EP 6
やらせの悲劇と、偽りの勇者の課金計画
ルナミス帝国の帝都、高級宿屋の一室。
偽りの勇者ゼロス・ディバインは、天蓋付きのベッドに寝転がりながら、自身の『エンジェルすまーとふぉん』の画面を血走った目で睨みつけていた。
「……チッ。クソッ、なんだよこの数字は! 全然伸びねぇじゃねぇか!」
ゼロスは、吸いかけのポポロシガーを灰皿に乱暴に押し付けた。
彼のゴッドチューブのチャンネル登録者数とPV(再生数)のグラフが、ここ数日、完全に横ばい――いや、緩やかに下降線を辿っていたのである。
「大公邸で、あの生意気な平民上がりの女とコラボして『悲劇のヒロイン』に仕立て上げれば、一気にバズるはずだったのに……。あのゴリラ大公のせいで、予定が狂っちまった」
ゼロスはギリッと奥歯を噛み締めた。
彼の配信スタイルは常に『悲惨な魔物の襲撃』と『それを救う圧倒的な勇者の力』というワンパターンな構成だ。
平和な日常の配信など、彼のリスナー(刺激を求める野次馬たち)は求めていない。
コメント欄には『最近ぬるいな』『魔物退治の配信まだー?』『勇者もオワコンか』などという、彼のもっとも嫌う心ない言葉が並び始めていた。
「うるせぇよ、底辺のゴミどもが……。俺を誰だと思ってる。天界のスポンサー(ワイズ様)がついている、最強のインフルエンサーだぞ!」
ゼロスは、苛立ちを隠せない様子で、部屋の隅で縮こまっているADの青年を怒鳴りつけた。
「おい! 例の『仕込み』はどうなってる!? いつまでも平和ボケしてる暇はねぇんだよ!」
「は、はいっ! 勇者様のご指示通り、大公領の国境付近に生息している『ロックバイソン』の群れに、闇商人から買った『凶暴化の香炉』を仕掛けました! 今頃、理性を失ったバイソンの大群が、大公領の農村に向かって突進を開始しているはずです!」
「……ククッ、上出来だ」
ゼロスの顔に、醜悪な笑みが広がった。
ロックバイソンは本来、おとなしく農作業にも使われる温厚な魔物だ。だが、香炉によって意図的に暴走させられた数十頭の群れとなれば話は別。村の家屋を破壊し、逃げ惑う人々を踏み潰す、最悪の『天災』と化す。
「いいか? 村が半分くらいぶっ壊されて、女や子供が絶望して泣き叫ぶ……その『最高の絵面』が撮れた瞬間に、俺が颯爽と登場する。そして……」
ゼロスは、エンジェルすまーとふぉんの『スキル画面』を開いた。
彼のユニークスキル【マネー】。
それは、指定した口座から天界の予算を直接『課金』することで、自身のステータスを一時的に限界突破させるという、反則級の能力である。
「俺のパトロンであるワイズ様のアカウントは、予算上限無限のチート仕様だからな。ここで一気に100万ゴールド課金して、俺の魔力と攻撃力を大公以上のバケモノにしてやる。……そうすれば、暴走するバイソンの群れを一撃で吹き飛ばす『神の如き勇者』の完成だ」
ゼロスは、己の完璧な(やらせの)シナリオに酔いしれ、高笑いを上げた。
「さあ、行くぞ! カメラの準備をしろ! あの生意気な大公夫人にも見せつけてやる! 金とPVを生み出さない『偽善』なんて何の役にも立たないってことをな!」
己の見栄と承認欲求を満たすためだけに、無実の領民たちを絶望の淵に突き落とそうとする外道。
しかし、彼が頼みの綱としているスポンサーの『ワイズ』が、天界の不正監査によりすでに粛清(アカウント凍結)されていることなど、彼はまだ知る由もなかったのである。
*
「――緊急事態です! 大公閣下!」
同じ頃。大公邸のプライベートガーデンに、血相を変えた伝令の騎士が飛び込んできた。
「国境付近の平原から、数十頭の『ロックバイソン』の群れが、異常な速度でこちらへ突進してきています! 原因は不明ですが、完全に理性を失い、目につくものすべてを破壊して進んでいるとのこと!」
「なんだと……!?」
休日のお茶を楽しんでいたオルフェウス様が、ガタッと椅子から立ち上がった。
「ロックバイソンが群れで暴走だと? あの魔物は滅多に人を襲わんはずだが……」
「それが、一直線に近隣の農村地帯へ向かっています! このままでは、収穫前の畑はおろか、村そのものが壊滅します!」
その報告を聞いた瞬間、私の脳裏に、先日「ロックバイソンが暴れる最高の見せ場だ」と吐き捨てていたゼロスの姿がフラッシュバックした。
(……まさか。本当に、自分の配信のために魔物をけしかけたというの……!?)
怒りで、私の指先が微かに震えた。
「チッ、騎士団に出撃の号令をかけろ。私が直接前線に出る」
オルフェウス様が、漆黒の魔剣を腰に帯びながら低い声で命じる。
「あのような巨大な獣の突進、歩兵の盾では防ぎきれん。村に到達する前に、私の『戦神の闘気』で一頭残らず叩き斬る」
「お待ちください、オルフェウス様!」
私は、出撃しようとする彼の大きな背中に向かって、思わず声を張り上げた。
「ダメですわ! 力で討伐すれば、必ず血が流れます。それに、ロックバイソンたちは本来温厚な生き物です。誰かに無理やり暴走させられているだけなのに、彼らを皆殺しにするなんて……可哀想です!」
「アマネ。君の優しさは理解しているが、今は非常事態だ。理性を失った獣を、言葉で止めることはできない。領民の命を守るためには、力で排除するしかないのだ」
オルフェウス様が、苦渋の表情で私を振り返る。
戦神として、彼は領民の命を何よりも優先している。だからこそ、情けを捨てて剣を振るう覚悟なのだ。
でも、だからこそ。
私は、彼にそんな悲しい剣を振るわせたくなかった。
誰かの『やらせの悲劇』のために、オルフェウス様の手を汚させ、無実の魔物たちを犠牲にするなんて、絶対に間違っている。
「言葉で止められないなら……『胃袋』で止めればいいのですわ!」
「……い、胃袋?」
オルフェウス様と騎士たちが、ポカンと口を開けた。
私は、前世の限界OLとしてのクレーム対応の神髄を思い返していた。
理不尽に怒り狂って押し寄せてくるクレーマーの群れ。彼らを武力(正論や警察)で制圧しようとすれば、必ず被害が拡大し、炎上する。
必要なのは、彼らの進行ルートに『極上の接待(ご飯)』を用意し、怒りを強制的に鎮火させること。
「オルフェウス様。ロックバイソンの群れが通る平原のルートに、私を連れて行ってくださいませ」
「なっ……!? バカなことを言うな! 危険すぎる!」
「大丈夫ですわ! オルフェウス様が隣で守っていてくだされば、私は絶対に怪我などいたしません」
私は、彼を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。
「私に考えがあります。剣を抜かず、一滴の血も流さずに、暴走する獣たちを大人しくさせる『最高の仕組み(おもてなし)』を用意してご覧に入れますわ。……だから、どうか私に任せてくださいませ!」
私の決意に満ちた瞳を見て、オルフェウス様は数秒間沈黙した後、深く、深くため息をついた。
「……全く。君という女は、神の次は魔物の大群を『接待』するつもりか。……分かった。だが、もし少しでも危険が及べば、問答無用で私が全てを斬り捨てる。それだけは約束してくれ」
「はいっ! ありがとうございます、オルフェウス様!」
「(……ククッ。お嬢がやる気を出したっすね)」
「(アイドルのゲリラライブ(生配信)の準備も完璧ですわ。さあ、あの薄っぺらい勇者のメッキを、全世界のカメラの前で剥がしてやりましょう)」
私たちの背後で、フェイトさんとリーザさんが、エンジェルすまーとふぉんを片手に黒い笑みを浮かべていた。
自分のシナリオ通りに悲劇が進んでいると思い込み、崖の上でカメラを回してほくそ笑んでいるゼロス。
しかし、その暴走する魔物の大群の前に立ちはだかったのは、重武装の騎士団ではなく。
エプロン姿の限界OLと、彼女の【善行ポイント通販】がもたらす『前代未聞の餌付けショー』だったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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