EP 10
「平和的同盟の確信と、天界の新たな火種」
翌朝。
アバロン魔皇国の黒曜石でできた美しいターミナル駅には、ルナミス帝国へと帰還する私たちを見送るため、ルーベンス将軍が自ら足を運んでくれていた。
「大公閣下。そしてアマネ嬢。今回の親善ダービーでは、我が国の恥部を晒すことになってしまい、申し訳なかった」
ルーベンス将軍は、軍服の姿勢を正し、オルフェウス様に向かって深く頭を下げた。
昨日のダービーでの前代未聞の騒動の後、悪徳商人とズブズブの関係にあった競馬場の関係者たちは、魔皇国軍によって徹底的に摘発されたらしい。
彼らが企てていた八百長は未遂に終わり(というかメロロンとお祈りレタスのせいでそれどころではなくなり)、被害は最小限に食い止められたのだ。
「気にするな、ルーベンス。我が国の菜園から盗まれた魔農産物が発端でもある。……それに、結果として魔皇国の膿を出し切り、我々の間に『本物の信頼』を築くことができたのだからな」
オルフェウス様が手を差し出すと、ルーベンス将軍は力強くその手を握り返した。
怪しげな『ずっ友ロコシ』など使わなくても、国と国、人と人との間には、確かな絆を結ぶことができる。それが証明された瞬間だった。
「アマネ嬢。お前のその……不思議な料理と気遣いには、心底救われた。大公が手放したくないと豪語する理由が、痛いほど分かったよ」
将軍は私に向き直り、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「将軍、これ、お礼の品です。お仕事が忙しいでしょうけれど、休日前にはこれでリフレッシュしてくださいね」
私は、空間から実体化させた地球の『プレミアム缶ビール(一箱)』と『二日酔い防止・極上ウコンゼリー』を大きな紙袋に入れて手渡した。
「おおっ! こ、これは昨晩のあの黄金のシュワシュワか!? ありがたく頂こう! ……もしルナミスで大公に泣かされるようなことがあれば、いつでも魔皇国に来い。俺が毎日、あの美味い餃子を奢ってやるからな」
「ははっ、その機会は永遠に訪れないだろうがな。彼女は私が一生、城の奥で甘やかすつもりだからだ」
オルフェウス様が私の肩を抱き寄せ、将軍に向かって不敵に笑い返す。
「アマネさん! リンちゃん! 私もそろそろ、天界へ帰還いたします!」
ルチアナ様からの無茶振り(魔王ラスティア様へのアイドルグッズのお届け)を見事に完遂したヴァルキュリアさんが、純白の翼を広げて空から舞い降りてきた。
その手には、ラスティア様からルチアナ様への返礼品である『魔皇国限定・朝倉月人君のアクリルキーホルダー(魔族衣装ver)』がしっかりと握られている。
「金ピカお姉ちゃん、バイバーイ! また美味しいお菓子、一緒に食べようね!」
「ええ、もちろんですよ、リンちゃん。私たちは永遠の『ずっ友』ですからね! トウモロコシの魔法などなくても、私の心はアマネさんたちと常に繋がっています!」
ヴァルキュリアさんは満面の笑みで私たちに手を振り、神々しい光の柱と共に天界へと帰っていった。
私たちはルーベンス将軍に見送られながら、汽笛を鳴らす魔導列車のVIP車両へと乗り込んだ。
*
「……ようやく、君と二人きりになれたな」
走り出した魔導列車の個室。
リンがおやつのドロップスを食べて満足し、隣の部屋のソファでスヤスヤと眠りに落ちた後。
オルフェウス様は、私を自分の膝の上へと抱き上げ、その逞しい腕の中にすっぽりと閉じ込めた。
「ひゃっ……オ、オルフェウス様。まだ外が明るいですよ……」
「構わないだろう。私はこの数日間、君が他の男たち――ルーベンスや魔族の兵士たちに優しく微笑みかけるのを見て、どれほど嫉妬を抑え込んでいたか分かるか?」
彼は私の耳元で低く甘い声で囁き、首筋に熱い口づけを落とした。
ビクッと肩が跳ねる私を、彼はさらに強く抱きしめる。
「君は本当に、無自覚に人の心を惹きつける。……だが、君のすべては私のものだ。君の優しさも、その愛らしい笑顔も、誰にも譲るつもりはない」
彼の深い紫の瞳が、私だけを真っ直ぐに射抜いている。
前世で限界OLだった頃、「お前の代わりなんていくらでもいる」と使い捨ての駒のように扱われてきた私。
けれど今、帝国最強の大公である彼が、私というただ一人の存在を、これほどまでに熱烈に求め、愛してくれている。
「……はい。私は、オルフェウス様だけのものですわ」
私がそっと彼の首に腕を回し、その胸に顔を埋めると、彼は満足げに深い吐息をこぼし、私の唇を甘く、何度も塞いだ。
列車の心地よい揺れと、彼から伝わる絶対的な温もり。
悪党たちは自らの強欲さによって自滅し、私の周りには、温かい友情と、極上の愛だけが残された。
アバロン魔皇国への外遊は、私にとって「この世界が私の永遠の居場所である」と確信する、最高の思い出の旅となったのだ。
誰も蹴落とさない。復讐もいらない。
ただ思いやりを持って善く生きるだけで、私の人生は、こんなにも幸せに満ち溢れている。
*
【幕間:天界のモニター室と、炎上神の苛立ち】
「チィッ!! なんだこの平和な結末は! 全然PVが稼げねぇじゃねえか!!」
神界(GOD)の一角、薄暗いモニター室。
最近神界に入ったばかりの新入りの世界神、炎上神ワイズは、専用のマイタンブラーに入ったカプチーノを壁に投げつけ、激しく舌打ちをした。
彼の目の前にある『エンジェルすまーとふぉん』の画面には、アバロン魔皇国の親善ダービーの配信結果が表示されている。
そこにあるのは『おじさんとメロンの駆け落ち』という謎のギャグ動画ばかりで、ワイズが期待していたような血みどろの暴動や、国を揺るがす悲劇の映像は一切なかった。
「俺が裏でこっそり悪徳商人を唆して、魔皇国とルナミス帝国の間に『暴動(炎上)』を起こす完璧なヤラセ脚本を書いてやったっていうのに! なんだあの令嬢の出した『塩』は! たった一粒の塩で、見事に火種を消しやがって……!」
ワイズはギリィッと歯噛みした。
PV率至上主義である彼は、何人が死のうが、人間が絶望しようが知ったことではない。むしろ、他人の悲劇と炎上こそが、自分の神としての評価を上げる最高のコンテンツだと信じているのだ。
「クソッ、ルチアナのお気に入りの令嬢だからって調子に乗りやがって。……こうなったら、俺の直属の『駒』をルナミス帝国に送り込んでやる」
ワイズはエンジェルすまーとふぉんを操作し、一人の人間のステータス画面を開いた。
そこに映し出されたのは、輝く聖なる鎧に身を包んだ、いかにも胡散臭い作り物の笑顔を浮かべたイケメンの青年――【勇者ゼロス・ディバイン】。
課金すればするほどステータスが跳ね上がるというユニークスキル『マネー』を持ち、カメラが回っているところだけで善人を演じる、ワイズお抱えの「ヤラセ炎上配信特化型勇者」である。
「聞け、ゼロス! 次の配信舞台はルナミス帝国だ。適当な村に火を放って悲劇を演出しろ。お前が悲劇のヒーローとして村を救う(フリをする)感動ポルノで、PVを荒稼ぎしてやる!」
『了解しました、ワイズ様。……俺の口座に、きっちり課金を振り込んでくださいよ?』
通信の向こう側から、ポポロシガーを吹かしながら下劣に笑う勇者ゼロスの声が響く。
「フハハハッ! 見ていろよアマネ! お前のその薄っぺらい『偽善』なんて、俺の完璧な『炎上ヤラセ配信』で完全にぶっ潰してやるからな!」
薄暗いモニター室で、炎上神の狂気に満ちた高笑いが響き渡る。
彼らは理解していないのだ。
アマネの持つ『見返りを求めない本物の善性』の前に、金とヤラセで塗り固められた浅ましい勇者など、自滅という名の最高のエンターテインメントの贄でしかないということを。
大公邸の平和を脅かそうとする、下劣な「ヤラセ勇者」の襲来。
しかし、アマネと大公の甘い生活が、そんなチンピラ如きに壊されるはずもない。次なる『完璧なざまぁ(自滅)』の舞台の幕が、静かに開こうとしていた。
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