EP 9
「ポポロ村の青空バーベキューと、最強の焼肉のタレ」
ルナミス帝国南部の開拓村、ポポロ村の広場。
つい先ほどまで、ヤラセ勇者による悲劇の茶番劇と、炎上生配信が行われていたとは到底思えないほど、そこにはのどかで平和な空気が戻っていた。
「……で、この気絶しているゴミはどう処理する? 帝都の地下牢へ放り込んで、一生モグラの餌にでもするか」
オルフェウス様が、白目を剥いて倒れているゼロスをゴミ虫でも見るような冷ややかな目で見下ろした。
「お、大公閣下! このような詐欺師は、我々村の自警団が責任を持って領主様の元へ突き出しますだ! ゴッドチューブの録画映像という決定的な証拠もありますゆえ、重罪は免れません!」
村長をはじめとする村人たちが、ゼロスを太いロープでぐるぐる巻きにして引きずっていった。彼が目覚めた後に待っているのは、永久BANされたという絶望と、多額の賠償金、そして詐欺罪による強制労働という完全な自滅の道である。
「さて、邪魔者もいなくなったことですし。皆さん、お待たせしました!」
私は気を取り直し、脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。
今日は収穫祭。そして、フェイトさんの初仕事(?)の労いと、遠路はるばる助けに来てくれたオルフェウス様への感謝を込めて、大奮発する時だ。
私が空間から実体化させたのは、地球の【最高級A5ランク黒毛和牛・焼肉セット(50pt)】。
見事なサシが入ったカルビ、分厚く切られたハラミ、とろけるようなロースが、氷の敷かれた木箱にぎっしりと並べられている。
さらに、【アウトドア用・最新無煙BBQグリル(20pt)】と、味の決め手となる【秘伝・黄金の焼肉のタレ(甘口・辛口セット 10pt)】も追加した。
「な、なんすかこれ……っ!? この真っ赤な肉に、雪みたいに美しい白い脂が入ってる……! 俺、A級冒険者として色んな魔物の肉を食ってきましたけど、こんなに美味そうな肉、見たことないっすよ!」
フェイトさんが、肉の入った木箱に顔を近づけて目を丸くしている。
「はわわ……! お肉から放たれる神々しいオーラ……これは、人間界の宝ですね!」
ヴァルキュリアさんも目を輝かせ、手帳にメモを取るのも忘れてお肉を凝視していた。
「ちょうど村の皆さんからも、採れたてのポポロ野菜をたくさんいただきましたし。今日は青空の下で、みんなでバーベキューにしましょう!」
「おおーっ! お姉ちゃんのお肉! 焼肉だーっ!」
リンがバンザイをして跳ね回る。
無煙グリルに火を入れ、熱せられた鉄板の上に、分厚いハラミとサシの入ったカルビを並べていく。
ジューーーッ!
という食欲を暴力的に刺激する音と共に、極上の脂が溶け出し、香ばしい煙がほんのりと立ち昇る。
前世のOL時代、会社の付き合いで行く高級フレンチよりも、気の置けない同期たちと行く煙たい焼肉屋でのビールと肉の方が、ずっと心と体の疲れを癒やしてくれたものだ。
「さあ、焼けましたよ。フェイトさん、こちらの『焼肉のタレ』にたっぷり絡めて、ご飯と一緒にどうぞ」
私は、炊きたての土鍋ご飯(これも通販)の上に、タレをたっぷりつけたカルビを乗せて手渡した。
「うっす! いただきまーっす!」
フェイトさんは大きく口を開け、肉とご飯を一緒にかき込んだ。
「――っっっ!!」
瞬間、フェイトさんの動きが完全に停止した。
そのタレ目の奥の瞳孔が、極限まで開いている。
「な……ななな……」
「どうですか? 熱かったですか?」
「な……なんすかこの、脳天を直接殴られるような圧倒的な旨味はァァァッ!!」
フェイトさんが、立ち上がって絶叫した。
「噛まなくても溶けるような柔らかい肉! 噛むたびに溢れ出す、甘くて濃厚な脂! そして何より、この黒いタレ!! ニンニクと果物の甘み、醤油の香ばしさが奇跡のバランスで配合されてて、ご飯が無限に吸い込まれていくっす!!」
彼は感動のあまり涙をボロボロと流しながら、狂ったように肉とご飯を往復し始めた。
「うめぇ……! うめぇっすよアマネお嬢! 俺、朝の牛タン弁当でもう人生のピークを迎えたと思ってたのに、たった数時間でそれを超えてくるなんて……っ!」
「ふふっ、喜んでもらえて良かったです。護衛のお仕事、お疲れ様でしたね。フェイトさんがいてくれたおかげで、とても心強かったですわ」
私が微笑んで労うと、フェイトさんはピタッと動きを止め、少しバツが悪そうに頬を掻いた。
(……俺、結局コイントスで風圧出して魔法を吹き飛ばしただけで、誰にも気づかれてないし、ほとんど何もしてねぇんだけど……)
フェイトさんの心の中に、わずかな罪悪感がよぎった。
しかし、ギャンブル中毒の彼の思考回路は、すぐに前向き(クズ方向)に切り替わった。
(いや! アマネお嬢が無傷で、俺がこんな最強の飯を食えてるってことは、俺の『能力100倍』の運気が完璧に作用したってことっす! やっぱ俺のコイントス最強! ワンチャン大勝利!)
自らの行いを都合よく解釈し、フェイトさんは再び「焼肉オンザライス」の至福へと沈んでいった。
「アマネさん! 私にも、私にもその『やきにく』とやらを!」
ヴァルキュリアさんが、お皿を両手で突き出して懇願してくる。
「はいはい、ヴァルキュリアさんはお野菜と一緒にどうぞ。リンも、ハニーかぼちゃと一緒に食べましょうね」
「はわわ……! お肉の旨味と、タレの暴力的な美味しさが……! ルチアナ様、申し訳ありません、私は天界のレーションにはもう二度と戻れません……っ」
純白の聖騎士の鎧をタレで汚さないようエプロンをかけ、ヴァルキュリアさんも完全に人間界の欲望(胃袋)の虜になっていた。
「……まったく。君という人は、どんな修羅場の後でも、すぐにこうして温かい日常を作り出してしまうのだな」
私の隣で、オルフェウス様が呆れたように、けれどひどく優しげな目を細めて笑った。
「オルフェウス様も、わざわざ駆けつけてくださって本当にありがとうございました。はい、あーん」
私が、綺麗に焼けたロースにタレをつけ、フーフーと冷ましてから彼の口元へと運ぶ。
帝国最強の戦神である彼は、周囲の目など一切気にすることなく、私の手からそれを受け取った。
「……ああ、美味い。だが、君の淹れてくれるお茶には及ばないな」
彼は肉を咀嚼した後、私の指先に残ったタレの雫を、ペロリと舌先で舐め取った。
「ひゃっ……! オ、オルフェウス様、皆が見ていますから……っ!」
顔から火が出るほど恥ずかしくなり、私が抗議するものの、彼は私の腰を抱き寄せて離してくれない。
「私は構わない。それに、君に手を出そうとする愚か者が二度と現れないよう、こうして『私だけのものだ』と周囲に知らしめておく必要があるからな」
独占欲に満ちた深い紫の瞳で見つめられ、私の胸は甘く、激しく高鳴った。
「あーあ、お兄ちゃんたち、またお肉焼きながらイチャイチャしてるー!」
リンが玉ねぎをかじりながらケラケラと笑う。
「……ゲフッ。大公閣下の当てられ強めの殺気すら、このA5ランク肉の前では最高のスパイスっすね……」
フェイトさんはお腹をさすりながら、完全に満たされた顔で寝転がっている。
青空の下、ジュージューとお肉の焼ける音と、皆の笑い声がポポロ村の広場に響き渡る。
偽りの勇者は自らの本性で自滅し、炎上神の思惑は完全に打ち砕かれた。
誰も蹴落とさない。復讐もいらない。
美味しいご飯と、ささやかな思いやりがあるだけで、私の周りはいつもこんなにも温かくて、幸せな居場所になるのだ。
しかし、この平和な宴の裏で。
追い詰められた炎上神ワイズが、第三の勢力『魔人ギアン』と結託し、帝国地下に眠る巨大な『ダンジョン』を使った次なる陰謀の種を撒き始めていることを、私たちはまだ知らなかった。
大公邸の最強メンバーたちが挑む、未知の地下迷宮編の幕開けは、もうすぐそこまで迫っていたのである。
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