EP 7
「本気の歌【Love & Money】と、奇跡のバフ」
ルナミス帝国の地下迷宮の最下層。
魔王軍の幹部である大悪魔ギアンが放つ、空間そのものを押し潰すかのような圧倒的な殺気と重力魔法。
しかし、その暴風の中心で、芋ジャージ姿の絶世の美少女――人魚姫リーザさんは、みかん箱(アマネの通販)の上に堂々と仁王立ちしていた。
『……ふん。狂ったか小娘。そのマイクとやらで、この俺に命乞いでも歌うつもりか?』
ギアンが鼻で笑い、漆黒の炎を纏った巨大な爪を振り上げる。
一撃で迷宮の岩盤すら消し飛ばす、大悪魔の物理と魔法の複合撃。それがリーザさんに向けて無慈悲に振り下ろされようとした、その瞬間だった。
「ミュージック、スタートですの!」
リーザさんがメガホンマイクを握りしめ、高らかに歌い始めた。
『♪今日も私の為に世界が動く(まわって! まわって!)』
『♪全て上手くいくわ(絶対!)』
『♪愛も富も一つの物(どっちもちょーだい!)』
『♪ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪(Want You! Want You!)』
――ピキィィィンッ!!
彼女の歌声が響き渡った瞬間、最下層の空間が、文字通り『極彩色のアイドルのステージ』へと書き換えられた。
暗い迷宮の壁はキラキラとしたネオンの光に覆われ、毒の沼の跡地からはスモークが焚かれたように白い霧が立ち込める。
それは、腐っても海中国家シーランの人魚姫である彼女が持つ、ユニークスキル『人魚姫の歌声』の真骨頂。
彼女の強欲と純真さが完全に融合した、奇跡の勝負曲【Love & Money】である。
『♪だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ』
『♪だから、何処までもついて来てね♡(一生ついていくよー!!)』
「な、なんだこのふざけた歌は……!? 俺の爪が……俺の魔力が、この謎の光に押し返されているだと!?」
ギアンが驚愕の声を上げた。
彼が振り下ろしたはずの漆黒の爪は、リーザさんの周囲に展開された『見えないハート型のバリア(アイドルのオーラ)』に阻まれ、火花を散らして弾き返されていた。
「私のステージで、暴力は禁止ですわ! 貴方が私に捧げるべきは、その黒い爪じゃなくて、熱い声援(と現生)ですのぉぉっ!」
リーザさんの瞳の奥に、ファンたちの時間と世界をすべて奪い尽くそうとする『純粋なる強欲』の炎が燃え上がる。
そして、その「宇宙一の幸せな時間」を強制的に味わわせるアイドルバフは、ギアンの背後にいた大公邸のメンバーたちに、規格外の化学反応を引き起こした。
「は、はわわ……っ! リーザさんの、この強欲なのに底抜けに純粋な歌声……っ! 胸の奥から、熱いものが込み上げてきます……! ああっ、これが……これが人間界の『推し活』というものなのですね!!」
真っ先にバフの直撃を受けたのは、天界の監査官ヴァルキュリアさんだった。
彼女の純白の翼が、突如として眩い黄金の光を放ち始める。リーザさんの歌声(愛と搾取)に感化され、彼女の内に眠る『天界の主神レベルの神聖力』が、リミッターを完全に吹き飛ばして暴走(覚醒)したのだ。
「リーザちゃん、可愛いーっ! いけーっ!」
リンが、どこからともなく取り出したサイリウム(通販で購入したLEDライト)をブンブンと振り回し、コールを送る。
そして、もう一人。
「……うぅっ。なんか、すげぇピカピカしてて、うるせぇ……けど、俺の細胞が……俺のギャンブル魂(スパチャ欲)が、強制的に叩き起こされるっす……ッ!」
有休申請(寝込みデバフ)で白目を剥いて倒れていたフェイトさんが、ゾンビのようにフラフラと立ち上がった。
彼は完全に無意識のまま、ポケットから『運命の金貨』を取り出し、アイドルの歌のビートに合わせて、親指で天高く弾き飛ばした。
クルクルと回転する金貨。
本来なら、裏を出した直後の彼にはデバフしかかからないはずだ。
しかし、リーザの歌がもたらす『強制的な奇跡』の空間の中で、落ちてきた金貨は――ピタリと。
確率数万分の一の奇跡、『縁』で真っ直ぐに立ち上がったのである。
「――よっしゃぁぁぁッ!! 来たぜぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
フェイトの全身から、黄金の闘気が大爆発を起こした。
【全能力100倍(縁立ち効果)】。
最強のアイドルバフと、ギャンブル中毒の奇跡が融合し、フェイトのステータスは完全に天文学的な数字へと跳ね上がっていた。
『♪世界中が私の為に愛を叫ぶ(まわって! まわって!)』
『♪全部抱きしめるわ(最強!)』
『♪愛も富も同じ輝き(どっちも本物ー!)』
『♪貴方の全て(人生)を背負って生きていける(Fuuu〜!)』
「ば、馬鹿なッ!? なんだこいつらは!? さっきまで怯えきっていたはずの娘と、寝込んでいたただの剣士から、魔王様すら凌駕するプレッシャーが……ッ!」
大悪魔ギアンが、初めて恐怖に顔を引きつらせた。
「アンチ(厄介客)は退場です!! 天界流・推し活奥義【ホーリー・ブレイク・サイリウム】ッ!!」
主神レベルに覚醒したヴァルキュリアさんが、神聖なオーラを纏った巨大な光の剣(どう見ても特大のサイリウム)を振り下ろした。
『グオォォッ!?』
ギアンが展開した何重もの防御魔法陣が、まるで薄紙のように呆気なく粉砕される。
「ヒャッハーッ! リーザお嬢ちゃんの歌に、俺の剣で合いの手を入れてやるっすよぉぉッ!!」
能力100倍のフェイトが、空間を削り取るような次元の斬撃を、まるでダンスを踊るような軽やかなステップで次々とギアンに叩き込む。
『ギャアァァァッ!! 痛いッ! なんなのだお前らはぁぁっ!!』
大悪魔の巨体が、右へ左へとピンボールのようにはね飛ばされ、地下迷宮の壁に次々と叩きつけられていく。
それはもはや戦闘ではなく、アイドルのライブの「余興(特殊効果)」のド派手な演出にしか見えなかった。
*
【幕間:乗っ取られた配信と、発狂する炎上神】
「アアアアアッ!! なんでだ! なんでこうなるんだよぉぉっ!!」
神界(GOD)のモニター室。
炎上神ワイズは、自身のエンジェルすまーとふぉんの画面を叩き割りそうな勢いでタップしながら、泡を吹いて絶叫していた。
ワイズが『絶望の地下迷宮サバイバル』として配信していたはずのゴッドチューブのチャンネル。
しかし、その画面はいつの間にか、【緊急生配信・超絶アイドル地下ライブ in ルナミス迷宮】というタイトルにすり替わっていたのだ。
原因は明らかだった。リーザの放った『愛と強欲のアイドルバフ』の波長が、ワイズの配信魔法陣の波長を強引に乗っ取り、彼女のステージとして完全にジャックしてしまったのである。
『うおおおおっ! なんだこの神曲!』
『ジャージの女の子、歌も顔も良すぎる! 推すわ!』
『後ろでサイリウム振ってる天使と、無双してる剣士のバックダンサーも最高ww』
『あのボコボコにされてるデカい悪魔、最高のやられ役だな!』
『リーザちゃんに俺の給料全部投げます!! 5円じゃ足りねぇ! 金貨100枚スパチャだ!!』
ピロリンッ! ピロリンッ! ピロリロリロリロリロリーンッ!!!
ワイズのモニター画面が、かつてないほどの『莫大なスパチャ(投げ銭)の光』で埋め尽くされていく。
しかし、その金はワイズのアカウントではなく、すべてルナミス帝国にいる『リーザ』の個人口座(または彼女の足元の空間)へとダイレクトに転送され続けていた。
「俺の……俺の配信枠が……俺の稼ぎがぁぁっ!! 全部あの芋ジャージの人魚に吸い取られていくぅぅっ!!」
ワイズは自分の評価と金がリアルタイムで奪われていく絶望に、床を転げ回って泣き叫ぶことしかできなかった。
『♪だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ』
『♪だから、何処までもついて来てね♡(一生ついていくよー!!)』
『♪ダーリン!(チュッ♡)』
リーザさんが完璧なウインクと共に歌い終えると、地下迷宮の最下層には、無数の金貨の雨が降り注いだ。
そして、その金貨の山の中心で、大悪魔ギアンは全身ボロボロになり、白目を剥いて地面にピクピクと痙攣しながら倒れ伏していたのである。
「はぁ……はぁ……! 最高のステージでしたわ!」
リーザさんは肩で息をしながらも、自分に降り注ぐ金貨の山を見て、これ以上ないほど輝く笑顔を浮かべた。
「お疲れ様です、リーザさん。とても素晴らしい歌でしたよ」
私は彼女にスポーツドリンク(通販)を手渡しながら、限界OLの視点で、完全にノックアウトされた大悪魔へと視線を向けた。
物理的には完全に制圧した。
しかし、彼がこの迷宮の『管理人』である以上、今後のためにもしっかりとアフターケア(精神的なとどめ)をしておかなくてはならない。
私は空間収納から、あの『トラウマ野菜』を取り出し、慈愛に満ちた笑顔でギアンの元へと歩み寄っていった。
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