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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 9

「壁をぶち抜く大公と、投げ銭の嵐」

 ルナミス帝国の地下数千メートルに位置する、死の迷宮の最下層。

 大悪魔ギアンが【お祈りレタス】の力で完全に幼児退行し、泣きじゃくっているシュールな空間に、世界を終わらせるかのような凄まじい轟音が響き渡った。

 ――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!

 最下層の分厚い岩盤の天井が、まるで薄いビスケットのように粉々に砕け散った。

 無数の瓦礫が降り注ぐ中、その土煙を漆黒の外套でバサァッ!と払い除け、一人の男が隕石のように降り立った。

「アマネッ!! 無事か!!」

 ルナミス帝国最高司令官にして、私の愛する婚約者――オルフェウス大公である。

 彼の紫の瞳は、これまでに見たことがないほど血走り、その全身からは帝国全土を灰にするほどの『絶対零度の殺気』と『激怒の覇気』が立ち昇っていた。

「私の愛しい女神をこんな薄暗い掃き溜めに落とした輩は、どいつだ……! 貴様の魂を千の欠片に引き裂き、永遠の苦痛を――」

 大公が、腰の魔剣を抜き放ちながら周囲を睨みつけた。

 彼が想定していたのは、飢えと恐怖に泣き叫ぶアマネの姿と、それを嘲笑う凶悪な魔族たちの光景だったはずだ。

 しかし、彼がその目で捉えたのは。

「あ、オルフェウス様。お仕事、お疲れ様です。わざわざお迎えに来てくださったんですね」

 最新式のBBQグリルの前で、トング片手に微笑む私。

 「お兄ちゃん、お肉食べるー?」と無邪気に笑うリン。

 「大公閣下、有休明けなんでお手柔らかにお願いしやす……」とバスタオルを被って欠伸をするフェイトさん。

 「大公殿、この地下施設は極上のスパでした!」と謎の報告をするヴァルキュリアさん。

 そして極めつけは、迷宮の隅で体育座りをして「俺の企画書……毒の沼の予算が……」とブツブツ呟きながら泣いている巨大な大悪魔ギアンと、その横で「五円! 金貨! スパチャ!」と山積みの金貨を磨いている芋ジャージの少女リーザだった。

「……」

 オルフェウス様の動きが、完全にフリーズした。

 彼の全身から立ち昇っていた「世界を滅ぼすほどの殺気」が、行き場を失ってスゥゥ……と霧散していく。

「……アマネ。これは、一体どういう状況だ?」

「はい。施設の管理人様(大悪魔)の用意してくださった『飢餓の呪い(スパイス)』と『毒の沼(無料の温泉)』がとても素晴らしかったので、みんなでグランピングとアイドルライブを満喫しておりました」

 限界OLの完璧な(ズレた)状況報告を聞き、オルフェウス様は深々とため息をついた。

 チャキッ、と魔剣を鞘に納めると、彼は一直線に私の元へと大股で歩み寄り、トングを持ったままの私を、その逞しい腕で力強く抱きしめた。

「オルフェウス様……?」

「……馬鹿者。私がどれほど心配したか、分かっているのか。君に万が一のことがあれば、私は正気を失ってこの星を破壊するところだったのだぞ」

 彼の大きな手が、私の背中を震えながら撫でる。

 怒りよりも、ただただ私が無事であったことへの深い安堵。皆の前だというのに、彼は私の首筋に顔を埋め、深く、甘い息を吐き出した。

「もう二度と、私の目の届かない場所へは行かせない。……愛している、アマネ」

「はい……私も、ご心配をおかけして申し訳ありません。迎えに来てくださって、本当に嬉しいですわ」

 私は顔を真っ赤にしながら、彼の広い背中にそっと腕を回した。

 地下迷宮の最下層に、極上の甘いイチャイチャ空間が展開される。

 ――しかし、この『尊すぎる光景』を、誰よりも熱狂的に見つめている者たちがいた。

『キャアァァァッ!! なにこの超絶イケメン大公様!!』

『さっきまでの鬼のような怒り顔からの、この激甘なデレ! ギャップ萌えで死ぬ!』

『お嬢さんを抱きしめる腕の筋がたまらん! 尊い! 尊すぎる!』

『ヤバい、このカップル推せる! アイドルちゃん、もっとこの二人を映して!』

『祝儀だ! 祝儀を持てぇぇっ!! スパチャ投げます!!』

 ピロリンッ! ピロリンッ! ピロリロリロリロリロリーンッ!!!

 なんと、リーザさんの『人魚姫のアイドルバフ』によってジャックされたままになっていた生配信の画面に、かつてないほどの莫大なスパチャ(課金)が嵐のように飛び交い始めたのだ。

 視聴者たちは、大公の圧倒的な顔面偏差値と、私への溺愛ぶりに完全に狂わされ、財布の紐を物理的に引きちぎっていた。

「な……ッ!?」

 その光景を見たリーザさんの瞳孔が、極限まで見開かれた。

 チャリン、チャリン、チャリリーンッ!

 リーザさんの足元に、天界や地上から転送されてきた無数の金貨が、文字通り『滝』のように降り注ぐ。先ほどの魔物のドロップアイテムなど比にならない、桁違いの稼ぎである。

「す、すごいですわ……! 私が汗水流して歌って踊った時よりも、大公様がアマネ様をただハグしただけのこの『イチャイチャ映像』の方が、何十倍もスパチャを稼ぎ出していますの……!!」

 極貧地下アイドルは、完全に理解してしまった。

 自分が必死に営業するよりも、この『大公とアマネの尊い日常』を背後で垂れ流す(配信する)ことこそが、最も効率の良い集金システム(錬金術)であるということに。

「大公閣下! アマネ様! そのまま、もっと深く愛し合ってくださいませ! 貴方たちは、最高の『ダシ(集金マシーン)』ですわぁぁぁッ!!」

 リーザさんは芋ジャージのまま飛び跳ね、カメラのアングルを私たちに合わせながら、狂喜乱舞して金貨の雨を全身で浴びていた。

「おい、アマネ。この騒がしいジャージの小娘は誰だ?」

「お気になさらず。ただの、逞しいお友達ですわ」

 私は苦笑いしながら、呆れるオルフェウス様の胸にすり寄った。

     *

【幕間:炎上神の完全な敗北と、天界の裁き】

「アアアアアァァァァッ!! 俺の……俺のチャンネルがぁぁぁっ!!」

 神界(GOD)のモニター室。

 炎上神ワイズは、画面を埋め尽くす「尊い!」「大公様カッコいい!」というコメントと、リーザに奪われていく莫大なスパチャの光を見て、泡を吹いて卒倒寸前だった。

 絶望のダンジョン配信を企画したはずが、結果として『アイドルライブ&大公の溺愛リアリティショー』という、最もワイズが憎む「平和で幸せなコンテンツ」の踏み台にされてしまったのだ。

『――【天界人事局より通達】』

 突如、ワイズのエンジェルすまーとふぉんに、冷酷なシステム音声が響き渡った。

『炎上神ワイズ。貴殿の度重なる「無許可でのダンジョン配信」「魔王軍との不適切交際」「視聴者へのヤラセ行為」が発覚いたしました。コンプライアンス委員会の決定により、貴殿の神格を剥奪し、天界の【最下層・窓際部署(通称:ミミズの世話係)】への無期限左遷を命じます』

「……は?」

 ワイズの顔から、すべての血の気が引いた。

『なお、貴殿のアカウントおよび収益はすべて没収され、被害者であるアマネ様およびリーザ様への慰謝料として充当されます。ごきげんよう』

「いやだぁぁぁっ! 俺は炎上神だぞ! ミミズの世話なんて嫌だぁぁぁっ!! 許してくれぇぇっ、アマネェェェッ!!」

 自らの邪悪な陰謀によって自滅し続けた炎上神ワイズは、ついに天界の法によって裁かれ、完全なる社会的な死(左遷)を迎えた。

 誰も彼に同情する者はいなかった。他人の不幸をエンタメにしようとする輩には、当然の報いである。

     *

「さて、帰りましょうか、アマネ。こんな埃っぽい場所、長居する理由はない」

 オルフェウス様が、私を軽々と『お姫様抱っこ』で抱き上げた。

「きゃっ! オルフェウス様、恥ずかしいです……自分で歩けますから」

「却下だ。君の足が疲れてしまうだろう」

 大公が歩き出すと、その後ろを、リンとヴァルキュリアさん、そして金貨でパンパンに膨らんだ袋を肩に担いだフェイトさんとリーザさんが、ホクホク顔でついていく。

 背後では、完全にメンタルが崩壊した魔人ギアンが「企画書……書き直す……」とブツブツ言いながら、自ら瓦礫の掃除を始めていた。

 こうして、死と恐怖の象徴であった帝国地下迷宮は、完全無欠の『ホワイトな極上リゾート』へと浄化され、大公邸のメンバーによるドタバタ救出劇は幕を閉じた。

 しかし、地上に帰った私たちを待ち受けているのは、この強欲な人魚姫が巻き起こす、さらなる騒がしい日常(シェアハウス生活)だったのである。

お読みいただきありがとうございます!


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