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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 9

極道神の『兄弟盃』と、朝焼けの大団円(ドンチャン騒ぎ)

 ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。

 オルフェウス様との甘すぎる夜のイチャイチャから一夜明け、東の空が白み始めた頃。

「……んぁぁ……頭が……痛てぇ……」

 インフィニティチェアの上で、インテリヤクザな邪神・デュアダロス様が、顔をしかめながらゆっくりと身を起こした。

 サウナによる究極のデトックスと、シメの豚骨カップラーメンのおかげでアルコールはかなり抜けているはずだが、さすがにあの量を飲んで野外で寝落ちすれば、少なからずダメージは残るらしい。

「おはようございます、デュアダロス様。昨晩はよく眠れましたか?」

 私が、温かいおしぼりとお冷の入ったグラスを持って近づくと、デュアダロス様はビクッと肩を震わせた。

「お、おう……アマネの姐さん……」

 デュアダロス様は、お冷をゴクリと飲み干し、おしぼりで顔をゴシゴシと拭いた。

 そして、何やら深く考え込むような表情で、私の顔をじっと見つめてきた。

「姐さん。俺ぁ、昨日の夜、夢を見てたのか……?」

「夢、ですか?」

「あんなに美味ぇ酒とツマミを食って、話を聞いてもらって、サウナで汗を流して……最後に『とんこつらーめん』とかいう神の食べ物で昇天した。……天魔窟の泥水すすってた俺に、あんな最高のおもてなしをしてくれるイイ女がこの世にいるなんて、夢じゃねぇかと……」

 デュアダロス様の紫の瞳が、うるうると潤んでいる。

「ふふっ。夢じゃありませんわ。ここに転がっている空き缶とカップラーメンの容器が、証拠です」

 私がゴミ袋を指差すと、デュアダロス様はハッと息を呑み、そして次の瞬間、ガバッと芝生の上に正座をした。

「アマネ姐さん!!」

「ひゃあっ!?」

 アルマーニの高級スーツを泥だらけにしながら、極道神が私の足元に深々と頭を下げる。

「アンタの漢気おもてなしに、俺ぁ心の底から惚れた! 俺の数千年の孤独と空腹を、たった一晩で満たし切ったアンタのその器のデカさ……まさにシャバの首領ドンだ!」

「ど、どん……?」

「姐さん! いや、兄弟! 俺と……俺と『兄弟盃きょうだいさかずき』を交わしてくれぇぇっ!!」

 ――はい?

 限界OLの私の頭の中に、大量の「?」マークが浮かんだ。

 兄弟盃。ヤクザ映画などでよく見る、極道同士が義兄弟の契りを結ぶ神聖な儀式である。

「あの、デュアダロス様? 私は女性ですし、極道でもありませんのよ?」

「極道に男も女も関係ねぇ! アンタのその肚の座り方と接待スキルは、極道顔負けだ! 俺は今日から、アンタを『義理の兄貴(姐さん)』として一生ついていくと決めたんだ!」

 デュアダロス様は、魔法の空間収納から、どこから出してきたのか、立派な『朱塗りの盃』と『一升瓶』を取り出した。

「おっ! 朝っぱらから景気のいい話っすね!」

 その時、茂みの陰で寝ていたフェイトさんが、ガバッと飛び起きた。

「極道神とアマネお嬢の兄弟盃! こりゃあ歴史的瞬間っすよ! 俺が仲人なこうどとして、盃の酒を注いでやるっす!」

「ちょっとフェイトさん!? 煽らないでくださいな!」

「アイドルの出番ですわね! おめでたい儀式の席には、景気の良い祝い唄が必須ですのぉっ!」

 同じく目を覚ましたリーザさんが、昨日の『みかん箱』を引きずり出し、マイク(スライムゼリー)を握りしめて芝生の中央に陣取った。

「さあ皆様、手拍子を! 朝のゲリラライブ、開演ですわ!」

『た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン♪』

『月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~♪』

 リーザさんが、昨日も歌った宴会ソング『ハゲたぬきのポンポコ節』を高らかに歌い始める。

 天界の主神オリンのハゲ頭を揶揄したこの不敬極まりない歌を、なぜかデュアダロス様がいたく気に入り、「ハゲオヤジにピッタリの歌だ!」と大絶賛していたのだ。

「おーっ! いいノリだ嬢ちゃん! そーれ、ヨイヨイ!」

「ポンポコポンポーン!」

 デュアダロス様とフェイトさんが合いの手を入れ、起きてきたリンちゃんまでが手拍子を叩いて踊り始める。

 朝の清々しい大公邸の庭園が、一瞬にして『極道の襲名披露宴&昭和の宴会場』というカオス空間へと強制的に書き換えられてしまったのである。

「さあ、姐さん! これを受け取ってくれ!」

 デュアダロス様が、私の前に大きな朱塗りの盃を突き出した。

 フェイトさんが、一升瓶からトクトクと並々と酒を注ぎ入れる。

「こ、困りますわ、デュアダロス様! 私、こんな朝から強いお酒なんて飲めませんし、大公夫人という立場が……!」

「固てぇこと言うなよ兄弟! これを飲み干せば、天魔窟は姐さんのシマ(直轄地)になるんだぜ! 遠慮はいらねぇ!」

 私が盃を押し付けられ、完全に逃げ場を失っていた、その時だった。

「――我が妻に、何を飲ませようとしているのだ、貴様ら」

 ドゴォォォォォンッ!!!!

 庭園の空気が、いや、帝都全体の空気が、一瞬にして絶対零度に凍りつくような、凄まじい『殺気』の爆発。

 振り返ると、昨晩の甘い雰囲気など微塵も残っていない、完全にブチギレた状態のオルフェウス様が、魔剣の柄を握りしめて立っていた。

「オ、オルフェウス様!」

「ひぃぃっ! ゴリラ大公が起きてきたぁぁっ!」

 デュアダロス様が、盃を持ったままビクッと肩をすくめる。

「朝から庭が騒がしいと思えば……。アマネにヤクザの真似事をさせようとしているとは、いい度胸だな。貴様ら、我が誇り高きルナミス帝国の大公夫人を、反社会的勢力(極道)の組長にでもする気か」

 オルフェウス様の低い声が、地獄の底から響くように庭園を這う。

「それに、アマネは昨晩、遅くまで私と……ゴホン。とにかく、アマネは疲れているのだ。朝からそのような酒を飲ませるなど、私が許さん」

 オルフェウス様が少しだけ口ごもったのを聞いて、私はボフッと顔から火を噴いた。

(あぁぁっ! 皆様の前で、変な誤解を招くような言い方をしないでくださいませっ!)

「チ、チクショウ! 大公さんよぉ、俺は純粋にアマネ姐さんの漢気に惚れて、盃を交わそうとしただけだぞ! 俺たちの神聖な儀式を邪魔するってのか!」

 デュアダロス様が、負けじとトカレフを生成して構える。

「面白い。世界神の首が床に転がるのが先か、その玩具が火を噴くのが先か。……試してみるか?」

 オルフェウス様が魔剣を抜き放ち、バチバチと殺気と神気が衝突し始めた。

「だ、ダメですわ! お二人とも、朝から喧嘩なんてやめてくださいな!」

 私は、両者の間に割って入り、両手をパンッ!と大きく叩いた。

「デュアダロス様。私を義兄弟と思っていただけるのは光栄ですが、お酒の盃は受け取れませんわ」

「な、なんでだ姐さん! 俺が邪神だからか!?」

「いいえ。……だって、二日酔いの朝は、もっと『体に優しいもの』を胃袋に入れるのが、正しいシメ(朝食)だからですの」

 私は脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを素早く開き、限界OLの朝の最強回復メニューを空間から実体化させた。

 庭園のガーデンテーブルに、ポンッ!という音と共に並べられたのは。

 湯気を立てる【炊きたての銀シャリ(ご飯)】。

 香ばしく焼かれた【極上・厚切り鮭の塩焼き】。

 出汁の香りが漂う【たっぷりシジミと豆腐のお味噌汁】。

 そして、小鉢に盛られた【高級梅干し】と【出し巻き卵】である。

「な、なんだこの、目に鮮やかな品々は……。さっきまで酒と油の匂いばかりだったのに、急に心が落ち着くような、優しくて深い匂いがしやがる……」

 デュアダロス様の動きが止まり、トカレフを持った手がスッと下りた。

「これは『日本の朝食』と呼ばれるものですわ。昨晩、サウナとラーメンでこってりした胃袋には、この和の定食が一番の特効薬なのです。……さあ、冷めないうちにどうぞ」

 私がデュアダロス様の手に、盃の代わりに『温かいお味噌汁のお椀』を持たせると、彼は恐る恐るそれに口をつけた。

 ズズッ……。

「――――ッ!!!」

 デュアダロス様の瞳から、ボロロッ、と大粒の涙がこぼれ落ちた。

「う、うめぇぇ……っ! なんだこの、五臓六腑に優しく沁み渡るような出汁の旨味は……っ! 二日酔いの体に、味噌の塩分とシジミの成分が、まるで女神のハグみたいに優しく溶け込んでいきやがるぅぅっ!」

「ご飯に、こちらの鮭の塩焼きを乗せて食べてみてくださいな」

 デュアダロス様は、箸を器用に使って鮭の身をほぐし、ホカホカのご飯と一緒に口に放り込んだ。

「うおぉぉぉっ! 鮭の程よい塩気と脂が、白米の甘みを100倍に引き出しやがる! 噛めば噛むほど、日本人……いや神としてのDNAが目覚めるような完璧な美味さだ!!」

 もはや極道の威厳など完全に消え去り、デュアダロス様は涙と鼻水を垂らしながら、朝食の定食を無我夢中でかき込み始めた。

「お嬢! 俺の分も! 俺の分も朝飯お願いするっす!」

「アイドルにも、朝の栄養補給は必須ですの! いただきまーす!」

「リンも食べるー!」

 ダメ人間たちと聖獣も、私が用意した朝食に飛びつき、庭園には「ズズッ」「モグモグ」という平和な咀嚼音だけが響き渡るようになった。

「……はぁ。見事に、殺気が霧散してしまったな」

 オルフェウス様が、呆れたように魔剣を鞘に納めた。

「ふふっ。美味しい朝ごはんの前では、極道も大公様も関係ありませんわ」

 私は彼にもお味噌汁のお椀を渡し、ニッコリと営業スマイルを浮かべた。

「アマネ姐さん……!」

 食後の温かいほうじ茶をすすっていたデュアダロス様が、ふうっと一息ついて私を見た。

「俺ぁ、分かったぜ。……兄弟盃なんて物騒なもんは、姐さんには似合わねぇ。姐さんは、俺たちのはぐれ者を美味い飯で包み込んでくれる『おママン』みたいな存在なんだな……」

「だ、誰がお袋ですか! 私はまだ十七歳ですわよ!」

 思わずツッコミを入れてしまったが、デュアダロス様は完全に浄化された、仏のような穏やかな笑顔を浮かべていた。

 血文字の脅迫状から始まった、極道神デュアダロスの襲来。

 しかしそれは、限界OLの『完璧なおもてなし』と『地球の美味しいご飯』によって、ただの「クレーマーのオジサンを常連客に変える接待」として、完全に平和な結末(大団円)を迎えたのである。

 朝日が降り注ぐ大公邸の庭園。

 焼き鮭の匂いと、味噌汁の湯気。

 私の周りには、美味しそうにご飯を食べる愛すべきダメ人間たちと、神様、そして私を守ってくれる不器用な戦神がいる。

(……やっぱり、誰かのためにご飯を用意して、こうして皆で一緒に笑える時間が、一番幸せですわね)

 私は、ホカホカのご飯を頬張りながら、この異世界での『当たり前の幸せ』を噛み締めていた。

 この平穏な朝の裏側で、天界のハゲ主神オリンが、PV稼ぎと胃薬を求めて大公邸への天下り計画を画策していることなど、もちろんまだ誰も知る由もなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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