EP 2
偽りの勇者と、『金にならない偽善』
ルナミス帝国の帝都、大公邸の前庭。
その日は朝から、近隣の領民たちを招いての月に一度の『炊き出し(ふれあいイベント)』が行われていた。
「皆様、順番に並んでくださいね! 熱いですから気をつけて」
私は、袖を捲り上げたメイド服にエプロン姿で、大きな寸胴鍋から温かいスープをお玉で掬っていた。
私が【善行ポイント通販】で用意したのは、地球の【極上・香味野菜とチキンのコンソメスープ(業務用・5pt)】と、【焼き立てフワフワ・ロールパン(100個入り・5pt)】である。
「アマネ様! いつもありがとうございます!」
「このスープ、体の芯まで温まって、本当に美味しいだ……!」
スープを受け取った領民のおじいちゃんやおばあちゃんたちが、顔をほころばせて何度も頭を下げてくれる。
「おっちゃん! パンのおかわりあるよー!」
「リンちゃん、ありがとうねぇ」
聖獣のリンちゃんも、カゴいっぱいのロールパンを配って回っている。
フェイトさんは子供たちに「見ろ! コインが消える手品っす!」と遊んでやり(※ただのイカサマのテクニックだが)、リーザさんは「大公邸専属アイドルのディナーショーですわ!」とみかん箱の上で歌って場を盛り上げている。
誰もが笑顔で、穏やかな時間が流れている。
私の【善行ポイント】は、自分の贅沢のためではなく、こうして誰かに喜んでもらうために使うのが一番嬉しかった。
――しかし。
その温かい空気を、土足で踏みにじるような甲高い声が響き渡った。
「オーライ、カメラ回ってる!? はい、キュー!」
突如として、エントランスの門が大きく開かれ、眩しいほどの『照明魔法』の光が庭園を照らした。
現れたのは、純白のミスリルアーマーに身を包み、大仰な真紅のマントを羽織った青年だった。
彼の背後には、空飛ぶ魔導通信石を操作するスタッフが数名くっついている。
「ハロー、ゴッドチューブのリスナーのみんな! 正義の契約勇者、ゼロス・ディバインだよ! 今日はなんと、ルナミス帝国の大公邸に突撃訪問だ!」
青年――勇者ゼロスは、カメラに向かって眩しすぎるほどの白い歯を見せて、大げさなウインクを飛ばした。
「おおっ! 見てくれよリスナー! 大公夫人が自ら、貧しい民のために炊き出しをしている! なんて美しい光景なんだ! 俺も勇者として、こういう愛に溢れた活動は全力で応援したいね!」
ゼロスは爽やかな笑顔で私の隣に立ち、私の肩に馴れ馴れしく手を回そうとした。
「ひゃっ!?」
私は驚いてサッと身を躱した。
「あ、あはは! 夫人、カメラに緊張してるのかな? 大丈夫、俺がついているよ!」
ゼロスは空ぶった手を誤魔化すように爽やかに笑い、「それじゃあ、この後はいよいよ魔物退治の配信だ! チャンネルはそのままで!」と締めくくった。
「……はい、カット! OKでーす!」
スタッフが声を掛けた瞬間。
ゼロスの顔から、先ほどまでの爽やかな『勇者の笑顔』が、まるでスイッチを切ったように完全に消え去った。
「あっつ……。おい、マント外せ。鎧も重いんだよ」
ゼロスは舌打ちをしながらスタッフにマントを押し付け、ため息をついた。
「マジでかったりぃ。こんな地味な炊き出しの絵面なんかで、視聴率(PV)稼げるわけねぇだろ。俺の尺の無駄だわ」
「え……?」
私は、信じられないものを見る目でゼロスを見つめた。
カメラの録画が止まった途端、彼の態度は信じられないほど横柄で、冷酷なものに豹変していたのだ。
「あー、喉渇いた。おい、そこの女。お茶か何か持ってこいよ。俺はこれから、命がけで魔物退治してやるんだからさ」
ゼロスが、顎で私を指図する。
「お前……! アマネお嬢に向かって、なんて口の利き方してやがるっすか!」
フェイトさんが怒りで前に出ようとしたが、私は彼を手で制した。
(前世のブラック企業時代にも、こういう『表ヅラだけ良くて、裏ではスタッフを顎で使うタレント』はいましたわ。相手にするだけ疲れますのよ)
私は仕事(クレーム対応)モードに切り替え、無表情のまま、ポットから温かい『陽薬草のハーブティー』をカップに注ぎ、彼に差し出した。
「どうぞ、勇者様。喉に優しいハーブティーですわ」
「……あ?」
ゼロスはカップを受け取ると、中身をチラリと見て、鼻で笑った。
「なんだこれ。地味な茶色じゃん。全然『映え(ばえ)』ない。……こんなゴミ飲めるかよ」
バシャッ!
ゼロスは、私が心を込めて淹れた温かいハーブティーを、なんの躊躇いもなく、すぐ横の植え込みにドボドボと捨てたのである。
「――ッ!?」
「な、なんてことを……っ!」
領民たちが息を呑み、リーザさんがワナワナと震え出した。
「お前らさぁ、本当にバカみたいだよね」
ゼロスは空のカップを私の足元にポイッと投げ捨て、懐から『ポポロシガー(葉巻)』を取り出して火をつけた。
そして、煙を私の顔にふぅっと吹きかけながら、見下すように冷笑した。
「こんな貧乏人どもに、ちまちまスープ配って何になるの? 感謝状でも貰うつもり? 笑わせるなよ」
「私たちは、見返りなんて求めていませんわ。皆さんに喜んでいただきたいだけで……」
「それが『偽善』だって言ってんだよ」
ゼロスは、厚底のブーツで芝生を小突いた。
「こんな地味な『無償の愛』なんて、1PVにもならない。金にもならない。そんなものは、この世界では一文の価値もないゴミなんだよ」
彼の濁った瞳には、果てしない『自己顕示欲』と『金への執着』だけが渦巻いていた。
「いいか? 勇者ってのはな、人々を『感動』させるエンターテイナーなんだ。そのためには、ただ平和に助けるんじゃダメなんだよ。魔物が街を壊し、人が泣き叫び……その『最悪の悲劇』の瞬間に、俺が派手な魔法でぶっ殺してやる。そうやって初めて、リスナーは熱狂し、莫大な金(投げ銭)が動くんだ!」
ゼロスの言葉に、私は背筋が凍るような悪寒を覚えた。
彼は、人々を助けるために戦っているのではない。
自分の『見栄(カメラ映り)』と『金(PV)』を稼ぐためだけに、わざと悲劇が起こるのを待っているのだ。
「だから、お前たちのやってる地味な炊き出しなんて、エンタメの邪魔なんだよ。……せいぜい、金にならないお遊びを続けてな」
ゼロスは、吸いかけの葉巻を大公邸の美しい芝生の上にポイッと捨て、足で揉み消した。
「おい、行くぞ。次はロックバイソンの群れが暴れる『最高の見せ場』だ。俺のスキル【マネー】でステータスを爆盛りして、派手に吹き飛ばしてやるからな。しっかりカメラ回せよ!」
取り巻きを引き連れて、ズカズカと去っていく偽りの勇者。
残された庭園には、彼が捨てたお茶の染みと、踏みにじられた葉巻の吸い殻だけが、酷く汚らしく残っていた。
「……あ、あの野郎……っ! ぶっ飛ばしてやるっす!!」
「許せませんわ! アイドルの風上にも置けないクズですの! 炎上させてやりますわ!!」
フェイトさんとリーザさんが激怒し、今にも追いかけて殴りかかりそうな勢いだ。
「待って。お二人とも」
私は、静かに二人を止めた。
怒りで震える手を押さえ込み、足元に捨てられたカップを拾い上げる。
(……ええ。彼は、完全に間違っていますわ)
お金やPVがなければ、善意には価値がない?
悲劇を起こして、それを利用して目立つことが勇者の仕事?
そんな胸糞の悪い『やらせ(見栄)』のシナリオを、この大公邸の――私の目の前で、絶対に許すわけにはいかない。
「フェイトさん、リーザさん。……彼のような相手に、私たちが直接手を下す必要はありませんわ」
私は、冷たく光る瞳で、ゼロスの去っていった門を見据えた。
「あのような『見栄』だけで塗り固められたメッキは……彼自身が最もこだわっている『カメラの前』で、綺麗に剥がれ落ちるのが、一番の因果応報というものですから」
限界OLの【クレーム対応・怒りのブラックリスト】に、ゼロス・ディバインの名前がハッキリと刻まれた瞬間だった。
彼の薄っぺらい自己顕示欲が、自らの用意したカメラによって、全世界の笑い者として晒し上げられる時が、すぐそこまで迫っていたのである。
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