EP 8
「徹夜の土木作業完了と、限界突破のご褒美」
翌朝。
ルナミス帝国の帝都を、柔らかな朝日が照らし始めた頃。
大公邸の庭園には、泥だらけになって倒れ伏す二つの影があった。
「ぜぇ……ぜぇ……。お、終わったっす……。完璧に、元通り……いや、それ以上の庭に仕上げたっす……」
「はぁ、はぁ……。もう、一歩も……反復横跳びできませんの……。私のアイドル生命が、土木作業で燃え尽きましたわ……」
全裸で剣を振り回したA級冒険者フェイトさんと、鼻に五円玉を詰めて庭をなぎ倒した極貧地下アイドル、リーザさん。
彼らは一晩中、アマネが用意した『伝説の廃棄レーション・ゲロオムレツ』を三食食べさせられるという恐怖に駆り立てられ、人間(と人魚)の限界を超越した速度で庭の修復作業を行っていた。
その結果、粉砕されたアーチは美しく組み直され、ボコボコだった芝生は完璧に整地されている。さらに、砕け散った氷の彫刻の破片を集めて作られた『朝日に輝く前衛的な枯山水』は、以前の庭よりも洗練された芸術性を放っていた。
「……フェイトさん、リーザさん。お疲れ様でした」
私が朝露を踏んで庭に現れると、二人はビクッと肩を震わせ、すがりつくような目で私を見上げた。
「ア、アマネお嬢……! どうっすか!? 完璧っすよね!? もうあの腐った靴下の匂いがする黄色いスポンジ(ゲロオムレツ)は食わなくていいっすよね!?」
「お願いしますわ! 何でもしますから、どうかあの残飯だけはご勘弁をぉぉっ!」
私は彼らが徹夜で仕上げた庭をゆっくりと見渡し、そして、満足げに頷いた。
「ええ、素晴らしい出来です。ペナルティはこれで終了。ゲロオムレツは全て、土魔将軍ドスンさんのちゃんこ屋(土雷亭)の生ゴミとして処分しておきます」
「うおおおおぉぉぉっ!! 助かったぁぁっ!!」
二人は抱き合って歓喜の涙を流した。
前世のブラック企業時代、私は後輩を指導する上で一つの鉄則を持っていた。
ミスを厳しく叱り、過酷なリカバリーをさせた後は、それ以上の『最高のご褒美』を与えて完全にケアをすること。恐怖だけでは人はついてこない。胃袋と心を満たしてこそ、真の信頼関係(完全服従)が築けるのだ。
「徹夜の力仕事、本当によく頑張りましたね。お腹が空いたでしょう。今日は特別に、私の『とっておきの朝食』をご用意しましたよ」
私がパチンと指を鳴らすと、庭に待機させていたワゴンから、信じられないほど暴力的な『ジャンクフードの匂い』が漂ってきた。
脳内で【善行ポイント通販】を開き、実体化させたのは、地球のファストフードの王様である。
「力仕事の後の疲労回復には、やはりこれですわ。【特大・極上ダブル月見バーガー(10pt)】と、【太陽芋のカリカリ揚げたてフライドポテト(5pt)】。そして、キンキンに冷えた【コーラ(3pt)】です」
焼きたての香ばしいバンズに挟まれているのは、ロックバイソンの粗挽き肉を使った肉汁溢れる分厚いパティが二枚。その上には、とろける濃厚なチェダーチーズ、カリカリに焼かれたシープピッグの厚切りベーコン、そして、完璧な半熟に仕上げられた『ぷるぷるの目玉焼き』が乗っている。
ソースは、少し酸味のある特製オーロラソース。それらが一体となって放つ暴力的な香りが、徹夜明けの二人の空きっ腹を強烈に殴りつけた。
「ハンバーガー……! ルナミスバーガーの特上セットよりも、何倍もデカくて美味しそうな匂いがするっす……!」
「ポテトも、キツネ色に輝いていて……それに、この黒いシュワシュワした飲み物はなんですの!?」
「さあ、遠慮せずにどうぞ。冷めないうちに大きく口を開けてかじりついてくださいね」
私が微笑んで促すと、二人は獣のようにハンバーガーに飛びついた。
ガブッ!! ジュワァァァッ!!
「――ッッッ!! ぅ、うめぇぇぇぇぇぇっ!!」
フェイトさんが、目を見開いて絶叫した。
「なんだこれ! 噛んだ瞬間、肉の旨味とチーズのコクが洪水みたいに溢れ出してきやがる! そこに半熟の卵の黄身がトロッと絡みついて、極上のオーロラソースが全ての脂をまとめ上げてるっす! 徹夜明けの体に、カロリーの暴力が染み渡るぅぅっ!!」
「んんん〜〜ッ!!」
リーザさんも、顔中にソースをつけながら恍惚の表情を浮かべている。
「ポテトも最高ですわ! 外はカリッ、中はホクホクで、絶妙な塩加減がたまらない! そして、このハンバーガーの脂を……この黒い『コーラ』という飲み物で流し込むと……っ!」
ゴクッ、ゴクッ、プハァァァッ!!
「あばばばばっ! 口の中でシュワシュワ弾けて、強烈な爽快感が全身を突き抜けますのぉぉっ!! 労働の後のジャンクフード、最高ォォォッ!!」
二人は、先ほどまでの疲労も恐怖も完全に忘れ去り、涙を流しながらハンバーガーとポテトを貪り食った。
「ふふっ、お粗末様でした。これに懲りたら、もう二度と勝手に夜食をつまみ食いしたり、全裸で庭を走り回ったりしないでくださいね?」
私が優しく(しかし絶対に逆らえない圧を込めて)微笑むと、二人は口いっぱいにポテトを頬張ったまま、猛烈な勢いで首を縦に振った。
「もちろんですわ! アマネ様に一生ついていきますの!!」
「俺の忠誠(胃袋)は、永遠にお嬢のものっす!!」
ゲロオムレツの恐怖による『完全なるムチ』と、極上月見バーガーによる『至高のアメ』。
大公邸のダメ人間コンビは、ここに限界OLの完璧な調教によって、完全に(物理的にも精神的にも)私の手駒として洗脳……もとい、更生を果たしたのである。
*
そして、昼前。
修復された美しい庭を通り抜け、ゼファー商業国の視察団が帰国の途につく時刻となった。
「アマネ様! この度は、何から何まで素晴らしいおもてなしをいただき、本当にありがとうございました!」
エントランスの前に停められた豪奢な馬車の前で、ゲルド侯爵が私に向かって深々と、地面に頭がつきそうなほどのお辞儀をしていた。
「いえ、こちらこそ、至らぬ点も多かったかと思いますが、楽しんでいただけたのであれば幸いですわ」
私が完璧なカーテシー(お辞儀)を返すと、侯爵は感激のあまり涙ぐんだ。
「至らぬ点などとんでもない! 昨日の『特濃しじみ汁』と『極上だし茶漬け』……そして、あの力強くも美しい前衛的な庭の芸術! すべてが我々ゼファーの心を打ち砕き、そして優しく包み込んでくれました! ルナミス帝国にアマネ様がいらっしゃる限り、我が国は永遠の友好をお約束いたしますぞ!」
彼は、ルナミス帝国にとって圧倒的に有利な条件で結ばれた『通商条約』の書類が入ったカバンを、まるで宝物のように大事に抱きしめている。
もはや彼の脳内では、自国が不利な条約を結ばされたことなど完全にどうでもよく、「アマネ様の国と仲良くできる素晴らしい証明書」に変換されていた。
「大公殿! あなたは本当に素晴らしい女性を妻に選ばれた! どうか、アマネ様を末長くお幸せに!!」
「……ああ。言われるまでもない」
オルフェウス様が、呆れ半分、誇り半分の表情で短く答える。
「アマネ様万歳! ルナミス帝国万歳!!」
取り巻きの貴族たちも、馬車の窓から身を乗り出し、私に向かって千切れるほど手を振りながら去っていった。
最初は大公邸を侮辱し、粗探しをするためにやってきた厄介な視察団は、帰る頃には完全に「アマネの胃袋掌握術に狂わされた熱狂的ファン」と化して帰国していったのである。
*
「……嵐のような数日だったな」
視察団の馬車が見えなくなった後。
エントランスに残された私とオルフェウス様は、二人きりで静かな風に吹かれていた。
「お疲れ様でした、オルフェウス様。外交交渉も無事にまとまりましたし、これでしばらくは平穏な日々が戻りますわね」
私が微笑みながら振り返ると、オルフェウス様はスッと私の腰に腕を回し、その逞しい胸の中に私をそっと引き寄せた。
「きゃっ……オ、オルフェウス様? 外ですよ……?」
「誰も見ていない。……君は本当に、私の予想を遥かに超える女性だ。あのゼファーの古狸どもを、たった数日の食事と気遣いで完全に骨抜きにしてしまうとはな」
彼の深い紫の瞳が、至近距離で私を見つめ下ろす。その瞳の奥には、隠しきれないほどの熱い愛情と独占欲が揺らめいていた。
「私はただ、お客様の体調に合わせてお料理をお出ししただけですわ。それに……ちょっとした『劇物』のつまみ食い事故もありましたし」
「その事故を起こした馬鹿共も、君の手で完全に調教されたようだがな。……アマネ、君の完璧な『おもてなし』に、私からも褒美を与えなくてはならないな」
彼の大きな手が私の顎をそっとすくい上げ、その美しい顔が、ゆっくりと近づいてくる。
私は顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
――しかし。
この最高の『イチャイチャ慰労会』が、誰も見ていない平穏な空間であると信じていたのは、私たち二人だけだったのだ。
「フフフ……回ってますわ! 完璧なアングルですの!」
エントランスのすぐ横の茂みの中。
そこには、口の周りにオーロラソースをつけたままのリーザさんが、自作の『魔導配信カメラ』を構え、瞳を「¥」のマークにして隠れていることを、私たちはまだ知らなかった。
限界OLの完璧な外交勝利の裏で、極貧アイドルの強欲な『スパチャ錬金術』が、いよいよ本領を発揮しようとしていたのである。
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