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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 3

インテリ極道神と、『悪魔的』な黄金の麦酒ビール

 ルナミス帝国の帝都、大公邸のプライベートガーデン。

 先ほどまで「血の雨を降らせる」と豪語していた、インテリヤクザな邪神・デュアダロスは今、純白のガーデンチェアに深く腰掛け、私が手渡した熱々の『おしぼり』で、顔をごしごしと拭いていた。

「……ふぅぁぁぁ。あったけぇ……。天魔窟の泥水で顔を洗うのとは大違いだぜ……」

 おしぼりで顔を覆ったまま、デュアダロスが親父くさい、心底リラックスした吐息を漏らす。

 アルマーニの高級スーツを着こなす極道神の威厳は、極度の空腹と温かいおしぼりの前では完全に霧散していた。

「オ、オルフェウス様。あの邪神……完全に戦意を喪失しているようですが……我々はどうすれば……?」

 周囲を取り囲んでいた騎士の一人が、槍を構えたまま困惑した声でオルフェウス様に尋ねる。

「……武器は構えたままにしておけ。だが、こちらから手は出すな。アマネの『接待』を見守るのだ」

 オルフェウス様も、魔剣の柄から手は離さないものの、目の前のシュールすぎる光景に完全に毒気を抜かれ、呆れたようにため息をついていた。

「お待たせいたしました、デュアダロス様。まずは乾いた喉を潤していただきましょう」

 私は、脳内で【善行ポイント通販】を開き、地球の居酒屋が誇る『最強のスターターキット』を空間から実体化させた。

 取り出したのは、キンキンに冷えた霜降りのガラスジョッキと、地球の最新技術で醸造された【極上・生ビール(缶・3pt)】である。

 プシュッ……! カシュッ!

 私がアルミ缶のプルタブを弾くと、静かな庭園に、炭酸の弾ける小気味良い音が響いた。

 私はそれを、冷えたジョッキへと高く持ち上げて注ぎ込む。トクトクトクッ……と黄金色の液体が流れ込み、最後にクリーミーで純白の泡が、ジョッキの縁でこんもりと7対3の黄金比を形成した。

「さあ、どうぞ。私がいた世界で、労働の後の疲れた体を癒やす、最高の『麦酒』ですわ」

 私がジョッキをテーブルにコトリと置くと、デュアダロスは怪訝そうに眉をひそめた。

「……あ? なんだこの黄色い水は。泡ばっかり立ちやがって。俺は酒を持ってこいって言ったんだぜ?」

「まあまあ。騙されたと思って、一口、勢いよく喉に流し込んでみてくださいな」

 私は完璧な営業スマイルで促した。

 前世のブラック企業時代、どんなに不機嫌な取引先のオジサンでも、真夏にこの『キンキンに冷えた生ビール』を最初の一口飲ませれば、その後の商談は八割方成功したも同然だった。

 極限までお腹を空かせ、喉を渇かせているこの神様にとって、今のこれはポーション以上の『劇物』になるはずだ。

「……チッ。まあいい、毒でもなんでも食らってやるよ。どうせ俺の胃袋はもう限界なんだ……」

 デュアダロスは疑り深い目を向けながらも、ジョッキの取っ手を掴み、ヤケクソのように黄金の液体を口へと運んだ。

 そして、ゴクリ、と喉を鳴らした。

「…………」

 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。

 一口で止めるつもりが、デュアダロスの喉仏が、本能に支配されたかのように連続で上下に動く。

 ジョッキの中のビールが、凄まじい勢いで減っていく。

 そして、ジョッキをドンッ!とテーブルに叩きつけた次の瞬間。

「――っっっっっっ!!!!!!」

 プハァァァァァァァァッッッ!!!!!

 デュアダロスが、天を仰いで、魂の底から絞り出すような咆哮(吐息)を上げた。

「な、なんだこれはぁぁぁっ!? 喉の奥で弾ける強烈な炭酸! そして、キンキンに冷えた液体が、空っぽの胃袋に染み渡っていくこの暴力的なまでの爽快感はぁぁっ!!」

 デュアダロスの紫の瞳の瞳孔が、限界まで見開かれている。

「天魔窟の生ぬるい水や、ルチアナたちが飲んでいた甘ったるい果実酒なんかじゃねぇ! 麦の強烈な旨味と、この心地よい苦味……! クゥゥゥッ! 五臓六腑に染み渡るたぁ、まさにこのことだぜぇぇっ!!」

 デュアダロスは、アルマーニのスーツの胸ぐらを自分で掴みながら、ガタガタと震え出した。

「あ、悪魔的だぁぁぁっ……!! こんなヤバい飲み物がシャバに存在してたなんて……俺の数千年の封印生活は、一体何だったんだよぉぉっ!」

 インテリヤクザな邪神が、ビールのあまりの美味さに感動し、ジョッキを両手で抱きしめて男泣きを始めてしまった。

「お嬢……あのヤクザ、ビール一杯で完全に仕上がっちゃってるっすよ」

「アイドル現場にいる『初めて最前列で推しと目が合った厄介オタク』と同じ顔をしていますわね……」

 少し離れた茂みから、おしぼり用のカゴを持ったフェイトさんとリーザさんがドン引きしながらヒソヒソと囁き合っている。

「ふふっ、お気に召していただけて何よりですわ。……ですが、ビールの本当の『悪魔的な魅力』は、ここからですのよ」

 私は、最高のタイミングを見計らい、コンロの横に用意しておいた『次なる矢』を放った。

 ドンッ、とテーブルの中央に置かれたのは、湯気を立てる山盛りの【茶豆の極上塩ゆで(3pt)】である。

「な、なんだこの緑色の豆は? 茹でただけの草じゃねぇか」

「これは『枝豆』といって、ビールのために神が……いえ、人類が創り出した最強の相棒ツマミですわ。ほら、こうやって、指でサヤを押し出して、中のお豆だけを食べるのです」

 私が実演して見せると、デュアダロスは見よう見まねで、塩のついた緑のサヤを指でつまみ、プクッ、パクリと口に放り込んだ。

「……ん!?」

 モグモグと咀嚼した瞬間、デュアダロスの表情が再び驚愕に染まった。

「なっ……なんだこの豆!? 噛んだ瞬間、豆の濃厚な甘みとホクホク感が口いっぱいに広がって……そこに、表面についていた『粗塩』のしょっぱさが絶妙に追いかけてきやがる!!」

「ええ。そして、その口の中に塩気と豆の旨味が残っているうちに……すかさず、ビールを流し込むのですわ!」

 私の言葉に従い、デュアダロスは残っていたビールをゴクンと煽った。

「――ッッッ!!」

 ビクゥッ!と、デュアダロスの体が大きく跳ねた。

「うぉぉぉぉぉっ!! ビールの炭酸が、枝豆の塩気を見事に洗い流して、口の中を完全にリセットしやがった! そしてリセットされたら……また、どうしてもあの塩気(枝豆)が欲しくなる!!」

 プクッ、パクリ。ゴクッ。

 プクッ、パクリ。ゴクッ。

「と、止まらねぇ……! なんだこの無限ループは!! 枝豆、ビール、枝豆、ビール! 俺の右腕と左腕が、完全に別の生き物みたいに勝手に動きやがるぅぅっ!!」

 デュアダロスは、もはや自分が何者であるかなど完全に忘れ去り、両手を使って狂ったような速度で枝豆を口に放り込み、合間にビールをジョッキで流し込むという、完璧な『居酒屋のオッサンの永久機関』を完成させていた。

「(……ふふっ。ちょろいものですわね)」

 私はエプロンのポケットの中で、小さくガッツポーズをした。

 どんなに強面で理不尽な取引先でも、空きっ腹に『ビールと塩ゆで枝豆』をぶち込めば、その圧倒的な相性マリアージュの前に、人間の……いや神の理性すらも完全に崩壊させることができるのだ。

「オ、オルフェウス様。あの邪神……完全に餌付けされています」

「う、うむ……。もはや哀れみすら覚えるな……」

 警戒していた騎士たちも、槍を下ろして、一心不乱に枝豆を貪り食うデュアダロスを、同情と少しの羨望が混じった目で見守り始めていた。

「ぷはぁぁぁっ!! おい嬢ちゃん! 酒だ! この黄金の水のおかわりを持ってこい!」

「かしこまりました。……あ、お酒の味が変わるといけませんから、こちらの『柿の種』もどうぞ」

 私は、空になったジョッキに新しいビールを注ぎ足し、さらなる追撃として【ピリ辛柿の種・ピーナッツ入り(2pt)】の小皿を差し出した。

「かきのたね……? なんだこの、三日月みたいな形のちっぽけな菓子は。俺を舐めてんのか?」

 デュアダロスは文句を言いながらも、手のひらに柿の種とピーナッツを数粒乗せ、一気に口の中に放り込んだ。

 カリッ、ポリッ。

「――ッ!? か、辛っ!? いや、香ばしい!? 醤油と唐辛子のピリッとした辛味が来たと思ったら、この丸いピーナッツのまろやかな甘みが、完璧なバランスで辛味を中和しやがった!!」

 カリポリカリポリカリポリカリポリ!!

「なんだこの完璧な黄金比は! 柿の種が六、ピーナッツが四! この計算し尽くされたバランス……これも酒が進んで仕方ねぇぇっ!」

 ゴクゴクゴクッ! プハァァァァッ!!

 もはや、大公邸の庭は完全に『インテリ極道神の立ち飲み屋』と化していた。

 デュアダロスは、アルマーニのジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを緩め、完全に出来上がったオジサンのように顔を真っ赤にしてくだを巻いている。

「くそぉ……! ルチアナの奴、こんな美味いもんをシャバで食ってたのか……! 刑務所の俺には、フレアの野郎、冷めた唐揚げ弁当ばっかり押し付けやがって……! うぅっ……俺だって、たまには温かいメシと冷たい酒が飲みたかったんだよぉ……!」

 極道神は、ビールのジョッキを握りしめながら、ポロポロと涙をこぼして泣き上戸になっていた。

 神々の壮絶な古代大戦の覇者。

 世界の半分を支配した邪神。

 それが今や、地球の枝豆と柿の種に完全に胃袋を掌握され、ただの『仕事と家庭ダンジョンの愚痴をこぼす哀れな酔っぱらい』に成り下がっている。

「お辛かったですね、デュアダロス様。さあ、遠慮せずにどんどん飲んでくださいな」

 私は、一流のホステスのように優しく相槌を打ちながら、彼のお皿に枝豆を補充してあげた。

「うぅっ……嬢ちゃん、アンタすげぇイイ女だな……。俺の話を聞いてくれるの、アンタだけだぜ……」

 すっかり酔いが回り、承認欲求を満たされたデュアダロスが、トロリとした目で私を見上げた。

「なぁ嬢ちゃん。気が利くじゃねぇか。ちょっとこっち来て、俺の隣で酌をしてくれや……」

 デュアダロスが、ニヤリと笑って、私の腕を引こうと手を伸ばしてきた。

 ……しかし。

 ガシッ!!

「……あ?」

 デュアダロスの手が私の腕に触れる寸前。

 横から伸びてきた、黒い革手袋に包まれた大きな手が、その手首を万力のような力でガッチリと掴み止めた。

「――気安く私の妻に触れるな、三下」

 ズォォォォォォォッッ!!!!

 先ほどまで呆れて見守っていたはずのオルフェウス大公が、静かに、しかし一瞬にして周囲の空気を凍てつかせるような、圧倒的な『戦神の殺気』を爆発させて、私の目の前に立ち塞がっていた。

「オ、オルフェウス様!?」

「アマネ、君は少し下がっていなさい。……いくら哀れなクレーマーとはいえ、これ以上の無礼は、私の剣が許さん」

 オルフェウス様は、デュアダロスの手首をギリィッと握りつぶさんばかりの力で締め上げ、その深い紫の瞳で、極道神を冷酷に見下ろした。

 限界OLの完璧なクレーム対応(接待)によって完全に場を掌握していたはずが。

 帝国最強の戦神の『不器用で過保護すぎる独占欲ジェラシー』が、せっかくの平和な宴会に、突如として物騒な火花を散らそうとしていたのである。

お読みいただきありがとうございます!


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