EP 6
「魔人ギアンの直接介入と、大公の猛追撃」
その頃、地上にあるルナミス帝国の帝都・大公邸。
「――アマネッ!! アマネ、どこだ!!」
王宮での軍務を予定より大幅に前倒し(物理的な速筆と威圧)で終わらせ、愛する婚約者の顔を見るために帰還したオルフェウス大公は、庭のガゼボに駆け込み、その場に立ち尽くしていた。
そこにアマネたちの姿はなく、ただティーセットが残されたテーブルと、芝生に焼き付いた『禍々しい転移魔法陣の痕跡』だけが残されていたのだ。
「……大公閣下! アマネ様が、何者かの罠によって地下へ転移させられた模様です! 魔法陣の座標は……帝都地下深くの『封印指定・地下迷宮』の最下層かと!」
駆けつけた大公邸の騎士団長が、青ざめた顔で報告する。
「地下迷宮だと……?」
オルフェウスの紫の瞳が、スッと細められた。
次の瞬間、彼から放たれたのは、帝国全土を震わせるほどの『絶対零度の殺気と、純度百パーセントの激怒の覇気』だった。
「私の……私の愛しいアマネを、太陽の光も届かない、不衛生で危険な掃き溜めに落としたというのか……ッ!」
ゴゴゴゴゴッ……!
大公の足元の地面が、その圧倒的な魔圧に耐えきれずにひび割れ、陥没し始める。
彼は漆黒の外套を翻すと、迷宮の正規の入り口(帝都の郊外にある封印の扉)へは向かわず、庭の魔法陣の跡地の中央に立った。
「閣下!? 正規のルートから討伐隊を編成し――」
「悠長に扉など探している暇はない。直通で作る」
オルフェウスは右腕に規格外の闘気を集中させると、大地に向かって無慈悲な拳を振り下ろした。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
大公邸の庭が爆発したかのように吹き飛び、帝都の岩盤が、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
ルナミス帝国最強の戦神は、地下迷宮に仕掛けられた複雑なトラップも、迷路状の構造もすべて完全に無視し、「壁と床を物理で粉砕して一直線に最下層へ向かう」という、前代未聞の脳筋(愛の)追撃を開始したのである。
「待っていろ、アマネ。君の美しい髪の毛一本でも傷つけた輩は、私がこの世界から消し去ってやる……!」
*
一方、そんな愛する婚約者の激怒の追撃が始まっているとは露知らず。
地下迷宮の最下層では、非常にのどかな『物販(仕分け)タイム』が行われていた。
「すごいですね、リーザさん。高級なボアのお肉がこんなにたくさん。魔石も大漁ですわ」
「ふふっ! 私のステージの熱気に当てられて、ファン(魔物)たちが持てる限りのスパチャを投げてくれましたの! これで半年はパンの耳生活から抜け出せますわ!」
私は空間収納に魔物たちが置いていった(カツアゲした)ドロップアイテムをホクホク顔で仕分けし、芋ジャージ姿のリーザさんは五円玉と一緒に魔石を磨いてウハウハと笑っている。
「すやすや……。親戚の犬が……むにゃむにゃ……」
その横では、コイントスで裏を出したフェイトさんが、バスタオルをお腹にかけて有給(寝込みデバフ)を満喫していた。
私たちは完全にピクニックの食休みのテンションだった。
――その、空気が。
突如として、氷のように凍りついた。
『――よもや、我が手塩にかけた迷宮の最下層を、ここまでコケにするとはな』
ズズンッ、と。
地鳴りのような低い声が、迷宮の闇の奥から響き渡った。
空間が歪み、赤黒い炎と共に巨大な影が実体化する。
それは、見上げるほどの巨躯を持つ、山羊の角を生やした漆黒の悪魔――魔王軍の幹部にして大悪魔、『魔人ギアン』であった。
「なっ……!?」
ヴァルキュリアさんが、息を呑んで後ずさった。
「はわわ……! なんという禍々しい魔圧……! 先ほどの魔物の群れとは次元が違います! あれは、神話の時代に封印された本物の大悪魔……ッ! アマネさん、下がってください! 私の命に代えても――くっ!」
魔人ギアンがスッと目を細めただけで、凄まじい重力魔法のようなプレッシャーが私たちを襲い、ヴァルキュリアさんは片膝をつかされてしまった。
『小娘ども。貴様らが我が『飢餓の呪い』をスパイス代わりにして肉を喰らい、我が猛毒の沼を温泉に変えたこと、すべて見ているぞ。……俺の数千年の怨念と計画を、お遊戯会に変えてくれたその罪、万死に値する!』
ギアンの口から、灼熱の黒炎が漏れ出す。
『貴様らの肉と骨をドロドロに溶かし、その魂を永遠にこの暗闇の底で絶望させてやろう……!』
絶対的な死の宣告。
普通なら、ここで絶望して泣き叫ぶしかないだろう。
しかし、私はその大悪魔の怒りの抗議を聞いて、前世の限界OLとしての『社会人フィルター』を通して状況を理解していた。
(……なるほど。あの方が、この地下施設の『管理人』さんなのね)
私の中で完全に辻褄が合った。
勝手に地下施設に入り込み(落とされたのだが)、無断でBBQをし、おまけに温泉の成分まで勝手に変えてしまったのだ。そりゃあ、施設の管理人からすれば、ルール違反の迷惑な客として怒り狂うのも無理はない。
「……申し訳ありません、管理人様。私たち、少しはしゃぎすぎてしまったようですわね。すぐに片付けますから、どうか穏便に――」
私が、前世でクレーム対応をする時の「とりあえず謝罪と菓子折り(通販)」のスタンスで前に出ようとした、その時だった。
「ちょっと。そこの泥臭くて声のデカい、角の生えたおじさん」
スッ、と。
私の前に、一人の少女が立ち塞がった。
仕上がった美肌を輝かせ、えんじ色の『芋ジャージ』のポケットに両手を突っ込んだ人魚姫――リーザである。
「アマネ様、この手の輩に謝ってはダメですの。こういう『タダ見のアンチ』は、一度甘やかすとつけ上がりますから」
「アンチ……?」
リーザさんは、魔王軍の幹部である大悪魔の凄まじい殺気を真正面から浴びているにもかかわらず、全く怯む様子がなかった。
むしろ、彼女の瞳の奥には、先ほどのライブの時以上の『ドス黒い不機嫌さ』が渦巻いていた。
『……あ? なんだ貴様は。ジャージを着たただの小娘が、この大悪魔ギアン様に説教を垂れようというのか?』
ギアンが、見下すような嘲笑を浮かべる。
「ただの小娘じゃありませんの。私はアイドルですわ」
リーザさんは、足元に置いてあった『みかん箱』を蹴り飛ばして自分の前に置き、その上にドカッ!と仁王立ちした。
「私が最高のステージを終えて、ファンからいただいたスパチャ(魔石)の計算をして、最高の余韻に浸っているこの『アフターイベント(物販タイム)』を……無断で闖入してきて、大声でぶち壊すなんて。本当に、常識のないアンチ(厄介客)ですわね」
『……アンチだと? 貴様、俺が誰だか――』
「誰だろうと関係ありませんの!」
リーザさんが、メガホンマイクをビシッと魔人ギアンに突きつけた。
「いいこと、おじさん! 私のステージの空気を吸いたければ、相応の『対価』を払ってもらいますわ! 命か、魂か、それともその偉そうな角か……! プレミアムチケット代も払えないようなケチな悪魔は、私がこの場で出禁(浄化)にしてさしあげますの!!」
なんと、極貧地下アイドルは、大悪魔ギアンを「ルールを守らない厄介な客」と認定し、真っ向からカツアゲ(営業)の宣戦布告を叩きつけたのだ。
「はわわ……! リーザさん、いくらなんでも相手が悪すぎます! アイドルの歌で大悪魔に立ち向かうなど……!」
ヴァルキュリアさんが制止しようとするが、リーザさんの『強欲』のボルテージはすでに最高潮に達していた。
「見ていなさい、アマネ様。さっきの宴会芸とは違う、私の『本気のステージ』を! あのアンチの身ぐるみ、全部引っぺがして差し上げますわ!」
リーザさんは大きく息を吸い込み、マイクを握り直した。
地下迷宮の最下層。
激怒の大悪魔の魔圧すら捻り潰すほどの、圧倒的な【Love & Money(愛と強欲)】の奇跡のバフライブが、いよいよ幕を開けようとしていたのである。
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