういない」
オリンの冷酷な宣告が、ゼロスの希望を完全に叩き斬った。
「……え?」
「先ほど、天界の不正監査局に、ワイズの『やらせ配信によるPVの不正操作と予算の横領』について、主神の権限で告発した。奴の神格はすでに剥奪され、アカウントも完全凍結された」
オリンは、腕を組みながら呆れたようにため息をついた。
「お前のスキル【マネー】が作動しなかったのも、ワイズの口座がすでに存在しないからだ。……自作自演で悲劇を起こし、人々を恐怖に陥れてPVを稼ぐなど、神の道から外れた外道の所業。絶対に許されることではない」
「そ、そんな……! じゃあ俺の課金は……俺のステータスは……っ!」
ゼロスがエンジェルすまーとふぉんを取り落とした、その瞬間だった。
――シュゥゥゥゥッ……。
ゼロスの体から、淡い光の粒子が抜け出していく。
スキル【マネー】の課金バフによって維持されていた、彼のステータス。そして、彼が最もこだわっていた『外見』の偽装が、予算の供給を絶たれたことで、次々と強制解除され始めたのだ。
「あ、あああ!? 俺の筋肉が! 俺の背がぁっ!!」
ミスリルのアーマーが、突如として彼には大きくなりすぎてガシャァンと地面に落ちる。
課金によって底上げされていた彼の身長(厚底シークレットブーツの魔法)が消え失せ、本来の「小柄で貧相な体格」へと縮んだ。
さらに、天界の技術で施されていた『顔の整形』の魔法まで解け、眩しかった白い歯は黄ばみ、自信に満ちていた顔つきは、ただの卑屈で意地の悪い小男のそれへと戻ってしまったのである。
「う、嘘だ……! 見るな! 俺の素顔を映すなぁぁっ!!」
ゼロスは、顔を両手で覆い隠しながら、地面を這いずり回って悲鳴を上げた。
「……ヒャッハー! これが勇者の正体っすか! ただのチビの詐欺師じゃねぇっすか!」
「アマネ様の無償の善行を『金にならない』と見下した結果がこれですのね。おーっほっほっほ! 最高のエンターテイメントですわぁ!」
フェイトさんが腹を抱えて笑い転げ、リーザさんが容赦なくカメラを回し続ける。
配信のコメント欄は、同情の余地もないほどの『大爆笑』と『ざまぁ』の嵐で埋め尽くされていた。
金と見栄。
それだけで他者を見下し、悲劇を弄んだ偽りの勇者は、限界OLがただ無心で行った『炊き出し』と『極上の胃薬』の前に、アマネが直接手を下すまでもなく、見事なまでに完全なる自滅を遂げたのである。
「騎士団。その薄汚い詐欺師を捕縛し、ルナミスの地下牢へ叩き込め。二度と太陽の光を拝めないようにしてやる」
オルフェウス様が冷たく命じると、重武装の騎士たちがゼロスを両脇から抱え上げ、ゴミのように引きずっていった。
「や、やめろぉぉっ! 俺は勇者だぞ! 離せぇぇっ……!!」
彼の情けない悲鳴が遠ざかっていくのを聞きながら、私は大きく息を吐き出した。
「お見事であった、アマネ殿」
空からフワリと降り立ったオリンが、私に向かって深く頭を下げた。
「あなたの『見返りを求めない優しさ』が、私の腐りかけていた胃袋と、天界の腐敗を正す勇気をくれたのだ。あなたが彼に温かい雑炊を振る舞わなければ、私はワイズの不正を見て見ぬふりをしたまま、胃潰瘍で死んでいたかもしれない」
「そんな。私はただ、お腹を空かせた方がいたから、ご飯を作っただけですわ」
私がクスリと笑うと、オリンは後光の差す頭をかいて、豪快に笑った。
「はっはっは! その『ただご飯を作っただけ』が、どれほど世界を救っているか、あなた自身が一番分かっていないようだな」
オリンは、オルフェウス様に向き直った。
「大公殿。ルナミス帝国のPVが異常な数値を叩き出している理由が、よく分かりましたぞ。ここは、やらせなど一切ない、『本物の愛と善意』に溢れた場所だ。これからも、良き国造りを期待している」
「……我が国は、アマネがいる限り、揺らぐことはない。天界の監視など不要だ」
オルフェウス様は、私の肩を抱き寄せながら、不遜に言い放つ。
その堂々とした戦神の態度に、オリンは「やれやれ」と苦笑した。
「それでは、アマネ殿。私はこれで天界へ戻る。……また胃が痛くなったら、こっそりあなたの雑炊を食べに来てもいいかな?」
「ええ、もちろん! でも、胃薬のおかわりも持っていってくださいな。お仕事、無理しないでくださいね」
私がエプロンのポケットから【地球の胃薬(箱入り)】を取り出して手渡すと、オリンは涙ぐみながらそれを抱きしめ、光と共に天へと帰っていった。
やらせの悲劇は回避され、村の平和は守られた。
平原には、すっかり満腹になって昼寝を始めたロックバイソンたちと、安堵の笑顔を浮かべる領民たちだけが残された。
限界OLの『食の防壁』と『無償の善意』は、見栄と金で塗り固められた悪意を、優しく、そして完璧に粉砕したのである。
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