EP 7
極道神のサウナ『ととのい』と、深夜の豚骨カップ麺
ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。
極道神デュアダロスの『シマ荒らし』という名目で行われた大宴会は、私の【接待のさ・し・す・せ・そ】によってデュアダロス様が完全に私の舎弟と化すことで、平和な着地点を迎えようとしていた。
「さあ、デュアダロス様。お酒もずいぶんと召し上がりましたし、このままでは明日の朝、地獄の二日酔いが待っていますわ。……ここで一発、体の中のアルコールと老廃物をすべて汗と一緒に流し出して、『完璧な胃袋』を作り直しましょう」
「お、おう……姐さんがそう言うなら従うぜ。でもよ、デトックスって一体何をするんだ?」
アルマーニのシャツのボタンを開け、すっかり出来上がった赤い顔のデュアダロス様が、首を傾げる。
私は脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。
前世の地球で、ストレス社会で戦うビジネスマンやOLたちを虜にした、究極のリラクゼーション文化。
私が空間から実体化させたのは、【超本格・アウトドア用サウナテント一式(薪ストーブ&サウナストーン付き・20pt)】と、【組み立て式・簡易水風呂プール(5pt)】、そして【無重力インフィニティチェア(人数分・10pt)】である。
ボンッ! ボンッ!
大公邸の芝生の上に、突如として黒いドーム型の巨大なテントと、水がなみなみと張られたプール、そしてリクライニングチェアが出現した。
「な、なんだこの黒い幕屋は? しかも中に熱気がこもってやがる……」
「これは『サウナ』と呼ばれるものですわ。あのテントの中で限界まで汗をかき、その後に水風呂に入って体を冷やす。そして最後にあの椅子に座って夜風を浴びれば……天界にも勝る極楽浄土が待っていますのよ」
私がタオルを手渡すと、デュアダロス様とフェイトさんは顔を見合わせた。
「面白そうっすね! ギャンブルでかいた冷や汗を、本物の汗で流し切るっす!」
「姐さんの用意したモンなら間違いねぇ! 行くぜ、シャバのサウナとやらを体験してやろうじゃねぇか!」
二人はシャツを脱ぎ捨て(フェイトさんに至ってはほぼパンツ一丁になり)、黒いサウナテントの中へと潜り込んでいった。
テントの中央には、熱々に熱されたサウナストーンが積まれたストーブが鎮座している。
「うおっ……! あ、熱ちぃな! なんだこの息苦しさは……!」
「おっちゃん、まだこれからっすよ。……リンちゃん! お願いするっす!」
「はーい!」
外からフェイトさんに呼ばれたリンちゃんが、テントの入り口からヒョコッと顔を出し、手に持った柄杓でサウナストーンに水をかけた。
その水には、アロマオイルが数滴垂らしてある。
ジュワァァァァァァッッ!!!
水が蒸発する音と共に、白樺の爽やかな香りを乗せた超高温の蒸気が、テント内に爆発的に充満した。
いわゆる『ロウリュ』である。
「あちぃぃぃぃッッ!! 熱波が……! 香りのついた熱波が、毛穴という毛穴から体に侵入してきやがるぅぅっ!!」
「最高っす……! 毒素が、俺の中のクズな部分が汗と一緒に全部流れ出ていくっす……!!」
テントの中から、男たちの野太い絶叫と歓喜の呻き声が響き渡る。
「オ、オルフェウス様。あの……警備の騎士の方々も、よろしければご一緒にいかがですか?」
私は、周囲で呆気に取られて立っている騎士たちに声をかけた。
「彼らもずっと立ちっぱなしで、お疲れでしょう?」
「……はぁ。お前たち、アマネの厚意だ。数名ずつ交代で入ってこい」
オルフェウス様がやれやれと許可を出すと、屈強な騎士たちも「い、よろしいのですか!?」と目を輝かせ、次々とサウナテントへと吸い込まれていった。
十分後。
テントのジッパーが勢いよく開き、全身から白い湯気をもうもうと立ち昇らせたデュアダロス様たちが、茹でダコのように真っ赤な顔をして飛び出してきた。
「限界だぁぁっ! 水だ! 水風呂ぉぉっ!!」
デュアダロス様を先頭に、男たちが次々と冷たい水風呂プールへとダイブする。
ザバーーーンッ!!
「ひぃぃぃっ! 冷てぇぇっ! 心臓が止まるぅぅっ!」
「でも……ッ! 熱された体に、この冷水がキュッと毛穴を引き締めて……たまらねぇっす……!」
三分ほど水に浸かり、完全にフラフラになった男たちがプールから這い上がる。
私は、彼らをインフィニティチェアへと誘導した。
「さあ、ゆっくりと椅子に横になって。力を抜いて、深呼吸をしてください」
デュアダロス様がリクライニングチェアに深く体を預けると、まるで無重力空間に浮いているかのように足が持ち上がり、完璧なリラックス体勢が完成した。
夜の涼しい風が、火照った体を優しく撫でていく。
サウナの極限の熱と、水風呂の極限の冷たさ。その温度差によって血管が収縮と拡張を繰り返し、脳内に大量の酸素と快楽物質が駆け巡る。
「…………ぁ…………っ」
デュアダロス様の紫の瞳が、トロンと半開きになった。
「空が……星が……回ってやがる……。体が……溶けて、風と一体化していくみたいだ……」
「これが……『ととのう』ってやつっすね……。俺、もうパチンコなんてどうでもよくなったっす……」
騎士たちも隣の椅子で、完全に白目を剥いて極楽浄土へと旅立っている。
神も、冒険者も、騎士も。
全裸同然の男たちが、庭園に並べられた椅子でだらしなく口を開け、「あぁぁ……」「ととのう……」と宇宙と交信しているシュールな光景。
しかし、彼らの胃袋と肝臓は、このサウナによってアルコールと毒素を完全に排出し、信じられないほどクリアで『飢えた状態』へとリセットされていたのである。
「……さて。皆様が完璧に『ととのった』ところで、今夜の宴の真の『シメ』をご用意いたしましょう」
私は、ヤカンでお湯を沸かしながら、魔法の収納から取り出した四角い容器をテーブルに並べた。
「デュアダロス様。……シメのお時間ですわよ」
「……んぁ? 姐さん。シメって……なんだ……?」
完全に骨抜きになったデュアダロス様が、のそりと首だけをこちらに向けた。
「お酒を飲んで、サウナで汗を流した後……人間の体が最も欲するものは、圧倒的な『塩分』と『炭水化物』、そして『ジャンクな旨味』です」
私が取り出したのは、地球の深夜のコンビニで燦然と輝く悪魔の食べ物。
【極上・超濃厚豚骨背脂カップラーメン(3pt)】である。
「な、なんだその紙の器は。お湯を注ぐのか?」
「ええ。熱湯を注いで、三分待つだけです」
私はヤカンから熱湯を注ぎ、蓋の上に特製の『後入れ背脂スープ』を乗せた。
三分後。
私がペリッと蓋を剥がした瞬間。
――モワァァァァッ!!
大公邸の庭園に、暴力的なまでの『豚骨の獣臭さ』と『ニンニクの強烈な香り』が爆発的に充満した。
「――ッッ!!??」
インフィニティチェアで腑抜けていたデュアダロス様とフェイトさんが、その匂いを嗅いだ瞬間、バネ仕掛けのようにガバッと跳ね起きた。
「な、なんだこの、脳髄を直接ぶん殴ってくるような破壊的な匂いはぁぁっ!?」
「腹が……! サウナで空っぽになった胃袋が、この匂いだけで爆発しそうに鳴ってやがるっす!」
「ここに、後入れの『特製背脂』を絞り出します」
私がドロッとした白い脂をスープに浮かべると、デュアダロス様はもう我慢の限界だった。
「も、持て! 早くそれを俺に寄越せ、姐さん!!」
彼は椅子から転げ落ちるようにしてテーブルにすがりつき、カップラーメンと割り箸をもぎ取った。
ズズズズズズッッ!!!!
極道神が、熱々のちぢれ麺を、スープごと豪快にすすり上げる。
「…………ッッッ!!!!」
カッ!! と。
デュアダロス様の紫の瞳の瞳孔が、限界まで収縮し、そして爆発した。
「う、う、うめぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!」
絶叫。もはや神の威厳の欠片もない、魂からの叫びだった。
「なんだこのスープは!? 豚の骨の髄まで煮出したような、ドス黒いまでの濃厚な旨味! そこに絡みつく背脂の甘みと、ニンニクのパンチが……ッ! サウナで研ぎ澄まされた舌と胃袋に、核爆弾みたいに突き刺さりやがる!!」
ズズズッ! ズルズルズルッ!!
「熱ちぃ! でも止まんねぇ! 麺がスープの脂を完璧に持ち上げてきやがる! 噛めば噛むほど、ジャンクな化学調味料の刺激が脳内麻薬をドバドバ分泌させやがるんだよぉぉっ!!」
デュアダロス様は、涙と鼻水、そしてサウナの汗を滴らせながら、カップラーメンを呼吸するのも忘れたかのように貪り食っている。
「お嬢! 俺の分も! 俺の分も早くっす!!」
「騎士の皆様も、どうぞ召し上がれ」
フェイトさんも騎士たちも、ズズズッ!と音を立てて豚骨ラーメンをすすり、あちこちから「あぁぁっ……」「生き返る……」「ジャンク最高……」という悶絶の声が上がった。
わずか一分。
デュアダロス様は、最後の一滴のスープまで飲み干し、プハァァァッ!と天を仰いだ。
「……姐さん」
「はい、お粗末様でした」
「シャバのメシ(空気)……最高ォォォォォォッ!!!」
デュアダロス様は、空になったカップを天高く掲げ、涙を流しながら叫んだ。
数千年の封印の孤独と空腹は、限界OLの用意した『サウナからの深夜のカップラーメン』という、現代社会のリーマンが愛する最強の退廃的コンボによって、完全に(そして物理的に)浄化されたのである。
「(……ふふっ。これで完全に、胃袋を掌握いたしましたわね)」
私は、満足そうに腹を叩くデュアダロス様を見ながら、エプロンのポケットで小さくVサインを作った。
血の雨を降らせると脅してきたインテリヤクザな邪神は、今や完全に、サウナとカップ麺の虜になった『ただの常連のオジサン』であった。
「……アマネ」
その光景を、少し離れたパラソルの下で一人腕を組んで見ていたオルフェウス様が、私を呼んだ。
「あのヤカラどもの顔を見てみろ。もはや完全に、君の『おもてなし』という名の麻薬に侵されている。……君は、本当に恐ろしい女だ」
呆れたような、けれどどこか誇らしげなその声。
私は「ふふっ」と微笑み、オルフェウス様の元へと歩み寄った。
しかし、限界OLの完璧な接待劇を大成功させた私に対して、大公様は夜風に紛れて、ひどく不器用な『ジェラシー』をぶつけてくることになるのだった。
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