EP 5
「大公の視察と、ブレない一途な愛」
モーツァルトの優雅な旋律が流れるポポロ村の農地。
黄金色に輝くクイーンメロロンが気高く鎮座する足元で、村の男たちと私の護衛が「肥料にすらなれなかった……!」と絶望の涙を流して土を叩いている。
平和なのだか地獄なのだか分からない、酷くシュールな光景だった。
「さて、このおじさんたちとフェイトをどうやって家まで回収しようか……」
私がため息をつきながら思案していた、その時だった。
パカッ、パカッ、と規則正しい馬蹄の音が近づいてきた。
見れば、ルナミス帝国中央の意匠が施された、黒塗りの豪奢な馬車が農地の入り口に停まる。御者が恭しく扉を開けると、中から一人の長身の男性が降り立った。
漆黒の外套に、夜空を思わせる深い藍色の軍服。怜悧で整った顔立ちと、周囲の空気をピンと張り詰めさせるような圧倒的な覇気。
帝国の影の支配者にして、私をこの村で保護(という名の極甘な庇護)してくれている張本人――オルフェウス大公その人だった。
「大公様! どうしてこんな辺境の村に?」
私が驚いて声を上げると、大公は冷徹だった表情を一瞬で春の陽だまりのように緩め、私の前へと真っ直ぐに歩み寄ってきた。
「アマネ。君の顔が見たくなって、少し視察の予定を前倒しにしてね。……だが、なんだこの有様は?」
大公の冷ややかな視線が、地面で這いつくばって泣いているフェイトたちに向けられる。
「あ、ええと、かくかくしかじかで……」
私は、クイーンメロロンが畑のキャバ嬢と化して男たちを肥料にしようとしていたこと、そして私が『善行ポイント通販』で高級有機肥料とクラシック音楽を与え、気高き特産品としてプロデュースし直したことを手短に説明した。
話を聞き終えた大公は、呆れたようにため息をつき、それからひどく愛おしそうに私を見つめた。
「魔性の植物を討伐するでもなく、投資と環境改善によって最高の特産品へと昇華させるとは……。やはり君は、私の見込んだ通りの、いや、それ以上に慈深く聡明な女性だ」
「そ、そんな、大げさですよ」
「大げさなものか。武力でねじ伏せるしか能のないエギル(※私を捨てた元婚約者)や帝国軍の上層部には、一生かかっても辿り着けない境地だ。君のその『誰も傷つけずに救う』優しさこそ、この殺伐とした世界に最も必要な光なのだから」
大公の、一切の衒いもないストレートな称賛に、私の顔がカッと熱くなる。
前世のブラック企業では、どんなに頑張っても手柄は上司に奪われ、「やって当然」としか言われなかった。だから、こんな風に真っ直ぐに私の行動を認め、言葉にしてくれる大公の存在は、私の心臓にかなり悪い(良い意味で)。
その時だった。
優雅にモーツァルトを聴いていたクイーンメロロンが、ぽよん、と豊満な果肉をひと際大きく揺らした。
『――あら? なんだか、すっごく上質な魔力と、権力と、お金の匂いがするわね』
高級肥料で浄化され、気高さを取り戻したとはいえ、彼女の根底にある魔獸植物としての「より強いオス(パトロン)を惹きつける」本能が、大公という超大物を前にして疼いたらしい。
クイーンメロロンの表面が、再び微かなピンク色に発光した。
先ほどおじさんたちを骨抜きにしたのとは比べ物にならない、純度100%の『極上のチャーム(魅了)』の波動が、大公に向かって放たれる。
『ねえ、そこの素敵な大公様? 毎日、帝国の重圧を背負って大変でしょう? 私なら、貴方の強がりも、弱さも、全部包み込んであげられるわ。……貴方も、私に甘えていいのよ?♡』
脳髄を直接とろけさせるような、究極の甘い囁き。
地面に這いつくばっていたフェイトが、「ひっ! だ、ダメだ大公様! その声を聞いたら、男はもう……!」と情けない声で叫ぶ。
しかし――。
大公は、ピンク色の魅了の波動を真正面から浴びながら、文字通り『瞬き一つ』しなかった。
「……? 大公様?」
『えっ……?』
クイーンメロロン自身も戸惑うほど、大公の態度は冷淡だった。
彼は、道端に転がっている石ころでも見るかのような、一切の感情を排した絶対零度の瞳でメロロンを見下ろした。
「……くだらん」
低く、凍てつくような一言が放たれる。
それだけで、大公の全身から立ち上る桁違いの魔力(覇気)が、メロロンのピンク色のオーラをパリンッ!とガラスのように粉砕してしまった。
「私を甘やかすだと? 笑わせるな、植物の分際で」
『ひっ……!?』
「言っておくが、私の心と時間、そしてこの身のすべては、すでに一人の愛しい女性に捧げ尽くしている。私の内側には、他者が入り込む隙間など、たったの1ミリ、いや1ミクロンたりとも存在しない」
大公はそう言い切ると、冷え切っていた表情を再び一瞬で反転させ、ひざまずくようにして私の手を取った。
「私が癒やしを乞うのは、世界でただ一人、アマネ、君だけだ。君が微笑んでくれるなら、私は帝国の重圧など塵芥のように感じられる。……だから、こんな安っぽい幻惑など、私には全く意味をなさないのだよ」
「た、大公様……っ」
手の甲に、そっと熱いリップ音が落とされる。
ドクン、ドクン、と心臓が破裂しそうなほど鳴っていた。
こんなの、ずるい。ズルすぎる。
前世で「都合のいい女(労働力)」としてしか扱われなかった私が。
この異世界でも、魔力も闘気もない「ハズレ個体」として捨てられた私が。
帝国の頂点に立つようなこの人から、こんなにも重く、一途で、圧倒的な愛を向けられている。
クイーンメロロンの魔性のチャームなど比べ物にならないほどの『本物の男の純愛』を叩きつけられ、私は顔から火が出そうになるのを必死に堪えた。
「〜〜〜っ! もう、大公様ってば、皆の前でそういうこと平気で言うんですから……っ!」
「事実を口にしたまでだが? むしろ、足りないくらいだ」
「足りてます! お腹いっぱいです!」
私が真っ赤になって大公から手を引き抜こうとすると、背後で一部始終を見ていたリーザちゃんが、ワナワナと震えながらメモ帳(タローマン製)に何かを猛スピードで書き込んでいた。
「す、すごいですわ……! あんな魔性の誘惑を秒で跳ね返すほどの、太客の絶対的な忠誠心……! アマネ様、いったいどうやってあんな極上の囲い込み(ファンサ)を……!?」
「リーザちゃん、解釈がアイドルの営業目線すぎるからやめて!」
「アマネ、顔がトマトみたいに真っ赤だよ。茹でダコ?」
「リンちゃんも静かにして!」
わあわあと言い合う私たちを見て、大公は本当に楽しそうに、そして愛おしそうに目を細めて笑った。
『……完敗ね。あんなの、付け入る隙なんてないじゃない』
クイーンメロロンも、大公の放つ圧倒的な「アマネ一筋オーラ」に完全に当てられたらしく、ぽよん、と呆れたように揺れて、再び優雅にモーツァルトを聴き始めた。
こうして、ポポロ村の男たちを狂わせたメロロンの脅威は、私の善行と大公のブレない純愛によって、完全に平和で少し甘酸っぱい日常へと着地したのである。
――だが、この穏やかな時間が、長く続くわけではなかった。
ポポロ村の極上特産品となった「クイーンメロロン」の噂を聞きつけ、中央から、メロロンの魔性など鼻で笑うような『本物の悪意と強欲』が、すぐそこまで迫ってきていたのだ。
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