EP 8
「遅れてきた本物の英雄と、炎上神の絶叫」
ルナミス帝国南部の開拓村、ポポロ村の広場。
「いやだぁぁっ! 企画書書き直すからぁっ! ママーッ!!」
地面に突っ伏し、手足をバタバタとさせて幼児のように泣き喚く偽勇者ゼロス。
その惨めな姿を、私は「可哀想に……すっかり心が折れてしまったのね」と、かつて心が折れて実家に帰っていった後輩を思い出すような、生温かい目で見下ろしていた。
しかし、そんな平和(?)なギャグ空間は、上空から迫り来る『圧倒的な覇気』によって一瞬にして塗り替えられることになる。
ゴゴゴゴゴッ……!!
「ひぃぃっ!? な、なんだこのヤバすぎるプレッシャーは! 空からなんか来るっす!」
A級冒険者であるフェイトさんが、いち早くその異常な殺気に気づき、頭を抱えて私の背後に隠れた。
直後、村の上空を覆っていた雲が真っ二つに引き裂かれ、凄まじい風圧と共に、巨大な漆黒の飛竜が広場の中央へと舞い降りた。
ズドォォォンッ! と石畳が砕け、土煙が舞い上がる。
その土煙を、バサァッ!と漆黒の外套を翻して払い除けながら現れたのは。
ルナミス帝国最高司令官にして、私の愛する婚約者――オルフェウス大公だった。
「オルフェウス様!」
「お兄ちゃん!」
私が名前を呼ぶと、オルフェウス様は周囲の村人たちや泣き喚くゼロスを一瞥もせず、一直線に私の元へと歩み寄ってきた。
そして、私の肩を力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱き寄せる。
「アマネ! 無事か! 怪我はないか!?」
「え、ええ。私は全くの無傷です。フェイトさんが(風圧で)守ってくれましたし……。でも、オルフェウス様はどうしてここに? 今日は帝都で軍務のはずでは……」
私が首を傾げると、彼は私の無事を確かめるように、私の額、頬、そして唇に、皆の前だというのに熱い口づけを落とした。
「仕事など放り出してきた。私の妻(予定)が滞在している村に、魔王軍の合成獣が現れたと報告が入ってな。……君に万が一のことがあれば、私はこの世界ごとすべてを焼き尽くすところだった」
大公の紫の瞳には、冗談ではない、本気の焦燥と深い愛情が渦巻いていた。
私は顔を真っ赤にしながら、「も、もう……過保護すぎますわ」と彼の胸に顔を埋めた。
「さて……」
私を腕の中に抱いたまま、オルフェウス様はゆっくりと振り返った。
その瞬間、彼から溢れ出していた『極上の甘さ』は完全に消え失せ、代わりに、絶対零度の殺気と、戦場を支配する覇王の闘気が広場全体を制圧した。
「――で? 私の愛しい女神に刃を向けた、身の程知らずのゴミはどいつだ?」
「ヒィッ……!?」
大公の視線の先にいたゼロスは、泣き声をピタリと止め、カエルを睨む蛇のような絶望的な恐怖に顔を引きつらせた。
オルフェウス様は、ただ立っているだけだ。
剣すら抜いていない。
しかし、その身から放たれる『本物の戦場で磨き上げられた強者としてのカリスマとオーラ』は、金とヤラセでステータスを偽装していたゼロスとは、次元が違った。
ゼロスはガチガチと歯を鳴らし、立ち上がることすらできず、股間を湿らせながら後ずさりすることしかできない。
*
その一部始終を、ゼロスを追従していた『魔導ドローンカメラ』が、全世界のゴッドチューブ視聴者に向けて生配信し続けていた。
『えっ……何この超絶イケメン!?』
『凄まじいオーラ! 画面越しでも震えが止まらない!』
『ルナミス帝国のオルフェウス大公閣下だ! 帝国最強の戦神だよ!』
『さっきの偽勇者と全然違う! これが【本物の英雄】か!』
『大公カッコよすぎる! お嬢さんを庇う姿、最高に尊い!』
『ヤラセ勇者なんかより、こっちのカップルを推すわ! 大公閣下にスパチャ(課金)投げます!!』
ピロリンッ! ピロリンッ!
ゼロスの配信チャンネルであるにもかかわらず、視聴者からの膨大なスパチャが飛び交い始めた。しかし、それはゼロスへ向けられたものではなく、画面に映る大公の圧倒的な雄姿と、私への溺愛ぶりに対する『賞賛と尊み』の課金だったのだ。
「お、俺の……俺のチャンネルなのに……俺を踏み台にしてバズってんじゃねえぞぉぉっ……!」
ゼロスが血走った目でカメラに向かって手を伸ばそうとした、その時だった。
『――【システム通知:アカウント永久停止(BAN)のお知らせ】』
突如として、配信画面全体に赤文字の警告メッセージがデカデカと表示された。
『当チャンネルは、視聴者への詐欺行為(ヤラセ配信)、コンプライアンス違反、および暴言による規約違反が多数報告されたため、運営によりアカウントを永久に凍結(BAN)いたします。獲得したスパチャはすべて返金処理されます』
「……は?」
ゼロスの顔から、すべての感情が抜け落ちた。
ブツンッ。
無慈悲な電子音と共に、彼の周囲を飛んでいたドローンカメラがすべて墜落し、生配信は完全にブラックアウトしてしまった。
「あ……ああ……俺の、俺の勇者アカウントが……俺の居場所があぁぁぁぁっ!!」
ゼロスは天を仰ぎ、魂を抜かれたように白目を剥いて、その場にパタリと気絶してしまったのである。
金で塗り固めた偽りの勇者は、自らの本性を生配信で垂れ流した挙句、本物の英雄(大公)の引き立て役となり、最後は運営からの【永久BAN】という最も残酷な社会的抹殺によって、完全に息の根を止められたのだった。
*
【幕間:天界のモニター室と、炎上神の完全敗北】
「アアアアアァァァァッ!! ふざけるなぁぁぁぁっ!!」
神界(GOD)の薄暗いモニター室。
炎上神ワイズは、『BANされました』と表示された真っ暗なモニター画面に向かって、愛用のタンブラーを全力で投げつけた。
ガシャンッ!とガラスが砕け散る音が虚しく響く。
「俺の! 俺の考えた最強の炎上ヤラセ企画が! なんであんなモブ令嬢の『チュール』と『レタス』で完全にぶち壊されてんだよぉぉっ!!」
ワイズは頭を抱え、床をドンドンと踏み鳴らした。
彼が魔王軍に裏金を払い、わざわざ開拓村を狙わせ、ゼロスを悲劇のヒーローに仕立て上げようとした完璧な台本。
それが、アマネの「魔獣への餌付け」と、フェイトの「画角外での超絶必殺技」、そしてとどめの「お祈りレタス」によって、すべてギャグのような放送事故へと変貌してしまったのだ。
「しかも、最後に現れた大公の野郎が全部おいしいところを持っていきやがって! 俺の勇者が完全にピエロ(道化)じゃねえか! こんなの、炎上どころかただの『悪党の自滅コメディ』だ!」
ワイズの狙っていた「胸糞の悪い悲劇」や「村人たちの絶望」は一切生まれなかった。
それどころか、ゴッドチューブのトレンド1位は『ルナミス大公の溺愛カッコよすぎ』『ヤラセ勇者、お祈りされて発狂号泣www』という、ワイズにとって最も屈辱的なワードで埋め尽くされている。
「クソッ……クソッ!! アマネ、お前だけは絶対に許さねぇ! 俺のPV(評価)を邪魔するバグ女め……!」
ワイズは胃の痛みに顔をしかめながら、引き出しから大量の胃薬を取り出して口に放り込んだ。
彼はギリィッと血が出るほど唇を噛み締め、別のモニターに映る『地下迷宮』の地図を睨みつけた。
「勇者ゼロスはもう使えねぇ。……こうなったら、ルナミス帝国でも魔皇国でもない、第三の勢力……あの『魔人ギアン』と結託して、次こそ絶対にあの令嬢を絶望の淵に叩き落としてやる……っ!」
負け犬の遠吠えを上げる炎上神。
彼らはまだ学習していなかった。
アマネの持つ『見返りを求めない本物の善性』と、彼女を溺愛する大公、そして規格外の仲間たちの前では、どんな邪悪な陰謀も、最高のエンターテインメント(自滅)の贄でしかないということを。
「ふふっ、フェイトさん。護衛のお仕事、本当にお疲れ様でした。村の人たちも無事ですし、大公様も来てくださったことですし……」
モニターの向こう側で、平和を取り戻したポポロ村の広場。
アマネが、気絶したゼロスを放置したまま、ニコニコと微笑みながら恐るべき提案をしているのが聞こえてきた。
「今日はこのまま、ここで美味しい『お肉』を焼いて、みんなでバーベキューにしましょうか!」
ヤラセ勇者の完全なる社会的な死をよそに、アマネたちの平和で美味しい宴の準備が、いけしゃあしゃあと始まろうとしていたのである。
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