EP 6
限界オタク神の懐事情と、元社畜OLの『推し活』共感
ルナミス帝国の帝都、大公邸の庭園。
第六の聖獣・麒麟であるリンちゃんが放った『お仕置きの雷』から数十分後。
黒焦げのアフロヘアになっていた四人(ルチアナ様、カグヤ様、リーザさん、フェイトさん)は、私の【善行ポイント通販】で取り寄せた地球の『極上ダメージケア用・高級ヘアマスク(5pt)』の力により、なんとか元の美しいサラサラヘアーを取り戻していた。
「……ふぅ。危うく、一生アフロのままかと思ったわ。あの子、見た目は可愛いのに怒るとガオガオンより容赦ないのね……」
「アイドルの命であるキューティクルが死滅するかと思いましたの……。でも、アマネ様が出してくれたこの『へあますく』、信じられないくらい髪がツルツルになりますわね」
パラソルの下、ガーデンテーブルを囲む四人は、すっかりおとなしくなり、私が淹れた温かいカモミールティーを両手で包み込むようにして飲んでいた。
先ほどのカオスなゲリラライブの熱狂はどこへやら。今はまるで、深夜のファミレスで終電を逃した女子大生たちのような、妙にまったりとした、しかしどこか哀愁の漂う空気が流れている。
「……はぁ」
ルチアナ様が、ティーカップを見つめながら、今日一番の深いため息をこぼした。
その顔は、極上のスキンケアでピカピカに潤っているはずなのに、どこかこの世の終わりを見たような絶望感に満ちている。
「どうされたのですか、ルチアナ様? お茶が熱すぎましたか?」
「……ううん。アマネのお茶は最高に美味しいわ。でもね、お茶を飲んでホッとしたら、現実の恐ろしさを思い出しちゃって……」
ルチアナ様は、ピンクの芋ジャージのポケットから、自身のエンジェルすまーとふぉんを取り出し、画面に表示された『ある数字』を親指でツツーッと撫でた。
「……明後日なのよ」
「明後日、ですか?」
「クレジットカードの、引き落とし日……」
――ピキッ。
その単語を聞いた瞬間、私の前世(限界OL時代)の記憶がフラッシュバックし、胃の奥がキュッと締め付けられた。
「今月、月人君の『ジューンブライド限定・タキシード姿のSSRカード』を引くために、ガチャを天井(三百連)まで回しちゃったでしょ? しかも、その前に月人君のライブのSS席チケットも買ってるし、遠征用の交通費もクレカで切ってるの。……今月の請求額、私の限度額百万円のうち、九十八万円よ……」
「きゅ、九十八万……っ!?」
私は思わず息を呑んだ。
「もちろん、私の神としての基本給じゃ払いきれないわ。だから……魔法の言葉『リボ払い』の設定ボタンを押しちゃったの……。来月から毎月六万八千円の返済、年利十五パーセントの地獄が始まるのよぉぉっ!」
ルチアナ様がテーブルに突っ伏し、わぁぁぁん!と情けない声を上げて泣き始めた。
宇宙を創り、星の命運を握る世界神が、地球のクレジットカードの『リボ払い』の利息に怯えて泣いているのである。
「ホホホッ、本当に貧乏神は情けないですわね。計画性というものがないんですの?」
カグヤ様が優雅にお茶を啜りながら、ルチアナ様を鼻で笑った。
しかし、そのカグヤ様も、カップを置く手は微かに震えており、どこか遠い目をしていた。
「……カグヤ様も、何かお悩みがあるのですか?」
私がそっと尋ねると、カグヤ様はビクッと肩を揺らし、扇子で口元を隠して視線を逸らした。
「……お悩み、というほどではありませんわ。ただ、最近の『質屋』の査定が、あまりにも渋すぎるだけですの」
「質屋……ですか?」
「ええ。わたくしの月の世界には、熱心な信者たちが奉納してくれた『宝物』がたくさんありますのよ。仏の御石の鉢とか、火鼠の裘とか、燕の子安貝とか。わたくし、それをルナミス帝国の裏路地にある質屋に入れて、スパチャ用の軍資金にしているんですけれど……」
カグヤ様は、ギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
「あの強欲なドワーフの親父、『保証書がないから、ただのアンティークの石鉢だね』とか『火鼠の毛皮? 素材タグがついてないから買い取れないよ』とか言って、金貨三枚で買い叩きやがりましたのよぉぉっ! 信者が命懸けで取ってきた伝説のアイテムですのよ!? それじゃあ月人君の配信に、赤スパが一回しか投げられませんわ!!」
カグヤ様もまた、扇子をテーブルに叩きつけて号泣し始めた。
金策に走る限界オタク。一方は借金(リボ払い)、一方は私財(献上品)の売却。
方法は違えど、推しに少しでも貢ぐために自らの生活や威厳を削り取っているその姿は、哀れであり、同時に――凄まじくリアルだった。
「……お二人とも。お辛いですね。痛いほど、よく分かりますわ」
私は、泣き崩れる二人の女神の肩にそっと手を置き、心の底からの共感を込めて頷いた。
「アマネ……アマネは、この苦しみが分かってくれるの……?」
ルチアナ様が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら私を見上げた。
「ええ。私も前世……いえ、昔、会社員というものをしていた頃、同僚の先輩たちが全く同じように苦しんでおりましたから」
私は、そっと目を閉じ、前世の記憶を語り始めた。
「私の知る友人(オタク先輩)も、推しのアイドルのために、毎日のお昼ご飯を百円の菓子パン一つで我慢していました。彼女の口癖は『私が痩せれば、推しが太る(潤う)』でしたわ」
「うぅっ……! 素晴らしい名言ね……! まさにオタクの鑑よ!」
ルチアナ様が感動に打ち震える。
「それに、お二人は『ランダム仕様のグッズ』の恐ろしさをご存知ですか?」
「らんだむ……?」
「ええ。例えば、推しのアクリルスタンドや缶バッジを買う時、中身が見えない銀色の袋に入っているのです。全十種類の中から、自分の推しを一発で引き当てる確率は、たったの十パーセント……」
「な、なんですって!?」
カグヤ様がガタッと立ち上がった。
「お金を払っているのに、目当ての品が確実に手に入らないですって!? そんなの、詐欺……いえ、悪魔のシステムですわ!」
「そうっすよ! それ、完全にパチンコの確率変動と同じっす! 沼っすよ!」
横で聞いていたフェイトさんも、ギャンブラーの直感でその恐ろしさを察知して青ざめている。
「ええ、まさに悪魔の集金システムです。しかも、そのランダムの袋を『箱(BOX)』で大人買いしたとしても、必ず全種類が揃うとは限らない仕様のものすらあるのですわ」
「ヒィィィッ!? 鬼! 悪魔! そんなの、天界の法律なら一発で神罰が下る案件よ!」
ルチアナ様が恐怖に顔を引きつらせた。
「だからこそ、ファンたちはSNSという魔導通信を使って、見知らぬ人たちと『交換』や『譲渡』の交渉を繰り広げます。しかし、人気のアイドルともなれば競争率は跳ね上がり、中には不当な高値で売りつける『転売ヤー』という魔物まで現れるのです……」
「て、転売ヤー……! 純粋な愛を食い物にする、下劣な存在ですわね! わたくしが天罰(月の引力)で、そいつらの家を押し潰してやりたいですわ!」
カグヤ様がギリッと扇子を握りつぶし、義憤に燃えている。
「ふふっ。ありがとうございます。ですが、そんな過酷な環境の中でも、彼女たちは決して推すことをやめませんでした。……どんなにお金がなくとも、どんなに理不尽なシステムに搾取されようとも、推しがステージで輝くその一瞬の笑顔を見るだけで、すべての苦労が報われるからだと、彼女たちは笑っていましたわ」
私がそう締めくくると、ガーデンテーブルの周囲は水を打ったように静まり返った。
ルチアナ様とカグヤ様の目から、先ほどの愚痴とは違う、大粒の温かい涙がポロポロと溢れ出していた。
「……アマネ。アマネの言う通りよ」
ルチアナ様が、鼻をすする。
「リボ払いの明細を見るのは怖いけど……でも、月人君が『月は迷わない』を歌ってくれた時のあの感動は、百万円じゃ安いくらいなのよ。私、やっぱり月人君を推しててよかった……!」
「ええ、ええ……! 質屋で買い叩かれても、わたくしのスパチャで月人君の夢が叶うなら、この身を粉にしてでも貢ぎ続けますわ! これこそが、高貴なる者の義務ですのよぉぉっ!」
二人の女神は、互いの手を取り合い、オタクとしての誇りと愛を再確認してワンワンと泣き始めた。
神様と人間。立場も力も全く違うけれど、そこにある『何かを愛し、そのために自分をすり減らすことの尊さ』は、完全に同じだった。
「(……なんて美しい連帯感ですの。これぞオタクの絆……)」
リーザさんが、もらい泣きしながらメモ帳を取り出している。
「(よし、私の次の物販は『全二十種類・完全ランダムのチェキくじ』にしますわ! 当たりには私の髪の毛(人魚の鱗)を少し混ぜておけば、あの女神たちなら絶対にコンプリートするまで天井課金してくれますの!)」
「(お前、マジで商魂たくましいっすね……。俺もサクラとして並んでやるから、売り上げの二割よこすっすよ)」
クズ二名が裏で最悪の錬金術を企てていたが、今は見逃してあげることにした。
「アマネ、私、アマネに出会えて本当によかった! 私のこの『推し活』の苦しさと尊さを、こんなに真っ直ぐに肯定してくれたの、アマネが初めてよ!」
ルチアナ様が、私の首にギューッと抱きついてきた。
「わたくしもですわ! アマネ様は、オタクの母……いえ、すべての推し活女子を救う本物の聖女ですわ! アマネ様、大好きですのぉぉっ!」
カグヤ様も、私の腰に抱きついてスリスリと頬ずりをしてくる。
二人の絶世の美女から、熱烈なスキンシップ(という名のオタクの懐き)を受ける私。
ブラック企業時代、心が折れそうになっていた先輩たちのお悩み相談に乗り、温かいお茶を淹れて「先輩の愛は尊いです。推しは絶対に先輩を見てくれていますよ」と励ましていたあの頃。
その限界OLとしての『聞き上手スキル』と『共感力』が、異世界の最高位の神々との間に、不可侵の強固な友情(オタ友の絆)を築き上げた瞬間であった。
「ふふっ。お二人とも、泣きすぎてせっかくのスキンケアが落ちてしまいますわよ」
私は、二人の背中を優しくポンポンと撫でながら、心からの笑顔を浮かべた。
「今日は、推し活に疲れたお二人のために、私からとっておきの『癒やし』をご提供いたしますわ。お茶の後は、疲れた目を労る極上のリラックスタイムにいたしましょうね」
「極上のリラックス……!?」
「アマネの癒やしグッズ……! 絶対に最高に決まってますわ!」
神様たちは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせた。
私は脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開き、現代地球が生み出した『疲れ目と肩こりに効く魔法のアイテム』を検索し始めた。
外交交渉や血みどろの戦闘は、オルフェウス様たちにお任せすればいい。
私の戦場は、傷つき、疲れ果てた人たち(と神々)の心と体を、徹底的におもてなしして癒やすことなのだから。
大公邸の庭に、前世のOLと限界オタク神たちの、優しく、そして少しだけ哀愁漂う笑い声が響き渡っていた。
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