EP 4
「魔王軍(仕込み)の襲撃と、三流の台本」
ポポロ村の広場が、収穫祭の賑わいとコーヒーの香りに包まれていた、まさにその時だった。
ズズンッ……! ズズンッ……!!
突如として、村を囲む森の奥から、木々をなぎ倒すような重低音が響き渡った。
「な、なんだあの地響きは!?」
村人たちがざわめく中、森の木々をかき分けて姿を現したのは、体高が5メートルはあろうかという巨大な魔獣だった。
漆黒の毛並みに、燃え盛る炎のたてがみ。三つの頭から鋭い牙を覗かせるその姿は、魔界の番犬『ケルベロス』の亜種のように見える。
「ギャアァァッ! ま、魔獣だ! 魔獣が出たぞーっ!」
「逃げろ! 早く村から逃げるんだ!」
平和な収穫祭の会場は、一瞬にして阿鼻叫喚のパニックに陥った。
村人たちが我先にと逃げ惑う中、先ほどまで路地裏でポポロ・シガーをふかしていた勇者ゼロスが、マントを翻して颯爽と広場の中央へと躍り出た。
「みんな、落ち着け! ここは俺が食い止める! だから早く避難するんだ!」
ゼロスはカメラ目線でビシッとポーズを決め、聖なるミスリルソードを天高く掲げた。
同時に、彼の上空を飛ぶ数機の『魔導ドローンカメラ』が、そのヒロイックな姿を完璧なアングルで捉え、天界と人間界を繋ぐ動画配信サイト『ゴッドチューブ』への生配信を開始した。
『【緊急生配信】開拓村に凶悪魔獣が急襲! 勇者ゼロス、命を懸けた孤独な戦い!』
刺激的なタイトルと共に配信が始まると、瞬く間に何万人もの視聴者が集まってきた。
魔導通信石の画面(虚空に浮かぶホログラム)には、次々とコメントと、視聴者からの投げ銭――『スパチャ(課金)』の光が飛び交い始める。
『ゼロス様、危ない!』
『一人で魔獣に立ち向かうなんて、なんて勇敢なの! 応援の金貨10枚投げます!』
『無理しないで! 私たちの課金で力をつけて!』
悲痛なコメントとチャリンチャリンと鳴る課金の音を聞きながら、ゼロスは内心で下劣な高笑いを上げていた。
(クククッ……チョロい、チョロすぎるぜ! さすが炎上神ワイズ様が裏で手配してくれた、魔王軍の『ヤラセ魔獣』だ! 見た目だけは凶悪だから、絵面が最高に映える!)
そう、目の前にいる巨大なケルベロス亜種は、決して村人を無差別に殺す野生の魔物ではない。ワイズが裏ルートで魔王軍に金を払い、事前に「村を適当に荒らすフリをしろ」と台本を仕込んである『エキストラ』なのだ。
「うおおおっ! くらえ、正義の剣ッ!」
ゼロスは気合いの入った声で魔獣に斬りかかる。
しかし、その太刀筋はわざと浅く、魔獣の分厚い毛皮を掠める程度だった。魔獣もまた、台本通りにゆっくりと腕を振り下ろし、ゼロスを「痛そうに」吹き飛ばす。
「ぐわぁぁっ……! くっ、なんて強大な力だ……! 俺の……俺の力がもっとあれば……!」
ゼロスは地面を転がり、血糊(小道具)を口の端から垂らしながら、ドローンカメラに向かって苦しげに手を伸ばした。
「みんな……俺に、俺にもっと力を分けてくれ! この村の笑顔を守るための、力を……!」
『ゼロス様ーーっ!! 今すぐ課金します!!』
『俺の今月の給料の半分、スパチャで投げます! 負けないで!』
ピロリンッ! ピロリンッ!
画面がスパチャの光で埋め尽くされる。
それと同時に、ゼロスのユニークスキル【マネー】が発動した。
視聴者から投げられた金貨(課金)が彼自身のステータスに変換され、ゼロスの体を黄金のオーラが包み込み、一時的に身体能力が跳ね上がっていく。
「おおおおっ! みんなの想い(課金)が、俺に力をくれるぅぅっ!!」
ゼロスはカメラに向かって輝く笑顔を向け、再び魔獣へと突撃していった。
*
「……」
「……」
「……」
逃げ惑う村人たちとは対照的に、広場の隅の屋台スペースでポポロ・カフェラテを飲んでいた私たち一行は、誰一人として逃げ出すことなく、その『三流の茶番劇』を冷めた目で見つめていた。
「フェイトのお兄ちゃん。あの勇者さん、さっきから全然おっきな犬にダメージ与えてないね」
リンが、カフェラテのミルクの泡を舐めながら首を傾げる。
「……おう。あれ、わざと急所を外してやがる。それにあの魔獣、図体はデカいけど動きがクソ遅ぇし、爪の先は丸く削られてる。俺ならあんなの、コイントスなしでも3秒で輪切りにできるっすよ」
荷物を抱えたフェイトさんが、欠伸を噛み殺しながら的確な分析を下した。
「はわわ……勇者殿のあの太刀筋、無駄が多すぎます。それに、なぜ攻撃のたびにカメラの方をチラチラと見るのでしょうか? あのような隙だらけの構えでは、天界の聖騎士団なら一瞬で首を刎ねられてしまいますよ」
ヴァルキュリアさんが、真剣な顔でダメ出しをしている。
(うん、完全に一致しているわ……)
私は前世のブラック企業のオフィスを思い出していた。
普段はサボってばかりいるのに、本社からの「監査」や「社長の視察」が入る日だけ、やたらと机の上に書類を広げ、忙しそうに走り回って『頑張っているアピール』をする係長。
あの偽勇者ゼロスがやっていることは、それと全く同じ『社内政治(ヤラセ配信)』だ。
「フェイトさん、あれって放置しておいても大丈夫そうですか?」
「まあ、あの魔獣も村人を本気で殺す気はなさそうっすからね。建物を少し壊してるだけっす。あの勇者の茶番が終われば、適当に倒されて終わるんじゃないっすか?」
私たちは、呆れ果てて手出しする気にもなれず、そのまま見守ることにした。
しかし、その「三流の台本」に、突如としてイレギュラーが介入しようとしていた。
*
(……よし、スパチャ(課金)もたっぷり稼げた。そろそろ、同情を引くための『一番オイシイ見せ場』を作るとするか)
ゼロスは戦いながら、魔獣に向かって目配せをし、小さな声で指示を出した。
「おい、あそこの屋台の近くにいる女たちを襲うフリをしろ。俺が庇って怪我をするシーンを撮る。絶対に俺の顔には傷をつけるなよ」
『グルル……(了解だ)』
魔獣が小さく唸り、矛先を広場の隅にいる『逃げ遅れた村人(実はアマネたち)』へと向けた。
ズシン! ズシン!
巨大な三つ首の魔獣が、標的を見定めたように、一直線にアマネたちの方へと向かっていく。
(しめしめ……! あの綺麗な令嬢を間一髪で助け出し、俺の血塗れの背中を見せつければ、バズり間違いなしだ! 視聴者のスパチャがさらに加速するぜ!)
ゼロスはカメラの画角を計算し、ドラマチックな救出劇を演じるために、わざと一歩遅れて魔獣の後を追いかけた。
「ああっ! 逃げ遅れた人たちがいる! くそっ、間に合ってくれぇぇっ!」
ゼロスがカメラに向かって悲痛な叫びを上げる。
魔獣が、アマネたち一行の目の前に立ちはだかり、恐ろしい咆哮を上げた。
「ガアアァァッ!!」
普通の村の娘なら、ここで腰を抜かして悲鳴を上げるはずだ。
ゼロスが「俺の胸に飛び込んでこい!」と助けに入る準備を整えた、その瞬間。
「……まあ。こんなに痩せ細って。無理やり暴れさせられて、お腹が空いているのね」
アマネは全く逃げなかった。
それどころか、彼女は巨大な魔獣の足元にトコトコと歩み寄ると、空間から実体化させた『小さな細長いチューブ』を取り出し、その先端をちぎって、魔獣の鼻先に差し出したのだ。
「これ、とても美味しいおやつよ。食べてみる?」
それは、地球のペット用おやつにおける最強の依存性を誇る液状おやつ。
【高級ペット用・極上マグロ味チュール(5pt)】であった。
「……クゥン?」
三つ首の魔獣は、鼻先から漂う『かつて嗅いだことのない極上の魚の香り』に、ピタリと動きを止めた。
そして、恐る恐るそのチューブから溢れるペーストをペロリと舐めた瞬間。
「キュ〜ゥゥンッ♡♡♡」
地獄の番犬(亜種)は、一瞬にして『牙を抜かれた子犬』のような甘えた声を出した。
三つの頭が、アマネの持つチュールのチューブに群がり、尻尾を千切れんばかりに振って、彼女の手をペロペロと舐め回し始めたのだ。
「えっ……?」
ゼロスは、剣を振り上げたポーズのまま、完全にフリーズした。
「ふふっ、美味しいのね。たくさんあるから、喧嘩しないで食べてね」
アマネは微笑みながら、次々とチュールのチューブを開け、魔獣に餌付けをしていく。
魔獣は完全に戦意を喪失し、アマネの足元にゴロンと仰向けに寝転がって、お腹を見せて「もっと撫でて」と甘える始末だった。
『……え? なにこれ?』
『魔獣が、お嬢さんに懐いてる……?』
『ゼロス様、何してんの? 早く倒して!』
生配信のコメント欄が、困惑の渦に包まれ始めた。
(お、おいおいおい! 台本と違うだろ! ふざけんな、あいつ魔王軍の合成獣だろ!? なんであんな得体の知れない令嬢のオヤツに餌付けされてんだよ!)
ゼロスはカメラの裏で、ギリッと激しく舌打ちをした。
彼が思い描いていた『悲劇の救出劇』の絵面が、アマネの無自覚な「地球のおやつ(善行)」によって、完全にぶち壊されてしまったのだ。
(くそっ……このままじゃ、俺の茶番がバレて、炎上(炎上マーケティングではなく、本当の炎上)しちまう! だったら……!)
焦りと怒りに駆られたゼロスは、手段を選ばなくなった。
彼はカメラから死角になる位置に立つと、自身の『マネー』スキルで極限まで高めたステータスを剣に乗せ、禍々しい殺気を放った。
(あの令嬢ごと魔獣を吹き飛ばして、すべてを『魔獣の狂乱のせい』にしてやる! 俺は助けられなかった悲劇の勇者として、涙を流せばいいんだ!)
偽勇者の剣が、アマネの背中に向けて無慈悲に振り下ろされようとしていた。
大公不在のこの場で、彼女を守れるのは、ただ一人しかいない。
「……おいおいおい。マジかよ、あのクソ勇者」
両手に荷物を抱えたフェイトが、面倒くさそうに、けれどその瞳の奥に確かなA級の鋭い光を宿して、一歩前に踏み出そうとした、その時だった。
――彼の手の中で、一枚の『運命の金貨』が、静かに熱を帯び始めていた。
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