EP 5
ポンコツたちの忠誠と、隠しカメラの罠
ルナミス帝国の帝都。
オルフェウス様の絶対零度の殺気に恐れをなし、偽りの勇者ゼロスが大公邸から逃げ帰った、その直後のことである。
「……おい、リーザ。あいつ、マジでムカつく野郎だったっすけど、金回りはハンパなさそうだったっすね」
「ええ。あの胡散臭い白々しい笑顔……しかし、投げ銭の額は本物ですわ。ゴッドチューブのランキングでも上位に入っているらしいですし」
大公邸の勝手口から、コソコソと二つの影が抜け出していた。
大公邸が誇るポンコツコンビ、A級冒険者(ギャンブル中毒)のフェイトさんと、地下アイドル(極貧)のリーザさんである。
金に汚く、宵越しの金は持たない主義の彼らは、ゼロスが帰る道中をこっそりストーキングしていたのだ。
「あいつの配信に『たまたま通りかかった通行人A』として映り込んで、コラボのギャラをむしり取ってやるっす!」
「アイドルの売名行為としては最高のチャンスですわ! あの成金勇者の財布の底、見せていただきましょう!」
二人の瞳には、ギラギラと『¥』のマークが点灯していた。
普段はアマネを「女神」「お嬢」と慕っている二人だが、目の前に莫大な現金(PV)がチラつくと、途端に現金な本性を現すのが彼らの悲しい習性であった。
大公邸の敷地を出て、帝都の路地裏。
先回りした二人が建物の陰から覗き込むと、そこにはパレードの時とは打って変わって、酷く不機嫌そうな顔をしたゼロスの姿があった。
周囲には誰もいない。カメラのランプも消えている、完全な『配信外』の時間だ。
「おい! さっさと魔導通信石の予備バッテリーを準備しろよ! 使えねぇスタッフだな!」
ゼロスは、イライラとしながら『ポポロシガー(高級葉巻)』を吹かし、荷物持ちをしているADの小太りな青年を怒鳴りつけていた。
「す、すみません勇者様! すぐに準備しますから……っ」
「遅ぇんだよ、グズが!」
ドガッ!
ゼロスは、謝るADのお腹を、ミスリルアーマーの硬い厚底ブーツで容赦なく蹴り飛ばした。
「ひぃっ……!」
ADが痛みにうずくまり、持っていた機材が地面に散乱する。
「あーあ、機材が泥だらけじゃねぇか。お前の給料から天引きな。……あー、マジでムカつく!」
ゼロスは吸いかけの葉巻をADの足元にポイ捨てし、唾を吐き捨てた。
「あの生意気な平民上がりの大公夫人! 俺様の『悲劇のヒロイン』に抜擢してやろうってのに、偉そうに断りやがって! だいたい、あの地味な炊き出しなんだよ。無償の愛? 腹が痛ぇわ! 金にならない偽善なんか、ドブにでも捨てちまえ!」
ゼロスは、顔を醜く歪めながら、アマネへの悪口をこれでもかと吐き出し始めた。
「ロックバイソンが暴れたら、あの女の顔面が恐怖でどれだけ醜く歪むか、ドアップで配信してやる。……ゴリラ大公の庇護がなきゃ、何もできない無能な女のくせに、調子に乗りやがってよぉ!」
――その言葉を聞いた瞬間。
路地裏に隠れていた二人のダメ人間の動きが、ピタリと止まった。
「……おい、リーザ」
フェイトさんの声から、先ほどまでの「コラボして一攫千金」という浮ついた響きが、綺麗さっぱり消え去っていた。
そのギャンブラーの瞳は、極寒の氷のように冷たく、そしてドス黒い怒りに満ちていた。
「俺たちの推し(お嬢)を、あのクソ野郎……今、なんて言いやがった?」
「……ええ。『無能な女』ですって」
リーザさんもまた、持っていたアイドルのうちわをギリッと握りつぶし、その顔から一切の感情を消していた。
彼らはクズで、お金が大好きで、すぐ調子に乗るポンコツだ。
しかし、彼らには絶対に譲れない『一本の太い芯』があった。
借金まみれで誰からも見捨てられていた自分たちを、温かいご飯と、無償の優しさで拾い上げ、居場所をくれた人。
アマネという一人の女性への、狂信的とも言える『絶対の忠誠と恩義』である。
「アマネ様が『金にならない偽善』ですって? 笑わせないでほしいですわ」
リーザさんが、氷のような声で呟く。
「あの人は、私たちがいかにクズでも、決して見捨てることなく『温かいご飯』を与えてくださる、本物の女神ですの。……自分の見栄と金のために人を蹴り落とすしか能のない薄っぺらい男が、アマネ様の足元にも及ぶわけがありませんわ!」
「全くだ。……あんな奴から巻き上げた金でパチンコ打っても、全然出なそうな気がするっすよ。俺のコイントスが『あいつはもうすぐ破滅する』って告げてるっす」
フェイトさんが、コイントスをして、チャキッとコインを握りしめた。
二人の間に、「コラボして金を稼ぐ」という選択肢は一瞬にして消え去った。
あるのは、自分たちの大切な『推し』を侮辱した外道に対する、冷酷なまでの反撃の意志だけだった。
「フェイトさん。……あいつ、どうやら『やらせの悲劇』を本当に起こすつもりのようですわね」
リーザさんが、懐から『エンジェルすまーとふぉん』をスッと取り出した。
「ええ。だったら、俺たちがやるべきことは一つっすよ」
「……アイドルの特技、『隠し撮りと裏垢への暴露』ですわね」
リーザさんは、エンジェルすまーとふぉんのカメラアプリを起動し、そのレンズをバレないようにゼロスへと向けた。
「ゴッドチューブの裏機能、『ゲリラ・シークレット生配信』のスタンバイOKですの。あいつがアマネ様に手を出そうとした瞬間、あるいは自作自演の『やらせ』を白状した瞬間……全世界に向けて、あのクズの『裏の顔』をノーカットで生放送してやりますわ」
リーザさんの瞳の奥で、恐ろしい地下アイドルの『復讐の炎』が燃え上がっていた。
「アマネ様の無償の愛を否定する者は、この私が社会的に完全に抹殺して差し上げますの……!」
二人は無言で頷き合い、カメラのセッティングを終えると、猫のような足取りで路地裏から静かに離脱していった。
偽りの勇者ゼロスは、自分のすぐ足元で、自らの致命傷となる『破滅の罠』が仕掛けられたことに全く気づかず、カメラマンを蹴り飛ばし続けていたのである。
*
「アマネー! 味見していいー?」
「ダメですよリンちゃん。フェイトさんたちが帰ってくるまで、ちゃんと待っていましょうね」
大公邸の厨房。
私はエプロンを締め直し、聖獣のリンちゃんと一緒に、夕食の準備をしていた。
今日のメニューは、いつも私の無茶ぶりに付き合ってくれる護衛のお二人への『ご褒美メニュー』だ。
私が【善行ポイント通販】で用意したのは、地球のジャンクフードの王様。
【極上・超厚切りベーコンとダブルパティの特製ハンバーガー(3pt)】と、【揚げたてカリカリ・フライドポテト(メガ盛り・2pt)】である。
オーブンでこんがりと焼いたバンズに、肉汁溢れるパティと、トロトロに溶けたチェダーチーズを挟み込む。厨房には、暴力的なまでに食欲をそそる肉と脂の匂いが充満していた。
「ただいま戻りましたわ、アマネ様!」
「お嬢! は、腹減ったっすー!」
そこへ、勝手口からフェイトさんとリーザさんがバタバタと帰ってきた。
「あら、お帰りなさい。ちょうど今、お二人の大好きな『はんぼーがー』とポテトができたところですのよ」
私が山盛りのフライドポテトと、巨大なハンバーガーをテーブルに並べると、二人の目は信じられないほど輝いた。
「うおぉぉぉっ! これっすよこれ! 肉とチーズの最高の匂いっす!」
「アイドルのカロリー制限なんて知ったことではありませんわ! いただきますのぉぉっ!」
二人は手を洗うのもそこそこに、ハンバーガーに勢いよくかぶりついた。
モグッ! むしゃむしゃむしゃ!
「う、美味ぇぇぇ……っ! 肉汁が……! 脳みそに直接ガツンとくるジャンクな旨味が、疲れた体に染み渡るっす……!」
「アマネ様の手料理(通販)は、やっぱり世界一ですわ! こんなに温かくて美味しいものを食べられる私たち、本当に幸せ者ですのぉぉっ!」
二人は、口の周りにケチャップをつけながら、涙目で私に泣きついてきた。
「ええっ? どうしたのですか、急に改まって」
私がポカンとしていると、フェイトさんはポテトを口いっぱいに頬張りながら、真剣な顔で言った。
「俺……一生、お嬢の護衛として働くっす。どんな金持ちのパトロンが現れても、絶対にお嬢を裏切らないっすよ!」
「私もですわ! アマネ様のためなら、この命を懸けて泥水でもすすりますの!」
「ふふっ、大げさですね。泥水なんてすすらなくていいですから、たくさん食べてくださいな」
私はクスクスと笑いながら、二人に冷たいコーラを注いであげた。
彼らが裏で、私のために『社会的な暗殺(やらせの暴露配信)』の準備を完璧に整えてくれていることなど、私は知る由もなかった。
(やっぱり、皆でこうして美味しいご飯を食べている時が、一番幸せですわね)
偽りの勇者が吐き捨てた「金にならない偽善」は。
結果として、天界の主神の心を救い、ポンコツ仲間たちの『絶対の忠誠』を盤石なものにしていた。
アマネの無償の愛の前に、薄っぺらい『見栄』が崩れ去る時は、もう目前まで迫っていた。
明日の朝、ついにロックバイソンの大群が大公領に押し寄せる。
しかし、限界OLの『平和的解決(クレーム対応)』は、武力や悲劇など一切必要としていないのである。
読んでいただきありがとうございます。
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