EP 6
「強制出勤の果て、確率数万分の一の奇跡」
空中で黄金の軌跡を描きながら、フェイト・ラックの弾いた『運命の金貨』が地面へと落下していく。
生か死か。英雄か、それともただのクズか。
すべてをギャンブルに委ねたフェイトの視界の中で、時間は極限まで引き伸ばされたスローモーションのように感じられていた。
彼の目の前には、偽勇者ゼロス・ディバインが振り下ろした必殺の広範囲殲滅魔法『ホーリー・バースト』の圧倒的な閃光が迫っている。カメラの画角から外れた死角で、ゼロスの顔には「このまま邪魔な令嬢ごと吹き飛ばして、悲劇のヒーローになってやる」という下劣な笑みが張り付いていた。
(……やべぇ、マジで死ぬ。アマネお嬢からの『冷えピタ』と『厚切り牛タン弁当』の恩を返すどころか、俺まで一緒に消し飛んじまう!)
フェイトの背中には冷や汗が滝のように流れていた。
頼む、表(能力2倍)が出てくれ! と祈りながら、彼は地面に落ちる金貨を見つめた。
チリンッ。
金貨が石畳にぶつかり、乾いた音を立てて跳ねた。
コロコロコロ……と回りながら、勢いを失っていく金貨。
そして。
ピタリ、と。
金貨は、表でもなく、裏でもなく。
なんと『縁』で真っ直ぐに立ち上がったまま、静止したのである。
「……は?」
フェイトは間の抜けた声を漏らした。
彼のユニークスキル【コイントス】における、隠し効果。
それは、数万分の一という天文学的な確率でしか起こり得ない、『縁が立つ』という奇跡。
その効果は――【全能力100倍(効果時間:一撃のみ)】。
「――ッッッッ!!」
次の瞬間、フェイトの全身の細胞が、文字通り『爆発』した。
彼の内側から噴き出した闘気は、もはや冒険者の領域を遥かに超越していた。黄金色のオーラが竜巻のように立ち上り、ポポロ村の空を覆っていた雲を円形に吹き飛ばしていく。
天界の神々ですら戦慄するほどの、絶対的で理不尽なまでの暴力の化身。それが、今この瞬間のフェイト・ラックだった。
「うおおおおおっ!! な、なんか知らんけど、メチャクチャ力が漲ってきたぁぁっ!! 俺ってば最強!! 宇宙一ィィッ!!」
ギャンブル中毒のクズ護衛は、神の如き力を手に入れてもなお、その思考回路は全く成長していなかった。
(この力なら、あのクソ勇者の魔法なんて指先一つで弾け飛ぶ! よーし、ここは超絶かっこいい必殺技で決めて、アマネお嬢の好感度を稼いで、来月の給料アップを交渉してやるっす!!)
フェイトはニヤァッと下品に笑うと、腰のミスリルソードを無造作に引き抜いた。
迫り来るゼロスの『ホーリー・バースト』の閃光。
それを迎え撃つために、フェイトは「ソイヤァッ!」と、まるでハエでも追い払うかのような適当なスイングで、剣を一閃した。
――ズドォォォォォォンッ!!!
剣が空を切った、ただの『風圧』。
それだけであった。
しかし、フェイトの能力100倍というチート状態から放たれたその風圧は、物理法則を完全に無視した破壊の衝撃波となって、ゼロスの魔法を正面から飲み込んだ。
「……なっ!?」
カメラの死角で、ゼロスの顔が驚愕に歪んだ。
彼が視聴者のスパチャ(課金)を集めて放ったはずの渾身の『ホーリー・バースト』は、フェイトの風圧に触れた瞬間、パリンッとガラスのように呆気なく砕け散ったのだ。
それだけではない。
「キャアァァッ! ものすごい風!」
私が思わず両腕で顔を庇う中。
フェイトさんの放った衝撃波は、ゼロスの魔法を打ち消した後も威力を弱めることなく突き進み、私の足元でお腹を見せてチュールを舐めていた三つ首の魔獣(ケルベロス亜種)を真正面から捉えた。
『キャイィィィン!?』
チュールをくわえたまま、巨大な魔獣の体が、まるで風船のようにフワリと宙に浮いた。
そして。
ヒュゥゥゥゥーーーーン…………キラーン☆
魔獣は、一瞬にして上空彼方の宇宙の果てへと吹き飛ばされ、昼間の空に小さな星となって消えていったのである。
フェイトの風圧は、村の建物には一切の被害を与えず、ゼロスの魔法と魔獣だけをピンポイントで『画角の外(上空)』へと排斥するという、神業のような軌道を辿っていた。
「へっ! どうっすかアマネお嬢! 俺の黄金の右腕から放たれた、起死回生の――って、あれ?」
フェイトがドヤ顔で振り返った時には、彼の『能力100倍』の効果はすでに切れていた。
彼は一撃の反動で足元をフラつかせ、そのままヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「フェイトさん、すごい風でしたね。転んでしまいましたが、お怪我はありませんか?」
私は、フェイトさんに駆け寄ってそっと手を差し伸べた。
「あ、いや……今のは俺が、その……」
「はわわ、今のはきっと、ポポロ村の豊穣の風ですね! 魔獣さんも、気持ちよさそうにお空へ飛んでいきました!」
ヴァルキュリアさんが、全く状況を理解していないピュアな笑顔で拍手をしている。
フェイトは、「俺の超絶かっこいい必殺技、誰にも見られてねぇ……」と、がっくりと肩を落とした。
しかし、悲劇に見舞われたのは彼だけではなかった。いや、本当の地獄(社会的な死)を味わうことになったのは、他でもない勇者ゼロスの方である。
*
「……は? え? なにが……起きたんだ……?」
広場の中央で、ミスリルソードを振り下ろしたポーズのまま、ゼロスは完全にポカンとしていた。
つい数秒前まで、彼の目の前には凶悪な魔獣がいて、カメラの死角には邪魔な令嬢がいたはずなのだ。
しかし、突然謎の突風が吹いたかと思うと、自分の放った魔法も、魔獣も、すべてが跡形もなく消え去ってしまった。
しかも、ゼロスにとって最も致命的だったのは、この超絶バトルが『すべてドローンカメラの画角(死角)のすぐ外で行われた』ということだ。
ドローンカメラが捉え、世界中の視聴者に生配信されていた映像。
それは――。
『【ホーリー・バースト】ッ!!』
ゼロスがカメラ目線で叫び、必殺技を振り下ろした。
しかし、カメラの画面には、魔獣の姿もアマネたちの姿も一切映っていない。
ただ、広場の何もない空間に向かって、一人で全力で剣を振り下ろし、そのまま硬直している勇者の姿だけが、シュールに映し出されていたのである。
『……え? なにこれ』
『魔獣、どこ行った?』
『っていうか、最初から魔獣なんていなかったんじゃないの?』
『勇者様、素振りお疲れ様ですwww』
『急に一人で叫んで剣を振って、どうしたのこの人』
『なんだこの茶番。完全にヤラセじゃん』
『ヤラセ乙。俺のスパチャ返せよ詐欺師』
ピロリンッ! ピロリンッ!
生配信のコメント欄が、称賛から一転して、嵐のような大ブーイングと辛辣なツッコミの渦に包まれた。
「あっ……ち、違う! 今のは……あの魔獣が、俺の魔法のプレッシャーに恐れをなして、一瞬で逃げ出したんだ! そ、そうだろ!?」
ゼロスは慌ててカメラに向かって言い訳を並べた。
しかし、一度冷めてしまったネット視聴者の目は厳しい。前世の炎上YouTuberたちも、苦しい言い訳をすればするほど、燃料を投下して自らの首を絞める結果になっていたものだ。
『魔獣が逃げる前に、お嬢さんに懐いてたじゃん』
『完全に仕込みのエキストラ魔獣だったろ』
『課金させるためのマッチポンプ。最低だな』
ゼロスのユニークスキル【マネー】は、視聴者からの『課金』があって初めて成立する能力だ。
視聴者が彼を詐欺師だと見限り、スパチャがピタリと止まった瞬間。
彼を包んでいた黄金のオーラはシュゥゥ……と音を立てて消え失せ、彼のステータスは元の『ただの薄っぺらい青年』のレベルにまで急降下してしまった。
「うっ……! お、俺の力が……俺の課金バフが抜けていく……っ!」
ゼロスは剣を取り落とし、膝から崩れ落ちた。
自らのヤラセと金への執着が生み出した、生配信中の伝説の放送事故。
フェイトのクズな生存本能が奇跡を引き起こした結果、炎上勇者は文字通りの『炎上(社会的抹殺)』の真っ只中に放り出されたのである。
だが、事態はこれだけでは終わらない。
プライドをズタズタにされ、視聴者から見放されたゼロスの怒りの矛先は、やがてカメラを忘れて、アマネたちへと向けられることになる。
彼が自らの本性を生配信で全世界に晒す『完璧な自滅』の瞬間は、すぐそこまで迫っていた。
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