EP 6
「悪徳ブローカーと、無視された忠告」
大公様が帝都での急な軍議(という名目の退屈な定例会議)のために、後ろ髪を引かれる思いでポポロ村を後にしたのは、クイーンメロロン騒動の翌日のことだった。
「アマネ。会議が終わり次第、飛竜の最高速度で君の元へ戻ると誓おう。……ああ、たった数日でも君と離れるなんて、私の心臓が耐えられるかどうか」
「大公様、村の皆さんが見てますから! 早く馬車に乗ってください!」
私の手を取って甘い言葉を紡ぐ大公様を、私は顔を真っ赤にしながら半ば押し込むようにして見送った。
周囲では、メロロンの洗脳から無事に生還した村の奥様方が、「あらあら、大公様ったら本当にアマネちゃんにベタ惚れねぇ」「若いっていいわねぇ」と生温かい視線を送っている。
前世で色恋沙汰とは無縁の限界社畜だった私にとって、この甘すぎる空気は未だに慣れない。
大公様の漆黒の馬車が見えなくなった後、私は気を取り直して村の見回りを再開した。
メロロン畑の狂乱から一夜明け、村の男たちと私の護衛は、奥様方からこってりと絞られ、今はすっかり反省して真面目に畑仕事を手伝っている。
「アマネさぁん……俺、もうギャンブルもキャバクラもやめますぅ……」
フェイトが鍬を振り下ろしながら、涙目で呟いている。
「コイントス外して落ち込んでたところに、あんな全肯定の甘い言葉をかけられたら、男なら誰だって堕ちますよぉ……俺の青春……」
「フェイト、手が止まってるわよ。日給から天引きするわよ」
「ヒッ! 働きます! 働かせていただきます!」
すっかり元通り……いや、以前よりも少しだけ勤勉になった平和な日常。
私の『善行ポイント通販』で取り寄せたモーツァルトを聴きながら、クイーンメロロンも畑のど真ん中で気高く、そして優雅に熟成を続けている。
このまま無事に収穫期を迎え、村の最高の特産品としてみんなで美味しくいただく。それが私の描いていた完璧なハッピーエンドだった。
――だが、世の中はそう甘くない。
「メロンは甘くなったのに、現実はしょっぱいわね」と、前世の私の魂がため息をつくような出来事が、その日の午後に起きたのだ。
ズドドドドッ! という無駄に騒々しい足音と共に、村の広場に一台の馬車が乗り込んできた。
大公様の気品あふれる馬車とは対極にある、成金趣味を凝縮したようなケバケバしい黄金色の装飾。馬の代わりにそれを引いているのは、無駄に威圧的な二足歩行の巨大な魔獣『ジオ・リザード』だった。
「なんだ、あの趣味の悪い馬車は?」
村人たちがざわめく中、馬車の扉が乱暴に開き、一人の小太りな男が降り立った。
ギラギラと光る何連もの金のネックレスに、高級そうなシルクの服。しかし、その着こなしは下品で、指にはこれでもかと宝石の指輪がはめられている。男の背後には、護衛とおぼしき柄の悪い傭兵たちが数人控えていた。
「チッ、相変わらず土臭え貧乏村だな。おい、村長を出せ!」
男は葉巻(ポポロシガーではなく、もっと安っぽくて匂いのキツい粗悪品だ)をふかしながら、横柄な態度で怒鳴り散らした。
村長が慌てて飛び出してくる。
「こ、これは王都の商業ギルドの……ゲルド様。本日はどのようなご用件で……」
「用件? 決まってんだろ」
ゲルドと呼ばれた男は、下卑た笑みを浮かべて、村の外れにあるメロロン畑を指差した。
「王都の噂で聞いたぜ。この村で、『人間の養分を吸わずに極上の気高さを保ったクイーンメロロン』が育ってるってな。通常、メロロンは男のエキスを吸ってドロドロに甘くなるが、そいつは『純粋な有機肥料』だけで育った奇跡の個体らしいじゃねえか」
「は、はぁ……確かに、アマネちゃんのおかげで、素晴らしいメロロンが育っておりますが」
「よし! なら話は早い。あの畑ごと、俺様が買い取ってやる。ほら、これで権利書にサインしな」
ゲルドが傭兵に命じて投げ捨てたのは、ほんの数枚の銀貨が入った革袋だった。
「ぎ、銀貨たったの5枚!? ゲルド様、いくらなんでもそれは無茶苦茶です! あのクイーンメロロンだけでも、金貨数十枚の価値はくだらないはず……それに、あの畑は村の皆の共有財産で……!」
「うるせえ! 法律の抜け穴なんていくらでもあんだよ。辺境の村が、王都のギルドに逆らえると思ってんのか?」
ゲルドが鼻で笑う。
「あの奇跡のクイーンメロロンを、王都の裏ルート……高級遊郭の貴族どもに売り捌けば、金貨数百枚の大儲けだ。こんな田舎の泥まみれの農民どもが食うには勿体なさすぎるんだよ」
その強欲で自己中心的な言い分に、私は思わず前に歩み出ていた。
「……ちょっと待ってください」
「あぁ?」
「あのクイーンメロロンは、この村のみんなで大切に見守り、育てているものです。王都の歓楽街で、また『魔性の道具』として消費させるために育てたわけじゃありません。畑を売る気はないと、村長も言っています」
私が毅然として言い放つと、ゲルドは私の姿を頭の先から足の先までジロジロと舐め回すように見て、下品に吹き出した。
「ゲラゲラゲラ! なんだお前? 見たところ、闘気も魔力もねぇ『1馬力』のゴミじゃねえか。噂に聞く、実家から捨てられた無能令嬢ってやつか?」
「……ええ、そうですけど」
「おいおい、おままごとは他所でやれよ小娘。農業も商売も、法律も知らねぇガキが、俺様のような一流のブローカーに口答えすんじゃねえ。お前みたいな世間知らずがしゃしゃり出ると、村全体が痛い目を見るぞ?」
前世のブラック企業で、何人もの「数字と利益しか見ない傲慢な上司」を見てきた。ゲルドの目は、まさに彼らと同じだった。他人の時間も、想いも、すべて自分の利益のための「数字」としか見ていない人間の目。
「世間知らずなのは、あなたの方です」
私は冷ややかな声で告げた。
「クイーンメロロンを甘く見ない方がいいですよ。あれは『気高い特産品』に生まれ変わったとはいえ、本質は男を魅了する魔獣植物です。アナステシア世界の法律でも、『メロロンの収穫・接触時には、耳栓と遮気マスクの着用が義務付けられている』はずです」
私が正論を突きつけると、ゲルドは鼻で笑って自分の指にはまった巨大な宝石の指輪を見せびらかした。
「ハッ! 貧乏人の知恵袋か? 法律だのマスクだの、そんなもんは魔力抵抗のない下民どものルールの話だ。俺様のこの『精神防壁の魔導リング』があれば、植物のチャームなんざ完全に弾き返せるんだよ!」
「……魔導具に頼り切って、自然の驚威を侮ると、後で取り返しのつかないことになりますよ」
「うるせえ! お前ら、さっさとあのメロンを根こそぎ掘り起こして馬車に積め! 邪魔する奴は力尽くでどかせ!」
ゲルドの命令を受け、柄の悪い傭兵たちが武器を手に畑の方へと歩き出す。
「アマネ! あいつら、私がぶっ飛ばしてこようか!?」
リンちゃんが両手にバチバチと雷の魔力を帯びさせながら身を乗り出してきた。A級冒険者のフェイトも、名誉挽回とばかりに大剣の柄に手をかけている。
「待って、二人とも。手を出さないで」
私はリンちゃんたちを腕で制止した。
「アマネ様? なぜですの! あの成金豚、私が『Love & Money』の歌で財布の紐を物理的に千切ってやりますのに!」
リーザちゃんも芋ジャージを捲り上げて怒っているが、私は静かに首を振った。
ここで私たちが武力で彼らを追い払えば、向こうは「商業ギルドへの不当な暴力」を理由に、さらに厄介な手段で村を潰しにかかってくるだろう。
それに、前世で学んだことがある。
自然のルールを軽視し、他者の忠告を「見下して」無視するような傲慢な人間は、わざわざこちらが手を下さなくても、勝手に自滅の道を辿るものなのだ。
「……私は、ちゃんと『耳栓とマスクがないと危険だ』って警告しましたからね」
私のその呟きは、誰の耳にも届かなかった。
ゲルドは意気揚々と、耳栓もマスクもつけない丸腰の状態で、ピンク色の香りがわずかに漂うクイーンメロロンの畑へと、自らの足でズカズカと踏み込んでいったのである。
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