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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 9

光のライブ会場(サイリウムの海)と、オタク神の完璧なオタ芸

 翌日の夕方。

 ルナミス帝国の帝都、大公邸の広大な庭園は、何やらお祭りの前夜のような、異様な熱気とざわめきに包まれていた。

「……アマネ。今日はずいぶんと、私の顔を避けるな。昨晩の酒がまだ残っているのか?」

「ひゃあっ!? い、いえっ、そんなことありませんわ! 私は至って健康、快調、平常心ですのよ!」

 視察の公務から帰還したオルフェウス様が顔を覗き込んできた瞬間、私はバネ仕掛けのおもちゃのように飛び退いてしまった。

(無理ですわ! 昨日の夜、あんな殺傷力高めの本音(嫉妬)を聞かされて、まともに顔を見られるわけがないじゃないですかぁっ!)

 私の脳裏には、昨晩寝たふりをしていた時に額に落とされた優しいキスの感触と、「君の瞳に映るのは、私だけでいいのに」という反則級の甘いセリフが、無限ループで再生され続けている。

 オルフェウス様の顔を直視するだけで、顔から火が出て倒れてしまいそうだ。

「そ、それよりもオルフェウス様! 今夜は、ルチアナ様たちの『推し活慰労会』の最終プログラムが行われますの! ぜひ、オルフェウス様も一緒にご覧になってくださいな!」

 私は早口で話題を逸らし、庭園の中央へと彼の手を引いた。

 庭園の特設ステージ(※少し大きめのみかん箱と木の板で補強したもの)の上には、昨日とは打って変わって真剣な表情を浮かべた、芋ジャージ姿の人魚姫・リーザさんが立っていた。

 そしてステージの前には、極上のスキンケアと熟睡で完全に体力を回復させた二人の女神(ルチアナ様とカグヤ様)、ポンコツ護衛のフェイトさん、そして聖獣のリンちゃんが、今か今かと待ち構えている。

「皆様、お待たせいたしましたわ。……慰労会の締めくくりとして、これよりリーザさんの『特別ライブ』を開催いたします!」

 私が宣言すると、ルチアナ様とカグヤ様が「待ってましたわー!」と拍手喝采を上げた。

「ですが、ただライブを見るだけでは、オタクとして少し物足りませんよね?」

「え? 物足りないって……?」

 首を傾げる女神たちに向かって、私は脳内で【善行ポイント通販】を開き、用意しておいた『最終兵器』を実体化させた。

 地球のアイドルライブにおいて、ファンと推しを繋ぐ最強の魔法のアイテム。

 【高輝度LED・多色カラーチェンジペンライト(通称:キンブレ・各10pt)】である。

「アマネ、これ……ただの白い棒?」

「いえ、手元のボタンを押してみてくださいな」

 私が促すと、ルチアナ様が恐る恐るスイッチを押した。

 ピカーーッ!

「うわぁっ!? 光った!? しかも、すっごく眩しい!!」

「ボタンを押すたびに、赤、青、黄色、ピンクと、何十種類にも光の色が変わりますわ! ……推し(アイドル)にはそれぞれ『イメージカラー』というものがあります。これを推しの色に光らせて振り回すことで、ステージの上の推しに『私はあなたを応援しています!』という愛を物理的に伝えることができるのです!」

 私の説明を聞いた瞬間、二人の女神の顔つきが、劇的に変化した。

「推しの色に光る……魔導具(神具)……!?」

「これさえあれば、遠く離れたステージの上の月人君にも、わたくしたちの愛の光が届くというわけですのね……!」

 限界オタクの神々は、手にしたペンライトをまるで国宝か何かのように震える手で掲げた。

「す、素晴らしいわ! この発色、この輝度! 私の神気のオーラなんかよりよっぽど目立つじゃないの!」

「これこそ、オタクの魂のブレードですわぁぁっ!!」

 二人は早速、月人君のイメージカラーである『青』にライトを設定し、ブンブンと素振りをし始めた。

「俺にも貸すっす! コイントスの表のゴールドで振ってやるっすよ!」

「リンも! リンのお花のピンクにするー!」

 フェイトさんとリンちゃんもペンライトを受け取り、大はしゃぎでボタンをカチカチと押している。

「ふふっ。では皆様、準備はよろしいですか? リーザさん、お願いします!」

 私が合図を出すと、ステージの上のリーザさんが、マイク代わりのスライムゼリーを強く握りしめた。

 普段はタダ飯を食らってポイ活に精を出すポンコツ地下アイドルだが、腐っても彼女はシーラン国の正統なる人魚姫である。

 彼女の瞳に、アイドルの『強欲』と『狂気』の炎が宿った。

「私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの……。皆様の視線も、お金も、心も、すべてを奪い尽くして……その代わり、宇宙一の幸せな時間を味わわせてあげますわ!」

 リーザさんが、空気を震わせるような透き通った声で叫んだ。

「私は運命! 私は物語! だから貴方達の全てをちょうだい♡ 『Love & Money』!!」

 ドンッ!

 大公邸の庭に、魔法で増幅されたポップで強烈なビートが響き渡る。

 人魚姫の『本気の呪歌』が発動した瞬間だった。

『朝に目覚ましがなったわ(ジリリリ!)♪』

『私はまだ眠いわ(おはよー!)♪』

『朝シャンしなきゃ(Fu!) 朝メニュー食べなきゃ(パクパク!)♪』

 リーザさんの歌声は、ただ上手いだけではない。聴く者の精神に直接干渉し、強制的に『絶対的強欲の領域(全肯定のバフ空間)』へと引きずり込む魔法の歌だ。

 その歌声を浴びた観客たちのテンションが、一瞬にして限界を突破した。

「ウオオオォォォッ!! リーザちゃぁぁぁん!!」

 フェイトさんが、普段の気怠げな態度を完全に投げ捨て、目を血走らせながらオレンジ色のペンライトを振り乱している。

「行くわよカグヤ! アタシたちの『本気』を見せてやるわ!!」

「ええルチアナ! 全宇宙の神のオタ芸、とくとご覧あそばせ!!」

 ルチアナ様とカグヤ様が、青く輝くペンライトを両手に一本ずつ持ち、背中合わせで構えた。

 そして、サビのメロディに入った瞬間。

 二人の絶世の女神が、地球の地下アイドル現場で何万回と繰り広げられてきた、完璧な『オタロマンス』を打ち始めたのである。

『今日も私の為に世界が動く(まわって! まわって!)♪』

『全て上手くいくわ(絶対!)♪』

『愛も富も一つの物(どっちもちょーだい!)♪』

「「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!!」」

 凄まじいキレだった。

 ピンクの芋ジャージと、ハイブランドのドレス。対極の服装をした二人の絶世の美女が、恐るべき体幹と神の動体視力で、一糸乱れぬ動きで青い光の軌跡を空中に描いている。

 ルチアナ様が大きく腕を振り下ろせば、カグヤ様が美しい弧を描いて光を交差させる。その完璧なシンクロナイズド・オタ芸は、もはや一つの芸術(神事)にまで昇華されていた。

「す、すごいですわ……! まさか、一日映像を見ただけで、地球のオタ芸を完全にマスターするなんて……っ!」

 私は、感動のあまり口を手で覆った。

 神々の本気のオタ芸と、人魚姫の絶対無敵の強欲ソング。

 大公邸の庭園は、薄暗くなってきた夕闇の中で、色とりどりのLEDペンライトの光の海に包まれ、まるで本当のドームライブ会場のような圧倒的な熱狂を生み出していた。

「(……一生ついていくよー!!)ダーリン!」

「(チュッ♡)」

 リーザさんが完璧な投げキッスを放つと、神々とダメ人間たちが「ぎゃあぁぁぁっ! 尊いぃぃっ!!」と絶叫して次々と芝生に崩れ落ちていく。

 強欲のバフにより、彼らのHPや闘気は全回復しているはずなのだが、情緒の方が完全にキャパオーバーを起こしていた。

「……アマネ」

 その光の海を、少し離れた場所で呆れたように眺めていたオルフェウス様が、私に声をかけてきた。

「こいつら、一体何かの儀式でもしているのか? 狂乱の極みだな」

「ふふっ。推しに愛を伝える、とても尊い儀式ですわ」

 私は、手に持っていた最後の一本のペンライトのボタンをカチカチと押し、その色を『深い紫色』にセットした。

 そして、それをオルフェウス様に向かってそっと差し出した。

「オルフェウス様。……オルフェウス様の色は、この紫色ですね」

「……私にこれを振れと言うのか?」

 オルフェウス様が、怪訝そうに光る棒を見つめる。

「戦場で血濡れたこの手で、そんなおもちゃを振り回す趣味はない。……それに」

 彼は私の手をそっと包み込み、少しだけ拗ねたような、低い声で囁いた。

「私には、君という『推し』がいれば、それで十分だ」

 ――ッ!!

(あぁっ、もう! またそういう、心臓に悪いことをサラッと言うんですから……っ!)

 私はボフッと顔から火を噴きそうになり、慌てて視線を逸らした。

「そ、そんなことおっしゃらずに! ほら、持っているだけでも綺麗ですわよ!」

 私は半ば強引に、オルフェウス様の大きな手に紫色のペンライトを握らせた。

「……ふん。仕方ないな」

 オルフェウス様はやれやれとため息をついたが、私から押し付けられた紫色の光の棒を捨てることはせず、少しだけ不器用に、けれどしっかりと握りしめてくれていた。

 夕闇の庭園に、人魚姫の歌声が響き渡る。

 青い光を振り乱す限界オタクの神々。オレンジの光で叫ぶコイントス中毒者。ピンクの光をニコニコと揺らす聖獣の親友。

 そして、私の隣で、紫色の光を静かに持ってくれている、不器用で愛おしい帝国最強の戦神。

 戦いも、血みどろの復讐も存在しない。

 ただ純粋に「何かを愛する」という熱狂と、地球のオタク文化の結晶キンブレが創り出した、色鮮やかな光の海。

(……前世では、一人ぼっちの部屋で画面の光を見つめるだけだったけれど)

 今、私の目の前に広がっているこの光の景色は、何よりも眩しく、そして最高に幸せな『当たり前の日常』の集大成だった。

 限界OLの善行通販が生み出した、大公邸のゲリラライブ。

 それは、異世界の神々とダメ人間たちの心に、決して消えることのない『尊い光』を刻み込んだ、伝説の夜として語り継がれることになるのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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