EP 3
「『飢餓の呪い』発動と、タダ飯グランピング」
ルナミス帝国の地下数千メートルに広がる、光の届かない死の迷宮。
リーザさんの『ハゲたぬきのポンポコ節』の余韻(と衝撃)が冷めやらぬ中、突如として迷宮全体が禍々しい赤黒い光に包まれた。
「な、なんすかこれ……っ!? 急に空気がドロドロしてきたっす!」
「はわわ……! 強烈な呪詛の波動です! アマネさん、リンちゃん、私の後ろへ!」
ヴァルキュリアさんが聖剣を構えた瞬間。
赤黒い光が波紋のように私たちを通過していった。
物理的なダメージはない。しかし――。
「……ぐはっ!!」
フェイトさんが、突然胃袋を抱えてその場にうずくまった。
「はわわ……っ!? 急に、お腹が……力が抜け、て……」
ヴァルキュリアさんも、膝から崩れ落ちてしまう。
「二人とも、どうしたんですか!?」
「は、腹が……猛烈に減ってるっす……。さっきあれだけ朝飯食ったのに、3日間何も食ってないみたいな……胃液が逆流するほどの飢餓感が……っ」
それこそが、魔王軍の大悪魔ギアンが放った【飢餓の呪い】だった。
対象者の空腹感を通常の100倍にまで強制的に引き上げ、理性を奪い、極限の飢えの苦しみを与える恐るべきトラップ。
このままでは、フェイトさんとヴァルキュリアさんが飢えで倒れてしまう。
――しかし。
この恐るべき呪いの空間の中で、ただ一人、全くの無傷でピンピンしている人物がいた。
「あら? 皆さん、どうしたんですの? 急にへたり込んで」
芋ジャージ姿の絶世の美少女、リーザさんである。
「り、リーザさん……あなた、お腹は空いていないんですか!?」
「え? さっきまで少し小腹が空いていましたけれど、フレンチトーストをいただいたので元気いっぱいですわ! 確かに、なんかモヤモヤした波を浴びて、少し胃が動いた気はしますけど……この程度の空腹感、私が月末にキャルルの家で家賃を払えなくて土下座している時の『極限のひもじさ』に比べたら、全然余裕ですの!」
リーザさんは腰に手を当て、ドヤ顔で言い放った。
そう、極貧のポイ活サバイバル生活を送り、タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と血みどろの抗争を繰り広げている彼女の胃袋と精神は、すでに『空腹』に対する完全耐性を獲得していたのだ。
魔王軍の大悪魔の呪いですら、限界地下アイドルの『日常のひもじさ』には勝てなかったのである。
「す、すげぇ……。アイドルって、そんな過酷な職業なんすね……」
フェイトさんが尊敬と哀れみの混じった目を向ける。
「グゥゥゥゥッ……!!」
その時、暗闇の奥から、私たちの飢えた匂いを嗅ぎつけたのか、数匹の凶悪な魔獣が姿を現した。
鋭い牙を持つ巨大なイノシシのような魔獣――『ダンジョン・ボア』だ。
「ヒィッ! 魔物が出たっす! でも俺、腹が減りすぎて剣を振る力が……!」
「フェイトのお兄ちゃん、しっかりしてー!」
リンがポカポカとフェイトさんの背中を叩く。
私は、その巨大なイノシシの魔物と、迷宮の壁に生えている『立派なキノコ』を交互に見比べた。
……前世で、会社の慰安旅行で行った山奥の高級旅館。そこで食べた『最高級のイノシシ肉の牡丹鍋』と『天然の松茸』の記憶がフラッシュバックする。
「……フェイトさん。あのイノシシの魔物、とても肉質が良さそうに見えませんか? それに、あの壁に生えているキノコ、地球の『松茸』という高級食材にそっくりです」
「……えっ?」
「ここは、誰の許可もいらない地下迷宮。つまり……【最高級の食材が、無料で採り放題の農園】ということですわ!」
私の限界OLの『節約センサー』が、ピコン!と激しく反応した。
無料。タダ。食べ放題。
その言葉を聞いた瞬間、リーザさんの目の色が変わった。
「タダで……高級肉が、食べ放題……!?」
ゴゴゴゴゴッ……!
リーザさんの芋ジャージから、先ほどの呪いの波動すら軽く凌駕する、強烈な【強欲のオーラ】が噴き出した。
「タロウ(野良犬)と争わなくても、お肉がタダで手に入るなんて……! やらせませんわ! このお肉は全部、私のものですのぉぉぉッ!!」
リーザさんは目にも留まらぬ速さで突撃し、健康サンダルを履いた足で、巨大なダンジョン・ボアの眉間めがけて完璧な飛び蹴りをクリーンヒットさせた。
「ブベェッ!?」
魔物は哀れな鳴き声を上げ、一撃で光の粒子となって消滅し、後には見事な霜降りの『極上ボア肉のブロック』がドロップした。
「はわわ……! リーザさん、アイドルの身でありながら、なんという戦闘力……っ!」
「無料の飯に対する執念がバグってやがる……」
見事に食材が調達されたところで、私は脳内で【善行ポイント通販】を開いた。
空間から実体化させたのは、【アウトドア用・最新無煙BBQグリル(20pt)】と、【極上ガーリックバター(5pt)】、そして【ヒマラヤ岩塩(5pt)】だ。
「さあ、お肉もキノコも採れましたし。この涼しくて快適な地下空間で、グランピング(豪華なキャンプ)と洒落込みましょう!」
私はグリルに火を入れ、リーザさんが狩ってきた極上ボア肉と、壁から採取した松茸のようなキノコを、分厚く切って鉄板の上に並べた。
ジューーーーッ!!
極上の脂が弾け、香ばしい匂いが立ち昇る。
そこに、たっぷりのガーリックバターを落とし、ヒマラヤ岩塩をパラリと振りかける。
暴力的なまでのニンニクとバター、そして肉の焼ける匂いが、飢餓の呪いで極限まで空腹になっているフェイトさんたちの鼻腔を直撃した。
「あ、あばばば……っ! に、匂いだけで意識が飛びそうっす……っ!」
「焼けましたよ。さあ、冷めないうちにどうぞ」
私は焼きたてのお肉を切り分け、皆のお皿に取り分けた。
「いただきまぁぁぁっす!!」
フェイトさんが、肉に噛み付く。
ザクッ! ジュワァァッ!
「――ッッッ!! う、うめぇぇぇぇぇッ!!」
フェイトさんが、涙を噴水のように流しながら絶叫した。
「なんだこれ! 呪いのせいで腹が極限まで減ってるから、肉の旨味が普段の100倍……いや、1000倍の威力で脳髄に突き刺さってくるっす! 噛むたびにガーリックバターのコクと、肉の甘い脂が爆発して……っ!」
彼は完全に理性を失い、野生の獣のように肉を貪り食い始めた。
「はわわ……! キノコも、コリコリとした食感で、芳醇な香りが口いっぱいに広がります……! 呪いによる空腹が、最高のスパイス(前菜)になっているのですね……っ!」
ヴァルキュリアさんも、頬をピンク色に染めてキノコを頬張っている。
「最高ですわ! 廃棄じゃない、出来立ての温かいお肉! これが……これが人間の食べるご飯ですのねぇぇっ!!」
リーザさんは、口の周りを脂だらけにしながら、芋ジャージの袖で涙を拭っていた。
死と恐怖の迷宮の最下層は、一瞬にして【最高の食材と最高のスパイス(呪い)が融合した、極上無料グランピング会場】へと変貌を遂げていたのである。
*
【幕間:絶望する悪役たち】
「――な、なぜだぁぁぁぁっ!!」
神界(GOD)のモニター室。
炎上神ワイズは、自身の髪の毛を掻きむしりながら絶叫していた。
モニターの画面には、飢えと恐怖で発狂するはずのアマネたちが、なぜか最新式のBBQグリルを囲み、最高に美味しそうな顔で肉を貪り食っている映像が映し出されている。
「お、おいギアン! お前の【飢餓の呪い】、全然効いてねぇじゃねえか! ただ飯を美味くするための『食前酒』になってるだけだぞ!!」
「ば、馬鹿なッ!? 我が数千年の怨念がこもった呪いが、あんな小娘の『無料の食材』という謎のポジティブ思考と、ジャージの女の強欲さによって完全に無効化されているだと……!?」
大悪魔ギアンも、信じられないものを見る目でモニターを凝視し、ワナワナと震えていた。
さらにワイズにとって最悪だったのは、ゴッドチューブの視聴者たちの反応である。
『うわー、めちゃくちゃ美味そう……』
『こんなの見せられたらお腹減ってきた!』
『地下迷宮グランピング、最高じゃん!』
『お嬢さんの手際が良すぎるww 深夜の飯テロ配信助かる!』
ワイズが期待していた「恐怖の炎上配信」は、完全に【大人気・深夜の極上飯テロキャンプ動画】へとすり替わり、視聴者からの「美味しそう!」「スパチャ投げます!」という好意的なコメントで埋め尽くされてしまっていたのだ。
「ふざけるなぁぁっ! 俺の……俺の絶望のダンジョン配信が……っ!」
ワイズが血涙を流して発狂する中。
極上のタダ飯でお腹を満たしたアマネ一行は、「さて、次は無料の温泉(毒の沼)でも探しに行きましょうか」と、ピクニック気分で死の迷宮の奥深くへと足を踏み入れていくのであった。
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