EP 3
「酒豪用のおもてなしと、パントリーの誘惑」
大公邸の豪奢な大広間。
昼間のティータイムで完全に胃袋を掴まれたゼファー商業国の視察団たちであったが、夜の歓迎の宴会が始まると、彼らは本来の「厄介な性質」を遺憾なく発揮し始めていた。
「おいおい! ルナミス帝国の酒は随分と水くさいな! 我々ゼファーの男たちは、こんなジュースみたいなワインでは酔えんぞ!」
「そうだ! ゲルド侯爵様は天下の酒豪であらせられる! もっと度数の高い、ガツンとくる酒を持ってこい!」
顔を真っ赤にしたゲルド侯爵と取り巻きの貴族たちが、テーブルをバンバンと叩きながらクダを巻いている。
彼らは商業国の過酷な交渉の場で鍛え上げられた、相当な酒豪揃いであった。ルナミス帝国が誇る高級ワインや、サケスキー(度数37度の高級酒)の水割り程度では、すぐに酔いを覚ましてしまい、再び「帝国の粗探し」という名の悪絡みを始めてしまうのだ。
「……ふん。他国の館で下品に騒ぎおって。アマネ、あのような輩の相手などしなくていい。私が少し『殺気』を当てて、強制的に黙らせてこよう」
上座に座るオルフェウス様が、不快そうに眉をひそめて腰の剣に手をかけた。
「お待ちください、オルフェウス様。宴の席で血(殺気)を流しては、せっかくの食事が台無しですわ。……酒豪のお客様には、酒豪に相応しい『最高のおもてなし』をご用意しておりますから」
私は彼を優しく制し、限界OLの完璧な営業スマイルを浮かべたまま、そっと広間を抜け出してパントリー(配膳室)へと向かった。
前世のブラック企業時代、私は接待の席で「どんなに酒に強い取引先の役員」でも、必ず気持ちよく酔い潰して大人しくさせる『最強の切り札(締めの一杯)』を知っていた。
(……お酒を飲んだ後に無性に食べたくなる『締めのラーメン』。そして、強烈なアルコール……これらを組み合わせれば、どんな酒豪でも一撃で陥落しますわ)
パントリーに入った私は、脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。
実体化させたのは、地球のジャンクフードの極致、【極上魚介豚骨・ワンカップラーメン(5pt)】である。ガラス製のワンカップ容器の中に、特製のちぢれ麺と、濃厚な魚介豚骨の粉末スープがセットされている。
しかし、お湯を注ぐだけでは「普通のラーメン」だ。
私は、ルナミス帝国の庶民に愛される強烈な芋焼酎――『イモッカ(度数40度)』の瓶を取り出した。
「お湯の代わりに、熱々に燗をつけたイモッカを注ぎ込む……。アルコールを一切飛ばさず、強烈な度数と濃厚な豚骨スープの旨味を完全に融合させた、大人の劇物の完成ですわ!」
ドボドボドボッ……!
熱したイモッカをカップに注ぐと、ジュワァァッ!と音を立てて、魚介豚骨の暴力的な匂いと、鼻腔を突き抜けるような強烈なアルコールの香りがパントリーいっぱいに広がった。
匂いを嗅いだだけで視界が揺れそうになる、まさに致死レベルの『酒豪殺し』のラーメンである。
私はこれを視察団の人数分用意し、魔法の保温トレイの上に乗せた。
「ふぅ……あとは麺が戻るのを数分待つだけですね。念のため、他の人が間違って食べないように注意書きをしておきましょう」
私は付箋を取り出し、カップの前にペタリと貼り付けた。
『※危険! 超強アルコール(イモッカ度数40度)仕込みのラーメンです。夜の視察団様用の接待品。絶対に手を出さないこと! アマネ』
完璧な仕事(仕込み)を終え、私は「少し風に当たってきますね」とメイドに伝えると、一時的にパントリーを後にした。
――これが、大惨事の引き金になるとも知らずに。
*
深夜。
大公邸の厨房の奥深く、暗いパントリーに、コソコソと忍び寄る二つの影があった。
「……あー、腹減ったっす。昼間、あの嫌味なジジイどもが美味そうなタルトを食い尽くしやがって、俺たちお預けだったじゃないっすか」
暗闇の中でボヤいているのは、A級冒険者にして大公邸の専属護衛(ポンコツ枠)、フェイト・ラックであった。
「奇遇ですわね、フェイトさん。私もタダ飯の匂いを嗅ぎつけて、夜のパトロール(つまみ食い)に来たところですの」
もう一つの影は、芋ジャージ姿の絶世の美少女――極貧地下アイドルのリーザさんだ。
「お前、さっき夕飯で豚汁をアホみたいにおかわりしてただろ……。アイドルのくせに夜食なんて食って太らねぇのか?」
「アイドルはステージでカロリーを消費するから、実質ゼロカロリーですわ! それより、ここからすごく……暴力的なまでに食欲をそそる匂いがしますの!」
二人のダメ人間は、犬のように鼻をヒクヒクさせながら、パントリーの奥にある魔法の保温トレイへと吸い寄せられていった。
「な、なんすかこれ……? ガラスのコップの中に、ちぢれた麺と濃厚なスープが……!」
「アマネ様の手作り夜食ですわ! しかも、まだ熱々ですの!」
暗闇の中で光り輝く『イモッカ仕込み・ワンカップラーメン』。
強烈な魚介豚骨の匂いと、ツンとくるアルコールの香りが、空腹の二人の理性を一瞬にして吹き飛ばした。
「おい、待て。なんか紙が貼ってあるっすよ。『※危険……超強アルコール……視察団様用……絶対に手を出さないこと』……って書いてあるっす」
フェイトさんが、暗い中で目を細めて付箋を読み上げた。
「……」
「……」
ダメ人間二人の間で、ほんの数秒間の沈黙が流れた。
そして、彼らのクズな思考回路は、常人とは全く異なる結論を弾き出した。
「『絶対に手を出さないこと』って……いわゆる『フリ』ですわよね?」
リーザさんが、真顔で言った。
「間違いないっすね。芸人(冒険者)の勘がそう言ってるっす。それに『危険』ってことは、それだけヤバい(美味い)劇物ってことっすよ! 視察団なんかに食わせるにはもったいないっす!」
フェイトさんも、深く頷いた。
「それに、夜の営業を頑張る私への、アマネ様からの粋な差し入れに違いありませんの! いただきまーす!!」
「俺も有休明けで残業したご褒美っす! いただくっす!」
注意書きという名の最後の手綱を完全に無視し、二人は熱々のワンカップラーメンを手に取ると、豪快に麺をすすり上げた。
ズズズズズッ!!!
「――ッッ!!??」
一口食べた瞬間、二人の動きが雷に撃たれたようにピタリと停止した。
「な、なんすかこれぇぇっ!? 濃厚な魚介の旨味と豚骨のコクが口の中で爆発したと思ったら、喉の奥から食道を通って、胃袋がカッと燃えるような熱さが……ッ!!」
フェイトさんが、目を見開いて震えている。
「あばばばばっ! スープというよりも、極上のアルコール度数の高いお酒をそのまま飲んでいるような……でも、麺のモチモチ感と混ざり合って、無限にすすれちゃいますのぉぉっ!!」
リーザさんも、顔を真っ赤にしながらズズズッ!と狂ったように食べ進める。
そう。
度数40度のイモッカを熱燗にして注いだラーメンは、アルコールが一切飛んでいない。
空きっ腹に、限界まで温められた強アルコールと塩分、そして炭水化物がダイレクトにぶち込まれたのだ。その吸収速度は、通常の飲酒の数十倍に跳ね上がる。
「ぷはぁぁぁっ!! スープまで完食っす!! ……あれ? なんだか、急に世界がグルグル回ってきたっす……。俺、最強……俺が世界の王っす……!」
完食したフェイトさんの瞳孔が、完全にガンギマリになった。
「うふふふっ……! 暑いですわ! ジャージなんて脱ぎ捨てて、全宇宙のファンに向けて、愛と強欲のゲリラライブをお届けしますのぉぉぉっ!!」
リーザさんも白目を剥きかけながら、芋ジャージのチャックを全開にして高笑いを上げ始めた。
限界OLが仕込んだ『酒豪用の最終兵器』は、大公邸のダメ人間二名を一撃で「度数40度の泥酔モンスター」へと変貌させてしまったのである。
静寂に包まれていた大公邸の夜が、前代未聞の大暴走と奇行のステージに変わろうとしていた。
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