EP 7
「地球の美容液と、女たちのスクラム」
ゲルドが意気揚々と、耳栓もマスクもつけない丸腰の状態でメロロン畑へと足を踏み入れた――しかし、その前途はすぐさま阻まれることになった。
「ここから先へは、一歩も通さないよ!」
「田舎の泥まみれと馬鹿にしたわね! この畑は、私たち村の女が守るんだから!」
畑の入り口に、ズラリと人垣ができていた。
手に手に鍬や鋤、フライパンや洗濯板を持った、ポポロ村の奥様方である。その顔には、昨日までの疲労感や悲壮感は微塵もなく、むしろ内側から発光するようなハリとツヤ、そして何より『圧倒的な自信』がみなぎっていた。
「あぁ!? なんだお前ら、女どもがしゃしゃり出てきやがって!」
ゲルドが顔をしかめ、後ろの傭兵たちに顎でしゃくる。
「おい、この邪魔なババアどもをどかせ! 傷つけても構わん、ギルドの権限で揉み消してやる!」
傭兵たちが下品な笑いを浮かべながら武器を構えた。
「アマネさん! やっぱ俺が斬り捨ててきます!」とフェイトが剣を抜こうとしたが、私は再び彼を制止した。
「大丈夫。奥様方は、あんな奴らに負けるほど弱くないわ」
なぜなら、今の奥様方は、私が『善行ポイント通販』で取り寄せた、地球の科学と癒やしの結晶によって、心身ともに最強の状態に仕上がっているからだ。
――時計の針を、少しだけ昨日の夜に戻す。
クイーンメロロンの洗脳から解放されたとはいえ、村の男たちが「メロロオオオン!」と叫びながら全財産を土に埋めようとしていたという事実は、奥様方の心に深い傷と怒りを残していた。
「うちのバカ亭主、私のへそくりまで持ち出して……!」
「私という妻がいながら、あんな葉っぱのついた果実に骨抜きにされるなんて……私って、そんなに魅力がないのかしら」
夜の村長宅の広間で、奥様方はどんよりと肩を落とし、愚痴と涙をこぼしていた。
前世で、彼氏の浮気や上司の理不尽なセクハラに傷ついていた同僚の女子たちを慰めていた時の記憶が蘇る。女の自尊心が傷つけられた時、言葉だけの慰めは意味をなさない。必要なのは、自分自身を徹底的に甘やかし、『私って最高!』と思えるまでの絶対的なケアだ。
「皆さん、泣くのはやめましょう」
私は、せっせと貯めた善行ポイントを全解放して、二つの大きな箱を取り寄せた。
「旦那さんたちがバカをやった分、皆さんは自分をたっぷり甘やかしてください。あんなキャバ嬢……じゃなくて、クイーンメロロンなんかに負けないくらい、最高の女になりましょう!」
私が机に並べたのは、地球の超高級デパートの1階でしか買えないような『極上スキンケアセット(美容液、保湿クリーム、高浸透シートマスク)』と、リラックス効果抜群の『最高級カモミールハーブティー』だった。
「アマネちゃん、これ……すっごく良い香り。お花畑にいるみたい」
「この透明なとろとろしたお水(美容液)、肌に塗った瞬間、砂漠に水が染み込むみたいにグングン入っていくわ……!」
アナステシア世界にも魔法のポーションはあるが、それはあくまで『傷を治す』ためのもの。地球の最先端の美容科学が詰まった、香りとテクスチャーで心を癒やすためのスキンケア用品など、この世界の女性たちが知る由もない。
「仕上げはこれです。このシートマスクを顔に乗せて、15分間、ハーブティーを飲みながら目を閉じてください」
私が全員の顔に美容シートマスクを貼り付け、カモミールの香りが漂う温かいお茶を振る舞うと、広間はまるで高級エステサロンのような極上のリラックス空間へと変貌した。
「あぁ……なんだか、亭主の浮気(未遂)なんてどうでもよくなってきたわ……」
「私、まだまだイケるじゃない。明日から、あのバカ亭主をアゴで使ってやるわ」
15分後、マスクを剥がした奥様方の肌は、驚くほどモチモチに潤い、ワントーン明るくなっていた。それ以上に、失われていた自信とプライドが完全に復活していたのだ。
「アマネちゃん、本当にありがとう。私たち、目が覚めたわ」
「ええ。あんな男たちのために泣くなんて馬鹿らしい。これからは、自分たちのために生きるわ!」
彼女たちは、私を抱きしめ、涙ながらに感謝してくれた。
その瞬間、私の視界の端で「チャリン、チャリン、チャリーン♪」と、かつてないほどの大量の善行ポイントが加算された。見返りを求めない純粋なケアが、彼女たちの心を救った証だった。
――そして、現在。
「私たちはね、アマネちゃんから『自分を大切にする誇り』をもらったのよ!」
村のリーダー格のおかみさんが、フライパンをバン!と叩いてゲルドを睨みつけた。
「アマネちゃんがせっかく最高の特産品に育ててくれたクイーンメロロンを、あんたみたいな薄汚い成金なんかに、絶対に渡さないからね!」
「そうだそうだ!」と、奥様方が一斉に声を上げる。その気迫と、内側から溢れる自信(と美容液による謎の発光)に気圧され、柄の悪い傭兵たちも思わず後ずさりした。
「チッ……! なんだこのババアども、妙に肌つやがいいのが腹立つな!」
ゲルドが舌打ちをする。
「ええい、使えねえ奴らだ! 女どもは放っておけ! 俺が直接、あのメロンを引っこ抜いて馬車に積んでやる!」
ゲルドは傭兵たちをその場に残し、一人で奥様方のスクラムの横を強引にすり抜けようとした。
「あっ、こら! 待ちなさい!」
おかみさんが止めようと手を伸ばすが、ゲルドは肥満体とは思えない素早さでそれを振り払い、一直線にメロロン畑の中心部へと向かっていく。
「アマネ様! あの豚、一人で突撃していきましたわ!」
リーザちゃんが焦ったように私の袖を引く。フェイトも「アマネさん、さすがにマズいんじゃ! 俺が追いかけます!」と腰を浮かせた。
だが、私はフェイトの肩をポンと叩いて、静かに首を振った。
「言ったでしょ、手を出さなくていいって。……私たちはちゃんと警告したわ。耳栓とマスクがないと危険だって」
「でも、あいつ『精神防壁の魔導リング』を持ってるって……」
「フェイト。この世界で一番恐ろしいのは、魔物でも魔法でもないわ」
私は、スタスタとクイーンメロロンに近づいていくゲルドの後ろ姿を、冷ややかに見つめた。
「『自分は絶対安全な強者だ』と勘違いして、自然のルールや他人の忠告を嘲笑う、その『傲慢さ』よ。……あんなおもちゃみたいな指輪で、極上の環境で育った魔性の本気に勝てるわけがないわ」
私が手を下すまでもない。
他者を見下し、奪うことしか考えていない人間は、自らの強欲さによって、勝手に足元をすくわれるのだ。
畑の中心。モーツァルトの調べが響く中、黄金色に輝くクイーンメロロンの前に、ゲルドがたどり着いた。
「へっへっへ……これが奇跡のクイーンメロロンか。王都の貴族どもに高値で売り捌いてやるぜ……!」
ゲルドが下卑た笑みを浮かべ、その太い腕をメロロンへと伸ばした――まさにその瞬間だった。
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