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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 10

極道神の『みかじめ料』と、胃弱なハゲ主神の極秘視察計画

 ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。

 怒涛のような『極道神のシマ荒らし(深夜の大宴会)』が終わり、すっかり朝日が昇りきった頃。

「……じゃあな、アマネ姐さん。昨日のメシと酒、最高に美味かったぜ。天魔窟の泥水生活に戻るのは気が重いが……姐さんの顔を見に、また必ず『出前』を頼みに来るからよ」

 アルマーニのスーツのシワを魔法でピシッと伸ばしたデュアダロス様が、名残惜しそうに私に向かって手を上げた。

 すっかりお腹も心も満たされた彼は、昨晩のチンピラのような威圧感はどこへやら、完全に『行きつけの小料理屋の女将に挨拶して帰る常連客のオジサン』の顔になっていた。

「ふふっ。いつでもいらしてくださいな、デュアダロス様。大公邸は、お腹を空かせたお客様をいつでも歓迎いたしますわ」

 私が完璧な営業スマイルでお辞儀をすると、デュアダロス様は照れくさそうに鼻の下をこすった。

「おう。……あ、そうだ。昨日の酒代と、これからの『みかじめ料(ショバ代)』を置いていくぜ。俺ぁ、タダ飯を食うようなケチな極道じゃねぇからな」

 デュアダロス様が指をパチンと鳴らした瞬間。

 ズゴゴゴゴォォォッ!!

 大公邸の芝生の上に、紫色の妖しい光を放つ『純度100パーセントのミスリル原石』と、国宝級の魔力を秘めた『超特大の魔石』の山が、文字通り山のように積み上がったのである。

「「「ひぃぃぃっ!?」」」

 周囲で警戒していた騎士たちが、そのとんでもない質量の富を前に悲鳴を上げた。

「デュアダロス様!? こ、こんなにたくさん……!」

「気にすんな。俺のシマ(ダンジョン)じゃ、その辺に転がってる石っころと同じだからよ。これでまた、美味い酒とツマミを仕入れておいてくれや。じゃあな!」

 デュアダロス様はニヤリと笑うと、空間の歪みの中へと颯爽と消えていった。

「ヒャッハー!! ミスリルの山っす!! これでルナミスパーラー(パチンコ)のVIP席が一生貸し切れるっすぅぅっ!」

「アイドルのスポンサー料ですわ! 私が半分いただきますのぉぉっ!」

 残された鉱石の山に、フェイトさんとリーザさんが涎を垂らしてダイブしようとした、その時だった。

 ガシィッ!

「ぎゃあっ!?」

「あだっ!?」

 漆黒のブーツが、二人の首根っこを容赦なく踏みつけた。オルフェウス様である。

「……騎士団。この鉱石と魔石は、すべてルナミス帝国の国庫へと厳重に輸送しろ。これだけの資源があれば、我が帝国の防衛予算が向こう十年は潤うだろう」

「ハッ! 直ちに!!」

「俺たちの……俺たちの軍資金がぁぁっ……!」

「アイドルから富を搾取するなんて、悪徳事務所ですわぁぁっ……!」

 大公の絶対的な権力の前に、ダメ人間二名は涙を流しながら床に崩れ落ちた。

「……全く。血の雨が降ると警戒して損をしたな。まさか、天魔窟の邪神をビールと枝豆で手懐け、あまつさえ莫大な国益までもたらすとは」

 オルフェウス様が、呆れたようにため息をつきながら私を振り返った。

「ふふっ。クレーム対応も、誠心誠意おもてなしをすれば、最終的には太客ロイヤルカスタマーになってくださるものですわ。限界OLの営業スキル、少しはお役に立てましたでしょうか?」

 私がクスクスと笑うと、オルフェウス様は私に歩み寄り、私の手を取ってそっと引き寄せた。

「ああ。君のその手腕には、帝国最強の戦神である私でさえも頭が下がる思いだ。……だが」

 オルフェウス様の深い紫の瞳が、至近距離で私を見つめ下ろす。

「君が他の男に『姐さん』などと呼ばれ、親しげに笑いかけるのを見るのは、私の心臓に悪い。……次からは、私が直接叩き斬ってもいいだろうか?」

「ダ、ダメですわ! せっかくの太客を物理的に排除しないでくださいませ!」

 私が慌てて彼の胸をポカポカと叩くと、オルフェウス様は「冗談だ」と低く笑い、私の額に優しく唇を落とした。

「君の笑顔は、私だけのものだ。……それを忘れないでくれ」

「も、もう……っ。オルフェウス様ったら、朝から……っ」

 周囲に騎士たちがいるというのに、隠そうともしない不器用で激甘な独占欲に、私は顔から火が出そうになりながらも、彼の広い胸にそっと身を預けた。

 理不尽なクレーマー(邪神)の襲来を、美味しいご飯と温かい接待で乗り越え、大公邸には再び、穏やかで甘い日常が戻ってきていた。

 誰も傷つかず、誰も蹴落とさない。ただご飯を食べて笑い合うだけの、優しい勝利。

 私の【善行ポイント通販】がもたらす平和な日々は、これからもずっと続いていくのだと、そう信じて疑わなかった。

 ――しかし。

 この『大公邸の異常なPV(再生数)』と『地球の美味しいご飯』の魅力に、天界のトップが完全に目をつけようとしていたことなど、この時の私たちは知る由もなかったのである。

     *

「……痛い。痛い痛い痛い。胃が痛い……っ」

 場面は変わり、天界(GOD)の中枢。

 雲の上にそびえ立つ神殿の、薄暗いモニタールーム。

 そこで一人、頭に後光が差すほど見事なハゲ頭を抱え、デスクに突っ伏している男がいた。

 彼こそが、アナステシア世界の神々を束ねる主神であり、第3種惑星創造神格公務員である『オリン』であった。

「……どうして、私の部下たちは、こうも協調性がないのだ……っ」

 オリンは、震える手で引き出しから胃薬(天界の苦い薬草の塊)を取り出し、ボリボリと噛み砕いた。

 彼の毎日は、まさに中間管理職の地獄である。

『オリンさ〜、今月の予算もっと増やしてくんない? 月人君のガチャ回したいのよ〜』(ルチアナからのタメ口の通信)

『オリン様、あまりジロジロとこちらを見ないでくださる? ハラスメントで天界労働基準局に訴えますわよ』(カグヤからの冷たい視線)

『うわぁぁん! こわいよぉ〜!(棒読み)』(リリスの露骨な避避)

『オリン様! 提出された予算書の書式が間違っています! やり直しです!』(ヴァルキュリアからの大声での説教)

『おうハゲ。ダンジョンのメシがマズいから、シャバの酒持ってこんかい』(デュアダロスからの脅迫リモート会議)

「あぁぁぁっ……! なぜだ! 私が一体何をしたというのだ! ただ真面目に、この世界の調和を保とうとしているだけなのにぃぃっ!」

 オリンは、唯一の癒やしである『盆栽』の葉を力なく撫でながら、涙を流した。

 彼の現在の目標は、なんとしても『第2種・銀河神』への昇進試験に合格し、このストレスフルな女性とヤカラばかりの職場からおさらばすることであった。

 しかし、昇進のためには、自身が管理する世界の『G−TUBEのPV(再生数)と評価率』を劇的に上げる必要がある。

 オリンは充血した目で、空中に展開された巨大なモニターを睨みつけた。

「……ふむ?」

 そのモニターには、各エリアのPV推移グラフが表示されていたのだが。

 なんと、ルナミス帝国の『大公邸』というごく限られたエリアから、天文学的な数字のPVが叩き出されているではないか。

「な、なんだこの数字は!? 魔皇国の軍事パレードや、獣人王国の武闘大会の何千倍ものアクセスが、この小さな屋敷に集中しているだと!?」

 オリンは慌てて、大公邸のアーカイブ映像を再生した。

 そこには、ルチアナとカグヤが地球のスキンケアで歓喜し、サイリウムを振り回してオタ芸を打つ姿。

 そして、邪神デュアダロスが、サウナ上がりに『豚骨カップラーメン』を貪り食い、涙を流して昇天している姿がバッチリと映し出されていた。

「これだ……! 私の世界のPVを爆発的に稼いでいるのは、あの人間のアマネが作り出す、未知の『地球のアイテム』と『おもてなし』の力……っ!」

 オリンはモニターに顔を近づけた。

 そして、彼の視線は、過去の映像の一点に釘付けになった。

 それは、ゼファー商業国の視察団が二日酔いで死にかけていた時、アマネが提供した【特濃しじみ汁】と【胃薬】の映像だった。

『これを飲めば、荒れた胃袋もスッキリと治りますわ』というアマネの営業スマイル。

 その言葉を聞いた瞬間、オリンのハゲ頭に、ピカーーッ!と凄まじい後光(閃き)が差した。

「……い、胃薬……っ!」

 オリンは、ゴクリと喉を鳴らした。

「あの女の出す『しじみ汁』と『地球の胃薬』があれば……私が長年苦しんできたこの胃潰瘍と、ストレス性の胃痛も、綺麗さっぱり治るのではないか……!?」

 神の威厳も、昇進試験も、もうどうでもよかった。

 今、彼が何よりも求めているのは、自分を優しく労ってくれる『アマネの接待』と、胃袋を癒やしてくれる『地球の薬と温かいご飯』だったのだ。

「……ゴホンッ」

 オリンは、誰もいないモニタールームで、わざとらしく咳払いをして姿勢を正した。

「ルナミス帝国の大公邸において、未知の魔導具(地球のアイテム)が乱用されている可能性がある。……これは、世界の秩序を乱す由々しき事態だ。主神であるこの私が、直々に『厳正なる公式視察』に赴かなければなるまい!」

 あくまで仕事である、という大義名分(言い訳)を自分に言い聞かせながら。

 胃弱のハゲ主神は、ヨダレを拭い、大公邸への『天下り(という名のタダ飯&癒やしの強要)計画』を画策し始めたのである。

 魔王、邪神と続き、ついに天界のトップまでもが限界OLの『胃袋掌握術』のターゲットになろうとしている。

 アマネの平穏なティータイムは、まだまだ遠い。

 大公邸の厨房に、次なる最強のクレーマー(中間管理職)の足音が、ドスドスと不穏に近づきつつあった。

<第8章・了>

読んでいただきありがとうございます。

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