第四章 ダメ男護衛の採用と、ヤラセ勇者の襲来
「新任護衛のトンデモ欠勤理由と、限界OLの包容力」
ルナミス帝国の帝都は、今日も爽やかな青空に包まれていた。
大公邸の広々としたエントランスで、私とリンは、お出かけ用の可愛らしいワンピースに身を包んで待機していた。
「お姉ちゃん、今日の街へのお買い物、楽しみだね! クレープっていうお菓子、食べられるかな?」
「ええ、もちろんよ。リンがいっぱいお手伝いしてくれたご褒美だもの」
無邪気に跳ね回るリンの頭を撫でながら、私は微笑んだ。
元実家であるヴァイオレット伯爵家や、私を利用しようとしていた敵対派閥の貴族たちは、前回のコンペティション騒動(トラウマ野菜・お祈りパニック事件)によって完全に自滅し、社交界から追放された。
おかげで、私の身を狙うような露骨な脅威は、帝都からすっかり消え去っている。
それでも、大公であるオルフェウス様は「私の愛しい女神が、もしも街のチンピラにでも絡まれたらと思うと、気が気でない」と過保護ぶりを発揮し、軍務で自分が同行できない日のお出かけには、必ず護衛をつけるようにと言い含めていた。
大公邸の屈強な騎士たちを引き連れて歩くのは、さすがに目立つし気が引ける。
そこで私は、冒険者ギルドから気楽な護衛を個人的に雇うことにしたのだ。
彼のお給料は、月給にして金貨30枚(約30万円)。
命がけの魔物討伐に比べれば、街でのお買い物に付き合うだけの護衛としては、かなり破格の好待遇である。
「……でも、待ち合わせの時間を過ぎているのに、フェイトさん、まだ来ないわね」
私はエントランスの大きな時計を見上げた。
フェイト・ラック。25歳の人間族。
冒険者ギルドが推薦してきたA級冒険者で、普段は飄々としているが、剣術も体術も超一流の腕前を持つ凄腕の青年だ。
彼が初出勤するはずの今日、なぜか時間になっても現れる気配がない。
その時、私の首から提げていた魔導通信石が、ピコンと短い通知音を鳴らした。
『アマネお嬢、おはようございます。実は今朝、親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が亡くなったという悲報を受けまして。深い悲しみにより、激しい頭痛と吐き気が止まらないため、本日はお休みを頂戴したく存じます。フェイト』
「……」
通信石に映し出されたメッセージを読み上げると、隣で聞いていたリンが「むーっ!」と頬を膨らませた。
「また!? フェイトのお兄ちゃん、面接の次の日も『身内に不幸があって』って言って打ち合わせを休んでたよ! なんでそんなに周りの人が亡くなるの!?」
「……ええ。しかも今回は、『親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬』って……もうフェイトさんとは全く関係ないわね」
私は小さくため息を吐いた。
おそらく、彼は二日酔いか何かでサボっているのだろう。
しかし、私は怒る気にはなれなかった。
なぜなら、前世で「限界OL」としてブラック企業で働いていた頃、私はこういう『嘘くさい欠勤連絡』の処理に、嫌というほど慣れ切っていたからだ。
「熱が39度あって……(裏でパチンコの音が聞こえる)」
「親戚が急に倒れまして……(今月3回目)」
「お腹が痛くて、家から出られません……(SNSにテーマパークの写真を誤爆している)」
そんな後輩社員たちのトンデモ欠勤理由に対して、いちいち怒り狂って電話をかけ直したり、問い詰めたりするのは、三流の管理職のやることだ。
相手に罪悪感を抱かせ、かつ自分自身の精神をすり減らさないための最善手は、ただ一つ。
『完全なる事務的対応と、過剰なまでの気遣い(物理)』である。
「リン、お買い物に行く前に、少し寄り道をしましょうか」
「寄り道? フェイトのお兄ちゃんを怒りにいくの?」
「いいえ。体調不良で苦しんでいるフェイトさんに、差し入れをお届けするのよ」
私は脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。
選んだのは、地球の『経口補水液(10pt)』と、おでこに貼る『冷却ジェルシート・冷えピタ(5pt)』だ。
これさえあれば、二日酔いだろうが、サボりの言い訳の胃痛だろうが、大抵の体調不良はスッキリと癒やされるはずである。
【幕間:ギャンブル中毒の護衛と、完璧な差し入れ】
帝都の裏路地にある安宿の一室。
フェイト・ラックは、万年床のベッドに力なく横たわり、天井を見つめながらポポロ・シガレットをふかしていた。
「うぅ……頭が痛ぇ……。体が鉛みたいに重いっす……」
彼の不調は、決して二日酔いや仮病ではなかった。
フェイトの持つユニークスキル【コイントス】。
空間から「運命の金貨」を生成し、弾いて出た目によって己の運命を改変するギャンブルスキルだ。
昨晩、彼は「明日の初仕事、楽な護衛とはいえ気合い入れるか!」と、寝る前に軽い気持ちでコイントスを行ってしまった。
表が出れば能力2倍。裏が出れば……。
『コロン。……裏』
見事に裏を出してしまったフェイトは、その瞬間に全ステータスが1%まで激減。強烈な鬱状態と、激しい頭痛、腹痛、悪寒という「寝込みデバフ」の直撃を受けてしまったのである。
「はぁぁ……俺ってば、なんでいっつもこうなんだろ……。初日からあんなクソみたいな言い訳で休んで……絶対クビだろ、これ。月給30万円の超絶ホワイトな仕事が……」
フェイトは自己嫌悪に陥りながら、布団を頭から被った。
その時だ。
「フェイト様。大公邸のアマネ様より、お見舞いのお品をお預かりしております」
宿の主人が、部屋のドアをコンコンとノックして、小さな紙袋を置いていった。
「……え? アマネお嬢から?」
フェイトは重い体を起こし、紙袋の中身を取り出した。
そこには、見慣れない透明なボトルに入った少ししょっぱそうな水と、青いジェルがついた不思議なシート。そして、一枚の便箋が添えられていた。
『フェイトさんへ。
ワンちゃんのご不幸、心よりお悔やみ申し上げます。深い悲しみの中、体調を崩されるのも無理はありません。
このお水は、失われた水分と塩分を素早く吸収してくれる経口補水液です。青いシートはおでこに貼って、熱を下げてくださいね。
お仕事のことは気にせず、どうか今日はゆっくりと心と体を休めてください。明日はお会いできることを楽しみにしています。
アマネより』
「……」
フェイトは、便箋を持つ手をプルプルと震わせた。
怒りの言葉も、嫌味も一切ない。
ただ純粋に、自分の「親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んだ」という、どう考えても嘘くさい理由を100%信じ切り(あるいは信じたフリをして)、これ以上ないほど的確で優しい看病グッズを届けてくれたのだ。
フェイトは、おそるおそる『冷えピタ』をおでこに貼った。
「……ひんやりして、気持ちいい……。頭痛が、スゥッと引いていく……」
次に、『経口補水液』のフタを開け、一口飲んでみる。
「うわっ、なんだこれ。ちょっとしょっぱいけど……喉の奥から、乾いた細胞の隅々にまで、水が染み渡っていくみたいだ……!」
デバフでボロボロになっていた彼の肉体が、地球の完璧な看病グッズによって、みるみるうちに癒やされていく。
しかし、肉体が回復すればするほど、彼の心には『強烈な痛み』が広がっていった。
「な、なんだこの完璧な看病グッズは……! 普通、あんなふざけた理由で初日からサボったら、ギルドに怒鳴り込むか、即刻クビだろ……!」
フェイトはベッドの上で頭を抱え、シーツを掻きむしった。
「俺のクズっぷりを許すどころか、こんなに優しく労ってくるとか……! あのお嬢、底知れねぇ……! 逆に怖ぇよ! 俺のちっぽけな良心が、チクチクと痛んでしょうがねぇっ!」
怒られるよりも、ただ純粋な優しさで包み込まれる方が、ダメ人間にとってはよほど堪える。
フェイト・ラックは、これまでどんな修羅場でも失うことのなかった「マイペースさ」を完全に打ち砕かれ、生まれて初めて、雇用主に対する『謎の罪悪感と畏怖』を抱くことになったのである。
「……明日は、明日は絶対に遅刻しねぇ。コイントスも封印して、這ってでも仕事に行く……っ!」
布団の中でポロポロと涙を流しながら誓いを立てるギャンブル中毒の護衛剣士。
限界OLの『事務的かつ完璧な看病(善行)』は、決して相手を責めることなく、勝手に相手の良心を刺激し、自発的な改心(?)へと導いてしまったのだ。
かくして、大公邸の新たなトラブルメーカーにして最高のジョーカーは、アマネの深い包容力(という名のOLスキル)に完全に胃袋と心を掌握され、波乱に満ちた護衛生活の幕を開けるのであった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




