EP 7
「生配信中の本性露呈と、お祈りの一撃」
ルナミス帝国南部の開拓村、ポポロ村の広場。
つい先ほどまで勇者ゼロス・ディバインを包み込んでいた黄金のオーラは、完全に霧散していた。
『ヤラセ乙』
『一人で素振りして何がしたいの?』
『スパチャ返せ詐欺師』
『魔獣はエキストラ、ピンチも自作自演。最低だな』
ゼロスの周囲を飛ぶ『魔導ドローンカメラ』が映し出すホログラム画面には、怒涛の勢いで批判のコメントが滝のように流れ続けていた。
彼のユニークスキル【マネー】は、視聴者からの好意と課金があって初めて成立する力だ。詐欺がバレて課金がピタリと止まった今、彼のステータスは『ちょっと顔のいい(整形)一般人』レベルにまで急降下していた。
「あ、ああっ……! 俺のスパチャが……俺のバズり計画が……っ!」
ゼロスは地面に膝をつき、震える手で頭を抱えた。
「フェイトのお兄ちゃん、あのピカピカのお兄ちゃん、急に一人で空き地に向かって剣を振って、今度は泣き出しちゃったよ。頭痛いのかな?」
リンが不思議そうに首を傾げる。
「……まあ、ある意味で頭はメチャクチャ痛てぇだろうな。社会的な意味で」
能力100倍の反動でへたり込んでいたフェイトさんが、呆れたように肩をすくめた。
(はわわ……天界の通信網『ゴッドチューブ』が、かつてないほどの炎上を見せています。あの勇者殿、このままではアカウントが凍結されてしまうのでは……)
ヴァルキュリアさんが、手帳に猛スピードでメモを取りながら冷や汗を流している。
そんな私たちの視線を浴びながら、ゼロスはギリィッ!と奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り、ゆっくりと立ち上がった。
彼の顔から『清廉潔白な勇者』の仮面は完全に剥がれ落ち、そこにあったのは、金と承認欲求を邪魔されたチンピラそのものの、醜悪で歪んだ本性だった。
「……てめえらのせいだ」
ゼロスは血走った目で私を睨みつけ、ドスドスと足音を荒立てて歩み寄ってきた。
「てめえが余計なエサ(チュール)なんか出すからだろぉが!! 俺は炎上神ワイズ様から直接『ヤラセで炎上してPV稼げ』って指示されてんだよ! お前みたいな田舎のモブ令嬢が、俺の完璧な台本をぶち壊してんじゃねえぞ!!」
彼は完全に激昂し、自分の周囲を飛んでいる『生配信中のドローンカメラ』の存在すら忘れて、口角に泡を飛ばして絶叫した。
「俺は特別な存在なんだよ! 金さえ払えば無敵になれる、選ばれた勇者様だ! お前らみたいな底辺のゴミ共は、俺の踏み台になって大人しく悲鳴を上げてりゃ良かったんだよぉっ!!」
『うわぁ……本性出た』
『モブとかゴミとか言ってる。ドン引き』
『炎上神の指示でヤラセって自分で暴露してるwww』
『こんな奴に金払ってた自分が恥ずかしい』
『即通報しました』
ホログラム画面のコメント欄が、ドン引きと通報の嵐で埋め尽くされていく。
しかし、視野が完全に狭まっているゼロスはそれに気づかず、私に向かってさらに罵詈雑言を浴びせようと息を吸い込んだ。
その光景を見て、私は心底『可哀想な人だな』と同情していた。
前世のブラック企業にもいたのだ。
自分の企画が通らず、プロジェクトが頓挫した途端に、部下や周囲に当たり散らし、「俺は社長に選ばれたエリートなんだ!」と泣き喚く哀れな上司が。
激務とプレッシャーで精神がすり減り、栄養が偏っていると、人間はこうして簡単に心に余裕をなくしてしまうのだ。
「……お腹が空いて、イライラしていらっしゃるのですね」
私は彼を責めることなく、空間収納から、ある『野菜』を取り出した。
それは、大公邸の菜園から持参してきた、青白いオーラを放つ瑞々しいレタス――あのトラウマ野菜『折れたス』の葉っぱである。
しかも、これはただの『折れたス』ではない。
ルナミスのコンペティションで悪徳貴族たちを葬った際、私の【善行ポイント】がカンストした影響で確率変異した最悪の個体。
相手の「渾身の企画」や「絶対の自信」を真っ向から否定する、【企画不採用(お祈り)種】の葉だった。
「疲れた時は、新鮮なお野菜を食べてリフレッシュするのが一番ですわ。さあ、遠慮せずにどうぞ」
私は慈愛に満ちた(限界OL特有の事務的な)微笑みを浮かべ、ゼロスが暴言を吐くために大きく口を開けたその瞬間に、丸めた『折れたス』の葉っぱを、スポンッ!と彼の口の中に押し込んだ。
「んがっ!? な、なんだこの葉っぱ……むぐっ、シャキッ」
ゼロスは反射的にその葉を咀嚼してしまった。
地球のレタスの瑞々しい食感と、微かな苦味が彼の舌に広がる。
――次の瞬間。
ゼロスの脳内に、突如として『冷たく、感情の一切こもっていない事務的な女性のテレパシー』が響き渡った。
『……この度は、当企画コンペティションに多大なる時間と労力を割いてご提案いただき、誠にありがとうございました』
「……は?」
ゼロスの動きが、ピタリと止まった。
彼の血走っていた瞳から、怒りの色がスゥッと抜け落ち、代わりに『得体の知れない不安』が広がっていく。
『社内にて慎重かつ厳正なる審査を重ねました結果……誠に遺憾ながら、貴殿の提案(ヤラセ炎上企画)は、弊社の求める方向性と合致せず、今回は採用を見送らせていただくこととなりました』
「ふ、ふざけるなっ……! 俺の企画は完璧だった! 炎上神様も絶賛してくれたはずだっ!」
ゼロスは虚空に向かって叫んだが、脳内の無慈悲な声は止まらない。
『……大変素晴らしい着眼点ではございましたが、コンプライアンス(ヤラセ発覚)の観点から、リスキーであるとの判断に至りました。ご期待に沿えず恐縮ですが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます』
それは、社会で「自分の全力を尽くしたものが否定される」という、絶対的な拒絶。
金とステータスでハリボテの自尊心を作ってきたゼロスにとって、その【お祈りメール】の破壊力は、いかなる物理攻撃よりも致命的だった。
『なお、貴殿の今後のご健勝と、他プラットフォームでのご活躍を、心よりお祈り申し上げます』
チィィィン……。
ゼロスの中で、何かが完全に折れる音がした。
「祈られた……。俺の、俺の絶対バズる炎上企画が……お祈りされちまったぁぁぁぁっ!!」
ゼロスは両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
「いやだぁぁっ! 企画書書き直すから! スパチャ返してよぉぉっ! ママーッ!!」
彼は完全に幼児退行し、地面に突っ伏して手足をバタバタとさせながら大号泣し始めたのだ。
その見事なまでの『本性露呈からのメンタルブレイク(発狂)』の様子は、ドローンカメラを通じて、全世界のゴッドチューブ視聴者へとリアルタイムで配信されていた。
『うわ、泣き出したwww』
『ダサすぎ。これが勇者とか笑わせる』
『ヤラセ企画不採用で発狂とか、歴史に残る放送事故だな』
『永久BAN不可避』
「……アマネお嬢、マジで容赦ねぇっすね」
フェイトさんが、ガクブルと震えながら一歩後ろに下がった。
「はわわ……勇者殿の心が、一瞬にして砕け散りました。人間界の『おいのり』という儀式は、かくも恐ろしいものなのですね……っ」
ヴァルキュリアさんも青ざめながらメモを走らせている。
「え? 私はただ、新鮮なレタスを食べさせてあげただけですよ?」
私は首を傾げた。
私が手を下したわけではない。彼が自らのヤラセと暴言で視聴者を裏切り、その結果として自滅しただけだ。私はただの「健康管理のお手伝い」をしたに過ぎない。
広場に響き渡る偽勇者の泣き声と、呆れ果てた村人たちの視線。
しかし、事態を完全に収束させる『本物の英雄』の登場は、すぐそこまで迫っていた。
ゴゴゴゴゴッ……!!
突如、ポポロ村の上空を覆う雲が引き裂かれ、帝都の方角から、身の毛もよだつような『凄まじい殺気と覇気』が猛スピードで接近してくるのが感じられた。
「……ひぃっ!? このヤバすぎるプレッシャー、まさか……!」
フェイトさんが悲鳴を上げる。
愛する妻(予定)のピンチ(?)を察知した、ルナミス帝国最強の男。
絶対零度の怒りを纏った大公の降臨が、偽勇者の息の根を完全に止めるための『最後の仕上げ』となろうとしていたのである。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




