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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 2

神々のマウント合戦と、限界OLの『解釈一致』

 ルナミス帝国の帝都、中央広場。

 美しい噴水が水しぶきを上げるはずのその場所は今、極めて局地的な、しかし絶望的なまでの『神気の暴走』によって異常な熱を帯びていた。

「だーかーら! アンタは月人君の本当の魅力が分かってないのよ! 月人君の真骨頂は『月曜日の社畜』で歌われているような、搾取される底辺の心に寄り添う親しみやすさなの! 紅白歌合戦に出て、日本中、いや全宇宙の老若男女に愛される国民的アイドルになるべきなのよぉぉっ!」

 ピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、休日のコンビニに行くような格好の女性が、エンジェルすまーとふぉんを振り回しながら唾を飛ばしている。

 この女性こそ、アナステシア世界を管理する世界神の一柱、女神ルチアナである。しかし、彼女の口から飛び出すのは、神の教えなどではなく、地球のアイドル『朝倉月人』のプロデュース方針に関する熱弁であった。

「はっ! 貧乏神は思考まで安っぽいですわね! いいこと? 月人君の最高傑作は『月は迷わない』ですわ! 『孤独の中で膝を抱え泣く』私だけを、月のように優しく照らし出してくれる……あのパーソナルで独占的な愛こそが至高! 大衆に消費される国民的アイドルになんてならなくていい、私だけの秘密の王子様でいてくれればいいんですのよ!」

 対するは、全身を地球のハイブランドで固め、ダイヤのアクセサリーをジャラジャラと鳴らす絶世の美女。月の世界の女神、カグヤである。

 彼女は、信者からの献上品を片端から質屋に入れて軍資金(スパチャ代)を錬成する、極めて強欲でブルジョワなオタクであった。

「アンタみたいな『自分だけのものにしたい厄介なTOトップオタ』が、推しの可能性を潰すのよ! 月人君はメジャーにならなきゃいけないの! だから私は、カードの限度額(100万円)をギリギリまで使って、CDを布教用に何百枚も買ってるんじゃない!!」

「あら? 無課金ギリギリの自転車操業で何を偉そうに。私は投げ銭(赤スパ)で月人君の経済を直接回してあげていますのよ! 『カグヤちゃんありがとう』って名前を呼んでもらえる快感を知らない負け犬は、大人しくコタツでジャージでも着ていなさいな!」

 バチバチバチッ……!!

 二人の女神の視線が交錯する空間で、不可視の神気が衝突し、青白い火花が散っている。

 広場の噴水の水が、彼女たちの放つ熱気でボコボコと沸騰し始め、足元の石畳にはピキピキと亀裂が走り始めていた。

「ひぃぃぃっ! アマネ様、逃げましょう! あの方々、太客どころか、ただのヤバいクレーマーですわ! 関わったら、絶対に面倒なことに巻き込まれますの!」

「お嬢、リーザの言う通りっす! あいつら、言ってることは完全にパチンコ屋の景品交換所で揉めてる常連のオッサンと同じっすけど、放ってるオーラがS級魔獣を超えてるっす! 殺されるっすよ!」

 先ほどまで「カモだ」「軍資金だ」と息巻いていた大公邸のダメ人間コンビ(リーザとフェイト)が、完全にビビり散らかして私の背後に隠れた。

 確かに、二人の放つ神気は異常だ。このまま放置すれば、帝都の広場が物理的に消し飛んでしまうかもしれない。

 だが、私の見方は違った。

(……痛いほど、分かりますわ)

 私は、噴水の前で醜い口喧嘩を続ける二人の絶世の美女を、まるで迷子を見るような、限りなく温かく、そして哀愁に満ちた目で見つめていた。

 前世のブラック企業時代。

 私の部署には、二人の熱狂的なアイドルオタクの先輩がいた。

 一人は「推しを絶対に武道館に連れて行く!」と、給料の全てをCDの複数買いや布教活動に注ぎ込む『メジャー志向の古参オタ』。

 もう一人は「推しは私だけのもの! 他の女に媚びるな!」と、高額のプレゼントや最前列のチケットに命を懸ける『同担拒否のTOトップオタ』。

 彼女たちは、推しへの愛が深すぎるあまり、互いの「推し方(解釈)」が許せず、給湯室で毎日のように血みどろのレスバ(口喧嘩)を繰り広げていたのだ。

(神様になっても、オタクのカルマからは逃れられないのですね……)

 推しを愛するがゆえの孤独。そして、理解されない悲しみ。

 彼女たちが放っているのは、破壊衝動などではない。ただ純粋な『私の愛を分かってほしい』という、限界オタク特有の承認欲求の暴走なのだ。

「アマネ。あのお姉ちゃんたち、怒ってるみたいだけど……なんだかとっても、寂しそうだよ?」

 私の隣で、麒麟の化身体であるリンちゃんが、不思議そうに首を傾げた。

 聖獣の澄み切った目は、神々の心の奥底にある「推し活の虚無感」を正確に見抜いていたらしい。

「ええ、リンちゃん。あの方たちは、少しだけ迷子になっているだけですわ」

 私は小さく微笑み、大きく一歩、彼女たちの神気が渦巻く空間へと足を踏み出した。

「アマネ様!? 何を考えているんですの! 死にますわよ!」

「お嬢! ストップっす!」

 背後でフェイトさんたちが悲鳴を上げるが、私は足を止めない。

 前世で、給湯室のオタク先輩たちを何百回となだめてきた、私なりの『究極のクレーム対応(オタク鎮圧話術)』の出番である。

「――お二人とも、そのあたりで矛をお収めになってはいかがですか?」

 私が凛とした声で呼びかけると、いがみ合っていたルチアナとカグヤが、同時に「はぁ!?」と苛立たしげな顔でこちらを振り向いた。

「何よ、アンタ! 今、月人君のプロデュース方針という、全宇宙の命運を左右する重大な会議をしてる最中なのよ! しがない人間が口を挟まないでちょうだい!」

「そうですわ! わたくしたちの崇高な愛の議論に、凡人が割って入るなんて万死に値しますのよ!」

 二人の女神の凄まじい威圧感が、私に向かって叩きつけられる。普通の人なら泡を吹いて気絶するレベルのプレッシャーだが、ブラック企業でパワハラ上司の怒号を毎日浴びていた私にとって、この程度は「ちょっと風が強いな」くらいのものである。

「お言葉ですが、お二人とも」

 私は、一流ホテルのコンシェルジュのような、一切の隙もない『完璧な営業スマイル』を浮かべてみせた。

「お二人とも、朝倉月人様への愛が深すぎるあまり、『解釈違い』で争っていらっしゃるのですね。ですが……私から見れば、お二人の主張はどちらも完全に『解釈一致』しておりますわ」

「……はぁ? 何を適当なことを」

 ルチアナが怪訝そうに眉をひそめる。

 私は、ゆっくりと首を振った。

「ルチアナ様がおっしゃる『すべての人を救う、親しみやすく慈愛に満ちた光』。そしてカグヤ様がおっしゃる『孤独な自分だけを優しく照らしてくれる、特別で独占的な光』。……それは、どちらが正しいというものではありません。朝倉月人様というアイドルが持つ、圧倒的な『懐の深さ』と『表現力の幅広さ』が、お二人の異なる愛の形を、同時に包み込んでいる証明ではありませんか?」

「……え?」

「あっ……」

 二人の女神の動きが、ピタリと止まった。

「メジャーを目指す国民的な輝きも、たった一人に寄り添う地下アイドル的な距離感も。その両方を併せ持ち、ファン一人ひとりに『自分だけの月人君だ』と思わせるだけの圧倒的な魅力。それこそが、彼が天才たる所以。……お二人の異なる愛し方は、月人様が全宇宙で最も優れたアイドルであることの、何よりの証拠なのですわ」

 オタクという生き物は、「自分の推しへの愛」を第三者から完璧な理論で全肯定されると、途端に防御力がゼロになる生き物である。

 私が前世で培った『推しの全肯定スキル』が、二人の女神の凝り固まったオタクの意地を、魔法のようにスゥッと溶かしていった。

「……そ、そうよね! 私の布教活動も、間違ってなかったのよね! 月人君の優しさは、宇宙を包み込むんだから……っ!」

 ルチアナの瞳に、感動の涙が浮かび上がる。

「……ふ、ふん。人間にしては、悪くない解釈ですわね。わたくしの赤スパが、月人君のその懐の深さを支えていると思えば、質屋通いも無駄ではありませんわ……」

 カグヤも、頬を赤らめながら扇子で口元を隠した。

 シュゥゥゥ……。

 広場を包んでいた恐ろしい神気が霧散し、沸騰していた噴水の水も穏やかな輝きを取り戻した。

 見事な鎮圧劇である。背後で、フェイトさんとリーザさんが「お嬢、すげぇ……」「神の怒りを、謎の屁理屈で収めましたわ……」と震えていた。

「ですが……あぁ、もう嫌になっちゃう」

 神気が収まった途端、ルチアナが急にガクリと膝から崩れ落ち、芋ジャージの膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「どうされたのですか?」

「……アンタの言う通り、月人君は最高よ。でも、ガチャで天井まで回しちゃったせいで、私の今月の予算が完全にショートしたのよぉ……」

 ルチアナが、情けない声で泣き言をこぼす。

「エステにも行けないし、高い美容液も買えない。徹夜でゴッドチューブの配信ばっかり見てるから、お肌はボロボロだし、目の下にはクマができてるし……。こんなすっぴんジャージ姿じゃ、いつ月人君の夢を見ても、恥ずかしくて顔向けできないわぁぁっ」

 ルチアナが両手で顔を覆って号泣する。

「ホホホッ、自業自得ですわね。貧乏神の末路ですわ」

 カグヤが高笑いしてマウントを取るが、彼女もまた、そっと自分の目元に触れてため息をついた。

「……とはいえ、わたくしも最近、徹夜で月人君の過去のライブ映像を漁りすぎましたわ。この最高級のファンデーションでも、お肌の乾燥と疲れが隠しきれなくなってきていますの。……推し活とは、美しさをすり減らす過酷な修業ですわね」

 神様であっても、徹夜のスマホいじりによる肌荒れと眼精疲労からは逃れられないらしい。

 二人の絶世の美女が、広場の噴水の前で「お肌の曲がり角」と「推し活の疲労」についてリアルすぎる愚痴をこぼしている。

(……ふふっ。なんだか、前世の会社の給湯室を思い出しますわね)

 推しのために命を削り、金欠と肌荒れに悩む、限界オタクの先輩たち。

 そんな彼女たちの疲れを癒やしてあげるのも、後輩である私の大切な仕事の一つだった。

「お二人とも。もしよろしければ、私がとっておきの『魔法の美容アイテム』を差し上げましょうか?」

「えっ……魔法の美容アイテム?」

 ルチアナとカグヤが、同時に顔を上げた。

 私は脳内で、静かに【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。

 見返りを求めない、ただ純粋に「推し活に疲れた女性たちを癒やしたい」という善行の心。

 限界OLの『至高の癒やしのおもてなし』が、今度は異世界の神々を対象に、その本領を発揮しようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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