EP 3
「ポポロ村の収穫祭と、輝く偽勇者」
ルナミス帝国の南部に位置する開拓村、『ポポロ村』。
この村は、帝国でも有数の嗜好品である「ポポロ・コーヒー」や「ポポロ・タバコ」の産地として知られている。本日は一年に一度の『収穫祭』が開催されており、村の中心にある広場には、採れたての魔農産物や名産品を並べた屋台がズラリと軒を連ねていた。
「わあぁっ! お姉ちゃん、あそこですっごく大きなお芋焼いてる!」
「リンちゃん、走ると危ないですよ。……はわわ、あちらの屋台のハニーかぼちゃのシチュー、とても良い匂いがします……っ」
リンとヴァルキュリアさんが、目をキラキラさせて広場を駆け回っている。
「ふふっ、二人とも、そんなに急がなくても屋台は逃げないわよ」
私は二人を微笑ましく見守りながら、のんびりとその後を追った。
私の後ろには、今日から正式に(?)護衛兼・荷物持ちとして同行しているフェイトさんが、すでに両手いっぱいに紙袋を抱えて歩いている。
「アマネお嬢、あの屋台の『肉椎茸の串焼き』も美味そうっすね! 俺、買ってきましょうか!?」
フェイトさんは、ものすごい量の荷物を抱えているというのに、息一つ切らしていない。さすがはA級冒険者、基礎体力が段違いだ。それに、朝の『厚切り牛タン弁当』で完全に胃袋を掌握されているためか、非常にやる気に満ち溢れている。
「ありがとう、フェイトさん。でもその前に、少し休憩にしましょうか。あそこにポポロ・コーヒーの屋台がありますよ」
私が指差した先には、大きな樽の上に焙煎したてのコーヒー豆を並べた、木組みの小さなカフェ屋台があった。
「いらっしゃい、お嬢さん方! 挽きたてのポポロ・コーヒーはいかがかな? 疲れが吹き飛ぶ極上の一杯だよ!」
気のいい村の店主が、ドリップポットでお湯を注ぎながら声をかけてくる。
「では、四つお願いします。……あ、店主さん。少しだけ、私がアレンジを加えてもよろしいですか?」
「ん? アレンジかい? もちろん構わないが……」
私は脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。
このポポロ・コーヒーは、苦味とコクが強くてとても美味しいのだが、少しブラックのままだと刺激が強い。そこで私は、地球の『濃厚な成分無調整牛乳(5pt)』と、電池式の『電動ミルクフォーマー(5pt)』を取り出した。
空間から実体化したミルクを小鍋で温め、電動フォーマーでウィーンと泡立てる。あっという間に、きめ細かくフワフワのフォームドミルクが完成した。
私はそれを、店主が淹れてくれた熱々のポポロ・コーヒーの上にそっと注ぎ入れる。
さらに、爪楊枝を素早く動かし、白いミルクの泡の上に『可愛い猫の顔』や『お花』の模様を描いていった。
「――はい、お待たせしました。『ポポロ・カフェラテ(ラテアート付き)』です」
「な、なんだこれはぁぁっ!?」
店主が目を丸くして叫んだ。
「黒いコーヒーの上に、真っ白な泡が乗っている……しかも、泡に可愛い猫の絵が描かれているじゃないか! まるで芸術品だ!」
「わあぁぁっ! お姉ちゃん、すごい! 飲むのがもったいないよ!」
「はわわ……! なんという美しさ。天界の神々が飲むネクターすら凌駕する、可愛らしさです……っ」
リンとヴァルキュリアさんも、マグカップを両手で包み込んで大興奮している。
「冷めないうちに飲んでみてくださいね」
私が微笑むと、フェイトさんも恐る恐るマグカップに口をつけた。
「……っっ!!」
フェイトさんの目が、カッと見開かれた。
「う、美味ぇ……! ポポロ・コーヒーの強い苦味が、このフワフワの白い泡のまろやかさで完全に中和されてる! それに、ほんのりとした甘みが後から追いかけてきて……なんだこれ、めちゃくちゃ癒やされるっす!」
彼は感動のあまり、ラテの泡を口の周りに白くくっつけたまま、ゴクゴクと飲み干してしまった。
私が手を下したわけではない。ただ地球のミルクとカフェラテの知識を持ち込んだだけだ。しかし、このささやかな癒やしが、前世でカフェに通い詰めていた限界OLの私にとっては、最高の息抜きだった。
屋台の周囲には、「あの可愛い飲み物は何だ!?」と村人たちが集まり始め、あっという間に人だかりができてしまった。
――私たちが平和なコーヒーブレイクを満喫していた、まさにその時だった。
『――やあ、みんな! 笑顔の収穫祭に、俺が愛と希望を届けに来たぜ!』
突然、空から爽やかで、どこか胡散臭い声が響き渡った。
見上げると、上空から数機の『魔導ドローンカメラ』がウィーンという羽音を立てて降下してくる。
そして、広場の入り口に、ピカピカに磨き上げられた純白の聖騎士の鎧に身を包み、背中にミスリル製の特大マントを羽織った青年が、わざとらしくマントを翻しながら現れたのだ。
「キャアァァッ! 勇者様よ! 勇者ゼロス様が来てくださったわ!」
「あのゴッドチューブで大人気の配信者、ゼロス・ディバイン様だ!」
村の若い女性たちが、黄色い歓声を上げて彼に群がっていく。
青年――ゼロスは、太陽の光を反射してキラリと輝く白い歯(明らかに不自然なほど白い)を見せ、カメラ目線をキープしながら眩しい笑顔を振りまいた。
「ありがとう、みんな! 俺は君たちの笑顔を見るために、日夜魔物と戦っているんだ! おっと……いけないな、こんなところにゴミが落ちている」
ゼロスは、わざとらしく立ち止まると、地面に落ちていた紙くずをスッと拾い上げ、カメラに向かってウインクをした。
「街を綺麗にするのも、勇者の立派な務めだからね! ――さあ、みんな、俺の配信チャンネルの登録と、高評価をよろしく頼むぜ!」
『キャーッ! ゼロス様、素敵ー!』
『なんて清廉潔白なお方なの!』
村人たちが熱狂する中、私は少し離れた場所からその様子を冷めた目で眺めていた。
(……なんか、前世の会社の「広報用パンフレット」の撮影の時だけ、いい上司を演じていた部長を思い出すわね……)
限界OLの社会人センサーが、彼の笑顔の裏にある「薄っぺらさ」を敏感に察知していた。
すると、隣でラテを飲んでいたフェイトさんが、ふっと目を細めた。
「……おいおい。あの勇者サマ、カメラが回ってるとこだけは完璧な善人面だけどよぉ」
フェイトさんが、顎で広場の路地裏の方をしゃくった。
ゼロスは、村人たちに手を振りながら路地裏の物陰へと入っていくと、ドローンカメラが自分を映していないことを確認した瞬間――。
「……チッ。田舎の泥臭ぇ村人が、気安く俺の鎧に触ってんじゃねぇよ。後で磨き直すのにいくらかかると思ってんだ」
彼は舌打ちをして、先ほど「街を綺麗にする」と言って拾ったゴミを、路地裏のゴミ箱ではなく、無造作に地面に蹴り捨てた。
さらに、懐から『ポポロ・シガー』を取り出すと、火をつけてスゥッと深く吸い込み、面倒くさそうに煙を吐き出した。
「なっ……! あの人、自分で拾ったゴミを蹴り捨てましたよ! しかも隠れておタバコを……!」
一部始終を見ていたヴァルキュリアさんが、信じられないというように絶句した。
「ほらな。俺みたいなクズが言うのもなんだけど……あいつのあの笑顔、金と名声のために作られた『ハリボテ』っすよ」
フェイトさんが、呆れたように肩をすくめる。
私も全く同感だった。どんなに装備をピカピカにしても、他者への思いやりがない人間の本性は、ふとした瞬間に必ずボロが出るものだ。
「ふん。まあいい、どうせこの村はすぐメチャクチャになるんだ。俺が『悲劇のヒーロー』になるための、最高の生贄になってもらうぜ」
路地裏のゼロスが、シガーの吸い殻を地面にポイ捨てし、ブーツで踏みにじりながら、下劣な笑みを浮かべて呟く。
その邪悪な呟きは、祭りの喧騒にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
ヤラセと金にまみれた偽勇者が仕掛けた、炎上配信へのカウントダウン。
しかし、彼が「最高の生贄」と見定めたこの広場に、天界の監査官、幻の聖獣、大公が溺愛する女神、そして『確率数万分の一のジョーカー』が揃い踏みしているという絶望的な不運に、彼はまだ気づいていなかったのである。
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