EP 10
「地上への帰還と、最強のホワイト職場」
ルナミス帝国の帝都、大公邸の広大な庭。
オルフェウス様が自らの拳でぶち抜いた『地下迷宮への直通穴』から、私たちは無事に地上へと帰還を果たした。
「ふぅ……。やはり太陽の光と、地上の風は気持ちがいいですね」
私は、オルフェウス様の腕の中に抱かれたまま(どうしても下ろしてくれないのだ)、夕暮れの空を見上げて深呼吸をした。
地下迷宮でのグランピングも涼しくて快適だったが、やはり自分の家(予定)の庭に帰ってくるとホッとする。
「ズシッ……! はぁ、はぁ……! これが、私のアイドルの汗と涙の結晶……!」
私たちの後ろから、顔を真っ黒に汚した芋ジャージ姿のリーザさんが、自分の体積よりも大きな『金貨と魔石がぎっしり詰まった麻袋』を背負って這い上がってきた。
さらにその後ろから、フェイトさんとヴァルキュリアさんも、リンを肩車しながら楽しそうに上がってくる。
「……で。アマネ」
オルフェウス様が、呆れと威圧感の混じった冷ややかな視線を、麻袋に頬ずりしているリーザさんへと向けた。
「その、泥と脂と小銭の匂いが染み付いたジャージの小娘は、一体何者なんだ? アマネが地下で拾った迷子か?」
「ひぃっ!?」
帝国最強の戦神に睨まれ、リーザさんがビクッと肩を震わせた。
しかし、彼女はすぐさま姿勢を正し、ジャージの埃をパンパンと払うと、アイドルの完璧な営業スマイル(と、深々としたお辞儀)をキメた。
「お初にお目にかかりますわ、大公閣下! 私は海中国家シーランが誇る人魚姫にして親善大使、そして絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですの!」
「……シーランの人魚姫? 親善大使だと?」
オルフェウス様が、信じられないというように眉をひそめた。
「他国の王族が、なぜ特売の芋ジャージを着て、地下迷宮で小銭を拾っているのだ。我が国の防衛と外交を司る大公として、にわかには信じがたいが」
「あはは……。色々と、夢(アイドル活動)を追いかけていたら、実家からの仕送りに頼れなくなってしまったそうで。極限のポイ活と野良犬との抗争で生き抜いてきた、逞しいお姫様なのです」
私がフォローを入れると、オルフェウス様は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「アマネ……君の周りには、どうしてこうも規格外の変わり者ばかり集まるのだ。天界の監査官に、ギャンブル狂のクズ剣士。その上、今度は野生化した人魚姫だと?」
「類は友を呼ぶ、と言いますから。ふふっ」
「君は規格外に愛おしいが、変わり者ではない(断言)」
オルフェウス様が真顔で即答し、私の額にチュッとキスを落とす。
すると、その甘いイチャイチャの波動を察知したリーザさんの目の色が、カッ!と現金な光を帯びた。
(……間違いないですわ。この大公閣下とアマネ様の『尊いイチャイチャ日常』は、私のアイドル配信の背景(BGM)として流すだけで、無限にスパチャを稼ぎ出せる最強の『ダシ』ですの……!)
リーザさんの脳内で、極貧地下アイドルとしての生存戦略が弾かれた。
キャルル(自称・光の聖女)の家での居候生活も楽しかったが、あちらは月末に家賃の土下座をしなければならない。
しかし、ここ大公邸に居座れば!
アマネ様の『神の領域にある手料理(タダ飯)』が毎日食べられ、大公閣下の『尊い映像』で荒稼ぎできるのだ。
ズサァァァァッ!!
リーザさんは、アスファルトに擦れるのも厭わず、オルフェウス様と私の前で完璧なスライディング土下座を敢行した。
「大公閣下! アマネ様! どうかお願いですの! 私を、この大公邸の庭の隅っこでいいから、テントを張って住まわせてくださいませ!!」
「……は?」
「アイドルの専属契約(居候)ですわ! 私はアマネ様の美味しいご飯を1日3食いただければ、文句は言いません! その代わり、このお屋敷のアイドルとして、毎日無料でライブをして差し上げますのぉぉっ!!」
額を地面に擦り付け、パンの耳生活からの完全脱却を懸けた、なりふり構わぬ懇願。
前世で、夢を追いかけて上京してきたものの、家賃が払えずにネカフェ難民になりかけていた後輩の姿が、リーザさんに重なって見えた。
「……オルフェウス様。大公邸には、空いている客室がたくさんありますよね?」
私が上目遣いで彼を見上げると、帝国最強の男は、私のその『おねだり』の視線にわずか一秒で陥落した。
「……はぁ。君がそういう顔をするなら、断れるわけがないだろう。……おい、そこの人魚。庭のテントなど美観を損ねる。余っている東棟の客室を一つ使え。ただし、アマネに少しでも迷惑をかけたら、即座に海へ送り返すからな」
「ほ、本当ですか!? やったぁぁぁっ!! さようならキャルル、さようなら野良犬のタロウ! 私は今日から、セレブアイドルですのぉぉっ!!」
リーザさんはガッツポーズをして、歓喜の涙を流して飛び跳ねた。
こうして、大公邸の最強メンバーに、新たな居候が加わることが正式に決定したのである。
*
「さあ皆さん、今日はたくさん動いてお腹も空いたでしょう。歓迎会も兼ねて、温かいお夕飯にしましょうか」
大公邸の厨房を借りて、私は腕を振るった。
地下迷宮で採れた極上のボア肉(残っていた分)と、大公邸の菜園で採れた新鮮な根菜類をたっぷり使った、地球の『特製・具沢山豚汁』と、『炊きたてのツヤツヤ白米』、そして『だし巻き卵』の定食である。
「うおおおおっ!! 胃袋に沁みるぅぅっ!!」
食堂の長いテーブルで、フェイトさんが豚汁を一気飲みして天を仰いでいる。
「このお肉の旨味と、お味噌という調味料の深いコク……! 炊き出しのカレーも最高でしたけれど、アマネ様の手作りご飯は、細胞の隅々まで幸福で満たされますの……っ!」
リーザさんは、綺麗な客室でシャワーを浴びて芋ジャージから可愛らしいワンピースに着替えさせてもらったにもかかわらず、食べる勢いは野良犬と争っていた時と全く変わらなかった。
「はわわ……。天界のネクターすら霞む、人間界の温かい家庭の味……」
「お姉ちゃんのごはん、美味しいねー!」
ヴァルキュリアさんとリンも、幸せそうに頬張っている。
その賑やかでカオスな食卓の光景を、私はオルフェウス様の隣に座りながら、温かいお茶をすすりつつ微笑ましく眺めていた。
「……随分と、大公邸も騒がしくなったものだな」
オルフェウス様が、少しだけ口角を上げて私の耳元で囁いた。
「ふふっ、申し訳ありません。静かなお屋敷が良かったですか?」
「いや。君が笑って、楽しそうにしているなら、それが一番だ。……私が守るべき日常が、より鮮明になった」
彼はテーブルの下で、私の手をそっと、けれど力強く握りしめた。
誰も見捨てない。タダ飯で胃袋を掌握し、居場所を与える。
限界OLの『面倒見の良さ』が作り上げたこの大公邸は、今や帝国で最も理不尽に強く、そして最も温かい『最強のホワイト職場』へと変貌を遂げていた。
天界では炎上神ワイズがミミズの世話係へと左遷され、地下迷宮では魔人ギアンが心を入れ替えて真面目にダンジョンの清掃(リゾート管理)に励んでいることだろう。
すべてが丸く収まり、平和な日々が続く。
――かに、思えた。
「……そういえば、アマネ。少し面倒な話があるのだが」
食後のハーブティーを飲みながら、オルフェウス様がふと真剣な顔つきになった。
「面倒な話、ですか?」
「ああ。数日後、ルナミス帝国に『他国からの視察団』が訪れることになっていてな。……その中には、我が帝国の発展を妬み、粗探しをしてやろうと企む、非常に性質の悪い貴族どもが混ざっているらしいのだ」
「まあ。視察団、ですか」
他国からの視察。粗探し。厄介な来客。
その言葉を聞いた瞬間、私の限界OLとしての『接待・おもてなしセンサー』が、ピコン!と激しく反応した。
前世のブラック企業時代、本社から来る嫌味な役員や、気難しい取引先の接待を、私はただ一人ですべて完璧にこなし、相手の胃袋と機嫌を完全に掌握して契約をもぎ取ってきた実績がある。
「……お任せください、オルフェウス様」
私は、メイド服のエプロンをキュッと締め直し、慈愛に満ちた(凄まじく有能な営業スマイルの)表情を浮かべた。
「どのような厄介なお客様であろうと、私がルナミス帝国が誇る『最高のおもてなし(物理と胃袋掌握)』で、完全に骨抜きにして差し上げますわ!」
「アマネお嬢がやる気になっちまった……! こりゃあ、他国の貴族ども、社会的に終わったな……」
フェイトさんが豚汁を吹き出しそうになりながら震え、リーザさんは「その接待、絶好の配信チャンス(スパチャ)ですわ!」と目を輝かせている。
地下迷宮のサバイバルを『無料グランピング』で完全制覇したアマネが、次に挑むのは国境を越えた『外交(接待)戦』。
大公邸の規格外メンバーたちが巻き起こす、胃袋と笑顔の国際交流(という名の完全掌握)の幕開けは、もうすぐそこまで迫っていた。
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