EP 5
聖獣の直火焼きスルメと、極道神のチンチロリン
ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。
オルフェウス様の不器用で過保護なジェラシーにより、直接的な接客を免除された私。
代わりに極道神の接待(ホステス業務&盛り上げ役)に抜擢されたのは、大公邸が誇るポンコツコンビ(フェイトさん、リーザさん)と、マイペースな聖獣リンちゃんだった。
「うぅっ……! シャバのビール、美味すぎるぜぇぇっ!」
芝生に座り込み、涙目で空のジョッキを握りしめているデュアダロス様。
私はすかさず脳内で【善行ポイント通販】を開き、地球の居酒屋の定番にして最強の『乾き物』を空間から実体化させた。
【特大・天日干しスルメイカ(3pt)】と、【特製マヨネーズ&七味唐辛子セット(2pt)】である。
「お待たせいたしました、デュアダロス様。次のおつまみは『スルメ』ですわ」
「するめ? なんだこの干からびたイカは。こんなカッチカチの板っきれが食えるかよ」
デュアダロス様が怪訝な顔をする。
「そのままでは少し硬いですわね。でも、ご安心を。……リンちゃん、お願いできるかしら?」
「うんっ! まかせて!」
リンちゃんがトコトコと歩み寄り、両手でその特大スルメを持ち上げた。
そして、彼女の小さな指先に、バチバチッと黄金の雷が収束していく。第六の聖獣・麒麟が操る、万物を消し炭にする神の雷。
それを彼女は、ミリ単位の出力調整でスルメの表面にチリチリと走らせたのである。
ジジュゥゥゥゥッ……!
「おぉっ!?」
デュアダロス様が目を見張る。
庭園の空気に、一瞬にして香ばしい磯の香りと、炙られたイカの強烈な旨味の匂いが広がった。聖獣の雷(プチ落雷)による、完璧な『直火焼き』である。
「はい、おっちゃん! できたよ!」
リンちゃんが、絶妙なきつね色に炙られてクルンと丸まったスルメを差し出した。
「お、おう……サンキューな、嬢ちゃん」
「熱いうちに手で適当な大きさに割いて、こちらの『七味マヨネーズ』にたっぷりつけて召し上がってくださいな」
私が小皿にマヨネーズを絞り、七味唐辛子をパラパラと振りかけると、デュアダロス様はゴクリと喉を鳴らした。
彼は炙りたてのスルメをバリッと割き、七味マヨネーズをたっぷりとつけて、口に運んだ。
モグッ、モグ……。
「――ッッッ!!?」
デュアダロス様の紫の瞳が、限界まで見開かれた。
「な、なんだこの噛み応えは!? 噛めば噛むほど、干物の中に凝縮されたイカの濃厚な旨味が、波のように溢れ出してきやがる!!」
「そこにマヨネーズのコクと七味のピリッとした辛味が加わることで、旨味が何倍にもブーストされるのですわ」
「うぉぉぉぉっ! こりゃたまらねぇ! 塩ゆで枝豆も最高だったが、この『するめ』と『七味マヨ』の組み合わせは、まさに悪魔の錬金術だぜぇぇっ!! おい、酒だ! 酒のおかわりを持ってこい!」
デュアダロス様はスルメをガツガツと噛みちぎりながら、私が差し出した新しいビールのジョッキをゴクゴクと煽った。
プハァァァッ!と歓喜の吐息を漏らし、完全に『立ち飲みのオッサン』としての完成形に到達している。
「フフフ……太客の神様。随分とゴキゲンですわね」
その時、極道神の横に、芋ジャージ姿のリーザさんがスススッと滑り込んできた。
「アイドルの私が、特別に相席して差し上げますの! さあさあ、飲んで飲んで!」
「おう! 嬢ちゃんたち、いいノリしてんじゃねぇか! シャバの宴会はこうでなくちゃな!」
すっかり上機嫌のデュアダロス様は、リーザさんからのお酌(※中身は私が通販で出したビール)を上機嫌で受けている。
「……おっちゃん、ただ飲んでるだけじゃ退屈っすよね?」
逆側からは、フェイトさんがニヤリとギャンブラーの笑みを浮かべてすり寄ってきた。
彼の手には、厨房から借りてきた大きな『どんぶり』と、三つの『サイコロ』が握られている。
「シャバの夜ってのは、博打(ヒリツク勝負)があってこそ華っすよ。……どうっすか? 神様たるアンタの『運』、俺のコイントス抜きのガチのサイコロで、試してみねぇっすか?」
「……ほう?」
デュアダロス様の目が、スッと細められた。
インテリヤクザを自称するこの邪神にとって、博打の誘いは最大のファンサ(挑発)に他ならない。
「シャバの兄ちゃんが俺に『チンチロリン』を挑むってのか? いい度胸してんじゃねぇか。天魔窟の底で数千年、暇つぶしにサイコロを転がし続けてきた俺の目に狂いはないぜ」
「ヒャッハー! 釣られたっすね! さあ、張った張ったっす!!」
どんぶりが芝生の上に置かれ、フェイトさんとデュアダロス様が膝を突き合わせて座り込んだ。
「おっちゃんが負けたら、そのポケットに入ってる『高そうな石』を賭けるっすよ!」
「ハッ、俺が負けるわけがねぇ。いいぜ、これは天魔窟で採れる『純度100パーセントのミスリル原石』だ。シャバの市場なら、家が一軒建つぜ?」
デュアダロス様が、紫色の妖しい輝きを放つ石をゴロンと芝生に転がした。
「(キタァァァッ!! 超高額スパチャ(現物支給)の匂いですのぉぉっ!!)」
リーザさんが、目を「¥」マークにして激しく興奮している。
「さあさあ皆様、宵越しの金は持たない主義でいきましょう! 私がアイドルの合いの手で場を盛り上げて差し上げますの! はぁ〜、ヨイショッ!」
リーザさんが、みかん箱を叩いて『ハゲたぬきのポンポコ節』のリズムを刻み始めた。
「♪た、た、たぬきのお腹はポンポコポンポン! さあ神様、サイコロ振って振って!」
「おう! 行くぜ! 神の賽の目、とくと見やがれ!!」
カラカラカラッ……! ピタッ。
「おっ、『シゴロ(四・五・六)』っすね! なかなかやるっす! でも、俺のギャンブラーの魂はこんなもんじゃねぇっすよ!」
カラカラカラッ……!
「しゃあっ! 『ピンゾロ(一・一・一)』っす!! 役満っす!!」
「な、なんだとぉぉっ!? クソッ、もう一回だ! 今度は俺の愛銃の生成に使ってる『魔獣の魔核』を賭けるぜ!」
大公邸のプライベートガーデンが、完全に『昭和の賭場』と化していた。
聖獣が雷でスルメを炙り、地下アイドルが合いの手を入れ、A級冒険者と邪神がどんぶりにサイコロを投げ入れて一喜一憂している。
「酒だ! スルメだ! 勝負だ!」と叫ぶ男たちの声と、サイコロの転がる音が、夜空に響き渡っていた。
*
「……アマネ」
少し離れたパラソルの下で。
そのどんちゃん騒ぎを眺めながら、オルフェウス様が呆れたようにため息をついた。
「我が誇り高き大公邸が、一夜にして『ヤクザの賭場』になり果てたぞ。……君は、これでよかったのか?」
「ふふっ。申し訳ありません、オルフェウス様。でも……見てくださいませ。あんなに楽しそうに笑っていらっしゃるじゃありませんか」
私は、お茶の入ったカップを両手で持ちながら、クスクスと笑った。
「デュアダロス様は、ただ寂しかっただけなのです。何千年も一人ぼっちで、誰ともお酒を飲めず、おしゃべりもできず。……だから、あんな風に誰かと賑やかに過ごせる『当たり前の時間』が、何よりも欲しかったのだと思いますわ」
血の雨を降らせると脅してきた恐ろしい邪神。
しかしその本質は、承認欲求と孤独を拗らせた、不器用なオジサンだった。
フェイトさんやリーザさんのように、見栄や体裁を気にせず、欲望のままに一緒にバカ騒ぎをしてくれる存在。それが彼にとっての一番の『おもてなし』だったのだ。
「……君は、本当に人の心を見るのが上手いな。神でさえも、君の手のひらの上というわけか」
オルフェウス様が、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「でも、私が安心して彼らを『おもてなし』できるのは、オルフェウス様がこうして、私の後ろで守っていてくださるからですわ」
私がそう言って、少しだけ上目遣いに彼を見上げると。
オルフェウス様の紫の瞳が、ふっと揺れた。
「アマネ……」
彼の手が、私の頬にそっと触れる。
先ほどの、デュアダロス様の手首を握りつぶそうとした時の暴力的な力は微塵もない。まるでガラス細工を扱うかのような、極上の優しさと熱が込められていた。
「君がそう言ってくれるなら、私は喜んで、永遠に君の盾になろう。……だが、今夜は少し、私の独占欲も満たしてもらわねばな」
「えっ……」
オルフェウス様は、私の座っているガーデンチェアの背もたれに手をつき、顔を近づけてきた。
大公邸の庭には、サイコロの音とバカ騒ぎの声が響き渡っているというのに。
私たちの周囲だけ、まるで別の空間に切り取られたように、甘く、そして心臓が弾けそうなほどの静寂が落ちる。
(あ、あぁっ……。また、こういう不意打ちを……っ)
私は顔を真っ赤にして、ギュッと目を閉じた。
「ヒャッハー!! また俺の勝ちっす!! 神様、これでミスリル十個目っすよ!!」
「クソォォォッ!! どうなってんだシャバのサイコロは!! 嬢ちゃん、ビールだ! ヤケ酒だ!!」
「アマネー! スルメもういっこ焼いていいー!?」
……しかし、その甘い雰囲気は、ダメ人間たちと聖獣の容赦ない歓声によって、一瞬にして打ち砕かれた。
「……チッ。あの馬鹿共め」
オルフェウス様が、ギリッと奥歯を噛み締めながら私から顔を離す。
「ふ、ふふっ……ごめんなさい、オルフェウス様。もう少しだけ、お客様のお世話をしてまいりますわね」
私はホッとしたような、少しだけ残念なような気持ちを胸に隠しながら、急いで立ち上がった。
「デュアダロス様、ビールのおかわりですね! フェイトさん、あまりむしり取りすぎると出禁にしますよ!」
「えぇーっ!? お嬢、それは殺生っす!」
「アマネ様、私にはみかん箱のショバ代(場所代)として一割入る契約ですのよ!」
限界OLの完璧なクレーム対応は、大公の不器用なジェラシーと、愛すべきポンコツたちの欲望を巻き込んで、夜更けまで最高に騒がしく、そして温かく続いていくのだった。
極道神の『シマ荒らし』は、完全に『常連客のどんちゃん騒ぎ』へと昇華されたのである。
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