第五章 地下迷宮への落下と、迷い込み地下アイドル
「炎上神の罠と、降ってきた芋ジャージの人魚姫」
アバロン魔皇国への外遊と、ポポロ村での偽勇者騒動を終え、私たちがルナミス帝国の帝都にある大公邸へ帰還してから数日が経った。
「アマネ、すまない。この数日の不在で、軍務と政務の書類が山のように溜まっていてな。今日は夜まで王宮に缶詰めになりそうだ」
「お気になさらないでください、オルフェウス様。お仕事、頑張ってくださいね」
朝の光の中、名残惜しそうに何度も私の髪にキスを落としてから、オルフェウス様は王宮へと出仕していった。
彼を見送った後、私とリン、そして天界から遊びに来ているヴァルキュリアさんは、大公邸の広大な庭のガゼボ(西洋風のあずまや)で、のんびりとお茶会を楽しんでいた。
「ふぁぁぁ……。護衛ってのも、平和だとマジで暇っすね……」
ガゼボの入り口には、新しく私の専属護衛となったA級冒険者のフェイトさんが、欠伸を噛み殺しながら立っている。
「フェイトさん、立ちっぱなしで疲れたでしょう。冷たいハーブティーでもいかがですか?」
「マジっすか!? アマネお嬢の淹れてくれるお茶、最高に美味いから嬉しいっす! 俺、この職場で一生飼い犬として生きるって決めたんで!」
フェイトさんが尻尾を振る大型犬のように駆け寄ってきた、その時だった。
――ズズズズズッ……!!
「……え?」
突如として、私たちの足元の地面が、不気味な紫色の光を放ち始めた。
見れば、広大な庭の芝生の上に、巨大で複雑な『魔法陣』が浮かび上がっているではないか。
「な、なんすかこれ!? 転移魔法のトラップ……!? 大公邸の結界を破って、こんな大規模な罠を仕掛けるなんて、あり得ねぇっすよ!」
フェイトさんが顔色を変え、腰のミスリルソードを引き抜いた。
「はわわ……! この禍々しい魔力、ただの魔法ではありません! 魔界の深淵に通じる、呪いの波動です……っ!」
ヴァルキュリアさんが、純白の翼を広げて私とリンを庇うように前に出る。
しかし、私たちが逃げる間もなく、足元の魔法陣がカッ!と強烈な閃光を放った。
「キャアァァァッ!?」
「お姉ちゃんっ!」
次の瞬間、私たちの足元の地面が文字通り『消失』し、私たちは漆黒の奈落へと真っ逆さまに落下していったのだ。
*
【幕間:天界のモニター室と、炎上神の嘲笑】
「フハハハッ! 引っかかったな、アマネェ!!」
神界(GOD)の薄暗いモニター室。
炎上神ワイズは、モニターに映し出された落下していくアマネたちの姿を見て、歓喜の絶叫を上げていた。
彼が魔王軍の大悪魔『魔人ギアン』と結託し、天界の特権(システム権限)を悪用して大公邸の結界に強制的に穴を開け、作り出した『奈落の落とし穴』。
その転移先は、ルナミス帝国の地下数千メートルに封印されている『絶対脱出不可能・飢餓の地下迷宮』の最下層である。
「そこは、大公の力をもってしても、外から壁を壊して助けに行くまでに数日はかかる『死の隔離空間』だ! 湧き出る凶悪な魔物と、空腹感が100倍になる飢餓の呪い……! お前らが飢えと恐怖に泣き叫ぶ姿を、ゴッドチューブで独占生配信してやるぜ!」
ワイズは、自身の評価(PV)を劇的に回復させる『絶望のコンテンツ』の完成を確信し、下劣な高笑いを響かせた。
*
ヒュゥゥゥゥーーーッ……!!
猛烈な風を切り裂きながら落下すること数十秒。
「アマネさん、リンちゃん! 掴まってください!」
ヴァルキュリアさんが聖なるオーラを放ちながら私たちを抱きかかえ、翼を羽ばたかせて落下の衝撃を完全に殺してくれた。
トンッ、と。私たちは静かに、冷たい石造りの床に着地した。
「いってぇぇっ!!」
ドゴォッ!
一方、ヴァルキュリアさんに抱えきれなかったフェイトさんは、「空中でコイントスして着地の衝撃を和らげるっす!」と余計なことをして金貨を落とし、そのまま顔面から盛大に石畳に激突していた。
「ふぅ……間一髪でした。アマネさん、お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとうございます。ヴァルキュリアさん」
私は立ち上がり、服の埃を払いながら周囲を見渡した。
そこは、太陽の光が一切届かない、広大な地下空間だった。壁には緑色の不気味な発光苔が生え、ジメジメとした冷気が漂っている。どこからか、獣の遠吠えのような恐ろしい唸り声が反響して聞こえてきた。
普通なら、恐怖に震え上がり、絶望して泣き叫ぶようなシチュエーションだろう。
「……」
私は、深呼吸をしてその空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……なんだか、ヒンヤリして涼しくて、とても静かな所ですね」
「えっ?」
「前世の会社の、『地下倉庫の整理』を思い出しますわ。空調が効いてなくて埃っぽくて、薄暗い中で大量の過去の書類の入ったダンボールを探すのは、本当に骨が折れる作業でした。……それに比べたら、風通しも良くて、ずっと快適な空間です」
そう、限界OLとして過酷な労働環境(窓のない会議室での徹夜作業や、ネズミの出る地下倉庫)を経験してきた私にとって、この程度の「薄暗くて涼しい場所」など、恐怖の対象でも何でもなかったのだ。
「さ、さすがアマネお嬢……。魔王軍の地下迷宮の最下層に落とされて、第一声が『会社の地下倉庫よりマシ』って……肝の据わり方が異次元すぎるっす……」
鼻血を出したフェイトさんが、ドン引きしながら立ち上がる。
その時だった。
「――ああああぁぁぁぁっ!!」
私たちの頭上の奈落から、さらに凄まじい悲鳴が降ってきた。
見上げると、もう一つの人影が、手足をバタバタとさせながら落下してくるのが見えた。
「え? フェイトさん、ヴァルキュリアさん、受け止めてあげて!」
「うっす! ソイヤッ!」
フェイトさんが身を乗り出し、落下してくるその人影を見事にキャッチした。
「ふぎゃっ!」
フェイトさんの腕の中に収まったのは、絶世の美少女だった。
透き通るような白い肌に、海の底を思わせる深いアクアマリンの長い髪。その顔立ちは、まるでおとぎ話から抜け出てきたお姫様のように愛らしい。
……のだが。
彼女の服装は、どういうわけか『ルナミスデパートの特売ワゴンで売られていた、えんじ色の芋ジャージ(上下)』であり、足元には『健康サンダル』が突っかけられていたのだ。
「あ、危ないところだったっすね、お嬢ちゃん。……って、なんだこのジャージ!?」
フェイトさんが困惑して彼女を地面に下ろした瞬間。
「ああっ……! アアアアァァァッ!!」
絶世の美少女(芋ジャージ)は、突然顔を覆って絶望的な叫び声を上げた。
「私の……! 私の大事な、大事なキャベツの芯があぁぁぁっ!!」
彼女が指差した先。
落下してきた衝撃で彼女の手からこぼれ落ちたらしい『黒ずんだキャベツの芯』が、コロコロと石畳を転がり、そのまま地下の下水溝の格子の中へとポチャン……と音を立てて落ちてしまったのだ。
「嘘でしょ……!? 今日、大公邸の裏口のゴミ捨て場を漁って、野良犬のタロウと30分も泥まみれで格闘して、やっとの思いで勝ち取った今日のディナーが……! 私の、一日のカロリーがあぁぁぁっ!!」
美少女は、下水溝の格子にしがみつき、ポロポロと大粒の涙を流して号泣し始めた。
「……えっと。あの、あなたは……?」
私が困惑しながら声をかけると、彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を振り向かせ、なぜかビシッとアイドル顔負けの完璧なポーズを決めた。
「グスッ……私は、運命! 私は物語! 海中国家シーランが誇る、絶対無敵のスパチャアイドル、人魚姫のリーザですのぉぉっ! ……お腹減ったぁぁぁっ!!」
死と絶望の地下迷宮サバイバルは。
炎上神の思惑とは全く違うベクトルで、極貧アイドル(芋ジャージ)の乱入という、あまりにもシュールすぎる幕開けを迎えたのであった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




