EP 6
極道神の愚痴と、限界OLの『接待さ・し・す・せ・そ』
ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。
夜もすっかり更け、魔法のランタンが庭園を暖かく照らす中、極道神デュアダロスの『シマ荒らし(という名のクレーマー出前要求)』は、完全にただの『酔っぱらいオジサンの大宴会』へと移行していた。
「……んでよぉ。俺がその時、死蟲王サルバロスのヤロウの背後に回り込んで、トドメの一撃をブチ込もうとした瞬間にだな……っ」
ネクタイを頭に巻き(※フェイトさんが教えた昭和の宴会芸)、アルマーニのジャケットを芝生に放り投げたデュアダロス様が、空になったビールのジョッキを振り回しながら熱弁を振るっている。
サイコロ博打でフェイトさんにミスリル原石を巻き上げられまくった彼は、完全にヤケ酒モードに入り、今度は『自分の過去の武勇伝と、現在の職場(天界)への不満』を語り始めていた。
「へー、そーなんすねー(ボリボリ)」
「なるほどですわー(モグモグ)」
しかし、聞き手であるフェイトさんとリーザさんは、私が【善行ポイント通販】で追加した『塩昆布』と『フライドポテト』を貪り食うのに夢中で、相槌は完全に生返事になっていた。
「おい! テメェら聞いてんのか!? ここが俺の人生(神生)のハイライトだぞ! そこで俺が……」
「はいはい、おっちゃん、次のお酒飲むー?」
リンちゃんがジュースのグラスを差し出すと、デュアダロス様は「お、おう……サンキューな」と毒気を抜かれてしまうものの、やはり語り足りないのか、不満そうに唇を尖らせた。
(……そろそろ、私の出番ですわね)
少し離れた場所で様子を見ていた私は、エプロンのシワをピンと伸ばし、新しい【極上・生ビール(缶・3pt)】を開けてジョッキに注いだ。
前世のブラック企業時代。
会社の飲み会で、一番面倒くさい時間帯。それは、お酒が入って気分が大きくなった上司や取引先のオジサンが『昔の自分の自慢話』と『現在の会社(上層部)への愚痴』を延々と語り始めるフェーズである。
この時、適当な生返事をすれば相手は機嫌を損ね、最悪の場合クレームや契約打ち切りに発展する。
必要なのは、相手の承認欲求を200パーセント満たし、気分良く喋らせて完全に『気持ちいい状態』に持ち込むこと。
それこそが、限界OLが幾多の修羅場(接待)を潜り抜けて身につけた、魔法の相槌――『接待のさ・し・す・せ・そ』である。
「デュアダロス様、お飲み物が空いておりますわよ」
私は完璧な営業スマイルを浮かべ、黄金の泡が乗ったジョッキをデュアダロス様の手元にコトリと置いた。
「おおっ、すまねぇな、アマネの嬢ちゃん。……で、さっきの続きなんだがよぉ」
デュアダロス様の紫の瞳が、再びギラリと熱を帯びた。
「俺がサルバロスを追い詰めた時、あのルチアナの女、横からしゃしゃり出てきて俺の手柄を横取りしやがったんだぜ!? しかもそのあと、『私が世界を救ったのよ!』ってデカい顔しやがってよぉ!」
――ターン1。
「まぁ! 『さ』すがですね、デュアダロス様!」
「……え?」
「ルチアナ様が前に出られたのも、デュアダロス様が完璧に敵の背後を取り、最高のチャンスを作ってくださったからこそではありませんか。影の立役者たるデュアダロス様の武勇、本当に『さ』すがでございます!」
「お、おう……! そうだろ!? そうなんだよ! 俺がサポートしてやったからこそ、あの女は勝てたんだぜ!」
デュアダロス様が、ジョッキをドンと置いて身を乗り出してきた。
オジサンは「お前のおかげだ」と持ち上げられることに滅法弱い。
「なのにルチアナの奴、今じゃ『永遠の十七歳』とか痛いこと言って下界でアイドルオタクやってんだぜ? 俺なんて天魔窟の奥底でずっと留守番だ! どう思うよ!?」
――ターン2。
「『し』らなかったですぅ!」
「だろ!?」
「天魔窟という、もっとも過酷で重要な場所の管理を、デュアダロス様がたったお一人で担っていらっしゃったなんて……! そんな重要なお仕事、並の神様では絶対に務まりませんわ。私、今日まで『し』らなかった自分が恥ずかしいですっ」
私は、両手を胸の前で組み、尊敬の眼差し(※熟練の演技)を真っ直ぐにデュアダロス様に向けた。
「そ、そうなんだよ……っ! あそこは俺みたいに腕っぷしが強くて、肝の座った奴じゃないと任せられねぇんだ! 嬢ちゃん、分かってくれんのか……!」
デュアダロス様の声が、少しだけ潤んできた。
愚痴を肯定し、さらにそれを『重要な任務を任されている証拠』へと鮮やかにすり替える。これがOLの共感力である。
「それによぉ、天界のトップの『オリン』のハゲオヤジ! あいつ、部下の俺たちが必死に世界を回してるのに、自分は胃薬かじりながら盆栽いじって、ゴッドチューブのPV(再生数)ばっかり気にしてやがるんだぜ!? この前慰問に来た時なんかよぉ……」
――ターン3・ターン4の連続コンボ。
「『す』ごーい! デュアダロス様、そんな組織のトップの裏事情まで把握していらっしゃるなんて! そして、その素晴らしいお召し物、とても『せ』んすいいですね!」
「えっ!? そ、そうか!?」
「ええ! その仕立ての良さ、アルマーニの高級スーツをあえて着崩すその着こなし! 上層部の無能さに流されず、ご自身の信念を貫いていらっしゃるのが、お姿から滲み出ておりますわ!」
ドゴォォォォンッ!!!
デュアダロス様の脳内で、承認欲求のメーターが完全に振り切れ、大爆発を起こした音がした。
ずっと、誰かに認めてほしかった。
悪役としてダンジョンに封印され、コンビニ弁当を放置され、ルチアナたちが華やかなシャバでキャーキャー騒いでいるのをモニター越しに指をくわえて見ているだけだった日々。
本当は、自分の苦労を、強さを、そして『カッコよさ』を、誰かに「すごいね」と褒めてほしかっただけなのだ。
「う、うぅぅっ……! 嬢ちゃん……!!」
デュアダロス様は、両手で顔を覆い、男泣きに泣き崩れた。
「誰も……誰も俺のアルマーニを褒めてくれなかった……! フレアのバカ鳥なんて『ヤクザみたいでガラが悪いから近寄らないで』って毛嫌いしやがって……! 嬢ちゃんだけだ! 俺の苦労と、スーツのセンスを分かってくれるのはぁぁっ!」
「お辛かったですね。……さあ、冷たいビールで、嫌なことは全部流してしまいましょう?」
私は聖母のような(※残業代の出ない飲み会を早く終わらせたい時の)微笑みで、デュアダロス様にビールを勧めた。
「ああ! 飲む! 俺は飲むぜ! ……でもよぉ、俺がこうやって飲んでる間にも、オリンのハゲオヤジは、どうせまた銀河神への昇進試験のために、小賢しいPV稼ぎのシナリオを練ってるに違いねぇんだ……」
デュアダロス様が、ビールを飲みながら愚痴のラストスパートに入る。
――ターン5、フィニッシュ。
「『そ』うなんですかぁ!?」
私は、目を見開き、今日一番の大きなリアクションで相槌を打った。
「主神様が、そんなことを!? まあ、デュアダロス様がいらっしゃらなければ、天界のシステムなんて一瞬で崩壊してしまいますのに……本当に、デュアダロス様はお労しい……!」
「……ッッ!! アマネの嬢ちゃぁぁぁん!!!」
ガシッ!!
デュアダロス様が、テーブル越しに私の両手をガッチリと握りしめた。
その紫の瞳からは、滝のような涙がナイアガラのように流れ落ちている。
「アンタ最高だぜ……! アンタみたいに話の分かる、イイ女がこの世にいたなんて……! 俺は感動した! アンタのその慈悲深さと、この神がかったメシと酒の腕前……!」
デュアダロス様は、鼻水をすすり上げながら、私に向かって深く、深く頭を下げた。
「アマネ姐さん!! 今日から俺は、姐さんの舎弟(常連客)だ!! 姐さんが困った時があったら、いつでも俺を呼んでくれ! このトカレフで、どんな魔物でもハチの巣にしてやるからよぉぉっ!!」
――限界OLの『接待さ・し・す・せ・そ』、完全勝利である。
古代大戦の覇者であり、血の雨を降らせると脅してきたインテリ極道神は、数杯の生ビールと塩ゆで枝豆、そして私の『完璧な相槌(ホステス業務)』の前に完全に屈服し、自ら進んで私の舎弟へと成り下がったのだ。
「ふふっ。ありがとうございます、デュアダロス様。……でも、私は『姐さん』と呼ばれるような立派な者ではありませんのよ?」
私がクスクスと笑いながら手を引き抜こうとした、その時だった。
「……おい。誰が『姐さん』だと?」
ズォォォォォォォッッ!!!!
再び。
庭園の空気が、先ほどまでの何倍もの濃度の『絶対零度の殺気』によって、一瞬にして凍りついた。
振り返ると、そこには漆黒のオーラ(般若の幻影付き)を背負った、オルフェウス大公が立っていた。
彼は、デュアダロス様が私の手を握っているのを見て、完全に『夫としての理性のタガ』が外れかかっているようだった。
「オ、オルフェウス様!? 誤解ですわ! これはただの接客の一環で……!」
「アマネ。君は、このようなヤカラに媚を売る必要などないと言ったはずだ。……それに貴様、我が妻に向かって『姐さん』とはどういう了見だ。アマネを極道の妻にする気か」
オルフェウス様の低い声が、地を這うように響く。
「ひぃぃっ!? ゴ、ゴリラ大公がまたキレたぁぁっ! 姐さん! 助けてくれぇっ!」
デュアダロス様が、私の背中に隠れてブルブルと震え出した。
世界神が、人間の背中に隠れて怯えるなど、神話の歴史上でも前代未聞の光景である。
「オルフェウス様、どうか落ち着いてくださいませ! デュアダロス様はただ、少し酔いすぎただけですの! ね? もう悪さはしませんわよね?」
「し、しねぇ! 絶対にしねぇから! 俺はただ、美味い酒を飲んで、愚痴を聞いてもらいたかっただけなんだよぉぉっ!」
デュアダロス様が必死に命乞いをする姿を見て、オルフェウス様はギリッと奥歯を噛み締め、大きくため息をついた。
「……チッ。君のその『おもてなし』の技術は、本当に恐ろしいな。まさか、天魔窟の邪神をたったの一時間で舎弟にまで落とし込むとは」
オルフェウス様が、呆れ半分、呆然半分の表情で剣から手を離した。
「ですが、これで大公邸の平和は守られましたわ。……さあ、皆様。たくさん食べて飲んで騒ぎましたから、そろそろ宴会の『シメ』にいたしましょうか」
私がパンッ、と手を叩くと、背後に隠れていたフェイトさんとリーザさんが「おおっ! シメっすか!」と目を輝かせた。
「デュアダロス様も、アルコールがかなり回っているようです。……このままでは、明日の朝、とてつもない二日酔いに襲われてしまいますわ。その前に、体の中の悪いものをすべて『デトックス』して、最高の状態でシメの料理を味わっていただきます」
私が脳内で【善行ポイント通販】を開くと、デュアダロス様は期待と恐怖の入り混じった目で私を見上げた。
「デトックス……? 姐さん、一体何をする気だ……?」
限界OLの宴会術は、ただ飲ませるだけでは終わらない。
接待相手を最高のコンディションに導き、骨の髄まで『アマネのサービス』に依存させるための、最終プログラム。
大公邸の庭に、地球の最新リラクゼーション設備が展開されようとしていた。
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