EP 4
「『どういうことかね?』と、クズコンビの政治家答弁」
ルナミス帝国の帝都、大公邸。
爽やかな朝の光に照らされた広大な庭は、まるで大規模な魔物のスタンピードが通過したかのように、徹底的に破壊されていた。
その惨状の中心に立つ、ルナミス帝国最高司令官オルフェウス大公。彼の背後には般若の幻影が浮かび上がり、その紫の瞳からは絶対零度の殺気が放たれていた。
「……どういうことかね、お前たち」
低く、地鳴りのような大公の声が、二日酔いの頭痛で割れそうな二人の脳髄を直接揺らした。
大公の足元に正座させられているのは、なぜか全裸(大事なところは手で隠している)のA級冒険者フェイト・ラックと、芋ジャージ姿で鼻に五円玉の跡がくっきりと残っている極貧地下アイドル、リーザである。
大公の親指が、腰の魔剣の鍔をカチリと弾いた。
次にこの剣が鞘から放たれれば、自分たちの首が物理的に空を舞う。
究極の絶体絶命のピンチを前に、フェイトとリーザのクズな生存本能が、光の速さで回転し始めた。
(ヤバいヤバいヤバいっす! このままじゃマジで殺されるっす! なんとかして言い逃れを……!)
前世の地球において、不祥事を起こした政治家が己の身を守るために使う『最強の防御呪文(テンプレ言い訳)』。それが、なぜか異世界のダメ人間たちの口を突いて出た。
「た、大公閣下!! まずはじめに申し上げます!」
フェイトは全裸のまま、キリッとした(往生際の悪い)表情を作って大声を上げた。
「昨晩の庭の破壊行為につきましては……身に覚えがございません! 記憶にございません! 全くの事実無根であります!」
「……ほう」
大公はピクリとも表情を変えず、フェイトの首筋に魔剣の切っ先を突きつけた。
「全裸で愛用のミスリルソードを握りしめ、芝生の上に『俺が全裸カジノ王だ』と謎の寝言を書き残しているお前が、事実無根だと申すか?」
「ひぃっ!? あ、あの、それはですね!」
フェイトが言葉に詰まると、隣で正座していたリーザが、ジャージの襟を正して加勢に入った。
「た、大公閣下! 私たち、アマネ様の作られた『イモッカ仕込みのワンカップラーメン』との面識は確かにございます! しかし、あくまで一般的な付き合いであり、深い関係ではございませんの!」
「……深い関係ではない者が、なぜ朝から度数40度の強烈なアルコール臭を全身から漂わせているのだ?」
「そ、それは……偶発的な事故と申しますか、ラーメン側から一方的にアプローチしてきまして……!」
大公の静かなる論破の前に、二人の言い訳はボロキレのように崩れていく。
しかし、彼らの『クズとしての意地』はまだ折れてはいなかった。彼らはさらに見苦しい、責任転嫁のフェーズへと移行する。
「じ、事務所に確認させたところ、事務的なミスが判明いたしましたっす!!」
フェイトが、存在しない秘書(事務所)のせいにし始めた。
「俺の専属マネージャー……いや、冒険者ギルドの受付嬢の連絡ミスっす! 俺は一切、そのような破壊活動の報告を受けておりませんでした! 全ては下請けの管理不足っす!!」
「そうですわ! 私も、アイドル事務所の意向で動いただけですの!」
リーザも便乗して声を張り上げる。
「それに、この件に関しましては、現在当局(ルナミス帝国の衛兵隊)が鋭意捜査中(調査中)の案件でありますので、これ以上、私からの個人的なコメントは差し控えさせていただきますわ!」
身に覚えがない。記憶にない。秘書のせい。コメントは差し控える。
見事なまでの『不祥事会見のテンプレ・コンボ』であった。
しかし、ここは日本の国会ではなく、実力主義のルナミス帝国。そして目の前にいるのは、帝国最強にして最恐の戦神である。
「……なるほど。お前たちの言い分はよく分かった」
オルフェウス様は、深くため息をついた。
「お前たちが記憶にないというのなら、仕方がない。私の手で直接、お前たちのその腐りきった性根を『物理的』に叩き直して、記憶を呼び覚ましてやろう」
ゴゴゴゴゴッ……!!
大公の全身から、先ほどまでの比ではない、明確な『殺意のオーラ』が立ち昇った。
魔剣が鞘から完全に引き抜かれ、朝日にギラリと鈍い光を反射する。
「ヒィィィィッ!!?」
その圧倒的な恐怖を前に、二人は最後のカード(逃亡手段)を切った。
「あ、痛ててててっ!!」
フェイトがいきなり腹を押さえて、芝生の上に転げ回った。
「ああっ、急に激しい体調不良が発覚したっす!! 胃腸に穴が開いたかもしれねぇっす! こりゃあしばらく入院して、絶対安静にしねぇと死んじまうっす!!」
「はわわっ! 私もですわ!」
リーザも大袈裟に咳き込み、額に手を当ててよろめいた。
「持病の『人魚の鱗乾燥症候群』が再発しましたわ! すぐに医務室のベッドに入って、精密検査を受けなければなりませんのぉぉっ!!」
「ええい、離せ大公閣下! 容態が急変したんす! 救急車(馬車)を呼んでくれっすー!!」
「ノーコメントですわー!!」
二人は、大公が剣を振り下ろすより早く、四つん這いになりながら猛スピードで大公邸の医務室(という名の安全地帯の布団の中)へと逃亡を図った。
その見事なまでの『雲隠れ』の速度は、もはやA級冒険者やアイドルのそれを遥かに超越していた。
「……あの馬鹿共め」
完全に取り残された大公は、額に青筋を立てながら、魔剣を乱暴に鞘に納めた。
しかし、怒りよりも大きな問題が目の前に転がっている。
(……この惨状を、アマネになんと説明すべきか)
大公邸の庭は、ゼファー商業国の視察団を歓迎するための美しい舞台だった。それが今や、全裸の剣士と反復横跳びアイドルによって、瓦礫と泥の山に変わっているのだ。
「……仕方ない。今から魔法部隊を総動員して、強引にでも修復を――」
大公が指示を出そうとした、まさにその絶望のタイミングであった。
「おお、大公殿! 随分と早起きだな!」
大公邸のエントランス側から、嫌味な笑みを浮かべたゲルド侯爵と、ゼファー商業国の視察団の面々が、ぞろぞろと歩いてきたではないか。
「昨晩の茶会はなかなかであったが……我が国が誇る『美の基準』からすれば、貴国の庭園などどうせ無骨で殺風景なものだろう。どれ、我々が直々にその庭を拝見し、厳しい評価を下してやろうではないか!」
ゲルド侯爵が、勝ち誇ったような顔で庭の方へと足を踏み入れた。
「チッ……」
オルフェウス様が、珍しく焦りの色を浮かべて舌打ちをする。
視察団の目の前に広がるのは、粉々に砕け散った氷の国章と、なぎ倒されたアーチ。誰がどう見ても「最高のおもてなし」とは程遠い、ただの破壊の跡地である。
「な、なんだこれは……っ!?」
惨状を目の当たりにしたゲルド侯爵が、目を見開き、ワナワナと震え始めた。
「我が国の国章を象った氷の彫刻が、粉々に砕かれているではないか! それにこの荒れ果てた芝生! これは……我がゼファー商業国に対する、明確な侮辱と宣戦布告と受け取ってよろしいのだな!?」
視察団の貴族たちも、「野蛮な帝国め!」「やはり平民の小娘に仕切らせたのが間違いだ!」と一斉に怒声を上げ始める。
外交問題の火種が、最悪の形で爆発しようとしていた。
――しかし。
その絶体絶命の空気を、凛とした美しい声が切り裂いた。
「皆様、お待ちしておりましたわ。……あら、ずいぶんと驚かれているご様子ですね」
朝の光を背に受けて、庭に姿を現したのは。
完璧にアイロンがけされたメイド服風のドレスに身を包み、限界OLの『無敵の営業スマイル』を浮かべた、私であった。
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