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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 4

「毒の沼(無料のスパ)と、美容テスター人魚」

 ルナミス帝国の地下数千メートル。

 死と恐怖が支配するはずの地下迷宮の最下層は、アマネの【善行ポイント通販】による極上BBQによって、完全にピクニック会場と化していた。

「あー、食った食った。タダで極上の肉が食えて、涼しくて快適。なんだ、このダンジョンって最高のバカンス施設じゃないっすか」

 満腹になったフェイトさんが、爪楊枝をくわえながらのんびりと歩いている。

「ふふっ、美味しいものを食べると元気が出ますね。さあ、もう少し奥へ進んでみましょうか」

 私たちは腹ごなしも兼ねて、迷宮のさらに奥へと足を踏み入れた。

     *

【幕間:大悪魔の怒り】

「おのれ……おのれぇぇぇっ! 我が『飢餓の呪い』を極上BBQのスパイス代わりにしおってぇぇっ!!」

 神界(GOD)のモニター室で、魔人ギアンが怒りのあまり黒いオーラを噴出させていた。

「くそっ! 飯テロ配信のせいで、俺のチャンネルの視聴者が『お肉食べたい』『アウトドア最高』とかふざけたコメントばっかりしやがって……! ギアン! 次の罠だ! 奴らが絶対に助からない、地獄のような罠にぶち込め!」

 炎上神ワイズも、胃薬をボリボリと噛み砕きながら絶叫する。

「フン……ならば、この迷宮最大の死のトラップ【溶解の毒沼】に誘い込んでくれよう。触れた瞬間に骨の髄まで溶け落ちる猛毒のプールだ。いくら肉を食って元気をつけようと、沼に落ちれば一瞬で絶望の悲鳴を上げることになるわ!」

 ギアンが呪文を唱えると、迷宮の通路が音もなく変形し、アマネたちを『毒の沼』へと強制的に誘導し始めた。

     *

「……あら? なんだか、少し独特な匂いがしてきましたね」

 通路を抜けると、私たちの目の前に、広大な地底湖のような空間が広がった。

 しかし、その水面は不気味な紫色に濁り、ボコボコと不気味な泡を立てている。鼻を突くような、強烈な硫黄の匂いが充満していた。

「ひぃっ!? アマネお嬢、ストップっす! あれ、ヤバいっすよ!」

 フェイトさんが慌てて私の前に立ち塞がった。

「はわわ……! なんという強烈な毒の瘴気! あれは魔界の猛毒『メルト・ポイズン』です! 一滴でも皮膚に触れれば、肉がドロドロに溶けてしまう死の沼です!」

 ヴァルキュリアさんが、青ざめた顔で剣を構える。

 迷宮の壁はつるつるとしており、この広大な毒の沼を泳いで渡らなければ、先へ進むことはできそうにない。

「死の沼……。でもこれ、ただの『少し硫黄の匂いがキツすぎる温泉』みたいに見えますね。このまま入ったら、お肌が荒れてしまいそうですわ」

 私は前世の記憶を思い出していた。

 会社の社員旅行で訪れた、古びた温泉宿。そこのお湯は硫黄の匂いが強すぎて、肌の弱い後輩が「ピリピリして痛いですぅ」と泣き言を言っていたっけ。

 そんな時、限界OLの私がよく使っていたライフハック(という名の通販スキル)がある。

「少しお湯の成分を優しく、マイルドに中和しましょうか」

 私は脳内で【善行ポイント通販】を開いた。

 購入したのは、地球のドラッグストアで売られている【お風呂の塩素・毒素中和剤(タブレット型・5pt)】の特大パックと、最高級の【極上リラックス・ヒノキの入浴剤(大容量ボトル・10pt)】だ。

「エイッ」

 私は、その大量のタブレットと入浴剤の粉末を、毒の沼に向かって惜しげもなく放り込んだ。

 シュワシュワシュワァァァッ……!!

 紫色の毒沼が、凄まじい勢いで泡立ち始めた。

 中和剤の成分が猛毒の化学構造を瞬時に分解し、さらにヒノキの入浴剤が、毒の成分を『極上の美肌成分』へと強引に書き換えていく。

 数秒後。

 禍々しかった紫色の毒沼は、美しい乳白色のお湯へと変わり、空間全体にリラックス効果抜群の芳醇なヒノキの香りが漂い始めたのである。

「ええっ!? 毒の沼が……一瞬で真っ白でいい匂いのお湯に変わったっす!?」

 フェイトさんが目を丸くして叫んだ。

「これならお肌にも優しいですし、体の芯から温まりますよ。みんなでお風呂にしましょうか」

 私が空間収納から人数分のバスタオルと水着(通販で調達済み)を取り出すと、その言葉に最も早く反応した者がいた。

「タダで……極上のスパ(温泉)に入れる……ですって!?」

 芋ジャージ姿のリーザさんである。

 彼女は元々、海中国家シーランの人魚姫だ。水のある場所こそが彼女の本来のフィールドである。ルナミス帝国での極貧生活では、銭湯に行くお金すらなかったため、デパートの化粧室で顔を洗うのが精一杯だったのだ。

「やらせませんわ! この広くて温かいお湯は、ぜーーんぶ私のものですのぉぉぉッ!!」

 リーザさんは、芋ジャージを脱ぎ捨てて可愛いフリルの水着姿になると、見事な飛び込みのフォームで乳白色の温泉へとダイブした。

 ザパーーーンッ!!

「ぷはぁぁぁっ……! ああっ、最高ですわ……! ヒノキの香りと、お肌がスベスベになるこのとろみ……! デパートのマッサージチェアの何百倍も癒やされますの……っ!」

 リーザさんは温泉の中でくるくると回り、人魚のように優雅に泳ぎながら、歓喜の声を上げている。

「あははっ! お姉ちゃん、いい匂いのお風呂だねー!」

 リンも水着に着替えて浮き輪につかまり、パチャパチャと遊んでいる。

「はわわ……! 戦いの最中にお風呂だなんて、聖騎士の規律が……でも、この香りに抗うことなど不可能です……っ」

 ヴァルキュリアさんも、顔を真っ赤にしながら肩までお湯に浸かり、完全にトロけた顔になっていた。

「はぁぁぁ〜……。マジで極楽っす……。こんな快適なダンジョンなら、一生住み着いてもいいレベルっすね」

 フェイトさんは頭に手ぬぐいを乗せ、完全にオッサンのような顔で温泉を満喫している。

 魔人ギアンが用意した『絶対死の毒沼トラップ』は、アマネの「お肌への気遣い(中和剤)」によって、完全に【完全無料の極上リゾート・ヒノキ温泉】へと改修されてしまったのである。

     *

「ふぅ、サッパリしましたね」

 温泉から上がり、バスタオルで体を拭いた私たちは、迷宮の少し開けた場所で休憩することにした。

 私は再び通販を開き、地球の【高級スキンケアセット(化粧水・乳液・美容液・20pt)】を取り出した。お風呂上がりは、しっかりと保湿をしないとお肌が乾燥してしまうからだ。

「あら、アマネ様。そのキラキラした小瓶は……?」

 リーザさんが、目ざとくそのボトルに気づいて近寄ってきた。

「これはお肌を整えるお水ですよ。もしよかったら、リーザさんも使ってみますか?」

「えっ!? い、いいんですの!? このような高級そうなボトル……ルナミスデパートの1階の化粧品売場で、私がいつも指をくわえて見ていた憧れの『テスター(試供品)』みたいですわ!」

 リーザさんは目を輝かせ、私の手から化粧水のボトルを恭しく受け取った。

 そして、手のひらに適量を取ると、パンパンパンッ!とプロのメイクアップアーティスト顔負けの完璧な手つきで、自分の顔にパッティングし始めた。

「んん〜っ! お肌にぐんぐん浸透していきますわ! しかも、店員さんの冷たい視線を気にせずに、タダで、好きなだけ使えるなんて……ここは天国ですか!?」

 ルナミスデパートで、店員の目を盗んでテスターを使い倒してきた彼女の美容スキルは、本物だった。温泉効果も相まって、彼女の肌は真珠のようにピカピカに輝き、まさに絶世の人魚姫の美しさを取り戻していた。

「はぁ……。飯は美味いし、温泉は最高だし。……俺、もう仕事したくねぇっす。今日は有休使って、このまま昼寝するっす」

 フェイトさんが、温泉の温もりで完全にダメ人間モードに入り、石畳の上に大の字になって寝転がった。

「奇遇ですわね、フェイトさん。私も、お腹もいっぱいですし、お肌もツルツルですし……今日はもう、アイドルの営業(路上ライブ)はお休みして、このまま寝てしまいたいですの」

 リーザさんも、フェイトさんの隣に芋ジャージを敷いてゴロンと寝転がった。

 ギャンブル中毒のサボり魔と、極貧ポイ活サバイバルの地下アイドル。

 究極のダメ人間二人が、死の地下迷宮の最下層で完全に意気投合し、弛緩しきった空気を漂わせている。

「……フェイトさん、リーザさん。風邪を引きますから、お腹にはタオルをかけてくださいね」

 私は怒るでもなく、二人にそっとバスタオルをかけてあげた。

 しかし、この平和すぎる温泉旅行を、迷宮の主である大悪魔が黙って見過ごすはずがなかった。

 ゴゴゴゴゴッ……!!

「……ん? なんだか、地響きが聞こえないっすか?」

 寝転がっていたフェイトさんが、片目を開けた。

 迷宮の奥深くから、数え切れないほどの赤い眼光がこちらに向かって押し寄せてくる。

 それは、ギアンが怒りに任せて全層からかき集めた、凶悪な魔物の大群――『スタンピード(暴走状態)』だった。

「ひぃっ!? ま、魔物の大群っす! アマネお嬢、逃げるっすよ!」

 フェイトさんが慌てて飛び起きたが、彼の体は温泉の効能で完全にリラックスしきっており、足元がフラフラと覚束ない。

「はわわ! 数が多すぎます! アマネさんをお守りしきれるか……!」

 ヴァルキュリアさんも剣を構えるが、多勢に無勢だ。

「……あら? あのお肉(魔物)たち、私からタダ飯と温泉の時間を奪おうっていうんですの?」

 その時。

 完全に仕上がった美肌と、芋ジャージ姿のリーザさんが、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女の瞳の奥に、地下アイドルの『強欲』と『狂気』の炎がチロチロと揺らめき始める。

 ダメ人間二人のうち、極貧アイドルの本領が、いよいよ発揮されようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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