EP 5
「アマネの超絶リカバリー(接待術)と、破滅の宴」
大公邸の庭園。
泥酔したダメ人間コンビ(現在、仮病で医務室に雲隠れ中)によって徹底的に破壊された惨状を前に、ゼファー商業国の視察団長ゲルド侯爵は、顔を真っ赤にして怒りの声を上げていた。
「我が国の国章を象った氷の彫刻が粉々に砕かれ、庭はボコボコに荒れ果てている! これは我がゼファーに対する明確な侮辱! 宣戦布告と受け取ってよろしいのだな、オルフェウス大公殿ッ!」
取り巻きの貴族たちも「そうだそうだ!」「野蛮な帝国め!」と騒ぎ立てる。
一触即発の外交問題。オルフェウス様でさえ、この惨状を「うちの護衛と居候が酒に酔って暴れました」と正直に説明するわけにもいかず、僅かに眉根を寄せていた。
しかし、私はその修羅場の中心へと、足音も立てずに優雅に歩み出た。
「皆様、お待ちしておりましたわ。……あら、ずいぶんと驚かれているご様子ですね」
私は、メイド服風のドレスのスカートを軽くつまみ、一流のコンシェルジュのような完璧な『無敵の営業スマイル』を浮かべてみせた。
「驚くのが当然だろうが! この惨状をどう説明するつもりだ、小娘!」
ゲルド侯爵が唾を飛ばさんばかりに怒鳴る。
――限界OLの『トラブル対応(火消し)スキル』、完全起動。
前世のブラック企業時代、私は自社のシステムトラブルで激怒する取引先の役員を相手に、幾度となく「仕様です」「むしろ御社にとってメリットのある前衛的な設計です」と言いくるめてきた実績がある。
どんな絶望的なクレームでも、相手のプライドをくすぐる『魔法の言葉』で包み込めば、ピンチは一転して大チャンスに変わるのだ。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。ですがゲルド侯爵様、これは決して『破壊』などではございませんわ」
「……破壊ではないだと? ならばなんだと言うのだ!」
「これは、皆様を歓迎するための『前衛的な歓迎芸術』の、第一段階に過ぎません」
「……あ、アヴァン……?」
私は、粉々に砕け散った氷の国章の破片をそっと拾い上げ、朝日に透かしてみせた。
「砕け散った氷。これは、我がルナミス帝国とゼファー商業国の間にある『冷たい障壁(氷)』を完全に打ち砕き、新たな関係を築くという『ブレイク・ザ・アイス(緊張を解く)』という深い隠喩でございます」
「ブ、ブレイク・ザ・アイス……」
「そして、この力強く掘り返された芝生のクレーター。これは、両国が共に手を取り合い、新たな貿易の『大地(市場)を開拓する』という、未来への力強いメッセージを表現した大地の芸術なのですわ!」
私は両手を広げ、さもそれが最初から計算し尽くされた崇高な芸術であるかのように、堂々と演説をぶった。
「な……なるほど。氷を打ち砕き、大地を開拓する、か……」
ゲルド侯爵の怒りの表情に、僅かな戸惑いと、芸術を理解しようとする「知的な見栄」が浮かび上がり始めた。
(今です、オルフェウス様! 合わせてください!)
私が目配せをすると、そこはさすが帝国最強の男。私の意図を即座に(内心で冷や汗を流しながら)理解し、重々しく頷いてみせた。
「……その通りだ、ゲルド侯爵。我が帝国の最新鋭の芸術は、少々刺激が強かったか? だが、大陸一の文化と経済を誇るゼファーの貴公らであれば、この『破壊と再生』に込められた深い敬意を理解していただけると思っていたのだがな」
オルフェウス様が、低い声で絶妙な挑発を混ぜ込む。
「お、おお! も、もちろんだとも!」
ゲルド侯爵は慌てて咳払いをした。ここで「理解できない(ただの破壊だ)」と言えば、自分たちが『芸術の分からない田舎者』だと認めることになってしまう。権威と見栄を重んじる彼らにとって、それは絶対に避けたい事態であった。
「い、いやはや! 驚いた! さすがはルナミス帝国、我々の想像の斜め上をいく前衛芸術で歓迎してくれるとは! 素晴らしい! このダイナミックなクレーターの配置、実に計算されている!」
「ええ、ええ! 氷の砕け散り方も、実に風流ですな!」
取り巻きの貴族たちも、急に知ったかぶりをして庭の惨状を褒め称え始めた。
「ご理解いただけて光栄ですわ。さあ、芸術をご堪能いただいた後は、朝食の用意ができております。本日はゼファーの皆様のために、極上のコンソメスープと焼きたてのパンをご用意いたしました」
私は完璧な笑顔で彼らを誘導し、完全に燃え上がるはずだった外交問題の火種を、わずか数分で『大絶賛』へとすり替えて鎮火させたのである。
(……アマネ。君という女性は、本当に恐ろしいな)
オルフェウス様が、私の背中を見つめながら、呆れと深い愛情の入り混じったため息をついていた。
*
そして、その日の夜。
昼間の視察スケジュールを私の完璧な『接待ペース』でコントロールし、すっかり機嫌を良くした視察団たちは、夜の歓迎の宴会で大いに盛り上がっていた。
「ガッハッハ! ルナミス帝国のメシは美味いが、酒は相変わらず上品すぎるな! オルフェウス大公殿、我々ゼファーの男を酔わせたければ、もっとガツンとくる『本物の酒』を持ってこんか!」
ゲルド侯爵が、高級ワインのグラスを揺らしながらクダを巻いている。
彼の顔は赤いものの、まだまだ理性はハッキリしており、このままでは夜通し「帝国の粗探し」を兼ねた自慢話に付き合わされることになる。
「……ふふっ。ゲルド侯爵様は、本当に底なしの酒豪でいらっしゃいますのね」
私は、メイド服のエプロンをキュッと締め直し、宴席に歩み出た。
「実は、皆様のような真の酒豪の方々のためだけに用意した、我が帝国でも『裏メニュー』とされる極上の締めの一品がございますの」
「ほう! 裏メニューとな?」
「ええ。度数40度の超烈酒と、濃厚な旨味を融合させた、大人のための一杯ですわ。少々お待ちくださいませ」
私はパントリーへと下がり、昨晩ダメ人間二名に食べられてしまった兵器を、再び【善行ポイント通販】で錬成した。
地球のジャンクフードの極致【極上魚介豚骨・ワンカップラーメン(5pt)】。
そこに、度数40度の芋焼酎『イモッカ』を限界まで熱燗にして、お湯の代わりにドボドボと注ぎ込む。
ジュワァァァッ……!!
濃厚な豚骨と魚介の匂い、そして鼻腔を直接ぶん殴るようなアルコールの揮発臭が立ち昇る。
――昨晩、この匂いを嗅いだフェイトさんとリーザさんが理性を失った、まさに『悪魔の劇物』の再誕である。
「お待たせいたしました。こちらが、我が帝国が誇る究極の締め……『イモッカ仕込み・極上魚介豚骨麺』でございますわ」
私は銀のトレイに乗せたワンカップラーメンを、ゲルド侯爵と取り巻きたちの前にコトリと置いた。
「なんだこれは? ガラスの器の中に、ちぢれた麺と濁ったスープ……。ずいぶんと庶民的な見た目ではないか。我々高貴な視察団に、こんなものを――」
ゲルド侯爵が不満そうに文句を言いかけた、その瞬間。
カップから立ち昇る、暴力的なまでの『ジャンクな旨味の匂い』と『度数40度の熱気』が、彼らの鼻腔を直撃した。
「――ッ!?」
ゲルド侯爵の言葉が、ピタリと止まった。
高級料理ばかりを食べてきた貴族の舌には到底理解できない、化学調味料と豚骨の圧倒的なジャンク感。それが、強アルコールの匂いと混ざり合い、彼らの『飲兵衛としての本能』を強烈に刺激したのだ。
「こ、この匂いは……なんだ? 唾液が、止まらん……っ」
ゲルド侯爵は震える手でフォーク(スプーン)を手に取り、熱々の麺とスープをすくい上げ、一気に口の中へと放り込んだ。
ズズズズズッ!!!
「――ッッッ!!??」
ゲルド侯爵の目が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。
濃厚な魚介豚骨の旨味が舌の上で爆発したかと思うと、熱燗にされた度数40度のアルコールが、一切飛ぶことなく食道を一気に駆け下り、胃袋の中でカッと熱い炎を上げた。
旨味。塩分。炭水化物。そして、致死量のアルコール。
空きっ腹ではないにせよ、すでにワインを大量に飲んでいた彼の血中に、最強の起爆剤が投下されたのである。
「ぶ、ぶふぉぉぉぉっ!! な、なんだこれはぁぁっ!! 旨い! なんだこの下品だが抗いがたい旨味は! そして、一瞬で頭蓋骨の中が沸騰するような、この強烈なアルコールの暴力はぁぁっ!!」
ゲルド侯爵は、涙と鼻水を噴出させながら、貴族の矜持など完全に忘れ去り、一心不乱にカップの麺を貪り食い始めた。
「侯爵様!? ああっ、私もいただきます!」
「う、うめぇぇぇっ! 酔える! 旨い! 脳が溶けるぅぅっ!!」
取り巻きの貴族たちも次々とワンカップラーメンに手を出し、ズズズッ!と下品な音を立ててむさぼり食う。
わずか三分後。
「ぷはぁぁぁぁっ!! くったぁぁぁっ!!」
ゲルド侯爵は空になったワンカップをテーブルに叩きつけ、完全にガンギマリの瞳孔を開いて立ち上がった。
「あひゃひゃひゃっ! 俺がゼファーの王だァァッ! ルナミス帝国最高ォォッ! アマネ嬢のご飯最高ォォッ!!」
ゲルド侯爵は、見事な千鳥足でステップを踏み始めた。
「おいお前ら! 昨日の夜、庭でやってたあの素晴らしい前衛芸術の真似をするぞ! 鼻に硬貨を詰めろ!!」
「イエッサー! ポンポコポンポン!!」
なんと、度数40度のラーメンの直撃を受けた視察団の面々は、完全に理性を吹き飛ばし、鼻に金貨を詰めて大広間で「ハゲたぬきのポンポコ節」を大合唱しながら、反復横跳びを始めてしまったのである。
完全に限界突破した泥酔おじさんたちの狂乱の宴。
もはや「帝国の粗探し」などという小賢しい外交目的は、彼らの溶けた脳髄の彼方へと完全に消え去っていた。
「……ふふっ。お口に合ったようで何よりですわ」
私は、全裸になりかけている視察団たちを冷ややかな(営業用の)笑顔で見つめながら、熱い緑茶をすすった。
「アマネ……君のその『おもてなし』は、もはや戦略兵器だな」
横に座るオルフェウス様が、信じられないものを見る目でドン引きしながら呟いている。
こうして、ルナミス帝国を悩ませていた厄介な外交問題は、限界OLの『完璧な火消し話術』と『最狂のジャンク夜食』によって、完全に(物理的に)制圧されたのであった。
明日の朝、彼らに待ち受けている「究極の二日酔い」と、私のさらなる『胃袋掌握の追い打ち』のことは、まだ誰も知らない。
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