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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 10

神々の帰還とリボ払いの絶叫、そして『極道神』のデリバリー要求

 翌朝。

 ルナミス帝国の帝都を、爽やかな朝日が包み込んでいた。

 昨晩、大公邸の庭園を熱狂の渦に巻き込んだ『光のゲリラライブ』の熱もすっかり冷め、エントランスには帰還の途につく二人の女神の姿があった。

「アマネ! 今回は本当にお世話になったわ! あの『ほっとあいますく』のおかげで、徹夜の疲れが嘘みたいに消えたの! ご飯もすっごく美味しかった!」

「ええ! アマネ様、あなたこそが全宇宙の限界オタクを救う本物の聖母ですわ! このご恩、わたくしのスパチャの額にかけて一生忘れませんの!」

 ピンクの芋ジャージ姿のルチアナ様と、ハイブランドでバッチリ決めたカグヤ様が、私の両手を固く握りしめて涙ぐんでいる。

 彼女たちの顔は極上のスキンケアでピカピカに輝いており、昨日の昼間に広場でいがみ合っていた殺伐とした空気は微塵も残っていなかった。

「ふふっ、お二人とも喜んでいただけて何よりですわ。……はい、これ、お土産です。地球の美容パックの詰め合わせと、小腹が空いた時につまめるお菓子のセットですよ」

 私が【善行ポイント通販】で用意した紙袋を手渡すと、二人は「ひゃあぁぁっ! 尊いぃぃっ!」と抱き合って歓喜の声を上げた。

「アマネ、絶対にまた遊びに来るからね! 今度は月人君のライブ円盤(DVD)の上映会をやりましょうね!」

「わたくしも、信者から巻き上げ……いえ、献上された宝物を換金したら、すぐにまた伺いますわ!」

 二人の女神は、千切れるほど手を振りながら、光の粒子となって天界(神界)へと帰っていった。

 その後ろ姿を、少し離れた場所で、フェイトさんとリーザさんが見送っている。

「……行ったっすね、最高の金ヅル(太客)たち」

「ええ。昨日のスパチャの金貨、大公閣下に全額没収されましたけれど……私の懐には、こっそり掠め取った金貨がまだ三枚ありますの! これでルナミスマートの高級弁当が買えますわ!」

「お前、マジで図太いっすね……。俺にも一枚よこすっすよ」

 ダメ人間二名は、懲りずに小銭を巡って低レベルな争いを始めている。

 それを横目に、私は大きく伸びをして、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

     *

 一方その頃。天界(神界)の一角。

 大公邸から帰還したルチアナは、自室である『コタツ部屋』にドサリと腰を下ろしていた。

「あぁ〜っ、楽しかった! アマネのご飯も最高だったし、大公とのイチャイチャも尊かったし、お肌もツルツル! これでまた、月人君の推し活に全力投球できるわ!」

 ホクホク顔で、ピアニッシモ・メンソールに火をつけるルチアナ。

 彼女は機嫌良くエンジェルすまーとふぉんを取り出し、何気なく『通知画面』を開いた。

『お知らせ:今月のご利用明細(確定)と、リボ払いのお支払い金額について』

「ん? ああ、そういえば明後日が引き落とし日だったわね。えーと、今月の支払額は……」

 ルチアナの視線が、画面に表示された数字でピタリと止まった。

『月々のお支払い額:68,000円』

『リボ払い残高:980,000円(年利15%)』

『※天界信用情報機関の規定により、これ以上の限度額の引き上げは不可となります』

「…………」

 ポロリ。

 ルチアナの口から、くわえていたタバコが落ちた。

 昨晩のライブの熱狂と、極上のスキンケアで完全に現実逃避していた『限界オタクの懐事情』が、一切の慈悲もなく彼女の網膜を殴りつけたのだ。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 天界中に、世界神の絶望の悲鳴が響き渡った。

 同じ頃、ルナミス帝国の裏路地の質屋では、カグヤがドワーフの店主に「この『竜の首の珠』がたったの金貨二枚!? 舐めてますの!? 鑑定書がないからって足元を見ないでちょうだい!」と泣き叫んでいる姿が目撃されていた。

 神様であっても、過酷な現実(資本主義)からは逃れられないのである。

     *

 大公邸のプライベートガーデン。

 騒々しい客人たちが帰り、ダメ人間たちも片付けの労働に戻った後。

 私とオルフェウス様は、静かな木漏れ日の下で、二人きりの朝のティータイムを楽しんでいた。

「……やっと、静かになったな」

 オルフェウス様が、淹れたての紅茶のカップを置きながら、深いため息をついた。

「ふふっ。お騒がせいたしましたわ。でも、お二人とも本当に裏表のない、真っ直ぐで素敵な方々でしたよ」

 私がクスクスと笑うと、オルフェウス様は少しだけ不満げに眉をひそめた。

「君は人が良すぎる。……昨日も、あの騒ぎの中で、君を独り占めする隙が全くなかった」

「オ、オルフェウス様……」

 彼がテーブルの上で、私の手をそっと、しかし逃がさないようにしっかりと包み込んできた。

 大きくて少し骨張った、剣を握る戦士の手。その温もりが伝わってきて、私の心臓がトクトクと早鐘を打ち始める。

「昨晩の……寝室での君の寝言の件、私はまだ忘れていないからな」

「ひゃぅっ!?」

 オルフェウス様の紫の瞳が、少しだけ意地悪に、けれど隠しきれない熱を帯びて私を射抜いた。

『君の瞳に映るのは、私だけでいいのに』

 昨晩の、あの不器用で甘すぎる嫉妬の言葉が脳内にフラッシュバックし、私は顔から火が出そうになった。

「そ、れは……あの、お酒のせいで、夢を見ていただけで……っ!」

「そうか? では、今夜は酒の力を借りずに、君の口から直接言い訳を聞かせてもらおうか。……覚悟しておくことだな」

 オルフェウス様が、私の手の甲にスッと唇を落とした。

 限界OLの心臓を物理的に破壊しにきている、帝国最強のスパダリの圧倒的な色気。

(あぁっ、もう! 勝てるわけがありませんわ……っ!)

 私は真っ赤になった顔を両手で覆い、彼の前で小さくなることしかできなかった。

 誰かに手柄を奪われることも、理不尽に怒鳴られることもない。

 私を心から愛し、その不器用な独占欲で包み込んでくれる最強の夫と、騒がしくも愛おしい仲間たちがいる、この大公邸の日常。

 それは、前世で搾取され続けた私がようやく手に入れた、何よりも尊い『当たり前の幸せ』だった。

 ――しかし。

 限界OLの『完璧なおもてなしスキル』と、美味すぎる地球のご飯の噂は、天界の神々だけにとどまらず、最悪の『地の底』にまで届いてしまっていたのである。

     *

 ルナミス帝国の地下深く、死と恐怖が支配する迷宮『天魔窟』。

 その最深部にある、分厚い鋼鉄の扉の奥。

 そこは、かつて女神ルチアナに敗れ、このダンジョンに投獄された邪神(元世界神)である『デュアダロス』の封印の間であった。

 しかし、その部屋の内部は、恐ろしい神殿などではなく、なぜか地球の昭和の『ヤクザの組事務所』に完全改装されていた。

 黒革のソファに、派手な虎の掛け軸。そして、部屋の中央のモニターには、昨晩の大公邸での『光のゲリラライブ』と、テーブルに並べられた極上の『果実酒とポップコーン』の映像が、G−TUBEのアーカイブとして映し出されていた。

「…………チッ」

 ソファに深く腰掛けていた男が、苛立たしげに舌打ちをした。

 アルマーニの最高級スーツをだらしなく着崩し、胸元からは見事な『登り龍の刺青』が覗いている。

 このインテリヤクザのような出で立ちの男こそが、邪神デュアダロスその人であった。

 ギュルルルルルッ……!

 静かな組事務所(封印の間)に、男の腹の虫が、極めて情けない音を立てて鳴り響いた。

「……フレアのバカ鳥め。育児でワンオペが忙しいからって、ここ数日、俺への『差し入れ(弁当とビール)』を完全にサボりやがって……」

 デュアダロスは、魔法で生成したトカレフ(拳銃)を指でくるくると回しながら、モニターに映るアマネと神々の宴の映像を血走った目で凝視した。

「ルチアナの甘アマどもめ。自分たちばっかりシャバで、あんな美味そうな酒とツマミでイイ思いしやがって……。俺の胃袋はもう、冷めたダンジョンの泥水じゃ満足できねぇんだよ」

 ゴクッ、と。デュアダロスが喉を鳴らす。

 画面に映る、炭酸の弾ける白桃の果実酒。濃厚なチーズのポップコーン。

 酒とタバコと美味い飯を愛するこの『極道神』にとって、それは何よりも抗いがたい麻薬の映像だった。

「……フレアがデリバリーに来ねぇなら。俺から直接、あの『シマ(大公邸)』に乗り込んで、挨拶シノギをさせてもらうしかねぇよなぁ……?」

 チャキッ。

 デュアダロスが、トカレフのスライドを鋭く引いた。

 その紫色の瞳には、世界の破滅でも、ルチアナへの復讐でもない。ただ純粋な『美味い酒とツマミへの渇望(極度の空腹)』という、極めて次元の低い、しかしヤクザ特有の暴力的な理不尽さが宿っていた。

「待ってろよ、大公邸の嬢ちゃん。……俺のシマ(天魔窟)に、極上の酒とツマミを『上納』させてやる。断るなんて言わせねぇぞ……?」

 インテリヤクザな邪神の、空腹による逆恨みという名の『シマ荒らし宣言』。

 限界OLの完璧な営業スマイルと地球の癒やしグッズは、果たしてこの理不尽極まりない『極道クレーマー(VIP客)』の胃袋をも掌握することができるのか。

 アマネの平穏な日常に、新たな(そして最高に面倒くさい)波乱の影が、ドス黒く這い寄ろうとしていた。

<第7章・了>

お読みいただきありがとうございます!


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